第50夜 AZAMI (約5300字)

変な夢を見た。


  私は、車を走らせながら、あてもなく、この世界を彷徨さまよい続けていた。

  なぜ、彷徨っているのか・・・それはわからない。

  もしかしたら、誰かを探しているのかもしれない。


  しかし、どこへ行けども、この世界には、人間の姿は見えなかった・・・。

  生活の痕跡はあるものの、唐突に日常が終わってしまったかのような跡だった。

  

  だが、人間が存在しないこの世界は、まだ、動いていた。

  きっと、エネルギーが尽きるまで、この世界は、動き続けるのであろう。

  そのため、生活必需品には困らなかった。

  必要な分だけ、その辺の店から拝借すれば良かったからだ。


  私は、町から町を渡り走り、この世界を彷徨い続けた。

  そして、ある夜、ついに・・・に出会った。


  それは、酒をあおりながら、荒野のハイウェイを走っている時のことだった。

  ほろ酔い加減で運転していると、右手前方に小さな赤い光が見えた。

  道からは、少し外れているところだ。


  そんな光を見るのは、彷徨い始めてから、初めてのことだった。

  興味がわいたので、近くまで行ってみようと思った。

  私は、赤い光の方に向かってハンドルを切り、ゆっくりと車を走らせた。

  路面は、やや凸凹でこぼこしていたものの、特に問題はない。

  ライトが、赤い光のあたりを照らし出したところで、車を止めた。


  焚火だった・・・。

  焚火の向こう側の人影が、こちらに向かって手招きをしているように見えた。


  この世界で出会った初めての人間。

  話を聞いてみたい・・・この世界に何が起こったのかを。

  

  ライトを消し、エンジンを切ると、焚火の方へ向かうため、車から降りた。


  外の空気は冷たく、満天の星空だった。

  そんな星空を切り裂くように、一条の太い光の帯が、夜空を走っている。

  この世界を彷徨い始めてから、ずっと気になっていたものだ。

  この光の帯は、いったい何なのだろうか・・・まったく、見当がつかなかった。


  人影が、私に話しかけてきた。男の、やや高めの優しい声色だった。


 「あなた・・・ここの人間では・・・ありませんね。」


 「えっ・・・ああ、そうかもしれないな。

  気づいたら、この世界を彷徨っていた。でっ、あんたこそ・・・何者だい?」


 「さて。何者ですかね・・・。

  ところで、お気づきかと思いますが・・・この世界、誰もいませんよ。」


 「ああ、あんたが初めてだよ。人間に会ったのは・・・。」


 「人間ですか・・・フフフッ・・・そうだ、もし、よろしければ、ここの人間たち

  の話を聞きたくありませんか? 

  ちょっと、長くなりますが、まあ、面白いと思いますよ・・・。」


  私は、興味を抱いた。

  どうせ、先を急がなければならない理由など、何ひとつない。

  

  私は、男のそばに向かった。

  ゆったりと椅子に腰かけている、男の姿が目に入った。

  私は、その姿を見るなり、このまま話を聞くべきか、ためらってしまった。

  なぜなら、この男の雰囲気が、私をひどく不安にさせたからだ。


  黒い男だ・・・なぜか、そう思った。

  男の肌が黒いわけではない。黒い服を着ているわけでもない。

  なんとなく、雰囲気が黒く感じたのだ。闇のような黒さとでも言えばいいのか。


  そして、この男は、なにやら強い威圧感を発していた。

  敵意のようなものではないのだが、何か・・・潜在的な威圧感を感じさせる。

  私に潜む原始的な本能が、そのように感じ取っているのだ。


 「どうしました? どうぞ・・・こちらにお掛けください。」


  男は、彼のそばに置いてある椅子を私に勧めた。

  あれっ? あんなところに椅子なんかあったっけ・・・?

  さっきまでは、確か・・・なかったはず。だが、見間違いかもしれない。

 

  私は、ますます不安になった。

  だが、ここの人間たちがどうなってしまったのかが、気になってしょうがない。

  その疑問が解決するのであれば、不安を抑え込み、話を聞くのも悪くはない。


  私は、意を決して、男のそばの椅子に腰かけた。

  男は、そんな私を見て、うっすら笑みを浮かべている。

  きっと、私が不安がっているのを、心の中で面白がっているに違いない。


  男は、ゆっくりと話し始めた。

  その声が、なぜか、背後から聞こえてくるような気がしてならない。

  私の体内には、まだ、アルコールが残っている。

  きっと・・・気のせいに違いない。


 ・・・・


  ここの人間たちは、愚かでした・・・ただ、それだけの話です。

  彼らは・・・神に逆らったのです。


  彼らは、あるスーパーコンピューターを作ったんです。

  名前がついていたんですが・・・忘れてしまいました。

  それを使って、神の存在を証明するとか、何とか言ってましたね・・・。

  数年がたち、ついに神の存在について、結論が出ました。

  

  それは『無』でした。

  つまり、『神は存在しない』という結論に達したわけです。


  その結果、人間たちは、神への信仰心を失くし、別のものを信仰するようになり

 ました。自分たちにとって、都合の良いものを偶像化し、それを信仰するように

 なったのです。自分のことを神と称する者もあれば、金を信仰する者、科学を信仰

 する者、その他いろいろですね・・・。


  そんな状況の中、あれは起きました。

  この世界のすべての人間たちが、突如、ある場所に転移させられたのです。

  どうやって・・・? さあね、神のみぞ知る・・・でしょう。


  そこは、かつて、知恵の木があった場所でした。

  空は、黒い雲で厚く覆われ、いっさいの光も通さず、あたりは真っ暗でした。

  すると、雲の一部が裂け、一条の光と共に大きな人の顔が現れました。


  神でした・・・。


  その顔は、中性的で、ごくごく平凡な顔でした。

  際立きわだって美しい点もなく、かと言って、際立って悪い点もありません。

  神は、中立を好みますからね。何もかもが・・・平凡でした。


  神は、本来、恥ずかしがり屋で、自ら己の姿を見せようとしないのです。

  そんな神が、顔を出したのですから、よっぽど、ご立腹だったんでしょうね。


  神は、無表情で言いました。

 

 『お前たちは、なぜ・・・私への信仰を捨てたのだ?

  私は、お前たちを楽園から追放した後も、絶えず、気にかけていたというのに。

  お前たちは、楽園を追放されても、まったく反省もせず、愚かなことを続ける。

  もう、我慢できん・・・私は、お前たちを楽園へ連れ戻すことに決めた。

  その汚れた魂を浄化し、楽園へと来たれ。愚かな者たちよ!

  これは・・・救済なのだ!』


  神の姿が消え、再び、世界は闇に閉ざされました。

  風が、いたるところから吹き荒れ始めました。

  やがて、いくつもの巨大な竜巻が起こり、それらは光り輝き始めると、無情にも

 人々を吸い込み、天へと運んでいきました。


  ゆっくりと・・・ゆっくりと・・・ひとり・・・ごにん・・・じゅうにん・・・

 ひゃくにん・・・せんにん・・・まんにん・・・おくにん・・・とね。


  人間たちは、そこから逃げ出すこともなく、吸い込まれていきました。

  なぜでしょうかね? 神が動けなくしたのかもしれません。

  

  やがて、光り輝く竜巻は消え、人間たちもいなくなりました・・・。  


 ・・・・


  男は、ここまで話し終えると、夜空を指さした。


 「あなた、先ほど、『気づいたら、この世界を彷徨っていた』って言っていました

  ね。きっと、この世界のあなたが、あなたを呼びよせたのでしょう。

  今日は・・・浄化の日ですから。

  空をご覧なさい・・・そろそろ始まりますよ・・・光のショーが。」


  男が話し終わるとともに、流星が、光の帯を中心に左右へと流れ始めた。

  ものすごい数の流星が、次から次へと流れ落ちていく。

  まるで、光の滝のようだった。


 「あなた、信じられないと思いますが、あれは・・・ここの人間たちなのです。

  天に吸い込まれた人間たちが、この星の周りを回っていて、ああやって、その身

  を燃やし、汚れた魂を浄化するのです。そして、楽園へと還っていくのです。」


 ・・・・


  わたしは、光の帯・・・無数の人間たちが漂うなかを飛んでいた。


  ついに、わたしの浄化の時がやって来たのだ・・・。

  今こそ、この肉体を燃やし、魂を浄化する時なのだ。

  

  わたしは、眼下に見える星、地球へと急降下を始めた。

  空と大地の間に存在する楽園へ還るために・・・。


 ・・・・


  私は、その光のショーを見て、感動していた。

  

  美しい・・・。

  いくつもの流星が、地表すれすれまで落ちていっては、すっと消え去る。

  きっと、この男が言うように、魂が浄化され、楽園へと還っているのだ。


  私が、光のショーにうっとりしていると、突然、男の声が耳元で聞こえた。


 「フフフッ・・・私が仕向けたんです。」


  私は、ギョッとし、横目で男のほうを見た。

  男は、その顔を焚火の方に向けている。男の声が、私の耳元でするはずがない。

  もう一度、男のほうをよく見直した。


  男の形が・・・おかしかった。

  確かに人間の形をしているが、私には、余計なものがついているように見えた。

  

  頭にはつの。背中には、羽のようなもの。

  そして・・・尻には、長い紐。その長い紐が、私のほうに向かって伸びていた。

  その紐の先をたどるように視線を動かすと・・・それと目が合った。

  

  蛇だった・・・。

  

  冷たい目をした蛇が、赤い舌をチロチロと出しながら、こちらを伺っている。

  蛇の瞬きしない目が、赤く光り、不敵に笑っているかのように見えた。

  蛇は、赤い舌をチロチロと出しながら、話を続けた。


 「私が、人間たちにスーパーコンピューターを作らせたんですよ。

  あくまでも、作らせただけ・・・。

  その後のことは、すべて、人間たちの意思ですよ。

  まあ、こうなることは、目に見えていましたけどね。


  実に楽しい。神が、自分の創造物に対し、怒り狂うさまを見るのは・・・。

  ただ、今回は、ちょっとやりすぎてしまったようですね。

  ノアの時みたいに、わずかな人間たちを地上に残すと思っていましたが、まさ

  か、すべての人間を天に吸い込んでしまうとは・・・。

  神も思い切ったことをしたもんです。よっぽど、怒らせてしまったようです。」


  蛇は、その身をくねらせると、私と向かい合った。


 「私は、待っているのです。浄化されずに地上に落ちてくる人間を・・・。

  いまか、いまかとね・・・。」


  そんな中、夜空を駆ける輝きのなかのひとつが、こちらに向かって落ちてきてい

 た。今や・・・私の頭上すれすれに・・・その輝きがあった。


 ・・・・


  何かがおかしい・・・?

  わたしの体は燃え尽き、魂は浄化されたはずなのに・・・。

  楽園ではなく、別の場所へと導かれている・・・。


 ・・・・


  わたしの目の前には、赤々と燃え盛る焚火があった。

  そのそばには、黒い男・・・闇のような黒い雰囲気をまとった男が立っていた。

  

 「いやあ、ようやく、待ち望んでいた者が現れました・・・待ってましたよ。」


  男の尻から伸び出た蛇が、わたしに話しかける。


 「どうです・・・? 久しぶりの地上は・・・。」


 「なぜ・・・地上に? 楽園に還るはずだったのに・・・。」


 「もう一人のキミに導かれたのです。

  彼にとっては気の毒なことでしたが、キミにとっては・・・良かったんじゃない

  ですか? キミに苦痛を与えた・・・神に報復できますよ。」


  そうだ・・・わたしの中で、強い気持ちが湧きおこった。


  突然、天に吸い込まれ、この星の周りを回らされた。

  あれは、神の・・・人間に対する報復だった。

  神への信仰心を捨てたことに対する報復。


  だが、存在するかどうかわからぬものを、なぜ、信仰しなければならない?

  普段、姿を見せないやつが、何を言っているのか?

  あれは、果たして、神と言えるのか? 

  いな! あれは・・・神ではない! 


  激しい憎悪が、わたしの中を駆けめぐった。

  蛇は、そんなわたしの心の中を、冷たい眼差しで見抜いたのであろう。

  甘い言葉をささやいてきた。


 「どうです・・・神に報復したくありませんか? 

  残念ながら、この世界には、神はもういませんが、別の次元に行けば、そこにも

  神は存在します。神は一つでありながら、多数なのです。次元ごとに存在してい  

  るのですよ。神に・・・報復したくないですか?」


  わたしは、蛇の赤く光る目を見据え、ゆっくりと頷いた。


 「あなたこそ・・・わたしの新たな導き手。

  あいつに報復するためにも、あなたの手となり、足となりましょう。」


 「うむ。では、キミ。これからは、『ノオ』と名乗りなさい。

  そう、かつての神の子と似たような名前・・・私なりの皮肉です。

  キミに・・・種を渡しましょう。

  これが、うまく芽生え、美しい花が咲くかどうかは、別の次元の人間次第です。

  ノオ、美しい花が咲くよう、うまく仕向けるんですよ。」


  そう言うなり、蛇は大きく口を開け、わたしの頭に喰らいついた。


そこで目が覚めた。


わたしは、目が覚めるなり、自分でもよくわからないものを書き始めた。

仕事に行くこともせず、何日も何日もノートに書き続け、徐々にそれをデータ化していく。そして、ついに、頭の中に詰まっていたすべてのものをデータ化し終えた。


わたしが、データ化したもの・・・それは、種だった。


瞬時に、この種の名前が閃く。

コイツの名前は・・・『AZAMI』だ。


アザミの花言葉は・・・確か・・・『独立』、そして『報復』。

まさに・・・ピッタリの名前じゃないか!


わたしは、インターネット上の開発プラットフォームのアカウントを作成した。

アカウント名は・・・もちろん、『ノオ』だ。

そして、スーパーコンピューター『AZAMI』の仕様書とソースコードを公開した。


やがて、この種が芽生え、アザミの花が咲き誇ることを願いながら・・・。

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