掌編小説・『禁酒』
夢美瑠瑠
掌編小説・『禁酒』
(これは、2019年の「禁酒の日」にアメブロに投稿したものです)
掌編小説・『禁酒』
1
禁酒というのは難しい。だいたいが禁酒するのがいいことか悪い事かも曖昧だ。
飲酒には効用がある。酒もビールも発酵食品だから基本的に体に良い。
リラックスする効果があって、ストレスの解消になる。
睡眠薬の代わりになる。睡眠薬のような健忘症にはならない。
(アルコールと睡眠薬を合わすのは危険だが・・・)
コミュニケーションの潤滑剤になる。宴会にはアルコールが欠かせない。
酒は神様からの贈り物で、唯一の合法ドラッグなのも、故なきとしない・・・しかし、呑みすぎは禁物だ。
これが古来からの人類共通のジレンマなのである。
呑みすぎるので、禁酒したい、誰しもそう考えるが、アルコール依存症になったら、もう完全に断酒するしかない、死ぬか、断酒するかだ、そう断言されて、俺はしおしおと心療内科から帰ってきた。
世の中に健全な酒飲みというのは多いのかもしれないが、俺はそうではない。とことん呑みたくなるタチだ。それでとことん呑んでいるうちに、案の定依存症になってしまった。
で、医者にシアノミドという嫌酒薬を処方されたが、これは薬に敏感な人は飲まないほうがいい。おれは三、四回死にかけた。
行動療法?という発想なのだろうがそれで死んだ人はいないのだろうか。
死んだらだれが責任を取るのだろうか?そういう怖い薬です。
今は、飲酒欲求j自体を抑える、そういう薬に替えてもらっている。
これは安全で別に副作用もない。
禁酒、禁酒、と金科玉条のようにお題目を唱えつつガバガバ酒を食らっているアンビバレンツ、二律背反なおれのところにある日、酒の神「バッカス」が訪ねてきた。
バッカスは「よう、やってるか」とぐい吞みの真似をして、ニヤッと笑った。
おれは当然驚いたが、酔っ払っているので「やってるよ。あんたがバッカスだということはすぐわかったぞ」と、ニヤニヤしてやった。
赧ら顔で、古めかしい布袋様のような奇体な衣装を纏ったバッカスは、「そう、おれは酒の神バッカス。別名がデュオニソス、肉欲と豊穣と混沌の神でもある。
バッカスというがバカではない。神様をなめるなよ。
お前は依存症だそうだな。お前に正しい酒の飲み方を教えてやるという、非常に道徳的な倫理的な目的を携えてやってきたのだ」と、のたまった。
「酒の飲み方が間違っていますか?」
と、酒について自信がない、葛藤しているおれは尋ねた・・・
2
「お前の酒の飲み方はな、酒の神の本意を裏切っている。まず人々が酒に溺れるということを私は願っていない。酒は豊饒の恵みであって、尊いものだ。
人々を和合させて、労働をねぎらい、人生の労苦を癒す、それが酒だ。
お前のように人生を滅ぼす呑み方は邪道なのだ。
酒は全ての飲み物の王者で、英語では「飲む」というのが酒を飲むことになっている。お前のようなアル中の輩が酒というものの値打ちを貶めている。
俺はこうやってそういう正道から外れた酒飲みのやつらの根性を叩き直してやるべくあちこち巡回しているわけだ。
酒の神といわれるからにはそれなりにいろいろ酒の毀誉褒貶について気を遣わざるを得ない。俺がここへ来た理由が分かったか?」
おれは神妙にうなずいた。
「ありがとうございます。私のように酒を冒瀆する飲み方をしている人間に本来の酒の飲み方を指導してくださるというわけですね。では、酒の飲み方の極意とはどういうものでしょうか?」
おれは全く赤ん坊のように素直な気持ちになって尋ねた。
「酒は呑んでも呑まれるなというだろう。酒について主人でいるのが大事だ。難しいことではない。まずしっかり背筋を伸ばして酒と真っ向から対峙するのが大事だ、そういう気構えというかな。酒を便利な小間使いのように扱え。
気合で上に立てば相手も従う。何でも同じだ。ぐっと下腹に力を入れて気合で相手をねじ伏せるのだ。そうすれば怖いものはなくなる。
酒でも同じだ。」
「いやーご尤もです。本当に酒に勝てそうな気になってきました。
素晴らしいご指導ですな。流石は酒の御本尊です」
「酒というのはな、神や天使にもなればな、悪魔にもなりうる。そういう奥の深いものだ。心の弱い人間を地獄にそそのかす、そういう面も持っておる。酒をゆめゆめ侮ってはならん。楯の両面、天使と悪魔、それが酒の酒たる所以でもあるのだ。」
「本当にそうですね。重々承知しております。神様の鉄槌を下されても不思議でないような罪深い私にこんなありがたい正しい道への矯正をしていただけるとは・・・
感謝で言葉もない感じですよ」
「調子のいいことを言うのは簡単だが、実際に禁酒するのはなかなか難しいよな。いいよな~おじさんではないがわしがひとつ魔法をかけてやろう。酒とうまく付き合えるようにな魔法じゃ」
「ひえーそれはありがたい。感謝感激雨あられです。そういうことを最初から期待していました」
「チンプイ、チンプイ、マハラジャ、ナンジャモンジャ・・・」バッカスが呪文を唱えると俺の周りに煙が巻き起こって、俺の内部で変化が起こったのが分かった。
そうしてそれ以降おれは、バッカスがスポンサーになっているアルコールメーカーの酒でないと酔えない体質にされてしまった。
「酒とうまく付き合える」というのは羊頭狗肉の美辞麗句で、実際にはそのメーカーの「酒とのみ付き合える」ので「うまく利用される」ようになるだけだったのである。「本当はそう言ったのだ」と、今強弁されると、その時は酔っていて記憶もあやふやなのでまともには論駁しようがない…
馬鹿馬鹿しい!なんのことはない、企業の営業に神様が利用されているだけだったのだ。
俺はこの社会の深く暗い闇を見る思いがしたのだった・・・
<終>
掌編小説・『禁酒』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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