ヒーラー崩れのマッパーと、ソードマン

 ヒューコへ戻ると、塔の入り口で僧侶がライオンの獣族を羽交い締めにしているではないか。


「離せよ! オレだけでも災厄の塔を攻略してやるんだ!」

「ダメだよルーオン! 一人じゃ危険だって、リックも言ってたじゃん!」


 ルーオンというライオン族を止めているヒーラー少女には、見覚えがある。リックの仲間だ。


「どうしたんだ?」

「このコが、一人で行くって聞かなくて!」


 ヒーラーが、なおも獣族を引き戻す。


「うるせえ! オレが油断したせいで、リックはケガをしたんだ。自分の不始末くらい」

「バカ! そんなのリックは望んでない! いいかげんにしなよ! そんな跳ねっ返りだから、仲間だってバラバラになったんじゃん!」


 なにか、ワケアリのようだ。


「おうボーズ、ここから先は危険だぞ。怖い堕天使が、塔を占拠しようとしているんだぞ。一人で行くのは死ににいくようなもんなんだぞ」

「わかってるんだよ! すっこんでろクソドワーフ!」

「なにをー……とでもいうと思ったか?」


 一瞬トウコは怒ったが、すぐにおどけた。


「キレねえのかよ?」

「お前みたいなやつは、弟の中にもわんさかいたぞ。みんなお前みたいにイキリ屋でなー。でもな、ウチに装備の修理を頼みにくるハンターたちの姿を見て、現実を知るんだ。一歩間違えば、自分は死ぬんだなって」


 中腰になりながら、トウコはルーオンを諭す。


 ようやく、ルーオンは落ち着いたらしい。塔へ入り込もうとはしなくなった。


「ヒューコで、うまい喫茶店を知らないか?」


 調査隊との打ち合わせまで、まだ時間がある。


 俺たちは、彼女たちにリックのことを聞くことにした。


 傭兵都市ヒューコにも、グルメに力を入れている店はあるようで。


「うまいな、ここのチーズケーキは」

「でしょ? 塔に棲む牛型モンスターから、乳を採取するんです。ワタシたちも駆け出しの頃、そのミッションで食いつないでいたんですよ」


 ヒーラーの少女が、うれしそうに語った。


 塔の牛型モンスターから乳をとることが、このダンジョンの初期ミッションだ。


「リックの仲間だったよな」

「申し遅れました。ワタシはリックの下で働いている、コネーホといいます」


 コネーホが、キャップを脱ぐ。彼女の頭には、ウサギの耳が生えていた。


「お前さんも、獣族なんだな? 獣族のヒーラーか」


 たいていの獣族は、戦闘や斥候などに就く。ヒーラーなどの後方支援型になる獣族は珍しい。


「はい。ヒーラーはついでで、マッパーなんですよ」


 あはは、と、コネーホは乾いた笑い声を上げる。


「マッパ? 丸裸になるのか?」

「違うわよっ。マッパーってのは、ダンジョンのマッピングをする人のことよ」


 ウサギ獣族は、夜目が利く。耳もいいので、マッピング職はお手の物だとか。


「自力で回復する術が欲しかったので、ヒーラーを選びました」


 自分なりに、考えているんだな。


「俺たちは、調査隊と打ち合わせに来たんだが?」

「だったら、わたしたちです!」


 コネーホが、胸をドンと叩いた。


「リーダーのリック・ロードストリングスから、伺っております。自分が留守をする間、あなたの側につけと」


 まだ目が回復していない自分の代わりに、面倒を見てくれないかという。


「リックの目は、悪いままか?」

「残念ながら、義眼になるだろうと」


 サイバーウェアか。サイボーグ化すると、性能は並の人間より高くなる。だが、肉体は成長しなくなる。リックがそれに耐えられるかどうか。


 隣には、同じ獣人族の少年が。背中に剣を担いで、腕を組む。こちらを警戒しているようだ。


「彼はワタシの幼なじみで、ルーオンといいます」


 あいさつもせず、ルーオンはそっぽを向く。


「お前がランバート・ペイジか。レアアイテムが出ないんだってな。どうしてオレが、こんなやつらと」

「ルーオン! この人たちがリックを助けてくれたんだよ!」


 俺たちにいい感情を持っていないルーオンの袖を、コネーホが引っ張る。


「とにかく、ランバートさん、みなさん、よろしくおねがいします」


 ルーオンの後頭部を抑え込んで、コネーホが頭を下げた。


「わかった。俺たち敬語は必要ない。リックとも親しかったんだろ? だったら、俺とも友だちだ」

「そうですか。じゃあ、よろしく、ランバート。とにかく、ワタシたちはあなたたちの仕事ぶりを見て、勉強しろとのことです」


 では、下手なことはできないな。


「ランバート、彼らの装備が気になります。ここは早速、出番かと」


 ああ、ダフネちゃんか。


「おかえりなさいです、ランバート」


 ダフネちゃんは精霊だからか、休みが必要ないらしい。年中無休で応対してくれる。


「さっそくだが、装備を新調したい。こっちがヒーラーでマッパーだ。えっと、こっちは……」


 ルーオンの装備を見ると、両手持ちの曲刀である。ベルト脇には、細い十手がぶら下がっていた。


「サムライか?」

「ただのソードマンだよ。イヤミかよ?」

「悪かった。ダフネちゃん、彼はソードマンだ」


 レベルは、二〇か。二人とも、そこそこだな。


「リックが鍛えてくれたのか?」

「そうなんです! リック団長のおかげで、ひよっこだったのがここまで成長しました」


 えへへ、とコネーホがはにかむ。


「でも、全然なんだろ? 顔に書いてる」


 たしかに塔の攻略が目的なら、足手まといになる。


「とはいえ、俺はお前たちを頼まれているからな。仲間として信じている」

「……く、口なら、なんとでもいえるよな」


 ルーオンは、視線をそらす。


「認めてくれてるじゃん。素直に喜びなよ!」

「るっせえな」


 コネーホにおちょくられたせいか、また元の仏頂面に戻ってしまう。


「人からのよきアドバイスは、素直に受けるです。でないと、どんどん悪い意見ばかりを吸収してしまって、取り返しのつかないことになるです」

「なんだよ。説教かよ?」

「違うです。独り言なのです」


 言いつつ、ダフネちゃんは作業の手を止めない。


「できたです」


 数時間後、ダフネちゃんは女性用の法衣を完成させた。


「モンスターの皮で作った、丈夫な生地です。動きやすいミニスカート状態にして、手袋は羊のモコモコをつけたです。弾力があって、拳をガードしてくれるです」


 かわいいのに、機能性まで兼ね備えているとは。


「そっちのぼっちゃんには、クエレブレの皮を再利用した軽い甲冑を作ったです」

「クエレブレだって!?」


 ヨロイの生地にクエレブレを使ったと聞いて、ルーオンが驚く。


「バカな。クエレブレっていったら、セグメント・セブンの大物じゃないか」

「俺たちがやっつけた」

「なんだって。お前らが? ウソだろ? 誰かが倒したのを、拾ったんじゃ?」


 疑ってかかるルーオンに、ずっと黙っていたサピィがハンター証を見せる。


「討伐証明書です」


 ハンター証に指を走らせると、ホログラムが浮かぶ。


「ホントだ。ちゃんと書いてある! まったく、なんだってんだお前ら……」


 ヨロイを着替え終えて、ルーオンが俺を指差す。


「で、でもオレは認めない! リックがナンバーワンのハンターだ!」

「それでいいさ」


 あっさり俺が返すと、ルーオンは言葉を失う。


「お二人の武器はレアアイテムだったので、手を付けていないです。ありがとうございましたです」

「ありがとう。俺たちも用があったらお願いするよ」

「はいです。お気をつけて」


 ギルドに行くと、調査隊の結成が終わったと報告が。調査隊は、酒場にいるという。


 俺たちは、ハンターたちの集う酒場へ。


 酒場では、際どい衣装の数名の少女が腰をくねらせて踊っていた。


「あれ、ビョルンですよね?」



 少女たちに紛れて、ビョルンも踊っている。

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