本格的な治療

 顔見せも終わり、俺たちはアイレーナの拠点へ戻る。


 明日は午前九時から出発だ。


 その前に、サピィは本格的な治療をしたいという。


 他のメンバーは、各々の部屋で休んでいる。ビョルンは、コナツと飲んで語り合うそうだ。


 大きなベッドには、俺とサピィの二人しかいない。サピィと部屋で二人きりになるのは、初めてだ。


「また、この腕輪の世話になるな」


 俺は、再びサピィの作ったリングを手首にはめる。


 オブシダンの刀『黒曜顎コクヨウガク』でも、フィーンド・ジュエルの回収はできた。とはいえ、ジュエルの取得はこちらの方がしっくりくる。


「明日からは、長丁場になります。行っては帰りの繰り返しになるといえども、危険は伴うでしょう。今日いっぱいは、ランバートの治癒に当てます」

「そんなに、俺はひどいケガをしているか?」

「やせガマンしているだけで、あなたには疲労が蓄積しています。わたしにはわかるんですよ」


 早く脱ぐように、サピィは俺を促す。


 インナーだけになった俺を、サピィはうつ伏せにさせた。


「まずは、背中から」

「頼む」


 ひんやりとした感触が、俺の背中を這う。


「お、おおお」


 この肌触りは、スライムか。

 後ろを向けない状態なので、判別はできない。

 しかし、このしっとりとした質感は間違いなくスライムだろう。

 サピィは身体の一部をスライムと化して、俺の治癒を施しているのか。


「少しくすぐったいですが、じっとしてください」

「お、おう。そんなにひどいか?」

「はい。回復魔法でも、魔術師の魔力導線までは手が回りません」


 治癒魔法で治せるのは、あくまでも肉体的な部分のみだ。

 メンタル、精神面の回復はできない。

 どれだけ回復魔法を施しても、食事や睡眠が必要なように。

 肩こりや疲れ目なども同様だ。

 こればかりは、回復魔法でどうなるわけではなかった。


「あなたは【サムライ】になったことで、肉体も多少は強化されています。健康になったといいますか。しかし、魔力経路までは回復しきっていません」


 特に魔術師には、『魔力経路』という魔力を行き渡らせるための見えない通路が存在する。

 修行などで覚醒するが、潜在的なものだ。

 たとえれば、人間の神経に近い。


 魔法使いの魔力経路は、それこそ睡眠や適度な休息が必要である。


 サピィは、直接魔力経路に触れて治すことができるらしい。人間にはできない芸当だ。


「そんな術が使えるのか?」

「マギ・マンサーのメインスキルです。わたしのスキルは、術士に特化しています」


 サピィの職業は、【魔導占術師マギ・マンサー】という。

 魔術師の仕掛けたワナを見破り、魔術師を癒せるらしい。


「天変地異まで引き起こすことが可能です。塔やダンジョンのような閉所で使うとなると、注意が必要ですが」

「だんだん、なんでもアリになってくるな、サピィは」

「あなたはもっと、規格外ですよ。普通の人間は、ここまで強くなることなんてできません」

「そんなに特殊なのか、俺は?」

「はい。人工的に施術されているのでは、と思えるくらいに」


 そうか。サピィは、それを調べたいのかもしれない。

 俺の身体に何が起きているのか。

 俺が、急激なレベルアップに耐えられるのか、を。


「俺のこと、なにかわかりそうか?」

「やはり、隠し事はできませんね」


 観念したのか、サピィも手の動きを止めた。


「サピィの突飛な行動には、必ず意味があると知ったからな」


 アークデーモン相手に単身挑んだり、大事な国家間会議の最中に別行動を取ったりと、サピィのやることには目的がある。


「知りたくなければ、治療は中断しますが」

「いや、頼む。俺も、自分に何が起きているのか知りたい」

「では、遠慮なく。その際に、あなたの身体に深刻な変化が生じている場合でも、受け止めてください。ショックは大きいと思いますが」

「構わない」


 ハンターなんてしているんだ。多少のトラブルは避けられない。


「今度は前を」

「待ってくれ。もうちょっと収まるまで」


 今は、大変な状態になっている。

 こんな姿を見たら、サピィは幻滅するだろう。


「いえ。昂ぶっている状態で行うほうが、色々判別できますので」


 仕方なく、俺は仰向けになる。


「手をどけて」


 俺に腰から手を離すよう、サピィが促す。


 ややギョッとした顔を、サピィが見せた。


「すまん」

「お気になさらず。これは生理現象なので」


 なるべく見ないように、サピィは手を動かす。

 胸や脚を、積極的に調べた。


「やはり、魔力経路にダメージがありました。これで、より魔力が全身に行き渡りやすく鳴るでしょう。あとは……」

「ちょ……っ!」


 サピィの手の動きが、段々と大胆になっていく。


「じっとして、撫でるだけです」


 インナー越しとはいえ、サピィの柔らかい手が俺を撫で回す。


「触れるだけで、だいたいの構造は把握できます」

「そ、そうか」

頭に電流が走るような、感覚に襲われた。

「あの、メンズエステまで頼んだ覚えはないんだが?」


 この手付きは、やや風俗めいている。


「ご経験があるんですか?」

「ないない」


 俺は、首を振った。


「変なご想像は、さすがにご勘弁を」

「ううっ、すまん」


 治療、なんだよな?


「相手がランバートでなければ、ここまで刺激の強い施術はいたしません」

「そうなのか?」

「わたしがここまでする必要があるほど、あなたはダメージを負っているのです」


 サピィの言葉が、重い。


「一応、男性機能なども確認しておかないと。もし、『秘宝殺しレア・ブレイク』の影響が子種にまで及ぶとなると、大変なので」

「そうか」

「わたしでは、お嫌ですか?」

「違う違う。断じてそんなことは」

「埋め合わせはしますので」


 サピィに言われ、俺は顔が熱くなる。


「あ……今ものすごく反応がありました。心臓の鼓動も早くなっていますね」


 顔をそらして、サピィを見ないようにした。


「お疲れさまでした」


 どうやら、治療は終わったようだ。


「これで、あなたの魔力を流す動作はこれまで以上にスムーズになるでしょう」

「ありがとう、サピィ」

「それでなんですが、生殺しは辛いですか」

「は?」


 何を言っているんだ、サピィは?


「もし、続きをとおっしゃるのでしたら」


 おもむろに、サピィは寝間着を脱ぎ始めた。

「おいおいサピィ!?」

「先程、申しました。埋め合わせはすると」


 埋め合わせって、これのことか!


「いいからいいから! 服を着ろカゼをひくぞ!」


 シーツをかぶって、俺は横になる。


 すぐ背中に、さっきにスライム的な感触が蘇ってきた。


「ガマンは、身体に毒です」

「勘弁してくれ。自分の身体を大事にしろ」

「そうやって、人はレスになると言います。たとえ気持ちでは愛し合っていても」


 サピィが、耳元でささやいてくる。


「俺は、お前とそういう関係になりたいワケじゃない」

「わたしは、あなたのパートナーにふさわしくないと? やはり、わたしが魔族だからでしょうか?」

「違うんだって。感情の流れや雰囲気だけで、お前とは関係を持ちたくないんだ」


 どうにか、サピィを説得する。


「お前の気持ちは、よくわかった。でも今は眠ろう。サピィのおかげで、俺の気分は最高だ。明日はうまくやれそうだ。ありがとう」

「はい……」

「俺に、できることはないか?」


 サピィは、沈黙した。怒らせてしまっただろうか?


「寂しい思いをさせてしまっているか?」

「いえ。でも、少しこのままでいさせてください。誰かと一緒に眠るのは、久しぶりなので」


 そうだ。サピィには家族がいない。誰かと共に寝ること自体、いくらぶりくらいだろう。


「俺は、死なない。だからゆっくり休んでくれ」

「ありがとうランバート。おやすみなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る