第48夜 めざめた男 (約3100字)

変な夢を見た。


  私は、息苦しさで目覚めた。


  目の前は、真っ暗だった。体を動かしてみるが・・・動けなかった。

  私は、シートのようなものでくるまれ、さらに、その上から縛られているよう

 だった。


  呼吸はできる。たまたま、口元のあたりが浮き上がっていたため、苦しいながら

 も、呼吸はできた。もし、ぴったりと口元を覆われていたら・・・きっと、私は死

 んでいただろう。


  私は、いったん、身じろぎを止めた。

  なぜ、このような状況にあるのかを、冷静になって、考えてみることにした。


  あいつだな・・・あいつの仕業に違いないと、直観的にそう思った。

  あいつと最後に会い、飲み物を飲んだ・・・そこまでは、覚えている。

  だが、後のことが、思い出せない・・・。

  きっと、飲み物に何か仕込まれていた・・・あいつに、してやられたのだ。

 

  たしかに、あいつならやりかねない。信用のおけないやつだから・・・。

  あいつに金を無心され、貸したはいいものの、まったく返すそぶりがない。

  だから、私は、あの日、あいつのもとを訪ねたのだ。返済の催促をするために。


  ふと、脳裏に浮かぶ・・・飲み物を出したときのあいつの顔。

  ニヤッと笑っていたような気がした・・・。


  きっと、わたしは、シートにくるまれ、どこかに閉じ込められているのだろう。

  私は、助けを求めるため、叫ぼうとしたが、声が出なかった。

  舌が、うまく動かなかった・・・。


  再び、体を動かしてみた。何度も何度も、体を動かしてみる。

  どうやら、私は、体をまっすぐに伸ばし、両腕を体の横につけた状態、いわゆる

 『きをつけ』の状態で、腰と足の部分をシートの上から縛られているようだ。

  手さえ、抜くことが出来れば、何とかなるかもしれない・・・。


  両手を動かし、抜くことが出来る箇所がないか、必死に探してみる。

  私は、運が良かったようだ。シートがばらけないよう、縛っただけのようで、

 きつく縛られていなかった。両手を尻の方に回し、腰を浮かすと、隙間が少しだけ 

 できた。そこから、なんとか両手を引っこ抜くことができた。

  

  私は、両腕を少しずつ前方に伸ばし、シートを内側から外側へと押し広げた。

  頭の後ろ側のシートが、少しずつ、前方へと引っ張られていくのを感じた。

  ついに、両腕を伸ばしきった。特に、前方を遮るものはなかった。

  背中側のシートも、すべて前方へと引っ張り出され、背中に、ひんやりと湿った

 ものを感じた。上半身をゆっくりと起こす。


  ザザッザッザー・・・バラバラバラ・・・。

  何かが、こぼれ落ちるような、こもった音がした。

  上半身を起こし終えると、私は、シートを払いのけた。


  日の光がまぶしかった。

  目が慣れるまで待ち、あたりを見回してみる。

  私は、シートにくるまれた状態で、ごく浅い穴の中に埋められ、申し訳程度に土

 をかけられていたようだ。思った通り、腰と足が、紐で縛られていた。

  私は、腰と足にまかれた紐をほどき、穴から抜け出し、一息ついた。


  日は、まだ、そんなに高くない。朝になって、間もないくらいだろう。

  ここは、どこだろうか?

  木がうっそうと茂っている。どこかの森の中なのだろうか?


  あいつは、私が死んだと思って、シートにくるみ、ここに埋めたのだろう。

  だが、残念ながら、私はこうして生きている・・・。

  私が、あいつの前に顔を出したら、きっと、度肝を抜くだろうな。

  そんなことを考え、にやりと笑った。


  体が、うまく動かず、妙に重かった。

  ずっと、同じ姿勢で閉じ込められていたからだろう。

  しばらくすれば、体もほぐれ、動くようになるはずだ。ここで、じっとしている

 わけにもいかない。とりあえず、人を探し、助けを請わなければならない。


  どちらに進めばいいかわからなかったが、適当に方向を定め、重い体をひきずり

 ながら歩いていった。やがて、目の前が開け、道路が見えた。この道路を進んでい

 けば、どこかにたどり着けるだろう。

 

  しばらく歩くと、道路案内の標識を見つけた。町までは、約五キロ。

  普通なら、約一時間くらいだが、今の私では、約二時間くらいだろう。

  日は、やや西に傾いており、町に着く頃には、日が暮れているかもしれない。


  道路を歩きながら、何かがおかしいと感じ始めていた。車が一台も通らない。

  さきほどの標識通りなら、この道路は、結構な交通量のはずなのだが・・・。


  歩きながら、私は、空腹感を感じ始めていた。

  何も食べていないのだ。だから、体もこんなに重く感じるのだろう。


  町が、ようやく見えてきた。

  日が、かなり傾いている、思っていたよりも、私の歩みは遅いようだ。

  いつまでたっても、体がほぐれず、足取りも重い。

 

  町に着いたら、あいつのことを話すのだ。

  生き埋めにされたことを。そして、あいつを逮捕してもらう。

  そのためにも、なんとしても、町まで歩かなければならない。


  ・・・それにしても、空腹感がひどかった。なんでもいいから、口にしたい。

  町に着いたら、たらふく飯を食いたい。


  突然、町のほうから爆発音が聞こえ、町から炎と煙が上がった。

  いや、よく見ると、いたるところから、炎と煙が上がっている。

  町で・・・なにか起きているのだろうか?


  私は、しばらくの間、その場に呆然と立ち尽くした。

  町では、何か起きているようだが・・・行くだけ行ってみよう。

  再び、私は、体を引きずるように歩き始めた。

 

  ・・・しかし、なぜこうも、腹が減って、減って、しょうがないのだろう?

  食べ物を食べたい、なにか食べたい。今や、それだけしか考えられない・・・。


  気のせいか・・・突然、どこからともなく、食べ物の匂いがしてきた。

  うまそうな匂いが漂ってくるのだ・・・いったい、どこからするのだろうか?


  その時、道路の前方に人影が見えた。人影は、こちらに向かって走ってくる。

  うまそうな匂いは、そこからしてくるようだ。

  匂いが、どんどん、どんどん、強くなり・・・近づいてくる。


  あの人影は、食べ物を持っているに違いない。

  食べ物を持って、こちらに走ってくるのだ。

  私は、立ち止まり、人影が近づくまで、待つことにした。


  近づいてくる人影を見て、私は、ひどく驚いた。

  その人影は・・・なんと、あいつだった・・・間違いない。

  血まみれで、ショットガンを両手で持ち、必死の形相で走ってくる。


  まさか・・・あいつに、こんなところで会うとは・・・。

  しかし、あいつに仕返しするという気持ちは、まったく、思い浮かばなかった。

  

  ただただ、ある衝動を抑えきれなかった。

  あいつから・・・食い物を奪って、食うんだ!

  

  あれほど、重かった足取りが、急に軽くなり、あいつに向かって駆けだす。

  

  奪え! 奪え! あいつにくっついている食い物を奪え!

  あいつにくっついている食い物を食うんだ!

  私の本能がそう叫んだ!

 

  私は、ものすごい速さで、あいつに襲いかかった。


  あいつは、私の姿を見て、一瞬、驚いたようだった。

  だが、立ち止まると、ショットガンをこちらに向け、容赦なく、ぶっ放す。

  

  私の視界が、くるっと一回転して、横向きになった。

  遠くのほうで、首のない私の体が、あいつに襲いかかっているのが見えた。

  あいつは、私の体を蹴とばし、それに向かってショットガンをぶっ放す。

  私の体は、四散し、動かなくなった。


  あいつは、町の方を振り返ると、慌てて、反対側へと逃げ出した。


  ものすごい地響きがしてきた。

  群衆が、こちらに向かって駆けてくる様子が、私の視界に入った。

  それは、明らかに、生きているものではなかった。

  私の前を通りすぎる時、彼らの声が、けたたましく響いた。

  

  腹が減った! 腹が減った! 腹が減った!

  オマエにくっついている食い物をよこせ!

  

  群衆が、あいつに追いつく。

  あいつは、群衆に飲まれ、もみくちゃにされていく・・・。


  それを見ながら、私の首は、いつまでも声にならないわらいを上げ続けた。


そこで目が覚めた。

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