chapter 7「もしも私が彼女に出会えていたら...(正)」 Ⅳ
REAたちの走査の結果、「ノーネーム」のオリジナルプログラムは学院の旧ネットワークの中にあることが判明した。消え果てたはずのネットワークの支配者はその身を巧妙に擬態化させながら、学院生徒を通じて自らの生態系を貪欲に拡大し続けていた。
六条夕璃の推理は結果としてまさしく正しかったのである。
そして、肝心の犯人についてはオリジナルサーバーに残った痕跡から呆気ないほど簡単に特定するができた。あれほど綿密に何重にも偽装されていたというのに最初にインストールされた端末のIDがなぜか残っていたのだ。それは自分をさも見つけてくれと言わんばかりに露骨で、まるで誰かを庇っているかのようにさえ夕璃には思えた。
「どうしてこんなことをしたんですか?」
「さあね」若紫は首をすくめた。
「動機なんてどうでもいいでしょ。勝負はアンタたち生徒会の―――」
「若紫! 説明して!」
夕璃は自分が自分でないのが死ぬほど悔しかった。夕璃だったらその頬を思いきり張り倒してやったのに。
「…………ちょっと、アンタなんで泣いているの…………?」
「泣いていません。汗をかいただけです」
「いや、泣いているでしょ!?」
「泣いてません! 汗です!」
若紫はなおも睨み続ける夕璃をもう一度見つめるとため息をつく。そして、屋上のフェンスに両腕を置くとポツリポツリと話し始めた。
「…………本当に動機なんてないんだよ…………”私”には、ね」
「…………えっ?」
闇の中で小さく苦笑いをする声が聞こえた。
「私、頭がおかしいんだよ。だから、聞くだけ無駄だから。本当に自分でもわけがわからない。なんでこんなことをしてしまったのかねえ」
「聞かせてください。どんな言葉でも私はあなたを信じていますから」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない?」そう言うと若紫は今度こそ笑った。
「なんか不思議とアンタになら話してもいい気がしてきた。ぶっちゃけアンタもよくわかんないし。いや、違うな。本当はそうじゃない。信じようが信じまいが関係ないんだ。それが私にとって紛れもない真実なんだから。そして、誰にだって否定なんてさせない」
若紫は振り向くと夕璃の目をじっと覗き込んだ。
夜よりも深い闇色の瞳に初めて感情の光が灯る。
「たとえアンタたちがどれだけ輝かしい実績を残したとしても、ね」
その感情は―――憎しみ。
「私は―――ユメをみていた」
そして、二見若紫は語り始めた。
たった一人の少女だけが肯定した、ある一つのセカイのことを―――。
+- +- +-
「―――そのセカイは六条夕里、アンタが生徒会長じゃないセカイなんだ。だから、その親友たる葵井蛍も、ミカ・フォン・ローゼンタールや三宮かほる、神戸明石も生徒会には所属せず、各々の活動だけやっている。まあ当たり前の話だよ。普通あれだけの連中を引き込める方がおかしいんだ。どんだけアンタ、カリスマ性があるわけ?
とにかく生徒会に「C4」はいない。別の人間が生徒会が運営している。実をいえばそっちのセカイでは私が生徒会副会長なんだ。あはは、笑えるよね。何の特徴もないこの私がだよ? ああ、妙な顔はしなくていい。大丈夫。別に今のアンタたちに不満があるわけじゃいないんだ。その全く逆。こっちの生徒会は本当にすごい。アンタたちは化け物だよ。ユメのセカイとはいえ、実際にやっていたからわかるんだ。どれだけがんばっても私たちは学院の空気を変えることができなかった…………。ただ、自分が言うのもなんだけど、そっちの生徒会は別に無能なわけじゃないんだ。
私はともかくアンタの代わりに生徒会長になった女は絶対に違う。とんでもない美少女で頭もスポーツも万能、笑っちゃうぐらいなんだってできる。性格だって優しくて思いやりに溢れたまさに大和撫子。単純な能力だけならアンタよりも絶対に上だよ。ぶっちゃけ「C4」にだって負けちゃいない。
でもさ(乾いた笑いを浮かべる)、残念なことにその女生徒会長はすごくバカなんだよね。変な話でしょ? 能力は限りなく高いのに本当に残念でさ。たぶん神童として周囲にちやほやされて、そのくせ能力が高いから挫折を一度もしていない。だから、キレイな方向に歪んだと思う。ちょっとやそっとじゃ修正がきかないぐらい、それはそれは見事に、ね。
とにかく人の気持ちの機微がわからない。考えることは正しいのだけど、全部が全部杓子定規の教科書通り。場の空気が読めない。痛みを知らないから人の痛みもわからない。だから、相手にされなくなる。誰だって正解を突き付けられるのは苦しいから。
事実、学院の生徒たちの評判は良くなかった。運営面でポカはしないから表立っては口にされないけどね。みんな陰でひどい渾名をつけてたよ。「AI生徒会長」とか「カミさま」とか。まあそういう奴はみんな後できっちり後始末はつけたけど。
まあ私も友人として何度なく努力したけど、ありゃダメだ。私には絶対無理。どこかでトラウマレベルの痛い目に合わない限り、気がつけないと思う。
そんなこんなで本人は必死でがんばっていたけど、文化祭を迎える頃には破綻寸前だった。なにせ仕事量に対してヒューマンパワーが圧倒的に足りなすぎる。おまけにあの生徒会長さんは正論ばかりを振りかざすものだから、敵を次から次へと作るんだもん。ホントやってられないよ。その頃はボイコットなんかはまだいいほうで露骨に嫌がらせをする連中は両手で数えきれないぐらいはいたかな。
…………今思えば、その時点で諦めていればよかった。土下座でもしてでも周りに助けを求めればよかったんだ。アイツにとっては人生初めての挫折かもしれないけど、きっとアイツならそれを成長の糧にできていたはずなんだ。それは生徒会を成功させるよりも…………きっと大切なことで。私はよりにもよってそのチャンスを壊してしまったんだ」
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