八郎
宇地海太陽
第1話 焚き火
一話 焚き火
「正美、リサ子さんが迎えにきてくれたわよ。」正美の母親が、一階から呼んでいた。
「はーい、わかった。今行きまーす。」正美は最後の身支度をしていた。
この前買ったお気に入りの帽子を被って、鏡で整えてにっこり笑ってみた。
「うん、我ながらいい笑顔だ。」心の中で自分で自分を褒めた。
だって、自分ならいつでもいい笑顔を返してくれるし、いつでも褒めてくれる。
常に親友がそばにいるみたいだもんね。
最近は自分のアイデアに満足していた。
自分なら気を使わなくてもいいし、喧嘩もないし、裏切りもない。
傷つけることも、傷つけられることもないし、離れ離れになることもない。
今日会うリサ子さんも大好きだけど、会えるのは二か月に一度くらいだ。
今年就職が決まってますます会い難くなってきているし、今度いつ会えるか恐る恐る聞かなければならないくらいだった。
でも、今日はせっかく二か月ぶりにリサ子さんとお出かけするのだから思いっきり楽しもう。
前から気になっていた焚き火のことをリサ子さんに話したら、リサ子さんもずっと焚き火をしたいと思っていたらしい。
なんて気が合うんだろう。
昔からリサ子さんとは趣味やおやつの好みやテレビの番組の好みも一緒だった。
リサ子さんは4つも離れた私を、近所の子供というだけなのに、自分の友人の家に遊びに行くのにも、私を連れて行ってくれた。
料理やおやつも一緒に作ったりお泊りまでさせてくれた。
私を自分の実の妹の様にかわいがってくれた。
リサ子さんが遠くにお嫁に行くことになったら、結婚式の時は大泣きするだろうなぁと、ドラマやテレビの結婚式のシーンなんかがあると、ふと思うくらいリサ子さんのことが大好きだった。
玄関を出ると、リサ子さんは満面の笑みで待っていた。
「久々だね。元気だった?」って、明るく話しかけてくれるリサ子は、私にとって安らぎと言っても過言ではなかった。
リサ子さんはいつも同じ、何通りかの服でしか出かけなかった。
外出着は、春夏用と秋冬用とそれぞれ三通りずつしか持たないことにしているのだ。
それにはちょっとした理由があって、リサ子さんの家庭は小さい頃に両親が離婚をし、母親が家を出て行ったので、リサ子さんのお父さんは小さいリサ子さんを一人で育ててきたのだ。
その育て方はユニークで、リサ子さんの服のバリエーションが少ないのもその一つだった。
洗濯物は、ハンガーと洗濯ばさみがたくさん付いているものに干して、取り込むときは衣服をハンガーにかけたままの状態で家の中のハンガーラックに掛けておくのだ。
そうすると、洗濯物を畳んで直すという時間が節約されるからだ。
朝は、前日の服を洗濯して、前々日に着た服を着る様にしているから、二日交代に着ていた。
もう一つのバリエーションは、雨が降って洗濯物が乾ききらなかった時のための臨時で、三通りの服のバリエーションを持っているのだ。
リサ子は、一生懸命働きながら自分を育ててくれている父親に、文句ひとつ言わなかった。
幸いなことに、今までリサ子さんをいじめるようなクラスメートは一人もいなかった。
リサ子さんは、淡々と自分の境遇を受け入れているようだった。
それどころか、近所の子供たちにまで優しかった。
そんなリサ子を、正美は自然と好きになり尊敬するようになった。
そんなことを思い出しながら、明るい笑顔のリサ子さんに返事をした。
「元気だったよー。でもやっとこの日が来たって感じ。長く感じたな~。」正美も、満面の笑みでリサ子に話した。
雲一つない晴天。
神様はいるのではないかと思うくらい、リサ子とのたまのお出かけの時は晴天の日がほとんどだった。
まるで神様が二人にご褒美をくれているように思えた。
いや、私ではなくてリサ子さんへのご褒美だろうと正美は思った。
「さあ、今日もいっぱい歩くぞー。」正美は、嬉しくていくらでも歩ける様な気がした。
リサ子さんは、就職祝いに私がプレゼントした日傘をさし、もう片方の手でキャリーバックをひいていた。
荷物を増やさない様に、なるべく小さな器具でこじんまりした焚き火にしようと二人で決めたのだが、やはり薪を持っていかなければ焚火は始まらない。
リサ子さんのお父さんが、ホームセンターで買ってきてくれたのを、リサ子さんがキャリーバックに押し込んで持ってきてくれたのだ。
「私が、そのキャリーバッグを引くからかして。」と手を出しても、リサ子さんは、「ううん。」と首を横に振って「これは私の仕事なの。正美ちゃんは、火起こしをお願いするね。こんなことぐらいしないと、体がなまって仕方ないんだもん。」リサ子さんは、そう言って私の申し出を優しく断った。
「そうだった。仕事はデスクワークだから、運動しないといけないねって言ってたもんね。つい忘れちゃってた。焚き火に行くのも、ハイキングと癒しを同時に叶えられるって始めたんだもんね。じゃあ、火起こしは任せておいて。」
駅から歩いて15分くらいの所に、焚き火やバーベキューをしてもいい、石やコンクリートで作られた河原がある。
リサ子と二人で焚き火をするのは、これで三回目だ。
二人は、手早く焚き火の道具を出して組み立てた。
日差しをさえぎるための簡易テントも広げ、薪が入った箱をキャリーバックから取り出した。
生木の良い香りがした。
ここで、初めての人には難しい火起こしの手順を、説明しよと思います。
火起こしには、三種類の材質を用意すると、わざわざ点火材を使わなくても簡単に火が付くのです。
まずは、いらない紙。
私は、英語の暗記に使ったノートを破って持ってきたました。
次に、細木や乾いた木の皮があるとgood。
ホームセンターで売っている薪には、皮が付いたままのものがあります。
それに切り口がささくれているものもあるので、それらをできるだけはぐ。
最後に、皮やささくれをはいだ後の薪です。
その他の道具は、先の細長いライター、薪ストーブ、軍手やトング。
あれば、ふいご(空気を吹き入れる細いストローのような金属などのパイプのこと)です。これがあれば尚便利です。
では、火起こしをしますね。
まずは、いらない紙をぐちゃぐちゃに丸めて、組み立てた薪ストーブの中央に置きます。
その丸めた紙の周りに、立てかける様にして細木か薪のささくれ、木の皮を置きます。
この時まだ、太い薪は中に入れません。
先の細長いライターで、中央に置いた丸めた紙に火を付けます。
すると、みるみる燃えて、細木や薪のささくれや木の皮に火が燃え移り、火に勢いがつきます。
しっかり炎が上がってきたら、ここでいよいよ太い薪を入れていきます。
ただ、ここでまた注意ですが、私たちの持って行った簡易薪ストーブは小さいので、薪二本を一度に入れてしまわない様に気を付けてください。
一度に入れると、せっかく立ち上がった炎が消えてしまうことがあります。
まず、太い薪を一本入れて、その薪にしっかり炎が移ったら、二本目を入れるようにしてみてください。
この様にすると、みるみると炎が大きく勢いを増します。
ここまで来ると、ちょっとやそっとでは火は消えることはありません。
ただ、ほっておいてはいけません。
炎を楽しみながら、木がどんどん炭状になり、崩れて灰になっていきます。
薪ストーブからはみ出してた木を、押し込んだり次の木を差し込んだりして、火を消さない様に楽しみましょう。
もちろん、万が一のためにペットボトルに水を持っていき、何かに火が燃え移ったき時に、初期段階で火が消せる様に準備しておいてくださいね。
さて、これで安心。
後は、火を育てるだけ。
次に投入する木を、トングで持ち上げて焚火の上で乾燥させながら、のんびり火を眺める。
川の流れる音、青々とした小さな紅葉たち。
木々の合間からは、青い空がキラキラして見えた。
これ以上の癒しはあるだろうか。
さて、次はお茶の準備だ。
リサ子さんは今日はどんな飲み物を持ってきたのだろう。
「この前、お店で見つけたいい香りの紅茶とクッキーを持ってきたよ。一緒に飲もう。」そう言って、リサ子はテントの入口にちょこんと座って火起こしを終えた正美に手招きした。
そうだ、まだ他の癒しがあったのだ。
お茶とお菓子とリサ子さんの本の朗読。
リサ子さんは、昔から私に感動小説や子供向けのお話を読んで聞かせてくれていた。
今日はどんなお話だろう。私はいい年をして、まだ心はリサ子さんの小さな妹でいたいと思ってしまう。
「嬉しい!いい香りの紅茶大好き!ねえ、今日はどんな本を持ってきてくれたの?」私は、まだリサ子さんが本を持ってきているかどうか言っていない内から、待ちきれずに聞いてみた。
すると、いつもは嬉しそうに本を取り出すリサ子さんだったが、今日は少し困った顔をして、「正美ちゃんには、少しショックが大きいかもしれない。いいお話なんだけど、切なくて、ショッキングな内容もあると思うんだけど、いいかな?」リサ子さんは、私に申し訳なさそうに言った。
「全然気にしないよ。どんな本でも、リサ子さんが読んでくれるのが嬉しいんだから。読んで読んで。」私は、リサ子さんをせかした。
「そう?良かった。これから私も正美ちゃんも、大人の世界に入っていくでしょ?
でも、そんなの教科書には載っていないし、身近な大人も深い話まではしてくれない。
子供は、大人の世界に入ってから色々な問題に遭遇するでしょ?
それだと、あまりにもかわいそうじゃないかと思うのよ。
子供時代に想像していた素敵な恋愛や冒険なんてどこにもなくて、上司や同僚のいじめがあったり、恋人や結婚相手の裏切りがあったり、詐欺があったり、耐えがたいほどの問題が待ち受けているの。
でも、人生って一度だけでしょ?
一つ一つの問題に負けていたら、身が持たないと思うの。
だから、今は少し悲しい思いや嫌な思いを正美ちゃんにさせるけど、厳しい世の中もいっぱい知って欲しい。
決して怖がらせるつもりはないのだけど、失恋で自殺したり、失業や職場のいじめでうつ病になったりする人は多いって聞くの。
でも、私たちはその詳細を知らされていない。学校の教科書よりも、もしかしたら重要な事かも知れないのに。
だから、今日はこの本を選んで持ってきたの。
じゃあ、読むね。」
リサ子さんは、大切そうに本をめくった。
リサ子さんは、少し内容に合わせてあどけない声になった。
子供向けの童話を読むときは、いつもそうだった。
私は、焚き火を見ながらリサ子さんの読む本の世界に、恐る恐る入っていった。
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