18 節崎月子と鍛冶屋の息子
ある朝、職場へ行くとカウンターの向こうに知らない男の子がいた。
10代前半くらいの年下に見える。
いつも私がやっている開店準備を、覚束無い手つきで一生懸命やろうとしている。
「あの、おはようございます?」
一応挨拶しておく。
「なんだ、客か?」
男の子は私を見て一瞬驚き、それから怪訝そうな顔になった。
「いえ、ここの従業員だけど。おやっさんは?」
「従業員!? オヤジが弟子とったなんて聞いてねぇぞ!?」
「貴方こそ誰よ」
「嘘つきに名乗る名前なんざねぇ! とっとと失せろ!」
「なんですって!?」
私を嘘つきと決めつけて譲らず、会話にならない。
おやっさんのことを「親父」って言うからには、おやっさんの息子さんなのかな。
でも子供がいるなんて一度も聞いたことがない。
「ウチは嘘なんてついてない!」
「嘘つきが『嘘ついてます』なんて言うはずないだろうが!」
更に不毛な会話が続くのかとうんざりしていたところへ、救いの主がやってくる。
おやっさんだ。
「店先で騒ぐな! ロガルド、お前か!」
「違ぇよ! この嘘つき女が」
「ツキコがどうしたってんだ?」
「なん……えっ!?」
おやっさんの登場で誤解はとけた。
「すまなかったな。こいつにツキコのことを話してなかった。だからってぇ、いきなり嘘つき呼ばわりはどういう了見だ」
おやっさんはロガルドの頭を押し付けながら、謝ってくれた。
「だって、女が鍛冶屋にいるなんて……」
ロガルドの方は反省していないみたいだけど。
「鍛冶屋に男も女も関係ねぇだろう。ツキコはお前なんぞよりずっと腕が良いぞ」
「そんな……」
「それで、ロガルドは一体どこのどなたですか? おやっさん、息子さんいたんですか?」
「ああ、まあ、その、息子ではあるが……。追々説明する。それよりほれ、支度してくれ」
「はっ、もうこんな時間!? はいっ!」
ほとんどできていなかった準備を超特急で整えて、入口の扉に「営業中」の札を下げた。
「ロガルド。今日からツキコに店の仕事を教えてもらえ。鍛冶は店のことを一通りできるようになってからだ」
「ええっ!?」
「文句あるなら二度とここへ来るな」
「……わかったよ」
ロガルドは渋々私に従ってくれた。
物の位置、お客さんへの対応の仕方、在庫の手入れ等など。私に大口叩くだけはあって、仕事はすぐに覚えてくれた。
昼になり、扉に「休憩中」の札を下げる。
ここでの昼は、おやっさんに頼まれて私が作っている。
ヒスイ程じゃないけど、そこそこ料理はできるのだ。
おやっさんは注文の品を作るのに忙しく、昼食に時間をかけたくない。
よって必然的に、昼食は丼ものみたいに掻き込める物を作ることが多い。
今日はロックマウスの照り焼き丼だ。
魔物肉を食べるのにもだいぶ慣れてきた。むしろ、日本では到底食べられなかった味と食感が癖になって美味しい。
ロックマウスはヨイチが大量に持ち込んだものを干したり燻製にしたりしてとってあるから、まだいくらでもある。
「美味かった。ごちそうさん」
「……ごちそうさま」
おやっさんはいつものように豪快に食べきって、作業場へ戻っていった。
ロガルドは最初のひとくちは恐る恐る、その後はおやっさんに負けない勢いで食べていた。
夜六時でお店の営業は終了だ。夜に武具を売買すると不運な怪我をする、なんていう言い伝えがあるらしくて、鍛冶屋は大抵このくらいの時間で店じまいする。
扉の札を外して屋内に持ち込み、ロガルドに片付けの仕方を教えた。
「なあ、お前どうして鍛冶屋になりたいんだ?」
粗方終わった時、この日初めて私のことを訊いてきた。
「ものづくり好きなんだ。木工作業は木材と道具があればなんとかやれるけど、鍛冶は炉が無いと作れないじゃない。炉は流石に家に置けないからね。あ、木工作業だってプロが使う道具があれば良いなーって思うことはあるよ」
「ここにはどうやって入り込んだ? オヤジは弟子なんか取らねぇって言ってたんだぞ」
「そこはウチもよくわからなくて。ウチ、修道院出身でさ。シスターに『何か作る仕事したい』って相談したら、ここに決まったんだ」
「修道院!?」
ロガルドが驚くのも無理はない。
私たちは異世界から召喚され、『聖女じゃないから』なんて理不尽な理由で何も知らない状態で修道院に預けられたから、修道院がどういう場所なのかよくわかってなかった。
この世界で修道院にお世話になる必要があるとすれば、親をなくして行く宛のない子供か、亭主に暴力を振るわれた奥さんといった、訳ありの人たちだ。
「あー、ウチは色々あって行く宛がなくてね。でもずっとお世話になるつもりはなかったから、手に職をつけたくて」
「……そうか」
これは、何か誤解してるなぁ。
訳ありとは、つまり不幸な生い立ちを背負ってるということだ。
私は現状を、不幸だと思っていない。
そりゃあ、順調な高校生活を送っていたのに突然知らない土地へ喚び出され、いらないって言われて放り出されたのは運が悪いと思う。だけどヒスイとローズはいい子だし、シスターや修道院の人たちは皆いい人だ。今も、ヒスイをピンチから救ってくれたヨイチと一緒に暮らしている。ヨイチはめちゃくちゃ強いから、何かあっても頼れるという安心感がある。
だから私は不幸じゃない、可哀想じゃないことをどうロガルドに伝えようか思案していたら、ロガルドが先に口を開いた。
「今朝は悪かった。これからも仕事を教えてくれ。宜しく頼む、ツキコ」
信頼してくれるのは嬉しいけれど、何かの誤解の上だと思うと座りが悪い。
でも、ロガルドが謝罪し、初めて私を名前で呼んだ。
誤解は追々解くことにして、差し出された手を握り返した。
数日して、お店のことはほぼロガルドに任せられるようになった。
私はというと、今まで空いた時間に少しずつ教わっていた鍛冶の手ほどきを、これでもかと仕込まれた。
おやっさんの教え方は感覚的で、時折理解不能なことがある。
私がもたもたしていても、おやっさんは辛抱強く同じ動作を繰り返し見せてくれた。
更に数日後、職場へ行くと店の前に荷馬車が停まっていた。ロガルドが荷物をせっせと運んでは荷馬車に積んでいる。
「おはよう、ロガルド。今日はお遣い?」
「おう、ツキコ。そうだよ、イデリク村のディオンさんとこへ武器を卸すんだ」
「来たかツキコ。というわけで今日は二人でイデリク村まで行ってきてくれ」
おやっさんも出てきて、そんな事を言いだした。
「店はどうするんです?」
「今日は休業だ。どうしてもって客くらいなら俺が相手するさ」
「ウチとロガルドの二人って、護衛は?」
「ロガルドはランクEの冒険者だぞ。知らなかったか?」
「初耳!」
思わずロガルドをじっと見ると、照れたようにそっぽを向いた。
「なんだお前、言ってなかったのか」
「引退したつもりだったからな」
「カードは返してないんだろう? ま、いい。そういうことだ、ツキコ。ヨイチと比べたら頼りねぇが、村までなら大丈夫だろう。良いか?」
「ヨイチって誰だ?」
「わかりました。じゃあ、行ってきます」
「なあ、ヨイチって誰だよ?」
イデリク村までの道中、ヨイチのことをめちゃくちゃ聞かれた。
「ほーう、ランクAの冒険者で、女三人と一緒に暮らしてるのか。ほーう」
ロガルドはフクロウみたいにほうほう繰り返した。
「そりゃランクEの元冒険者の俺よりは頼りになるだろうが、報酬もせり上がるだろうな」
「本当はそうしたいんだけど、いつもランクDを雇ってるっておやっさんが漏らしたら、ランクDぶんの報酬しか受け取らなくなっちゃって」
「……無欲な奴だな」
そもそも「受け取るつもりはなかった」なんて言ってたし、ヨイチは妙なところで頑固に無欲なのだ。
「ロガルドは、どうして冒険者を引退したなんて言うの?」
世間話ついでに聞けるかな、と思い切って踏み込んでみたら、ロガルドはあっさり答えをくれた。
「俺は最初から鍛冶屋志望なんだ。で、使い手側の心情も知っときたいから、軽い気持ちで冒険者をはじめた。腕っぷしは弱くない自信があったからな。でもまぁ……何度か命を危険に晒して、情けないことに心が折れた」
ついでに、おやっさんが冒険者になった祝いにと贈ってくれた剣も、修繕不可能なほど折れてしまったらしい。
「使い手側の心情ってのは、解った?」
「えっ? ああ、まあそれなりには……。そっちを聞くのか」
「そっち?」
「魔物とやりあって命を危険に晒したくらいで、って言わないのか」
ロガルドが珍しく自虐的だ。
「言わないし、思わないよ。怖い目に遭ったら萎縮するに決まってるし、そもそも魔物と渡り合おうなんて怖くてできないよ」
この世界に来たばかりのころは、冒険者という職業があると聞いて憧れていた時期もあった。
だけど、実際に生きている魔物を見たり、クエストで傷ついて帰ってくる冒険者を見て、それが甘い考えだと思い知った。
おやっさんには武器の扱い方を一通り習った。魔物相手を想定した立ち回りも教わったけれど、実践しようだなんて考えたくもない。
普通に考えたら、魔物なんて居ない世界で十七年も生きてきた人間が、戦いに身を置こうと考えること自体が異端だ。
ヨイチは「チートがあるからやれる」と言うけど、私がヨイチと同じ力を手にしても、せいぜい金槌に込める力を強くするだけだ。
ロガルドは目を丸くして私をじっと見たと思ったら、ふいっと前を向いた。
「そういう考え方もあるのか……。って、なんだありゃ。煙?」
前を向くと、村の近くまで着ていた。
その先にあるはずの村の建物がなんだか歪んでいて、あちこち細長くて灰色の筋が立ち昇っている。
嫌な予感がしたのは、ロガルドと同時だった。
「急ぐぞ、しっかり掴まれ!」
「きゃっ!?」
ロガルドが突然馬を急かしてスピードを上げるから、仰け反ってしまった。
慌ててロガルドにすがりつき、スピードに耐える。
「俺に掴まるのかよ!? し、仕方ないか!」
村は酷い有様だった。
殆どの家がどこかしら壊れていて、煙の上がっている場所が多い。
人が倒れていて、体の下に赤い血を敷いている。
「おいっ、大丈夫か!」
「ぐっ、うう……」
倒れた人をロガルドが助け起こす。その人はお腹から溢れる血を抑える手に力が入っていなかった。
「ツキコ、俺の荷物に回復薬が入ってる! 取ってきてくれ!」
「は、はいっ!」
ロガルドのバッグの中に、薄青い色の液体が入った小瓶を何本か見つけた。バッグごとそれを持って怪我人の場所へ戻る。
ロガルドは私の手から小瓶をひったくるように受け取ると片手で栓をあけて、怪我人に飲ませた。
「ふ、はあ……回復薬か、助かった……」
その人は一息つくと、目を閉じてしまった。
「えっ……」
「大丈夫、傷は塞がったはずだ。体力の回復のために眠っただけだ」
「そ、そっか」
ロガルドは腰のポーチから薄いスマホのようなものを取り出した。冒険者カードだ。ヨイチのを見たことがある。
「ランクEのロガルドだ。イデリク村が何かに襲われて怪我人多数、建物も壊されている。至急応援頼む」
ロガルドは怪我人をその場に寝かせて立ち上がった。
「ツキコはディオンさんとこへ行ってくれ。俺は怪我人をなるべく救助してくる」
「はいっ」
私にできることは殆どない。ロガルドの指示に素直に従うことにした。
その時、背後からものすごく嫌な空気が流れてきた。
「っ!?」
「ロガルドっ!」
隣りにいたはずのロガルドが吹っ飛び、近くの家の壁に叩きつけられた。
ロガルドの側へ行こうとした足が、動かない。背中にこわいものがいる。
「やっぱり、節崎だな。探した」
黒髪黒目で、身体の大きい、全身に血を浴びた男が立っていた。
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