百合と百合厨男子の片想いアンサンブル

いち亀

#1 百合だけが僕の救いでした

「じゃあ清水キヨくん、宜しく」

「うっす、陽向ひなたさんも頼んだ」


 高校三年、新入生勧誘期間。

 興味のある人を一気に掴むため、合唱部は派手なパフォーマンスを披露しようとしていた。


 清水しみず礼汰れいたは、その中でも肝になるソロ同士の掛け合いを任されていた。

 相棒となるのは同期女子の月野つきの陽向。

 実らない片想いの相手であり。

 憧れてやまなかった、あまりに眩しい、女性同士のカップル(推定)の片方だった。


 *


 中学生の僕は、自分を含めた男が嫌で仕方なかった。


 保育園では、男子の輪にいるよりは女子と一緒にいる方が好きなタイプの男子だった。競い合うよりも一緒に創る方が好きだったし、走り回るよりも可愛らしいものを手に取る方が好きだった。

 少なくない人間に嫌われるような過ごし方だったし、実際に攻撃されることもあった。当時は小柄なこともあって組み合ったらまず勝てなかったし、すぐに集中砲火を浴びるからドッジボールも雪合戦も余計に嫌いになった。とはいえ、昔から場を盛り上げるのは妙に得意だったこともあり、仲の良い女の子はいつも近くにいた。ママ友各位からプレイボーイと評されていたのは、まあ仕方ないだろう。ただ当時の僕に言いたい、それはゲームボーイが上手いヤツって意味じゃない。


 しかし小学校の半ば頃になると、男女間の溝は少しずつ濃くなっていく。その溝を積極的に越えようとする行為には、恋のニュアンスがついて回るようになる。このままじゃ男女どっちからも孤立する、そう思った僕は男子との交友を心がけるようになった。そんなに心が弾みはしないけれど、苦痛でもない。誰かのモノマネをすればとりあえずウケた、それくらい単純な世界だった。


 とはいえ、女の子への憧れは止まなかった、むしろ募るばかりだった。

 教室での距離が、心身が向かう方向が、醸し出される空気が、自分から遠ざかっていくたびに、ときめきは強まるばかりだった。眩しくて、愛しくて、しかし自分が触れたら決定的に変質してしまいそうな美しさだった。


 そしてこの頃になると、男が女に向ける好意の行き先だって分かってくる。キスが最上級だった幼い世界観が、性行為を終着とするリアルなそれに変わってくる。

 はじめは戸惑っていたのだ。だって男性器といえば、不潔かつデリケートな部位の筆頭である。女性器のことはよく知らないとはいえ、身体の一部を挿入するような場所だとは思えなかった。

 夫婦が子供を産むために、痛みや違和感を我慢して行うものだろう。そんな時期が来るまで、こんな痛そうなこと、絶対に女の子に望まない……と、当初は思っていたのだが。


 精通が来る頃になると、自分がその欲を持ってしまっていることに、嫌でも気づいてしまうのだ。


 自分の「好き」は、好きな人を傷つける「好き」だ。

 だったら、叶わなくていい。


 自分だけじゃない、周囲の男子の欲望の全部が汚れて見えた。教室にいる彼女たちが、あいつらに汚されるのが嫌だった。けど、そんな願いこそ非常識であることも察しがついた、言える勇気なんてどこにもなかった。

 幸か不幸か、周囲に溶け込むスキルは無駄に育っていた。普通を演じつつ内心で自己嫌悪を募らせていた僕にとって、その出会いは宿命ですらあった。



 僕を救ってくれたのは百合だけだった。


 女の子しか目立たない世界で、女の子たちがひたすら好意を交わす、それだけが救いだった。


 そもそも昔から、リアルでもフィクションでも、女子同士の触れ合いを眺めるのは好きだったのだ。男女ではまず見られない近すぎる距離感、そこへのときめきが「百合」に集約されることに気づけたのは納得でもあった。

 そして僕ら世代は――少なくとも、僕のクラスでは、少なくない男女がアニメ好きだった。ハーレム物も多かったし、一番熱かったのは少年誌からBLに行く流れだったが、日常系やアイドル物から百合に行き着く層はそれなりにいた。アニメ界全体が盛り上がっていたこともあり、そこを軸とするコミュニティはなかなか賑わっていた。百合アニメなのに「付き合いたい」「養いたいし養われたい」などという男子を殴りたくなることもあったが、順調だったと言っていい。架空美少女に夢中な層は、リアル男女交際を巡る悲喜からは距離を置けていた、というオマケもあった。


 そうして追いかけていたアニメの一本が転機だった。


 疎遠になった幼馴染みの少女たちが再会し、廃れた合唱部の再興を目指していく、という筋書き。幼少期と今のギャップ、天然素直な主人公とツンデレな相手とのカプの熱さ、声優による本気の歌唱と実力派スタッフによる丁寧な演出……などが組み合わさり、百合界隈で熱い注目を集めた作品なのだが。

 音楽モノには珍しく、部員の中に男子がいるのである。モブではなく、ちゃんと出番のある役として。


 百合を推しておきつつ男女交際に持ち込むのでは、という懸念は当初は吹き上がっていたものの。男から色恋の予感はしつつも予感に留まり、仲間としてのリスペクトを軸に全員がステージを目指していったのだ。男女で友情は成り立つのか、という問いに最大限のイエスを返し、その上で少女たちの絆の特別さを深めていく、という構成。

 それぞれの努力と成長が収斂する、クライマックスの混声合唱。女声だけでも、男声だけでも成し得ない複雑なハーモニーに、自分が抱えていた矛盾への答えが見つかった気がした。


 恋をゴールとせず、男子として女子と関われる場所。

 男子として、女子の絆を後押しできる場所。

 音楽なら、できる。


 その予感を胸に、僕は高校で合唱部に入ろうと決めた。

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