12 請けられない日
冒険者ランクが上がった。
本来、ランクCがBに上がるためには、危険度Cの魔物を百体討伐した後に危険度B討伐の許可が降りて、さらに危険度Bを二十体討伐する必要がある。
魔物の巣でそのくらいは討伐してきたため、Bへのランクアップはすぐに決まった。
そして、最後に倒したインフェルノドラゴンは危険度S。単独討伐ということで、僕はランクAまで昇格することになった。
しかも、通称「A+」という、危険度Sのクエストを請けられる許可付きだ。
一部反対意見はあったものの、統括と大多数の支持で決まったそうだ。
巣での討伐は、魔物を倒した数ではなく討伐に貢献した比重で報酬が与えられる。
具体的には称号も与えられて、最大貢献者には「魔物の巣掃討者」、核を破壊または破壊に貢献した人は「核破壊者」「核破壊貢献者」になる。
掃討者への報酬は潜った階層最深部×30万ゴル、核破壊者は300万ゴル、貢献者は貢献度に応じて10万~100万ゴル。
僕は五層目で核を破壊したので、合計450万ゴルを手に入れた。
加えて、討伐した魔物の死骸を全てマジックボックスで持ち帰っているから、必要に応じて売りさばくつもりだ。
一体いくらになるのか、見当もつかない。
やっぱり、冒険者って儲かる。
と言う話を、魔物の巣から帰ってきた翌日の夕食の席で同居人たちに話すと、
「それはトウタだけなんだってば」
「トウタにしかできないよ」
「トウタくん凄い」
とのお言葉をいただきました。ありがとうございます。
一週間もしないうちに数年は遊んで暮らせるお金を手にできたとはいえ、この先何が起きるかわからない。
レベルのおかげで身体は頑丈そのものだけど、病気にならないとは限らないし、一緒に暮らす三人に何かあったときのためにも、蓄えは必要だ。
稼げるうちに稼いでおくため、魔物の巣を攻略して二日後の今日も冒険者ギルドへ足を運んだ。
「トウタだ」
「ああ、あれが……」
「前髪長っ」
ギルドへ入るなり、あちこちからヒソヒソされた。
僕の名前と容姿はあっという間に広まり、ギルドの外でも時折声をかけられるようになってしまった。
大抵、労いや励ましなのだけど、時折「独り占めしやがって」「調子に乗るなよ」等の意味不明な妬みを食らうことがある。
ギルドハウス内でのヒソヒソは、妬みの割合が外より多い気がする。
居心地の悪さを堪えて受付へ向かおうとすると、呼び止められた。
振り返ると、筋骨隆々とした大男が立っていた。
大男は僕を嘲りの目つきで見下ろしている。
身長が伸びて推定180cmになったとはいえ、この世界は基本的に平均身長が高く、180cm後半の男性はよく見かける。見下されるのはよくあることだ。
「あんたがトウタだろ? 弓で危険度Sを討伐したって聞いた。その腕見せてくれないか?」
「忙しいので嫌です」
こういうのには初めて遭遇した。思わず正直に返すと、大男のこめかみに青筋が立った。
「はっ、やっぱり『核破壊者』なんてよっぽど運がよかっただけの――」
「そういうことでいいです」
何を言っても僕を認めない人には、勝手に言わせておいて付き合わないことにしている。
時間と労力の無駄だ。
「トウタ、一度相手してやってくれないか。場所はある」
とっととクエストを請けて出掛けたいのに、横から口を挟んできたのは統括だ。
巣の一件以来、何かと僕に目をかけてくれている。
ありがたいけれど、今はちょっと……。
僕がまごまごしていると、統括が僕の横に立ち、小声で囁いた。
「君のランクアップに最後まで反対していた連中の一派なのだよ。こいつさえねじ伏せてしまえば、もう文句は言われまい」
今後の憂いがなくなるのなら多少付き合ってもいいか、と了承した。
冒険者ギルドの中庭には、設備を簡略化した試合場がある。
その場に、大男は自前のゴツい曲刀、僕はギルドの備品の練習用弓矢という、あからさまなハンデをつけて立っていた。
弦の張りを確かめる。長い間手入れもせず放置してあったようで、弓自体がなんだか心もとない。矢に至っては一度なにかに命中したら折れそうだ。
備品の整備不良については後で統括に言うことにして、僕は弓と矢に魔力を流して強化しておいた。
魔法禁止は言われたけれど、魔力禁止とは言われてない。このくらいはいいよね。
立会人は統括と受付さんたちと、なんだか偉そうな人たちが数人。
「これってハンデ戦なんですかぁ?」
受付さんのひとり、ピンクブロンドに愛嬌のある顔をした女性が大きな声をあげる。
彼女が受付をしていると、男の冒険者が行列を作っているのをよく見かける。
「ねー。あっちは自分の武器使ってるのに、トウタさんは備品って、明らかに不利よねぇ」
大声で応えたのは、僕の担当みたいになってる受付さんだ。彼女は藍色のセミロングと瞳が日本人に近い雰囲気を醸し出していて、親しみやすい。
ピンクブロンドさんの方は天然でハンデを叫んだ様子で、担当さんは説明口調を交えて相手を批判し、明確に僕を応援してくれている。
ハンデを大声で指摘された大男の方は、こめかみの青筋が更に盛り上がっている。血管は大丈夫だろうか。
統括さんが手をぱんぱんと叩いて、場の注目を集めた。
「一回勝負。審判が勝負ありと認める、どちらかが負けを認める、または試合続行不可能な時点で決着だ。相手を死なせたり、故意に重傷を負わせた場合は試合無効、カード剥奪とする。では、始め!」
合図と同時に大男が向かってくるが、僕の攻撃は全て済んでいた。
振り下ろされる曲刀を避け、それを指摘する。
「下、何か履いてください」
「は? ……ああっ!?」
開始の合図と同時に、矢で大男のベルトを射抜いていた。
勢い余って下着の紐まで切ってしまったのは、事故だ。
「キャーー!!」
猥褻物を目撃してしまった女性陣から悲鳴が上がる。本当にごめんなさい。でも顔を隠す手の指の隙間、広くないですか?
「いつもの弓じゃないから、手元が狂いました。この弓、ちゃんと整備してます?」
棒読みで弁明してみる。
「この野郎っ!」
大男は片手で股間を覆いつつ、再び曲刀を振り上げた。
ポロリで戦意喪失しないとは、手強いなぁ。
しかし曲刀は避ける必要がなかった。足元に落ちたズボンが絡まって、大男が転んだのだ。
僕はこれ幸いと大男の背中を踏みつけ、矢を一本、首元に突きつけた。
「勝負あり」
統括が重々しく宣言したので、足と矢を外した。
大男は拾い上げたズボンで前を隠しながら立ち上がり、僕を睨みつける。
「ぐっ……俺の服に細工をしやがって!」
うわー、そういう思考になるのかー。
「往生際が悪いぞ。そこに落ちているものよく見ろ。矢で射抜いたのは間違いない」
「ぐむ……」
落ちているベルトは二つに千切れている。開始の合図と同時に、二本射たからだ。
地面に刺さっていた矢は僕が魔力の繋がりを切ると、ポキポキと枯れ枝のように砕けた。
「正確無比な弓の腕、見事。整備不良をものともせぬとは、流石だな」
整備不良、と聞いて、ひとりの偉そうな人の肩がびくりと震えた。
「これでトウタの実力はわかっただろう。これ以上、彼の偉業に異議を唱えるなら、正式な裁きの場を設けようか」
先程肩を震わせた偉い人は、今度は顔色がどんどん青くなっていく。
「では、これにて解散だ」
統括が宣言すると、その場に集っていた人たちはいつの間にか試合を見ていた野次馬も含めて思い思いに散った。
青い顔の人は真っ先に試合場からいなくなっていた。
「とんだ茶番に付き合わせてすまなかったな、トウタ」
僕は統括に声をかけられ謝罪され、そのまま詳しい話を訊いてみた。
一応、自分の身に何が起きてるのか知っておきたい。
「大体見た通りだ。最近現れたばかりのランクC冒険者が、単独で魔物の巣を攻略したことを信じられない愚かな頭のやつが数人いたのだよ」
口さがない統括が言うところの愚かな頭のひとりが、ギルドでちょっぴり偉い人だったのが、僕が意味不明の妬みボイスを聞く羽目になる元凶だったらしい。
「事実無根の噂を流し、手駒をけしかけて壊れかけの弓で試合させるなど、以ての外だ。やつには然るべき処罰が下る。噂も否定させるから、しばらくすれば静かになるだろう」
壊れかけの弓だったのか。魔力通しておいて正解だった。
「ありがとうございます」
妙な噂を消すと言ってくれたり、僕自身が実証できる場を整えてくれたり、本当に助かる。
そういう意味でお礼を言うと、統括はぐっと表情を引き締めた。
「ギルドとして冒険者に当然の対処をしたまでだ。むしろ、ここまで大事になったことを詫びねばならん」
逆に頭を下げられてしまった。
「いえ、良くしてもらって感謝してますから!」
これ以上気にしないでほしいと言って、やっと頭を上げてもらった。
朝イチでギルドへ来たのに、昼前になっていた。
今日は軽めのクエストを請けるだけにしようと、改めて受付へ向かおうとした。
「トウタ! 今日はもうクエスト終わったの?」
聞き慣れた明るい声に振り返るとツキコがいた。
「色々あってこれから請けるんだ」
「もう決めちゃった?」
「まだだよ」
「じゃあ、これお願いしてもいいかな? 依頼を出しに来たんだけど、トウタが請けてくれるなら一番安心できる」
ツキコが手にしていたのは、クエスト依頼用紙だ。
「イデリク村まで荷物の運搬と、護衛?」
クエストとはいえ、危険度は設定されていない。冒険者にはこういう「なんでも屋」的な仕事もある。
「この前のロックマウスの素材の半分を、おやっさんの弟さんに届けるんだ」
「なるほど。いいよ」
「あ、報酬は鍛冶屋から出るからね」
「えーっと、そっか、わかった」
一瞬「受け取れない」というところだったけど、これも仕事のうち。ちゃんと貰っておかないと、他の冒険者に迷惑がかかってしまう。
荷物は僕のマジックボックスに収納し、ヒスイに教えてもらってあった「レンタカー屋さん」で馬を二頭借りた。
マジックボックスが無ければ荷馬車を借りる予定だったので、ツキコは「交通費が浮いて助かる」と喜んでいた。
ツキコはこの町で暮らすうちに必要に迫られ、乗馬をマスターしていた。
未経験の僕はその場でしばらくレクチャーしてもらい、乗りこなすことに成功した。レベル効果かな。
「うん、いけそう」
「チートってすごいね……」
ツキコと賢い馬に感謝だ。
乗合馬車では二時間掛かった道も、乗馬なら一時間と少しになる。
護衛と言われた割に道中でトラブルはなく、無事にイデリク村へ到着した。
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