ケース2/ヒロイン・ミリアと、悪役令嬢エリザ(どちらも転生者)の場合

『ノブレス・オブリージュ・ラブ!』

 生まれ変わったかのようなガリムたちパーティー、その様子を俺とセイラは離れて見守っていた。


「ユーゴ君、お疲れ様。そろそろ行こうか」


 セイラがそう言い、俺の肩に手を置く。

 すると、辺りの景色は一瞬にして闇に覆われた。

 と言っても、ここには見覚えがある。女神を名乗るセイラと初めて出会った、あの空間だ。


「……戻ってきた、のか?」

「うん。あの世界でのミッションはコンプリートできたっぽいしね」

「そうか。まあ、何と言うか、よかった、な」

「あれ?なーに照れちゃってるの、ユーゴ君?」

「な、照れてなんかねえよ!!」


 柄にもなく熱くなった、とは思うが。


「ふふふ、かーわいい♪」

「うるせえ!」


 そのニヤニヤ笑いをやめろ!!

 俺はこの件から逃れるべく、セイラに尋ねる。


「ところで、最後にガリムの奴が豹変したのは、何だったんだ?」

「ああ」


 真顔に戻るセイラ。


「ボクも予想外だったけどね。

 ほら、あの世界で、アポロ君が剣を割っちゃったとき。あそこで本来なら、アポロ君がパーティーから追放されるわけ。でも、アポロ君はなんやかんや上手いことやって、一方ガリムたちが自滅する。

 あの世界の閲覧者たちが望んでいたのは、そっちの流れなのさ」

「おう。まあ、ぶっ潰してやったけどな」

「うん、それは狙い通りだったんだけど。

 ただ、『ざまぁへの期待値』みたいなものが、あの時点で既に溜まっていてね。予定通りの展開が続けば、それがZPに変換されるはずだった。

 でもストーリーが書き換えられちゃったから、ZPのなり損ないが発生した。ボクは「残滓」って呼んだけどね。

 それが『クリエイター』に変に力を与えちゃって、結果、ガリムに『クリエイター』が乗り移る、なんて現象が発生したんだと思う」


 ふーん。


「でもさ。何でガリムだったんだろうな」

「?どういうこと?」

「いや、あの『クリエイター』が言うことって、まんまアポロ君の境遇だったじゃん。『自分の功績に気付いてもらえない~』って。

 それなら、アポロ君に乗り移ったらよかったんじゃね?っていう」

「ああ」


 セレナは得心がいったように頷く。


「でもボク、その点は彼の気持ちが分かるかもしれない」

「何だって?」

「アポロ君はさ。あの『クリエイター』にとって主人公、つまり自分の夢を切り開いてくれるヒーローだったわけ。そんな存在に、自身の醜い姿を投影したくなかったんじゃないかな」

「……なるほどねえ」


 分かるような分からないような。


「だけど今後も、同じようなことが起こるかもしれない。

 他の下位世界のシナリオを塗り替えたとき、消滅したZPの残滓が発生して、『クリエイター』に力を与えるようなことが」

「げ、マジか……」


 腐ってもその世界の創造主だ。そんな奴らを相手取ると考えると、正直げんなりするな。


「あ、嫌そうな顔してる。怖気づいた?」

「まあ、少しな」

「じゃあ、これでお終いにする?」

「まさか」


 そこは即答。そもそも『クリエイター』とやらに喧嘩を売るための活動だ、奴らが直接出張ってくるのなら、どうにか打ちのめすだけのこと。


「おー、とっても頼もしい!」


 パチパチと拍手するセイラ。


「よせや、割とマジで照れるから。

 ええとそれで、次はどんな世界に行くんだ?」

「その件なんだけど……」


 セレナがまたパチンと指を鳴らす……しかし今回は景色が変わることなく、代わりに床から何やら板のようなものと箱のようなものが現れた。


 板の方は大きい長方形で、横幅が俺が両手を広げたくらい。厚みはほとんどない。よく磨かれているのか、覗き込むと自分の顔が映る……っておい、俺の顔まだ戻してねえのかよ。

 その脇にはもっと小さな箱。板と紐で繋がっている。小さな箱からは紐がもう一本伸びていて、その先にあるのは……形を説明できん。


「スイッチを入れるよ」


 セイラが板と小さい箱に触ると、板の方が急に色づいた。

 わっ、びっくりした、音楽まで聞こえるぞ。



 何やら女性の声で、


『ノブレス・オブリージュ・ラブ!』


 と元気に叫ぶ声が聞こえると、板の中の動きは止まった。

 よく見ると、「▶はじめから」と書いてあるな。


「何だこれは?」


 セイラに尋ねる。


「まず大きい方はテレビと言って、記録してある動きを映すための道具。

 小さいのはゲーム機。

 ボクの世界では、テレビに映して遊ぶゲームが大人気なんだ。こっちはコントローラって言って、テレビに映っているカーソルやキャラクターを動かしたりするためのもの」


 おう、分からん。


「まあ実際に見てみないと分からないよね。

 ほら、コントローラのこのボタン、「Aボタン」って言うんだけど、大体決定を意味するのに使われる。押すと画面が変わるよ……ほら」


 確かに画面が消えて、「名前を登録」ってなったな。


「こっちのスティックを上下左右に倒すことで、移動などを指示できる。

 試しに「セイラ」って入れてみなよ」


 コントローラとやらを受け取って、ガチャガチャと動かす……なるほど、手元の動きと板の中の動きが連動しているな。


 その後もセイラの説明を受けながら、操作を進めていく。

 お、何だかまた色付きの画面になって、何やら大きい建物が出てきたな。下の方に文字がある、何々……。


『……ここはグランドキルト王国、フィットガルネ貴族院。

 王国内でも最も歴史が古く、格式高い貴族院だ。

 王国貴族の子女たちは、ここで貴族として必要な教養や作法を身につける』


 ふむ、それで?


「あ、ユーゴ君、Aボタンを押したら画面が変わるから」


 ええと、Aボタン、と。


『セイラ、お前もいよいよ十六歳、貴族院に入学する年齢だ。

 これから三年間、ほとんどは貴族院の寮で暮らすことになる』


 これは文字と一緒に声が流れてくる。男の声だな。


『はい、お父様、お母様。十六年間育てていただき、ありがとうございます』


 茶髪の少女が画面に現れた。セイラとは似ていないが、これまた可愛い子だ。

 ……ええと、それで?


「ユーゴ君、Aボタンを押さないとセリフが進まないから」


 そうなのか。ボタンは適当に押しておこう。


『さあ、ここからは貴族院の敷地内、父と母が送れるのはここまでだ。

 我がヨハネス家は王国内では弱小貴族、他の家の御子息御令嬢様方には、くれぐれも粗相のないようにな』

『お父様、承知しておりますわ。細心の注意を払います』

『うむ……』

『あなた、そろそろ時間ですよ』

『そうだな。セレナ、名残惜しいが、頑張れよ』

『そうよ。何かあったら、すぐに連絡してね』

『大丈夫ですよ、お父様、お母様。それでは、行って参ります』


 ガタガタ、と音がして、中の絵が変わる。美しい並木道だ。歩いている人は皆若い男女だな。馬車も走っているが……。


「セイラ、こいつら、何で同じ服装なんだ?」

「制服って言って、自分がその学校の生徒であるってことを示す目印みたいなものだよ。あと、みんな同じ服を着ることで一体感が生まれたり」

「そうなのか」


『いよいよ始まる学園生活……私の心は期待と不安に満ちていました。

 愛する両親の元から離れるのは、人生でも初めてのこと。まずは、お友達作りからです』


 お、また絵が変わって、大きな門の前だ。


『危ない!』

『ヒヒーン!』

『キャッ!』


 ドーン!という音が流れ、また絵が変わる。


『大丈夫か!』


 お、なんか制服を着た若い男が出てきた。金髪碧眼のイケメンだな。周りがすげーキラキラしているが、あれもまた妖精だろうか。


「ユーゴ君、このキラキラは、すごくカッコよくて輝いて見えるっていう演出だよ」


 違った。


『馬が興奮したようで、すまない。怪我はないか?』

『大丈夫です……あなたは?』

『私はニール・シュナウツァ・フォン・グランドキルテ。今年からこのフィットガルネ貴族院に通うことになる一年生だ』

『フォン・グランドキルテ……?

 お、王子様ではあられませんか!?こちらこそ、誠にご無礼を!』

『よい、貴族院において、生徒は家格に関係なく関係を構築するのが慣例。私もまた、ここでは一生徒に過ぎぬ。ちなみに、そなたは?』

『申し遅れました……ヨハネス男爵家が娘、セイラと申します。殿下と同じ、新一年生にございます』

『セイラか、覚えておこう。

 何事もなくてよかった。それでは私は失礼する。入学式で会おう!』


 馬車は去っていく。

 いきなり王子に会うとはな。つーか、仮にも一国の王子を乗せた馬車が、そんな簡単に事故未遂を起こしていいのだろうか。


「ユーゴ君、そういうところに突っ込んだら負けなんだよ」



 俺はそうして三時間ほど、セイラの助言を受けながら、このゲームとやらを進めた。セイラが言うには、チュートリアルとやらが終わり、話が少し進んだところだ。どうも、あの王子と恋仲になるのが目的みたいだな。


「ユーゴ君、とりあえず三日ほど、このゲームをやり込んでほしい」

「三日!?」

「うん。ここではお腹も減らないし眠くもならないから」

「マジでか……何でまた」

「あのね。今度の下位世界は、この乙女ゲーム『ノブレス・オブリージュ・ラブ!』の中なんだ」

「また訳の分からないことを……」

「あ、タイトルがそこはかとなくダサいという意見には、全面的に同意するよ」


 知るか。








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