13 変身

 早速、おやっさんの弟であるディオンさんのお店へ向かった。

 ツキコはお使いで何度か来ているそうだ。


「こんにちはディオンさん。おやっ……じゃなくて、アルマーシュさんからロックマウスの素材持ってきました」

 おやっさんの本名、アルマーシュっていうのか。

「おう、ツキコか。連絡は貰ってるよ。……ん? アンタは」

「お久しぶりです」

「英雄さんじゃあないか! 元気にしてたか?」

 マジックボックスから荷物を出しながら、話に花が咲く。


 僕がツキコ達と一緒に暮らしていることは、ツキコから聞いていたそうだ。

 あれからイデリク村と近隣に、危険な魔物は出没していないと聞いて安心した。

 ツキコは、今後も護衛は僕に頼めとディオンさんに力強く言われて苦笑いしていた。

「僕は構わないよ」

「でもトウタはこういう仕事請けるより、魔物討伐のほうが稼げるじゃん?」

「討伐ばっかりしてたら気が滅入る」

「なら、またお願いするね」

「うん。そうだ、ディオンさん。手袋を作って欲しいのですが」

 現状はゴツめの手袋を使っているのだが、僕の扱い方が悪いのか何なのか、すぐに破れてしまう。魔物の巣のときの手袋は、インフェルノドラゴンに放った一撃で修復不可能なほどビリビリになった。どういう理屈だ。


 アルマーシュさんに相談したところ、弓といえば、弓懸という独特の形状をした手袋をするものだと教えてもらった。

 ただし防具は専門外だからディオンさんに会うことがあったら頼めと言われていたのだ。


「兄貴から聞いてるよ。革の手袋じゃ、お前さんの魔力に耐え切れんのだろ。これ持っていけ」

 渡されたのは、腕輪だ。黒いバンドに二箇所、青い石が嵌っている。

「石が手首を縦に挟むように……そうそう。それで魔力を流してみろ」

 言われた通りに手首に着け、魔力を流すと、途端に手首と親指、人差し指、中指を覆う手袋が出現した。

 アルマーシュさんに聞いたものより簡略化された弓懸だ。

 わきわきと動かしてみると、妙にしっくりくる。弓矢を構えると、指先や手首の負担が軽くなった気がした。

「うん。やっぱりお前さんに合うな。ロックマウスの礼だ。取っとけ」

「報酬ならアルマーシュさんから……」

「荷運びの礼じゃねぇよ。本当はその防具だって金取る気はなかったんだ。いいから、持ってけ」

 この兄弟は本当に気前が良すぎる。

「ありがとうございます。必要な魔物素材があったらいつでも言ってください。すぐ取ってきます」

「そのつもりだ」

 ディオンさんはニヒヒと笑った。


 ディオンさんは更に、昼食をご馳走してくれた。

 馬上でヒスイのお弁当をツキコと半分こして食べてきたから、僕はともかくツキコは「もう入らない」と三分の二ほど残してギブアップした。

「食べ残しで悪いけど、トウタ食べてくれない?」

「ありがたくもらう」

「なんだ足りねぇか?」

「いえ、これで充分です」


 更にお茶やらデザートやらを出そうとするディオンさんを二人で止めてお礼を言い、鍛冶屋を後にした。


「はー、太る。ってかこっちの世界来てから確実に太った。食費安いのに量多すぎる」

「僕はそのおかげで助かってる」

「男子は、ってかトウタはいいよ。体力勝負だもん」

「鍛冶屋だって体力要るだろ」


 駄弁りながら、村長さんの家を目指す。

 立ち寄ったからには挨拶しておこうと思ったのだ。


 村長さんの家まで数メートルと言うときに、嫌な予感がして気配を探った。



 この気配は、間違いない。



 どうしてここに、亜院と土之井がいる?



「ツキコ、帰ろう」

「ちょ、どうし……」

「喋らないで。後で話す」


 亜院たちに気づかれないよう踵を返し、ツキコを急き立てて馬のところへ行き、亜院たちの視界に入らないルートで村を出た。



「何なに、どうしたのさ」

 村を出るなり馬に駆け足させて、5kmほど進んだところで徐々に速度を落とした。


「土之井と、亜院がいた」

「えっ!?」


 よくよく考えたら、僕は色々とやらかしていた。


 冒険者になってから短期間で、百以上の魔物や「魔物の巣」を単独掃討し、あっという間にランクAになった。

 巣に至っては、スタグハッシュの勇者様たちが失敗した場所だ。調査に来ないほうがおかしい。

 その割に、亜院と土之井の二人だけ、というのは少ない気がするけど。


 もう、僕が生きていることはバレているのだろうな。


「トウタ、大丈夫?」

 俯いて黙り込む僕に、ツキコが覗き込むようにして気遣ってくれる。

「うん」

 このあとどうなるのか見当もつかないけれど、スタグハッシュには絶対に帰らない。


 ツキコ達と、あの家だけは守ろう。




***




 夕食の後、三人に改めて、スタグハッシュにいる連中と面識の有無を聞いた。


 亜院、椿木は外見を伝えたら「見たことあるかもしれない」という程度の認識だった。

 土之井は顔と頭がいいから有名で、不東は悪い意味で有名だったが、こちらも話したことはないという程接点は無し。

 この世界には黒髪黒目の人が割といるし、三人が日本から召喚されたということ自体、言わなければわからないだろう。


「心配いらないと思う」

 ローズが楽観的な結論を出す。

「死んだはずの僕が生きてるだけで、周囲に何かやらかしそうなんだよ」

 あの悪意ある視線は、僕を恨んでいるのと同義に思えた。

「まぁねぇ。トウタの話を聞く限り、ろくでもない連中だし」

 ツキコは僕が慌てふためいた瞬間を見ているせいか、同情的だ。

「トウタくんが心配することはないけど、用心したほうがいいと思うの」

 ヒスイはそう前置きして、話しだした。


「食堂にくるお客さんたちが噂してたのだけどね。『スタグハッシュの勇者様』たち、評判が良くないの。確かに凄い早さで強くなったけど、実際はたいしたことないとか……。強い魔物はほうっておいて、弱い魔物ばかり討伐してるって」

「魔物の巣の前だったら、僕が弱くて足を引っ張ってたせいじゃないかな」

「トウタくんがここに来てからの話よ。それに、『ひとりいなくなった』って話は、どこからも聞こえてこないの」

 あの連中のことだから、城へ帰ってから『横伏は死んだ』と嘘をついたはずだ。

 なのに、僕が消えたことを公表してないのか。


「でもなぁ。最弱の僕が消えたくらいで、気にするかな」

「今は最弱どころか最強じゃない。生死の真偽はともかく、見つかったらトウタくんが連れ戻されちゃう」

「トウタを捕まえられる人がいると思わない。つまり、ローズたちが危ない」

 ローズの発言に、全員がハッとなる。


 三人を人質にでもされたら、僕はスタグハッシュに戻らざるを得ない。


「ここを離れたほうがいいかな」

「いえ、トウタがトウタだとわからなければいいのよ」

 逃げる算段を考えかけた僕に、ツキコが立ち上がって自信たっぷりに言い放った。

「どうするの?」


「鋏とシーツを持てい!」

 ツキコが何故か殿様みたいな命令口調で、周囲に命じた。

「はっ、これに」

 ローズが両手に鋏を乗せてツキコの前で片膝をついた。乗らなくていいと思うよ?

「何が始まるの? ねえ、ヒスイ、無言で僕にシーツ巻き付けないで? マジで何されるの!?」


 ツキコが背後に立ち、鋏を構えた。



 妙なところで息ピッタリだな、三人とも。




***




「統括と話がしたいのですが」

 翌日。僕は冒険者ギルドでクエスト掲示板も見ずに、僕の担当と化している受付さんにそうお願いした。

「ええっと、どちら様で……」

 担当さんですら、今の僕を僕だとわからないようだ。

 僕は冒険者カードに自分の情報を表示させ、更に『諸事情あって詳しくは後ほど』というメモを添え、担当さんにそっと見せた。

「えっ!? あ、ああはい、わかりました。少々お待ちを」


 何故担当さんですら僕がわからないかというと。


 前髪に合わせて伸ばしていた髪を全体的にざっくり切られて、ツンツンヘアにさせられていたからだ。




***




「ま、前髪……僕の最強のガードが……もうお婿に行けない」

 ツキコの手によって目元を思い切り出すヘアスタイルにさせられ、僕は鏡を見ながら愕然とした。

「トウタ、目つき言うほど悪くない。むしろ、イケメン?」

「疑問形ー! 忖度しなくていいよ!?」

「大丈夫大丈夫。誰も怖がらないよ。ね、ヒスイ?」

「え、ええ、そう、ね」

「ヒスイ片言になっちゃってるじゃん!」

「ヒスイは、そうなの?」

「みたいね」

 ローズとツキコが何やらごそごそ話しているが、意味がわからない。

 あとヒスイはまた顔が赤くなっている。本当に病気じゃないのだろうか。


「防具はおやっさんじゃ手に負えないから、とりあえずマントだけ羽織ろうか」

「はっ、そうだよ、なにも髪型いじらなくても常にフードをかぶれば」

「怪しい、顔を見せろ! ってなるじゃない」

「ぐっ……じゃあ、せめてメガネ的なものを……」

「似合わない」

 なんとか目元を隠したい僕の要望はバッサリと斬られた。




***




 統括には、他言無用をお願いしてから僕の事情を全て話した。

 話し終えても、統括は腕を組み目を閉じて、しばらくじっと動かなかった。

「すみません、急にこんな話を」

「いや、事情は解った。では早速、冒険者カードには偽名を登録しなおそう」

「こんな事情でいいのですか?」


 僕の今日の要件は、『偽名を名乗りたい』というものだ。

 あっさり承認が貰えると思っていなかったから、思わず聞き返してしまった。


「以前からスタグハッシュとアマダンが、異世界から本人の意志を無視して人を召喚しているという話は聞いていた。それがトウタ達のこととは思わなかったが……二つの国の横暴は以前から目に余っていたのだ。それに、同じく召喚された仲間のはずの者たちの所業も業腹だ。俺は個人的に、君を支援する。ギルドとしても、ランクAで且つ『核破壊者』に特別な便宜を図ることは、珍しくない」


 無差別無断召喚が只の誘拐という犯罪行為であり言語道断という認識は、こちらの世界の人もわかってくれる。わかろうともしないのは、スタグハッシュとアマダンの城にいる一部の人たちだけのようだ。


「それで、なんと名乗るのだ?」

 統括は担当さんを呼び、登録の時に使った魔道具をもってこさせ、僕の前においた。


 僕の偽名を決める会議は昨夜、ヒスイの一言ですんなり決まっていた。


「ヨイチ、でお願いします」


 由来は勿論、弓の名手、那須与一だ。

 僕の元々の名前も偶然ながら俵藤太と一緒だし、弓の名手繋がりで良い、と満場一致だった。


「登録修正完了だ。ヨイチ、改めてよろしく頼む」

 まだ馴染みの薄い名前で呼ばれ、何度目かの握手を交わした。

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