第51夜 最低のヤツ (約2200字)
変な夢を見た。
私は、ある村の酒場で、一人くつろいでいた。
そんな中で、一人の男のことが、気になり始めていた。
その男は、身なりも良く、しっかりした教養を持っているように見えるのだが、
彼に声をかける者は皆、名前ではなく、『最低のヤツ』と呼んでいる。
それに対して、彼は、決して怒ることなく、愛想よく振る舞っているのだ。
そんな彼の姿が、私に強い好奇心を抱かせた。
いつもならば、こんな大胆なことはしない・・・アルコールのおかげだろう。
私は、彼の隣に腰かけると、唐突に話しかけたのである。
「キミは・・・『最低のヤツ』と呼ばれて、腹が立たないのか?
おっと、失礼・・・つい、気になったものでね。」
「お心遣いありがとうございます。しかしながら、まったく気にしていません。
なぜって・・・いう顔をしていらっしゃいますね。」
彼は、周りを見回すと、小声で私に話しかけた。
「なぜ、気にしないのか、理由をお教えするのはいいのですが・・・。
ただ、場所を変えましょう・・・私の家にお越し頂ければ、お教えしますよ。
あなたさえ、よろしければね。」
異存はなかったので、彼を追いかけるようにして、家までついていった。
彼の家は、立派とは言えなかったが、居心地の良い家であった。
私たちは、あらためて自己紹介をし、しばらくの間、パイプをふかしながら、
世間話をした。
そして、彼は、本題に入ったのである。
・・・・
私は、『最低のヤツ』ですよ。
だけど、何が最低なのか、私にはちっともわかりません。
物心ついた頃から言われてますから、きっと『最低のヤツ』なのでしょう。
何をやっても、『最低のヤツ』です。
世間さまのいう善行をしたとしてもね・・・私は『最低のヤツ』ですよ。
これは、十年前の話です。
さすがに、『最低のヤツ』と呼ばれるのに嫌気がさしましてね。
この村を出たんです・・・。
まあ、出たと言っても、この村のすぐ近くの
ええ、すぐに職につけましたし、自分で言うのも何ですが・・・それなりに優秀
なものでして・・・なかなかの稼ぎでしたよ。
ただね、そこで、自分の価値が見出せなかったんです。
なぜ、ここで暮らしているのだろうか? 働いているのだろうか?
ここでは、果たして、自分は、価値ある人間なのだろうか?
なぜか、そんなことを考えるようになりました。
金を稼ぐことは出来ましたが、果たして、自分が価値ある人間なのか、わからな
くなってしまったのです。
その
だから、人間として見られていないんだなって思ってしまいました。
虫けらとか、空気みたいな存在なんですね・・・彼らにとって、私は。
自分に関わる人間にしか、興味を持たないからでしょう。
自分の価値をアピールすれば良かったのかもしれません。
しかし、そこまで、自分に自信を持てなかったのです。
負け犬の遠吠えのようですね。ええ、否定するつもりはありませんよ・・・。
それで、つい、この村に戻って来てしまったわけです。
恥ずかしながら、一年もたたないうちにね。
こっそり隠れて、村の様子をちょっと探ってみました。
そしたらね。村の様子が、なんか・・・おかしいんですよ。
みんな、おどおどしてるというか、なにか、警戒しているような・・・。
そんな感じがするんです。少しでも、弱みは見せられないという感じです。
それで、私が姿を現すと・・・。
途端に、みんなが私のそばに寄って来て、『最低のヤツ』と言い始めました。
ほっとしたような顔をして・・・
で、ありがたいものを見るかのような視線をね、こちらによこすんです。
その時、なんとなく、ピンと来ました。
きっと、私がいなくなったため、新たな『最低なヤツ』が必要になったのだ。
しかし、好きこのんで、『最低のヤツ』になる者などいないだろう。
だから、みんな警戒していたのだ。『最低のヤツ』にならないように・・・。
そして・・・私は、決心しました。
『最低のヤツ』として、この村で生きていくことを・・・。
私は、村人に比較されながら、生きていくことにしたんです。
そうすれば、少なくともここでは、私は、価値ある人間でいられるのです。
ちょっとばかりの自尊心を抑えれば、別に悪いことでもないでしょう。
『最低のヤツ』と言われるだけです・・・私には、自分の価値が認められないより
かは、こちらの方が、はるかにマシに思えたのです。
まったくもって、おかしな話ですね。
私は、『最低なヤツ』ですが、もっとも善行をしているのです。
村人に優越感と安らかな心を与えているのですから・・・。
私が死んだ時、神様はきっと、私の魂を天国に導いてくれることでしょう。
・・・・
話し終えると、男は、私に向かって、にっこりと微笑んだ。
その顔は、自信と誇りに満ち溢れていた。
そこで目が覚めた。
私は、体を起こし、しばらく考え込んだ。
あの『最低のヤツ』の気持ちが、わかるような気がした。
『最低のヤツ』と根拠もなく言われ続ける日常ではあるが、彼は、そこに自分の価値を見出したのだ。
彼にとって、自分の価値が認められることこそが、なによりも幸せだったのだ。
では・・・私はどうなのかと、自分に問い正してみた。
・・・そうだった・・・私は孤独・・・なぜか、まったく、人が近寄ってこない。
きっと、真の『最低のヤツ』なのだろう。
クククッ・・・私は、自分の後頭部を強くはたいた。
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