花と鷹
嬾隗
花
彼女は、村の中でも一際可愛く、可憐な花のようであった。そのことから、村の人たちから「花ちゃん」なんて呼ばれて可愛がられ、パンなどをよくもらっていた。そんな可愛い子に対して、俺が恋をするのに時間はかからなかった。よく一緒に遊び、花冠や花束をプレゼントした。彼女はその度に嬉しそうに笑っていた。
彼女は、村の中でも貧しい家庭に生まれた。貧しい、というか、父親が相当な飲兵衛で、酒にほとんどの収入が吸われている、といったほうが正しいか。しかし、収入源で父親の稼ぎが一番大きかったため、母親も彼女も、父親に強く言えない状態であった。
ある日、父親が失業した。鉱山で働いていたのだが、坑道内が崩れて巻き込まれ、利き腕に一生治らない後遺症が残ってしまった。それを皮切りにますます酒にのめり込むようになってしまった。そんな父親を見限り、母親は村を出ていってしまった。実家に帰ったそうだ。村の人たちも食べ物を分け与えてはいたが、少ない貯金を切り崩して生活をするしかなく、ついに貯金は底をついた。それでも、酒がやめられず、借金を重ねた。そんな時、父親は彼女にこう言った。
「お前を売ることに決めた」
もちろん彼女は抵抗した。だが、利き腕がうまく動かなくても元鉱山夫の父親に勝てる訳もなく、組み伏せられ、連れて行かれた。途中、彼女が売られることに気付いた村の人たちが説得を試みたが、刃物まで持ち出した父親になすすべなく、彼女は売られてしまった。帰ってきた父親は娘を売った金でまた酒に溺れたが、俺が酒に毒を仕込み、殺すことに成功した。村長とも協議した結果であった。死体は山奥に捨て、野良犬に食わせた。
彼女が十三歳の時であった。
彼女は大きな街に連れていかれた。幸いにも、奴隷商人は乱暴な人ではなかったらしく、丁寧に扱ってもらえたそうだ。その後、彼女が村に戻りたい意志を伝えると、売られたときの金額の十倍を国に納めると解放されるため、奴隷でも働ける場所を見つけ、交渉してくれたそうだ。……売春宿だったのはいただけなかったが、村での勉強が街で通じる訳もなかったので、苦渋の決断だった。
店でも優しく扱ってくれたそうだ。最年少だったため、店長がいろいろ面倒を見てくれて、何からナニまで教えてくれたらしい。金を払うから売ってくれ、と迫ってくる客や、乱暴しようとしてくる客も中にはいたそうだが、店長がボディーガードを雇ってくれたそうだ。店長曰く、一番の稼ぎ頭だから、らしいが、自分の娘のように大切にしてくれたのだと思う。
売られてから五年が経ったある日、国王が処刑された。なんでも、裏で麻薬の密売などに手を染めていたり、気に入らない人間を消したりしていたとか。それが明るみに出たようだ。で、第一王子が即位して、奴隷制が廃止になることになった。急展開だが、もともと国内では反対の声が多く、周辺国からも度々持ちかけられていたそうだ。それにより、彼女も解放されることになった。店長からはすぐに退職金を支払われ、実家に帰るように言われた。彼女は恩を返せていない、と渋ったが、結局折れて村に帰ってきた。
彼女が帰ってくると、村の人たちはすぐに祭りを催した。彼女は父親を探したが、死んだと告げられると墓に行きたいと言い出した。腐っても家族である。村の人たちは困った。家は残してあるが、死体はどうなっているかわからない状態だからだ。仕方ないので、俺が捨てた場所に連れて行くことにした。
五年も経てば土に還っていたようで、痕跡は残っていなかった。だいたいこの辺りだよ、と伝えると、お墓を建てたいと言い出したので、彼女の家から父親の形見を選定し、山の中で手頃な石を加工して墓石にして置いた。
「ひとりぼっちになっちゃったなあ」
彼女はそう呟いた。彼女の母親を探してあげることはできるけど、そういうことではないのではないだろう。
「うちに住むといいよ」
俺ができる精一杯のアピールである。……呆けていた彼女はしばらくして顔を赤くした。もともと聡い彼女は意味に気付いたのだろう。数拍おいた後、静かに頷いた。
それから、彼女は俺の家に住み始めた。売春婦だったはずなのに、初心な反応をする彼女は新鮮だった。一緒に住み始めてしばらくして、彼女は身籠もった。そして、可愛い双子を産んでくれた。
「良い人たちに恵まれたなあ」
お世話になった店長に結婚と出産のご報告に行った帰りに、彼女はそう呟いた。その中に俺は入っているのか尋ねると、当たり前でしょ、なんて笑って返してくれた。
この幸せを、ずっと手放さないようにしなければいけない。
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