レベル4 いざ旅立ち ~望まない旅立ち、それは追い出し~

 レベル4


 勇者とはなんぞや。

 この言葉の定義は広い。世界の平和を守る為に冒険をし、やがて魔王を倒すのも勇者だが、誰も食べたがらない食べ物を躊躇なく口に放り込んでも勇者と称されるし、廃屋に夜中忍び込んでも勇者である。

 そのことからも分かるように、勇者は称号であって仕事ではない。何かを成し遂げようとする者、何かに挑戦する者、誰もやろうとしないことに立ち向かう者が勇者であると言ってもいいかもしれない。

 バリエーション豊かな「勇者」であるが、俺は三日前、そのうちのひとつに指名された。


 魔王を倒してこい。


 それが俺に与えられた使命だ。副村長に言わせると、それは俺の中に眠る伝説の勇者の血が、魔王を倒して世界を救うために目覚めた証であり、運命なのだという。その運命を見極める為に、三人の若者が試練に立ち向かったのだが、ふたりは途中で力尽きてしまった。

 とまあ、副村長はなんだかドラマチックに言ったのだけれど、ひとりは馬糞を触らせられて手を洗うついでに逃走、もうひとりはサソリに刺され現在入院中。いずれも副村長のせいである。

 副村長は「ゴサクは店を継がないといけないし、ヨシカツは農業に秀でた力持ちであるから村から出せない」という。哲学者の親父を持ち、哲学に精通している俺は田舎ではただの役立たず扱いされ、厄介払いされてしまったということなのだろうか。

 さっきも言ったように、勇者とは称号である。称号で飯は食えない。その称号を与えられて村を追いだされるというのは、とどのつまりは名誉職を与えられて僻地に左遷されるようなものなのだ。

 もちろん俺は抵抗を試みた。勇者だか何だか知らんが、俺は村から出て行かないぞという強い意志を見せようとしたのだが、「早く行ってこい」という村人たちの目線は冷たく、鋭かった。俺が家にしがみついていると、隣の家のおばちゃんがやって来て言った。


 「いやあ、あんたエライわあ。ねえ!魔王退治やなんてそんなん、おばちゃんようせえへんわ。やっぱり若い子は違うなあ。いや、あんたやから出来るんねんなあ。アメちゃん舐めるか?ハッカ味やで、ハッカ味。うちの旦那も今はあんなんやけど、そりゃ昔はあんたみたいに勇敢でなあ、魔王はおらんかったけど、ようマムシ退治したんやで?棒一本でコッソリ後ろから近付いてな、エイッ!って。そりゃあんた、すごい迫力やったんよお。見せたげたかったわあ。それ見ておばちゃん、惚れてしもうてなあ。あんたも、うちの旦那みたいになりや。ほれ、アメちゃんあげよ。あら!あんたコレ、ハッカちゃうわ。ソーダ味やないのお!ソーダ味が一番ええねん!あんた、やっぱりそこらへんの若い子とはちがうなあ。魔王退治、頑張ってなあ!」


 これ以上この村にいたらどんな目に遭うか分からない。次の日の朝早く、俺は村を出た。女神像と村長の家の前、あとランダムに選んだ三か所に、落とし穴を掘っておいてやった。

 俺は「魔王退治」というひどく抽象的な目的だけを頼りに旅に出た。もちろんただ歩き回るようなマネはしたくないので、村の占い師、ジュクジュクの母に次の目的地を相談した。齢百二十くらいいってそうな老占い師だ。

 ジュクジュクの母は机の上に置いた紙を一生懸命にこすりながら呪文を唱え、俺の行く末を占ってくれた。三十分ほど呪文を唱えながら紙をこすり、肩で息をするようになった頃、ジュクジュクの母は言った。


 「ここから北北東に進んだところに、村が見える・・・!」


 「その村に何があるんだ?」


 しかし、ジュクジュクの母は「ああっ!」と声を上げると突っ伏してしまった。


 「魔王の、魔王の力が邪魔をしておる・・・。村の中までは、見渡せない・・・」


 埒が明かないのでお礼だけ言って占い小屋を後にした。三十分こすった紙は薄くなったのか下が透けており、地図が見えた。この占い師がもっと若ければ勇者選抜試験に出場させられていたに違いない。


 そんな訳で俺は今、その北北東の村、キモチムラ村という小さな村の入り口に立っている。

 キモチムラ村は、俺の村よりは少し大きいがやはり小規模で、この村が抱える問題も俺の村と同じだ。なかでも過疎化における労働力不足は、他の村との交流が少ない田舎では痛手である。

 この村で何かを得られるといいが。

 俺はまず宿屋に向かった。ここまで歩き通しだったし、その間ずっと野宿だ。ちゃんとした布団に飛び込みたい。


 「・・・らっしゃい」


 渋い顔のおっさんが出迎えてくれた。丸々と太ったおっさんだ。


 「部屋、空いてるかい?」


 「・・・空いてるぜ」


 「結構滞在するかもしれないけど、何日間かは分からないんだ」


 「・・・安心しな。・・・お前さんが三年ぶりの客だ。・・・他の客がいるわけでもねえ。・・・部屋がなくなるなんてことはねえから、・・・ゆっくりしていきな」


 なぜ宿屋をやっているのだ。普通三年間も客が来なかったら店じまいするだろう。しかし、そんな酔狂なおっさんのおかげで俺は今日泊まる所にありついたのだから、素直に感謝である。

 俺は今日一日ゆっくりして、情報収集は明日から始めることにした。


 「・・・そうかい。・・・朝飯は午前四時からだ。・・・うちの自慢料理だから、・・・食べていきな」


 朝食付きはありがたいが、朝四時に起きられるだろうか。

 晩飯はどこかで食べようと思っていたが、思いのほか疲れがたまっていたようで、一眠りするだけのはずが、目が覚めたらもう朝だった。もちろん朝食は食べそこなった。

 村の情報と言えば井戸端会議のおばちゃんである。信憑性に著しくかけるのが、それでも火の無い所に煙はなんとやら。火種さえ見つかれば後は自分でなんとかする。

 とりあえず、井戸を探す為に宿屋を出ると、井戸かどうかは分からないが、おばちゃんが群れているゾーンを見つけた。何か聞けるかもしれない。

 どうでもいいけれど、ここで言う「何か」は「情報」という意味である。井戸端会議で群れているおばちゃんは古今東西お話好きと決まっているので、意味があろうがなかろうが何かは聞けるし、アメちゃんも貰えるのが当たり前だ。しかし、俺が欲しいのは魔王、もしくは俺が住める物件の情報だ。定住できる場所があれば魔王退治なんてやめて村人その一になると決めているのだ。

 近寄ってみると、俺はある違和感を覚えた。

 圧がない。

 おばちゃんが群れると、そこには一種磁場のようなものが出来上がり、男性陣及び若い女性が容易に近づけない独特の圧が発生するのである。それは漫画なら歪んだ空間として描かれるかもしれないし、もしくは結界が張られているような描き方がなされるかもしれない。しかし、俺は今それらの何も感じ取ることができなかった。圧がないどころか、活気がない。

 とりあえず話しかけてみようと、俺は近づいた。


 「あれ、お兄ちゃん、見かけない顔だね。旅人かい?」


 「うん、まあ。一応ね」


 「そうかいそうかい。それは偉いねえ。困っている村を助けて歩いているなんて・・・」


 当たり前だが、別に旅人だからと言って村々を助けて回っているわけではない。それは物語の中だけである。しかし、他のおばちゃんが続けた。


 「そうなのかい。それでこの村にも・・・。ありがとうねえ」


 なんだか怪しげな雰囲気になってきたので、俺は離れようと思った。しかし、おばちゃんが俺の腕を掴んで言った。


 「助けてくれるのかい?」


 すると、横にいるおばちゃんが言った。


 「はい。いいえ」


 おばちゃんが何人いて、どのおばちゃんが何を言っているのか分からないかもしれないが、物語におけるおばちゃんなんてのは完全なモブキャラで、造形だって同じだからこれでいいのである。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。俺は知らん間に訳の分からん事態に巻き込まれているかもしれないのだ。


 「ちょ、ちょっとおばちゃん。何を言って・・・」


 「はい。いいえ」


 時にシンプル過ぎる言葉は意味不明である。哲学者である父はシンプルなことを難しく言って意味不明だったが、シンプル過ぎても意味不明だ。

 俺はもうひとりのおばちゃんに向き直った。


 「なあ、おばちゃん」


 おばちゃんは俺を見据えたまま言った。


 「助けてくれるのかい?」

 「はい。いいえ」

 「助けてくれるのかい?」

 「はい。いいえ」

 「助けてくれるのかい?」

 「はい。いい・・・」


 やかましい!


 意味が分からない。俺は叫んだ。


 「いいえだよ!いいえ!」


 おばちゃんが言った。


 「そんなこと言わずにさ」

 「はい。いいえ」


 「いや、だから俺はそういうのじゃなくて」


 「そんなこと言わずにさ」

 「はい。いい・・・」


 「いいえだって!」


 「そんなこと言わずにさ」

 「はい。いいえ」


 どうやら「はい」と言わないと前に進めないシステムらしい。俺は諦めて「はい・・・」と答えた。するとおばちゃんは嬉しそうな顔をして言った。


 「本当かい?それは助かるねえ!話はマリン様に聞いてくれ。そうだよ。この村の長老で魔道士なのさ!西のはずれの大きいお屋敷に住んでいるんだよ」


 聞いてもいないのに話を進めやがる。どうせ何を質問してさっきと同じように「本当かい?それは助かるねえ」的な、全く同じセリフを何度も言うに決まっているから、俺は西のはずれにあるという大きな屋敷に向かうことにした。

 西のはずれもなにも、小さな村だから井戸のところからでも見えていた屋敷だ。大きな煙突があり、モクモクと煙が立っている。近所から洗濯物が汚れるとクレームが来ないのだろうか。


 「おじゃまします」


 俺はマーリン様とやらの家に入って行った。

 魔道士という言葉は知っているが、それが何をしている人たちかはよく分からない。占い師と同じようなものだろうかと思ったら、急にジュクジュクの母のことを思い出し、ちょっとイラついた。

 だだっぴろい居間が広がっており、その中央に置かれた豪華なテーブルセットが置かれている。暖炉があり、その横には本棚が置いてある。俺はなんとなく本棚を調べた。とくに変わった本はないようだ。

 二階に続く階段があるので、俺は登ってみた。不法侵入だが今はそんなことを言っていられない。長老だし、たぶん村役場的な感じで勝手に入ってもいいに違いない。

 二階は小さく、部屋の中央に大きな壺が置かれており、その壺からは大量の煙が出ている。遠くからでも見えた煙はこれだったか。煙突から煙は排出されているものの、換気は十分ではないようでやたらと煙たい。

 煙に気を取られて気付かなかったが、ひとりの老婆が壺の横に立っていた。大きなローブを着ており、いかにも魔道士!という感じだ。


 「あの・・・」


 俺は話しかけた。


 「あなたが長老で魔道士のマーリンさんかい?」


 「違うよ」


 じゃあ誰だ?


 「あたしは魔道士でもマーリンでもない」


 「じゃあここに住んでいる人は・・・」


 「ここはあたしの家だよ」


 老婆は俺の方へ近づいてきた。


 「あたしはマーリンじゃない。マリンだよ。「真に凛とする」と書いて、マリンさ」


 「魔道士じゃないというのは?」


 俺が聞くと、マリンさんは深くため息をついた。


 「やれやれ。確かに私は魔法を使える。そう、愛という名の魔法をね」


 面倒くさそうなババアだ。


 「わたしは魔法を使える。でも、魔道士じゃなければ魔法使いでもない。何だと思う?」


 そう言いながらゆっくりと近づいてきた。愛という名の魔法を使えるとは思えないしわくちゃ具合のババアが、一生懸命腰をくねらせながらー実際にはゾンビのようだがー近づいてくる様はなかなか見ていられないものだ。


 「あたしはね、伝道師なのさ。そう、愛の伝道師、指名ナンバーワンキャバ嬢、社長と言う名の財布を使いこなす伝説の美魔女、真凛様だよ!」


 そう言うと俺の第一ボタンを人差し指ではじいて外した。


 気色わるっ!!


 俺の怪訝な顔を見ても一向に気することなく、今度は俺の顔を指でなぞり、おでこを突いた。


 「ふふっ。いけないコ」


 今すぐ出て行きたかったが、今のところこのマリンさんの話を聞かないと前に進めそうもない。

 前途多難の旅と俺の運命は、とっても不快な感じで動き出した。

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