人を救ったレア

 店の方に降りると、シェフが俺たちに頭を下げた。店には誰もいない。客が落ち着いたタイミングで、店主が『準備中』に変えたという。


「ありがとうございました。あなたは義母の恩人です」

「とんでもない。俺はおばさんが元気になればいいと思っただけだ」


 俺たちは、グレンダおばさんが作ったデザートを食べさせてもらう。


「これは、素敵です」


 プルプルした瑞々しい団子が、皿に乗っている。


 目の前に置かれたのは、わらびモチちという東洋の食べ物だ。

 片栗粉でできた透明なモチに、プリンのカラメルをつけて食べる。水っぽいと思ったが、なかなか味わい深い。

 スライムを題材にしているのも、シャレている。


「このきな粉っていう粉も使えるよ」

「わあ、おいしいです!」


 サピィも、わらびモチを気に入ったみたいである。


「義母を助けてくださって、ありがとうございました」


 店の亭主が、俺に礼を言う。

 母親を早くに亡くしたので、グレンダを実の親のように慕っていたという。

 俺と同じだ。


「こちらこそ、グレースを大切にしてくれているようで。ありがとう」

「次、街へお越しでしたら、お代は今後結構ですので」


 グレースと同じことを言われてしまった。


「いやいや、そういうわけにはいかない」


 こんな時代だ。支え合いは大事である。


「じゃあ、ゴハンはタダでいいわ。デザートまでただにしたら、食べつくされちゃうから」

「それもそうだ。アハハ」


 俺とグレースが、笑い合う。つられて、みんなが笑い出す。


 でもいい提案だ。デザートは、金を払ってでも食いたいから。


 グレンダおばさんには部屋で休んでもらい、俺たちは帰ることに。


「長居してしまって、申し訳ない」

「いえいえ。またお越しください」


 俺は、店主と握手をかわした。


「ごちそうさまでした。グレースさん」

「どうしたしまして。サピィさん、ランバートはいいやつだから仲良くしてあげて」

「はい。もちろんです」

「こんないいやついないよ! パーティのヤツら、みんな見る目がないの! 兄貴も素敵だけど、秘宝バカだし」


 グレースがためいきをつく。 


「じゃあ、街によることがあったらまた会いに来て!」


 旧友の妹は、最後まで騒々しかった。


「すまんな。一言多いヤツで」

「素敵な方でした。あれは、旦那様も放しませんね」

「だな。店を構えるかぁ。勇気がいることだよな」

「そうですね。このご時世、店があっても魔物の襲撃などもありますから」


 アイレーナでは、考えられないだろう。街にまで魔物が入りかねない。常に警戒が必要で、最低限の施設しかなかった。


「コナツも、ここに連れてこられたらいいんだが」


 そうなれば、商売はもっとうまくいくだろう。


「王都は、税金さえクリアすれば住みやすいですからね」


 安全こそ保証してくれるが、王都は住むとなったら各種税金がかかる。インフラが行き届いている理由は、そこにあった。アイレーナで細々と、地味にやっていくしかないのだろうか。


「もう少し、街を見て回りましょう。リサーチです!」

「そうだな!」


 気持ちを紛らわせるかのように、俺たちは街を満喫することにした。


「まずはクレープの屋台だな!」

「また、甘いものを食べるんですか!?」

「クレープは別腹だ!」

「まあ。スライムでさえ暴食は控えているというのに、呆れますね」


 そう言うな。リサーチなんだから。

 



 ポータルを使って、帰還する。


「すまんコナツ。あの杖はあげてしまった」


 俺は、杖のいきさつをコナツに話す。


 コナツは何も言わず、俺を抱きしめた。


「すまん、コナツ」

「何を言ってやがる!? オレの作ったアイテムが、人の命を救ったのか! よかった」


 コナツの眼には、熱いものが。


「ありがとう。コナツ。お前のアイテムがあったから、グレンダおばさんは助かった」


 夕飯の時間となり、食卓を囲む。


「礼を言うのはこっちだ、ランバート。オレ、今日ほどアイテム作りをしていてよかったと思ったことはねえぜ! 今日は、いい酒が飲めそうだ」


 豪快に、コナツはエールを煽った。グレンダおばさんが元気になったことを、自分のことのように喜ぶ。


 俺は食が進まない。まだバケツプリンが腹に溜まっているわけじゃないのに。


「何があった? グレースちゃんにおちょくられたか?」


 コナツが、俺の顔を覗き込んだ。


「いや違う。実は……」


 ペールディネのブティックに、クリムの写真があったことを話す。


「それだけで、お前がそんなにヘコむかよ。他にもあるんだろ?」

「ああ。ペールディネのアイテムショップに、父の名前を見つけた」


 ショーケースにあった、街で一番高価なドレスは、元ハンターである父が獲得したものだった。 


「あれ、お父様だったのですね?」

「そうだ。マスクをしていたから素顔は見られないが」


 父の話題を極力避けるように、俺は黙々とデザートのプリンを口にする。 


「お前、まだ引きずってんのかよ?」


 エールをがぶ飲みして、コナツが俺の肩を叩いた。


 黙って俺は、プリンの山を崩す。


「どういったことでしょう?」

「こいつのオヤジは昔、剣士だったんだ」


 聞いてきたサピィに、コナツが俺の代弁をする。

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