クリムの罪

 写真は、ゾーイが自分の目で映し出したものだという。


「ウソだぞ! クリムが街を襲うなんて!」


「しかし映像は事実よ、ランバート・ペイジ。彼は……クリム・エアハートはわが母を撃った」


 母親の敵討ちのために、ゾーイはクリムを追っているのか。


「クリムは、なにか弁解の言葉を残しているか?」


「何も。母を殺害してそのまま逃走したわ。この街も壊滅させて」


 初めてゾーイから、人間らしい感情が見て取れる。


「我々も彼を追っているけど、もしあなたたちがクリム・エアハートを見つけたら、ワタシに差し出して」


「断ったら?」


「すべてのセイクリッドが、あなたの敵になるわ。特に、そちらの魔法さんは。我々は天使だから、魔族には容赦しない」


「わかった。交渉は決裂だな!」


 俺が宣言すると、セイクリッドたちが一斉に俺に銃を向けた。


「あなたは、自分が何を言っているか、わかっているの?」


 ゾーイが、天使の羽を自律兵器として展開する。


「俺は、友人をお前たちなんかに売ったりはしない。またそのためにサピィを天秤にかけたりもしない。それだけだ。だが、あんたと敵対するつもりもない」


「というと?」


「情報が必要ならくれてやる。あとは勝手にしろ」


 俺たちは全力で、クリムを守るまで。


「エアハートを発見するまで、共闘しろと?」


「そうはいわない。お互い、手出し無用と行こうじゃないか」


 提案を聞きながら、ゾーイは冷笑する。


「ずいぶんと強気ね。どうして?」


「あんたを信じているからだ」


 ゾーイが、怪訝そうな顔をした。


「悪びれているが、もし本当にあんたが卑劣な極悪人なら、グレースを交渉材料に使うはずだ」


 一般人のグレースなら、拘束しようにも手がかかるサピィよりは御しやすかろう。クリムの身内という点も、人質としては有効である。


「グレースは元気に店をやっていた。つまりあんたらにとって、グレースは用済みであると、俺は判断した。違うか?」


「ええ。彼女は妹ではあっても、クリム・エアハートと血が繋がっているわけじゃない。クリム・エアハートという名も、彼があの家に引き取られてからつけられたものだった」


 それで、ゾーイはエアハート一家からは情報を引き出せないと睨んだわけか。


 育ての親であるからこそ、クリムはこれ以上迷惑をかけられないと思ったのだろう。何も痕跡を残していなかった。クリムはもう二度と、エアハートの家に帰るつもりはない。


「そんな人間を拘束したところで、どうせ彼は見殺しにすると我々は考えたわ。あなたには有効かもしれないけれど」


「そうなったらどうなるか、お前たちならわかるはずだ」


 おそらく、ここにいる全セイクリッドを相手にしても、俺たちの方が間違いなく強い。


「だから、交渉は決裂だと?」


「ああ。俺たちのやることに関わるな。クリムは、俺たちで守る。ただし、ちゃんとルダにむについての事情を聞く」


「信用すると思っているの?」


「してくれ、としか言えない」


 ゾーイは、呆れたようにため息をつく。


「クリムが発見され次第、あなたたちとは敵になる。それは覚えておきなさい」


「わかった」


 銃を引っ込めてもらい、俺たちはドームを後にした。


「はあ。ペールディネに戻って、グレースの様子を見てこよう」


 これからはおそらく、セイクリッドとも敵になる。


「サピィ、すまない。お前を守るためなら、ああするしかなかった」


「謝るのは、わたしの方です。あなたに危険な選択をさせました」


「いいんだ。どの道対立していたんだ。時期が早まっただけさ」


 トウコが、俺に飛びついてきた。


「ランバート、お前かっこよかったぞ!」


「そうでもないさ。立場が不利になったんだから」


「いいんだって! あんな奴の言いなりなんて、ゴメンだったからな!」


 フェリシアも、うなずいている。


「そうね。彼女たりのルールに、がんじがらめにされていたかもしれない。あなたは正しい判断をしたわ」


「ありがとう、フェリシア」


 転送ポータルでペールディネに向かうと、大変なことが起きていた。


 グレースの店が、閉まっていたのである。


 貼り紙には、「移転」と書いてあった。


「そんな。まさか!」


 ゾーイが本気を出したのか?


 俺は、アイレーナに自身を転送した。故郷なら、手がかりがあるかも。


「グレースどこだ!?」


「ここよ? どうしたのランバート?」


「へ?」


 なんとグレースは、コナツ工房の斜め向かいに店を出していた。


「お前、なんだよ急に!」


「いやねえ。前の家に戻ってきただけじゃないの」


 ダンナと相談して前の店を売り、旧家に店を建て直したという。


「ここは、母の故郷でもあるし、終の棲家として住んでもらおうって」


 そう言うが、本心はクリムの帰りを待っているのかもしれない。


 血はつながっていなくても、心がつながっているから。


「ありがとうグレース。クリムも、きっと帰ってくるさ」


「そうかな? ありがとうランバート。営業は明日からだけど、食べていってちょうだい」


 涙ぐみながらも、グレースはエプロンを締め直す。



 今日は、グレースの店で夕飯をもらうことにした。




 翌日から、俺たちはリックと共に、クリム捜査にあたる。


「ここが、ドローンが撃ち落とされたという場所ですね……ランバート!」


 サピィが、地下道に続く道を指す。


 発見したのは、ハンターたちの死体だった。


 俺に、因縁をふっかけてきた奴らだ。


 彼らは、胴体を真っ二つにされて死んでいた。


「こんな殺し方ができるやつを、俺は知っている」


「ジェンマですね」


 サピィも、俺と同じ推理にたどり着いたようだ。


 どんどん、クリムの立場が悪くなっている。


「ちょっといいか?」


「どうした、リック?」


 俺は、リックに呼び出された。


「実はドローンの破壊箇所が、妙なんだ」


「なにがあったっていうんだ?」


「これを見てくれ」


 端末に内蔵されているカメラで、リックがドローンの残骸を見せる。


「カメラの位置は、ここなんだ。機体の中心にある。しかし、ドローンは後ろから撃たれて壊れてる」


 ギルドも気づいていると思うが、どんな判断を下すかはわからない。


「リック、お前はどう睨んでいるんだ?」


「ハンターギルドの中に、クリムの殺害を依頼したやつがいるんじゃないかと」

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