15.夢幻創造
「おや? 君ぃ、どこかで見たことがあるなぁ」
「っ……」
彼はわざとらしく悩んだフリをする。
直接の面識はない。
だけど、私が彼を知っているように、彼も私を知っているらしい。
「そうだ思い出した! クレイスター家だ! あの哀れな一族の生き残り……であってるよね?」
彼はニヤっと意地の悪い笑顔で問いかけてくる。
私は答えない。
ただ真っすぐに彼を見る。
「何とか言ったらどうかな? 正解なんだろ?」
「……」
「だんまりか。それとも声が出せないくらいほど重いのかな?」
その発言の直後、さらに重力がきつくなる。
「ぐおっ!」
「うっ……身体が……動かない」
「っ……」
「辛そうだね~ そっちの二人は君の従者かな? それとも友人? だとしたら物好きだね。君みたいな犯罪者の子供と仲良くするなんてさ」
得気な顔で煽るリュートを前に、私たちは姿勢を低くする。
端から見れば、頭を垂れているように見えるだろう。
リュート・メフィス。
メフィス家歴代最強になり得る潜在能力を秘めていると、貴族の間では有名だった。
術式は『重圧』。
重力と圧力を操り、一瞬で辺り一面を制圧できる。
今の私たちが感じている重力は通常の五倍はありそうだ。
「思ったより耐えるね。もうとっくに砕けてもいい重さだけど。その根は君の術式かな?」
「……だとしたら何です?」
「木の根、いや植物を操る術式かな? 案外良い術式を持っているじゃないか。裏切者とはいえ、元大貴族の子供だからかな? 良かったね、才能があって」
リュートは立て続けに煽ってくる。
それよりも状況が悪い。
私も二人も、まったくその場から動けない。
根で球体を守っているとはいえ、このままじゃいずれ押しつぶされる。
それに彼は一人だけど、他の二人がどこかにいるはずだ。
周囲を警戒する私に、彼は手を軽く振って言う。
「そう警戒しなくていいよ。ここにいるのは僕一人だ。他の二人は邪魔だから、早々に眠ってもらったよ」
「眠って……まさか自分で仲間を?」
「そうだよ。僕は一人の方が戦いやすいからね」
信じられないことに、彼は嘘を言っていないように見える。
イリーナの感知に反応したのも一人だけだ。
あり得ない。
チームメイトを邪魔だからという理由で……でも、一人で戦ってきたということはつまり、実力は噂通りだということ。
何とかしないと。
二人は動けないし、術式的にも相性が悪い。
私がやるんだ。
二人の期待に応えるために。
私自身のためにも。
「ねぇ、君は知っているかな? なんで試験を受けに来たんだい?」
「……そんなの決まってる」
「魔術師になるため? ふっ、馬鹿なのかい? 君は元国家魔術師で、裏切り物の子供なんだよ? それでどうして、平気な顔してここに来られたんだ?」
彼は煽りを止めない。
私に恨みでもあるのかと思えるくらい陰湿でネチネチと責めてくる。
だけどお陰で時間が出来た。
想像して、創造するんだ。
この状況を打開するための力を、存在を。
「ああ、もしかして贖罪のつもりかな? 父親に代わって君が国に貢献しようって? ムリムリ、裏切り者の血なんて誰も信用しない。期待もしない」
集中して。
彼の言葉には耳を傾けなくて良い。
もう散々聞いてきた。
嫌になるほどわかっている。
それでも……こんな私に期待してくれる人がいる。
手を差し伸べてくれた人たちに、恩返しができるように。
「私は負けない!」
「――ぷっ、ははははははははははははは! 負けないって? この状況でも諦めていないのかい? 手も足も出ない癖して、口だけは大きいな。さすが裏切り――」
「もうその話は良いです。代わりに、私が好きな童話のことを話しましょう」
「は? 何を言っているんだい?」
すでに想像の過程は終わっている。
後は創造するだけだ。
「私は今日までたくさんの本を読んできました。中でも一番のお気に入りは、不思議に迷い込んだ少女のお話です」
「何をペラペラと話しているんだ?」
「とっても面白いはもちろんだけど、一番気に入った理由はその女の子の名前が、アリスだから」
「名前が何だ? 独り言なら聞く気はないよ」
彼は明らかな苛立ちを見せている。
煽る目的で話しているわけじゃないけど、さっきまでの意趣返しにはなるか。
さて、そろそろ創造の時間だ。
「さっき、貴方は私の術式を植物を操ると言いましたけど、そうじゃありません。私の『夢幻創造』は、私の想像を現実にする」
「想像を現実に? おやおや、頭がおかしくなったかい?」
「そう思いますよね。でも事実なんです」
想像は明確でなくてはならない。
確かなイメージを作るために、私は多くの本を読んできた。
本出てくる奇怪な生き物や現象を、術式で現実にするために。
不思議の国のアリスには、たくさんの登場人物が出てくる。
私が想像するのは、その中の一人。
ウサギとネズミと一緒に、狂ったお茶会を開いていた――
「来てくれてありがとうございます。帽子屋さん」
狂った帽子屋――マッドハッター。
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