第54夜 前世の恋人たち (約5400字)

変な夢を見た。


  ある部屋のベッドの上で、一人の若い女性が寝転びながら何かを眺めている。

  彼女の名前は、『金城かねしろ りん』。

  どうやら私の意識は、この女性の中に存在し、傍観する立場のようだ。


 ・・・・


  凛は、今となっては青臭い青春の日々を思い出しながら、卒業アルバムのページ

 をめくり、ひとりニヤついていた。なぜだかわからないが、急に卒業アルバムを見

 たくなったのである。

  卒業してからはや五年、今ではもう立派な社会人だ。とはいえ、いまだ新人の域を

 出ていないのであるが。


  アルバムをめくりながら、誰かを探すかのように指を走らせる。

  たくさんの青春の一コマから、ようやく凛と一緒に笑う彼女の姿を見つけた。


  彼女の名前は、雪村ゆきむら 紫乃しの。あだ名は『お姉さま』である。


  紫乃は、一言でいうと『パ女子じょし』だった。

  頭脳明晰、美人でスタイル抜群、性格良しのパーフェクト女子。

  凛にとって、まさに憧れの存在だった。


  紫乃とは、高校の入学式の時に偶然出会い、ずっと同じクラスだった。

  学校では、いつも紫乃と一緒に過ごしていたので、「高校生活=紫乃と過ごした

 時間」と言っても過言ではないと、凛は思っている。

 

  紫乃は、なぜか、凛のことを妹のようにかわいがった。

  『かわいがった』という表現はおかしいかもしれない。二人は、同い年なのだ。

  普通なら馬鹿にされていると感じるはずなのに、凛はそんな扱いを当然のように

 受け入れていたのである。凛も、紫乃を本当の姉のような存在に感じていたからで

 ある。だから、凛はいまだに彼女のことを『お姉さま』と呼んでいる。


  ただ、紫乃は、男にまったく興味がないようだった。

  そのためか、周囲は紫乃のことをレズビアンではないかと疑い、あろうことか、

 紫乃と凛をそうした関係だと思っていたようだ。


  しかし、それは間違いだった。

  凛は、レズビアンではないし、紫乃だってレズビアンではない。

  凛だけが、真相を知っている・・・紫乃に直接聞いたのだから。

  ただ、単刀直入すぎたが・・・。


 「お姉さまって・・・レズビアン? 

  男に興味ないの? 彼氏とか・・・欲しくない?」


 「えっ? うん・・・私ね。」


  この後の言葉を聞いた時、凛の動きは固まってしまった。

  答えが予想外だったからだ。コントであれば、きっと、直立した状態で後ろに

 ズッと倒れていたかもしれない。


 「探してるんだ・・・前世の恋人を。

  この世界に生まれ変わってるはずなんだけど・・・今、どこにいるんだろ?」


  紫乃は、呆けた顔で大きく口を開けた凛を見ると、顔を真っ赤にして片手で隠し

 た。そして、もう片方の手で顔に風を送る仕草をしながら言葉を続ける。


 「あっ、ごめん、ごめん。

  そんな顔しないでよぉ、凛ちゃん。

  今言ったこと、忘れて! ああ、何言ってるんだろっ・・・私ったら。」


  そんな紫乃の姿を見て、凛はなぜか嬉しく思った。

  パ女子のお姉さまにも乙女の一面が隠れていたのだ。

  そのことを凛だけが知っている。

  そう思うと、無性に嬉しくてしょうがなかったのである。


  そんな昔のやりとりを思い出し、凛は顔をさらにニヤつかせた。

 「そうだ、久しぶりにお姉さまに会いたいな」と思った矢先のことだった。

  彼女のスマートフォンに連絡が入ったのは。


  それは、紫乃からだった。


 「あっ、凛ちゃん・・・急でごめん。

  ねえ、今から会えるかな? 私の家に来ない? 

  ちょっとね、話したいことがあるの。会えないかな?」


 「久しぶりだね。大丈夫だよ、お姉さま。

  わたしもね、電話しようと思ってたんだ。ちょうどよかった。」


 「そう・・・やっぱりね・・・あっ、ごめんなさい。

  急でごめんね。駅に着いたら、連絡くれるかな。迎えに行くから。」


 「うん、わかった、それじゃぁ、あとでね。」


 「うん、それじゃあ。」


  数時間後・・・紫乃が住むマンションの一室で、凛はケーキをパクついていた。


  紫乃は、凛を駅まで迎えに来てくれた。

  そして、紫乃の部屋に向かう途中で、ケーキ屋に寄ったのだが、その時、凛は悩

 める子羊と化した。食べたいケーキが二つもあったのだ。

  どちらにしようか、悩みに悩んだ。そして、神の啓示を聞いた。

  いや、紫乃がアドバイスしてくれたのだ。「両方食べたら」と。

  ああ・・・さすがは、わたしのお姉さま・・・ハレルヤ。

  

  ローテーブルの向かいには、高校の時と変わらない紫乃が座っている。

  相変わらずの『パ女子』っぷりだが、その表情はすぐれない。

 

  どうしたのかしら・・・お姉さまのケーキ、イマイチだったのかしら。

  

  凛は、若干ズレた考えを抱きながら、紫乃がれてくれた紅茶で、口の中に残っ

 たケーキを胃の中に流し込むと、フゥと一息ついた。

 「余は満足じゃ」と心の中で呟く。


 「えっ・・・なんか言った? どう、おいしかったでしょ。ここのケーキ。」


  紫乃が、満面の笑みを浮かべながら、凛に話しかけてきた。


 「うん。とってもおいしかった。ごちそうさま。」


 「あっ、紅茶なくなっちゃったね。もう一杯淹れてあげようか。」 


  そう言って立ち上がり、紫乃は凛と自分の紅茶を淹れるため、キッチンへ向かっ

 た。そんな紫乃を横目で見ながら、あらためて紫乃の部屋のなかを眺めまわす。


  品がある部屋だった。どうすれば、こんな品のいい部屋に出来るのかが、凛には

 わからなかった。凛の部屋とは、あきらかに空気が違うのだ。

  凛の部屋は・・・埃っぽい感じがするのだ。今までその原因をマンションの築年

 数のせいにしてきたのだが、どうやら、そうではないらしい。

  凛は、ようやく、そのことに気づいたのだった。帰ったら・・・掃除しよッ。


  紅茶を淹れて戻ってきた紫乃が、笑いながら凛に話しかけてきた。

 

 「あまり、部屋の中、ジロジロ見ないで。恥ずかしいから。」 


 「エェ! なんでぇ? すごいキレイだよ。

  ところで、お姉さま。電話で言ってた話したい事って・・・なに?」


  紫乃は、凛の前にティーカップを差し出し、話すのをためらうような仕草をし始

 めた。そんな紫乃を見て、凛は心の中で「話を聞いてしんぜよう」と呟き、ティー

 カップを口元に運び、紅茶をすする。


  それは・・・あまりにも唐突だった。

  紫乃は、笑いもせず、真顔で口にしたのだった。


 「凛ちゃん。私ね、前世の記憶があるんだ。」


  ブフゥッ! 

  凛は、思わず、口に含んだ紅茶を噴き出してしまった。

  慌ててハンカチを取り出し、噴き出した紅茶を拭く。


 「ごめんね、凛ちゃん。大丈夫?」


 「だ、大丈夫、わたしのほうこそ、ゴメン。思わず、噴き出しちゃった。

  染みにならなきゃいいけど。このラグマット。」


 「ううん、大丈夫よ。これ、安物だし。それに・・・。

  それより、凛ちゃんのほうこそ、大丈夫? お洋服、汚れちゃったでしょ?」


 「これくらいの染みなら、漂白剤つけて叩けば抜けると思う。

  それより、お姉さまこそ、本当に大丈夫? その・・・アタマ・・・。」


 「プっ! ひどいわね、凛ちゃん、問題ないわよ。

  でもね、前世の記憶があるのは、本当なのよ。」


 「えーと・・・どんな記憶?」


 「前世の恋人の記憶・・・私ね、その恋人と何度もつき合ってるの。

  死んでも、来世で出会ってつき合う。これを繰り返しているわけ。」 


 「えー、嘘みたい。本当? ロマンティック! 何か、羨ましいなあ。

  前世の恋人とまた出会えるなんて、スゴイね。お姉さま。」


 「そう? そんなことないわ。私にとっては・・・。」


  紫乃は、寂し気に笑い、話を続けた。


 「彼にはね。私と付き合っていた記憶がないの。

  それに、転生している自覚もないのよ。」


 「ふーん。」


 「凛ちゃん、覚えてる?

  高校の時に言ったこと・・・前世の恋人を探してるって。」


 「うん、覚えてる。忘れてくれって言ってたけど・・・あれ、本当だったんだ。」


 「そう、探していたの。私たち、見えない赤い糸で結ばれているの。

  あら、笑わないで。本当なんだから。

  ただ、今まで、なかなか手繰たぐり寄せることが出来なかった。

  でもね、やっと見つけた・・・一年前に。

  彼ったら、私のことをちっとも覚えてなかったけど、間違いないの。

  私、ようやく見つけたの。私から声かけて、つき合い始めた。

  彼も不思議だって言ってたわ、初めて会った感じがしないって。

  当たり前よね、前世の恋人だったんだもの。」


 「ふーん。わたしには内緒にしてたんだ。話してくれたってよかったのに。」


 「ごめんね。ほら、忙しかったし、わざわざ伝えることでもないかなーなんて。」


 「まっ、いいけど。

  でも、どんな顔してるのか気になるぅ。イケメン? 性格は?」


 「ウフフッ・・・ご想像にお任せしまーす。

  でもね、凛ちゃん・・・ううん、何でもない。」


 「えーっ! なになに。気になるぅ!」


 「何でもないったら。

  話を戻すけどね。前世の恋人とね、一年以上つき合い続けたことがないのよ。

  つき合ってから・・・ちょうど一年。ちょうど一年で破局を迎えるの。

  いつもね・・・嫌になっちゃう。」


 「えーっ、そうなの、きついね。」


  紫乃は、壁にかかった時計をチラチラと見始めた。

  どうやら、時間が気になるらしい。


 「凛ちゃん。じつはね。彼とつき合い始めて、今日が・・・ちょうど一年なの。

  それで・・・そろそろ、彼がここに来る時間なの。」


 「えっ? ホントッ! 

  あっ・・・でも、さっきの話からすると・・・別れる・・・ため?」


  気まずい空気が流れた。

  凛は、ティーカップを手に取り、口元に運んだ。

  カップの中身は空だったが、飲み物を飲んだ真似をした。


  紫乃は何も言わなかった。ただ、寂し気に微笑み、凛を見つめている。


  凛は、わけがわからなかった。

  なぜ、そんな日にわざわざ呼んだのだろう。

  彼氏が来るのであれば・・・しかも別れ話をするために来るのであれば、今日で   

 なくてもよかっただろうに。


  紫乃は、すまなそうな顔をしながら話を続けた。


 「ごめんね。凛ちゃん。

  どうしても・・・どうしても最後にあなたに会いたくて。

  今まで、仲良くしてくれてありがとう、

  それから、たぶん、あなたも思い出すと思うけど。」


  最後って・・・どういうこと?

  思い出すって・・・何を?

  

 「凛ちゃん。また・・・今度ね。」


  凛は、「やはり紫乃は頭がおかしくなったのだ」と思った。

  さっきは『最後に』と言い、いまは『また今度』と言っている。

  ああ、かわいそうなお姉さま。精神的にまいってしまったのね・・・。


  凛は、紫乃の言う通りにすることにした。

  こういう時は、素直に相手の言う通りにするのが一番なのだ。

  今、口論したところで、お互い気まずくなるのは目に見えている。

  凛の精神年齢は、いまだ大人とは言えないかもしれないが、社会の荒波に揉まれ

 たことにより、少しは自分を抑える術は身に着けている。

 

 「わたし・・・もう、帰ったほうがいいね。」


 「サヨナラ・・・凛ちゃん。今まで・・・ありがとう。」


  紫乃は、寂し気ながらも笑顔で凛を見送ってくれた。

  背後で扉が閉まる音がすると、凛は急に悲しい気持ちに襲われた。


  階段に向かって歩く途中、外廊下で一人の男とすれ違った。

  その男は、イケメンとは言えないものの、テレビで見た俳優みたいな顔をしてい

 た。暗い過去を背負っている役がお似合いな感じだ。

  男は、凛のことをちらりと見ると、その陰気な顔に優しい笑みを浮かべた。


  凛は、薄気味悪い奴だと思った。

  しかし、この顔・・・どこかで会ったことがあるような気がした。

  今は思い出せないけど、間違いなく、どこかで会ったことがあるはずだった。


  凛は、その場で立ち止まり、男の後ろ姿を見送った。

  男は、紫乃の部屋のインターフォンを押し、部屋の中へと姿を消した。


  あの人が・・・お姉さまの彼氏?


  その時だった。

  突然、凛の頭の中に記憶が戻ったのだ。


  あの男だ・・・紫乃の首を絞めて殺し、刃物で自らの首をき切った男。


  紫乃は・・・わたしの姉は、繰り返しているのだ。

  同じ男に恋をし、殺されることを。

 

  男もまた・・・繰り返している。

  紫乃を・・・わたしの姉を殺すことを。

 

  きっと、男も思い出しているのだ。

  自分が、わたしの姉を殺す運命にあることを。

  それを全うするために、こうしてやって来たのだ。


  凛は、そんな姉たちの運命を止めたかった。

  でも、いつも忘れてしまっている。

  そして、が起きてしまった後に思い出すのだ。自分の役割を。

 

  私も転生しているのだ。

  姉たちの死を見届けるために。

  そして、後悔しながら死んでいくのだ。

  次こそは、彼らの運命を、そして自分の運命を変えられますようにと。


  姉とあの男は、悲惨な運命なのかもしれない。

  だが、わたしは・・・もっと悲惨な運命なのだ。

  何度も、彼らの最期を見届けなければならないのだから。

 

  でも・・・今回は・・・少し違う気がした。

  今までは、凛と紫乃は姉妹として転生していた。

  しかし、今回は姉妹ではなく、友人同士としての転生だった。

  だから、紫乃は凛を呼び出したのだろう。凛に己の役割を全うさせるために。


  理由はわからないが、転生のが少し狂ったのかもしれない。

  わたしの転生先が変わったのだから、結末も変わっているかもしれない。

  それに、あの男・・・わたしに向かって優しい笑みを浮かべた。

  いつもは、鬼のような形相でこちらを睨みつけていたのに。

  もしかしたら、男も感じ取っているのかもしれない。

  今回の転生は、今までとは少し違うのだと。


  唯一、転生前の記憶を持つ姉は、きっと諦めているのであろう。

  決して、この運命を変えることは出来ないと。でも、わたしは諦めたくない。


  凛は、急いで紫乃の部屋の前に駆け戻った。

  そして、ゆっくりとドアレバーを押し下げる。

  カギはかかっていなかった・・・。


  この扉を開けたら、どんな結末が目に入ってくるのだろうか?

  凛は、不安と希望を胸に抱きつつ、ゆっくりと扉を開けた。


そこで目が覚めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る