フェリシアの鉄拳

 イスごと、大臣が派手にすっ転ぶ。


「キミ!」


 サドラー王と側近数名が、フェリシアの蛮行を止めようとした。


「大丈夫だ!」


 俺たちで、王たちを遮る。


「今は大事なときなんです!」


 鬼気迫るヒルデの声と形相から何かを感じ取って、サドラー王たちは引き下がった。


 なおもフェリシアは、寝転んだ状態の大臣にまたがる。

 胸ぐらを掴み、自分の方へ顔を向けさせた。


「祖父がこんなやつだとは、思わなかったわ!」


 フェリシアの言葉に、大臣の表情も変わる。


「お前は、本当にオフェーリアなのか?」

「気安く呼ばないでよ!」


 空気を切り裂くような、悲痛な叫びが会議場に響いた。 


「私は、あなたの政治の道具だったの!? ペールディネは、あたしを雑になんか扱わなかった。ペールディネのおじいさまは、魔女の弟子にさせたのは厄介払いかもしれないけれど、私はそうは思っていない!」


 フェリシアには、あれが最適解だったのだとわかったのだろう。

 理解できたのは、魔女の手紙に触れたからだ。


「今の王様だって、私をできるだけ政治からは遠ざけてくれていた。それなのに、おじいさまは自分の保身ばかり!」


 大臣の胸ぐらを掴みながら、フェリシアは言葉を並べる。


「私は、あなたの思い通りにはならないわ。ペールディネもエルトリも関係ない! 私は女君主ローデスのフェリシア! ただのフェリシア・モーテンセンよ! 私の人生は、私のものよ!」


 感情をすべて吐き出すと、フェリシアは大臣を解放した。


 側近が大臣に近づき、イスを立たせる。


 起き上がった大臣の顔は、ますますフェリシアに対して敵意を剥き出しに。


「なんだこの女は! ただちにひっとらえろ!」


 エルトリの大臣は、部下に指示を出す。


 しかし、部下たちは動けない。相手は大臣の身内だ。しかも、強い。

 自分たちがタダでは済まないばかりか、自分たちの身辺にまで影響が及ぶ。


「ワシがいいと言っているのだ! 動かんか貴様ら!」

「どこまで強情なんだ、あんたはーっ!」


 トウコまで興奮して、ケンカに参加しそうな勢いに。


「待てトウコ。これは家族の問題だ。部外者が口を挟むな」

「だってよぉ、このままじゃフェリシアがかわいそうじゃ――」


 なぜか、トウコが言葉をやめた。


 俺もフェリシアも、窓に顔を向ける。


「フン! やはり一般人に放り出すべきだったのだ! 騎士団などという戦闘力を与えてしまったから、増長しおって! これだからペールディネは身内に甘いと!」


 再び、フェリシアが大臣に突っかかった。

 窓から離すように、大臣を床へ突き飛ばす。


「なんじゃ! ま……」


 大臣が口ごもった。


 フェリシアの身体が、窓の方から壁に吹っ飛んだから。


 めり込む勢いで、フェリシアが壁に叩きつけられる。


「ぐはあ!」


 ドサッと、フェリシアが倒れ込んだ。

 腹部から、大量に血を流している。

 きらびやかなドレスも、鮮血でボロボロだ。


「お姉さま!?」


 ヒルデが立ち上がる。


「オフェーリア!? なぜ!?」


 大臣が、フェリシアの方へ視線を向けた。

 彼は、この世の終わりのような顔をしている。

 各国の首脳陣も、足がすくんでいるのか動かない。


「全員伏せろ!」


 俺が言うと、騎士たちが各首脳たちを伏せさせた。


「頭を下げてこの部屋から出ていけ! 一人ずつだ! 兵士は先導!」


 VIPたちが、俺の指示をそのまま騎士たちに伝える。


 騎士がVIPをかばいつつ、外へ出ていった。


 しかし、彼らとは逆方向へ向かう女性がひとり。


「お姉さま!」


 地面に落下したフェリシアに、ヒルデが駆け寄ろうとする。

 起きようとする大臣を蹴り飛ばし、フェエリシアの元へ行こうと。


 サドラーの騎士が、ヒルデの行く手を遮る。


「どきなさい! お姉さまが危機なのですっ!」


 次の瞬間、ヒューコ王を守護する騎士の頭がシールドごと吹っ飛んだ。


 ヒルデ王女の目の前で。


「ヒッ!」


 あと一歩ヒルデが近づいていたら、ヒューコの騎士ではなく……。

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