塵に眠る
石海
塵に眠る
僕が育ったのは普通の町だ。田舎と言うには自然が足りず、都会と言うには人が少ない。普通に普通の町。
そんな普通の町で一週間程前から不可解な事が起きている。無差別放火事件。昼夜を問わず、音もなく民家が燃えて、気が付いた頃には民家だった灰の山がある。
異常な、或いは超常の事件。
隣の家は焼けず、その家だけが灰の山に変わる。そしてその灰の中央には必ず干からびたような赤子の亡骸が、手を有らん限りの力で天に向かって伸ばしているそうだ。
最初の発生から一日一軒ずつ、今日に至るまでで六軒。
今では町中の人々が迫り来る恐怖や不気味な高揚感に支配されていて、いざという時に冷静な考えが出来る人間は僕を含めて一人も残っていないように思える。
学校の中でも話題は事件のことばかりだった。「殺人鬼の仕業だ」「いや心霊現象だ」「未確認生命体に違いない」
高校生とは思えないはしゃぎ様だが、やはり皆怖いのだろう。騒がなければ、はしゃがなければ押し潰されてしまう。
町を支配している高揚感に当てられたのか、なんとはなしに授業をサボってしまった。生まれてから十六年の間で初めてのことだ。
なんとなくであるはずだったが、しかし何故か呼ばれているような気がしたように思う。
意味もなく町をぶらついていると不意に誰かに呼ばれたような気がした。音の源を探して辺りを見回した時、それを見つけた。見つけてしまった。
空に向かって立ち上る、いや、空から降りてくる灰色の光。そこだけ色を失ったような異様な光景。
一条の光が降り注ぐ先を見るとそこには一軒の民家がある。そしてその民家もやはり異様だった。
絶えず時間が進んでいる。いや絶えず他より早く時間が過ぎている。タイムラプスの映像のように庭の植物は瞬く間に育ち、実り、枯れ、また育つ。壁はみるみるうちに汚れ、風化し、欠けていく。
そうしてその家だけが「何年か」経った頃、それは空から現れた。
灰色の光の中心。遥か彼方の空の上から降りてきたのは、小さな子供のように見えた。しかし、ゆっくりと降りてくるにつれその細部が明らかになってくる。
ミイラのような細く萎びた身体、頭髪はおろか目鼻すら無く、ひび割れたような皺が全身を隈なく覆っている。手足も引き攣ったようにぴんと伸ばされ、突き出した手の針金の如き三本の指もあらぬ方向へ伸びている。
そして空からゆっくりと降りてきた、飢餓の末に中絶された胎児のようにも見えるそれが、遂にその民家の屋根を踏んだ。
刹那、民家が全て、余す事なく灰と化した。いや、灰とは少し違う。時間をかけてゆっくりと分解されたような、塵。
民家の跡から、その家に住んでいたであろう家族が這い出てくる。そして這い出た先にいた何かに触れて、塵になる。
あたかも元からそうであった様に、一瞬にして全てが塵へと帰した。唯一、塵の山の中央で動くものがあった。小さな小さな子供、一歳にも満たないであろう幼子が、塵の海に抱かれながら懸命にその両手を動かしていた。しかしそれも長くは続かず、やがてそこには他と同じように民家の残骸と赤子のミイラだけが残され、いつの間にかあの灰色の光も消えて無くなっていた。
塵に眠る 石海 @NARU0040
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