10.新しい出会い

 ヒポグリフは空を駆ける。

 絵本の中で描かれていた姿を何度も目に焼き付けて、現実に形を成す。

 私たちの術式で最も重要なのは想像力。

 そして、その想像を固め、長く維持することが絶対条件。

 だから私は常に思い描く。

 絵本の中で自由に飛び回る幻想の馬を。


「よし……うん、安定してる」


 術式を身に着けてすぐのころは、具現化出来ても長く維持できなくて四苦八苦した。

 特に空を飛ぶなんて、術式が解ければ落下してしまう。

 その不安感と恐怖に勝つために、何度も先生に手伝ってもらった。

 お陰で今は自由自在に駆け回れる。

 

「先生のお陰でここまでこれた。後は私の力で……」


 試験に合格して、養成校の生徒になる。

 

 王立魔術学園。

 私たちが暮らすクレンドリッヒ王国の城内にある特別施設。

 優秀な魔術師を育成するために設立された期間で、これまでに多くの国家魔術師を輩出している。

 魔術師の存在は王国にとって力の象徴であると同時に、魔術で発展してきた国にとって、文明発展の礎にもなる。

 故に他の国々も魔術師の育成には力を入れていて、クレンドリッヒ王国はその先駆者とも呼べる。

 試験は年に一度。

 王国全土から街頭年齢になった人たちが一斉に集まる。


「時間は……あと十二分!?」


 思っていたよりも時間はない。

 私は速度を上げるため、想像力を強くする。

 想像から生み出された生物の力は、私の想像力を基準にしている。

 私が今よりもっと速く駆ける姿を想像すれば、ヒポグリフもそれに応えてくれる。


「行くよ!」


 ヒポグリフは翼を大きく羽ばたかせ、風を切る速さで天を駆ける。

 私は振り落とされないようにがしっと掴まった。


  ◇◇◇


 試験会場は魔術学園の敷地内にある。

 入り口には受付をするために並んでいる人たちの姿があった。

 残り二分で入場は締め切られてしまう。

 列に並んでいる人を最後に、新しく訪れる人の姿はない。

 入り口で立っている役員の一人が、腕の時計を確認してもう一人に提案する。


「少し早いが閉じるか?」

「そうだな。もう来なそう……」

「どうした?」

「な、何か空から来るぞ!」


 二人は空を見上げる。

 雲一つない青空に、大きく広げられた翼。

 鳥ではないこと影の形と大きさからもわかる。

 未知の生物の襲来に、二人は身構えた。


「ごめんなさーい! まだ閉めないで!」

「え?」

「女の子の……声?」


 キョトンとして互いに顔を合わせる二人。

 その隙をついて、ヒポグリフは二人の前に降り立つ。

 ヒポグリフの背から、女の子が降りたつ。


「ご、ごめんなさい! 驚かせてしまって」

「な、何だ……誰だ君は?」

「え、えっと私は……」


 彼女は悩むようなそぶりを見せて言いよどむ。

 しかし決意するように手をぐっと握り、力強く明るい目で二人に言う。


「アリス・クレイスターです! 試験を受けるために来ました!」


  ◇◇◇


 誰だと尋ねられた時、私は考えてしまった。

 私の家名を口にすれば、どんな風に思われるのかと。

 だけどすぐに、出発前に先生が駆けてくれた言葉を思い出した。


 胸を張りなさい!

 君は賢者の弟子だ。


 なら私は、堂々とするべきだ。

 家名も、態度もハッキリと示すべきだと思った。


「クレイスターって……」


 役員らしき二人は神妙な表情で互いに顔を見合う。

 思っていた通りの反応。

 この国の、魔術師に関わる期間で、クレイスターの家名を知らない人はいないだろう。

 お父様はそれくらい有名な魔術師だった。

 そんなお父様が裏切ったことは、王都を超えて国の端っこまで知れ渡ったと聞く。


「受験者で良いんだな?」

「はい」

「そうか。もう時間がないから、すぐに受付を済ませるように」

「わかりました」


 二人とも、丁寧に対応してくれた。

 それでも私が通り過ぎると、小さな声で聞こえてくる。


「クレイスターの子供がよく試験を受けに来られたな」

「ああ。俺なら恥ずかしくて表に出られないよ」


 聞きたくなくても聞こえてくる。

 わかっていたことだ。

 覚悟していたことだ。

 こんなことくらいで、私は後ろ向きになったりしない。

 堂々としていようと決めたから。

 先生の……賢者の弟子として恥じないように。


 受付を済ませた後は、試験開始まで待機となる。

 待機時間は敷地内から出なければ自由。

 知人と話す者もいれば、人気のない所を探して準備運動に勤しむ人もいた。

 私はというと、邪魔にならない所でゆっくりと待っていた。

 準備運動ならもう十分に済ませてある。

 後は試験を待つだけ。


「なぁあんた、ちょっといいか?」

「え?」


 と思っていたら、不意に話しかけられた。

 驚いて声がした方向を見ると、そこには男女一組が立っていた。

 赤色の短髪で筋肉質な男の子と、その隣には薄い緑色の髪を横で一つ結びにした可愛い女の子。

 見たところ、服装からして貴族ではあるみたい。

 貴族にしては派手だけど、肩の所に家紋が入っている。


 誰だろう?

 こんな人たち私は知らないし……


 少し身構えた。

 入り口であったように、クレイスターのことを悪く思っている人かもしれない。

 文句を言われることも考えて、何と返そうかと考えていた。

 

「さっき空から来たよな?」

「そ、そうですけど」

「あれってやっぱりあんたの魔術なのか? すごいなあれ! あんなの見たことないぞ!」

「……あ、え?」


 男の子は目を輝かせていた。

 弟のライカと同じように。

 予想と違った反応に、私は微妙な反応になってしまった。


「ちょっと! いきなりは失礼でしょ! まずは自己紹介からしないと」

「おっと、それもそうだな」


 二人の雰囲気は、ライカとレナに似ていた。

 その所為か、私の緊張が少しだけ解けていく。

 何となく、それこそ直感的に、この人たちとは仲良くなれそうな予感がした。

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