9 魔物の巣

 昨日討伐したロックマウス70匹の報酬は、89万6千ゴルになった。

 一日の稼ぎとしては、かなり上出来だ。

 しかも僕自身は全く疲れていない。

 頑張れるうちに頑張っておこうと決意を固めて、今日もクエストを請ける。


「荷車ってどこで調達できるかな」

 朝食の席で、この町での生活歴が長い女子3人に訊いてみた。

「町にレンタカー屋さんみたいなのがあるわ」

 流石ヒスイ、すぐに答えをくれた。

「ウチが作ろうか」

「作れるの!? それなら作ってもらおうかな。でも、今日のクエストで使いたいんだ」

 ツキコはツキコで「鍛冶屋見習いとは」と問いたくなるほど、何でも作ってくれる。

「トウタ、マジックボックスは使えないの?」

「マジックボックス?」

 ローズの質問に、僕は首を傾げた。


「魔法が使える人は、ロボ青狸のポケットみたいな空間を自在に出せるって聞いた。トウタならできそう」

「なにそれ便利。やり方はわかる?」

「ローズは魔法使えないから詳しくはわからない。使ってる人を見たことならある」

 そして胸の前で両手のひらを向かい合わせるように、かざしてみせた。

「こうして、手のひらの間の空間に穴を開けてた」

「うーん、何の属性使うのかな……」

 僕もポーズだけ真似してみる。そしてなんとなく、マジックボックスと声に出さずにつぶやいた。


 途端に、手のひらの間の空間に穴が開いた。


「わっ!?」

「あ、それそれ。トウタもできたね」


 恐る恐る手を突っ込んでみる。なんともない。

 試しに朝食のパンを一つ入れてみると、頭の中に「マジックボックスにパンがある」というイメージが流れ込んできた。

 取り出したパンを齧る。味に変化は無い。美味しい。

「これ、どのくらい入るのかな」

「魔力量に依るんだって」

 僕の魔力量は……種族が魔人になるほど多いから、相当入りそうだ。

「うん、今日はこれを使ってみるよ。ありがとう、ローズ」

「どういたしまして」

「荷車はどうする?」

「それはそれとしてあったら便利そうだから、頼んでいい?」

「任せて!」

「レンタカー屋さんの場所も教えてくれる?」

「勿論」

 皆、頼もしい。




 朝食の後、冒険者ギルドへ向かうと、なにやら騒がしかった。

 クエスト掲示板を見ると、いつものクエストメモは端の方に押しやられ、真ん中に大きな紙が貼ってあった。


「魔物の巣?」

 よく読むと、東の森の真ん中あたりに「魔物の巣」というものが発生したかもしれない、という警告だった。


 冒険者カードで早速、魔物の巣について調べてみる。インターネットもウィキもないけど、基本的な情報はFAQみたいなものが載っているのだ。


「魔物は、瘴気の濃いところで自然発生する。瘴気と魔物の数が増えると、それらを内包した洞穴が出来上がる。魔物の巣とは、その洞穴を指す。内部空間は複雑に入り組んでおり、複数の階層で構成される。最深部にある核を破壊すると、巣は消滅する。巣の内部の魔物は、数が増えすぎると地上に溢れるため、早期の核破壊が求められる。巣の探索クエストが出ていたら、最低でも四人パーティを組んでから挑むべきである」


 つまりダンジョンのようなものらしい。

 気になるのは、核を壊すと巣が消滅する、の部分だ。


 今日請けたいクエストメモを手に、顔見知りの受付さんに話を聞くことにした。

「核を破壊した後、巣が消滅するとありますが、核を破壊した人やその時巣の中にいた人は無事で済むのですか?」

「はい、心配いりませんよ。核破壊後、巣のあった場所は元通りになり、内部にいた人間は全員巣の外へ安全に出されます。今まで巣の消滅に巻き込まれたという人はおりません。巣の攻略に向かわれますか?」

「いえ、今日は準備ができていないのでこっちを」

 準備ができていないというのは本当だ。マジックボックスの試運転がしたいし、持ち物も日帰りを想定した分しか持ってこなかった。それに、パーティを組んでくれる人の当てもない。


 クエストの手続きを済ませてギルドから出ようとしたとき、誰かが話しているのが聞こえてきた。


「スタグハッシュの勇者様たちが巣に向かったそうだぞ」

「なんだ。じゃあもう行く必要ないな」


 よかった。行かなくて。




 今日の討伐目標はウォーマンモス。全身に長い毛の生えた象の魔物だ。

 僕が討伐できる危険度かつ近隣にいる魔物で、一番サイズが大きいという理由で選んだ。

 こいつが何頭入るかで、マジックボックスの容量を確かめるつもりだった。



 初めて見るウォーマンモスは、予想以上に大きかった。

 僕の身長が170cm後半、いや今は180cm台かな。ウォーマンモスは高さだけでも倍近くあった。

 それが数頭の群れを成していて、見た目は迫力があった。


 [心眼]で見極めた急所を射抜くと、あっさり倒れてくれたけど。


<レベルアップしました!>

 2、3頭倒すごとにレベルも上がった。

 さくさくと倒して、気づいたら近隣から魔物の気配がなくなっていた。


 倒れたウォーマンモスを、せっせとマジックボックスに入れる。

 マジックボックスは片手でも出せた。それをウォーマンモスに近づけると、スッと中に入っていく。便利だ。

 一応試したけど、生きているウォーマンモスには効かなかった。


 60頭入れても、容量は余裕だった。これ、何万頭でもいける気がする。なんとなくだけど。



 冒険者カードには時計機能もついている。この世界の暦は地球と似ていて、一日は二十四時間、一週間は七日、一月は四週間と二週おき一日の祝祭日が二日で三十日、一年は三百六十日だ。

 時刻は十三時を過ぎていた。魔物の様子からして今日はお終いにしたほうがよさそうだ。

 持たせてもらったお弁当を食べたら帰ろう。


 ヒスイが作ってくれたのは、おにぎりだ。スタグハッシュでの主食はパンだったけど、モルイには米が普通に流通している。主食にしている人も多い。

 大きめのおにぎりにはそれぞれ、鮭みたいな魚のほぐし身や、ピリ辛の味付けをした青菜、昆布っぽい海藻の佃煮が入っている。どれも美味しい。おかずの唐揚げはロックマウスの肉だ。これもジューシィで美味しかった。


 食欲の方は、昨日の晩あたりから落ち着き始めた。

 僕の推測だけれど、急激なレベルアップや「魔人」になったことで突如大量に増えた魔力の容量を満たすために、食事という手段が必要だったのだと思う。

 この数日で自分の魔力は満タンまで貯まった感じがする。

 日々使った分は普通の食事と睡眠で回復できるようになった。

 それでも、日本やスタグハッシュにいた頃と比べたら、倍は食べる。

 自分の食費は自分で稼がねば。


 決意を新たに、食事跡を片付けて立ち上がった。




 冒険者ギルドで報酬を受け取る際、クエスト達成回数が一回ならば、カードを魔道具にピッとやるだけで終わる。報酬はカードに蓄積されて、大抵のお店ではカードで支払いができるし、現金が必要なときはギルドや換金所で引き出せる。


 僕は今回、ウォーマンモスを六十頭も討伐してしまったため、ギルドの奥の部屋へ呼ばれた。

 昨日のロックマウスのときと同じ状況だ。


「はい、不正も間違いもありません。お手数をおかけしてごめんなさいね、一応規則なので」

 この二日ですっかり僕の担当と化した女性のギルド職員さんが、僕にカードを返してくれた。

「いえ、こちらこそすみません」

 小心者故に、何も悪いことはしていないはずなのに謝ってしまう。


 ひとりで一日に複数の魔物を討伐してきた人はこの部屋に通され、カードを特別な機械でチェックされるのだ。

 昨日のロックマウスのときは10分程かけて入念にチェックされたため、ツキコを待たせてしまった。

 今回はぱぱっと終わった。前例のある人は、早めに済むようだ。


「ところでウォーマンモスの死骸はどうしましたか?」

「マジックボックスに入れてあります」

「まあ、マジックボックスを使えるのですね。何頭入れてきました?」

「六十頭ですけど」

 倒した数と同じだけだ。

 魔物の死骸はその場に残してしまうと他の魔物がそれを食料とし、結果的に魔物が強化されてしまう。

 食べられなくとも時間経過とともに瘴気と化し、新たな魔物の発生源になる。

 故に、倒した魔物を持ち帰れない場合はその場で燃やしたり埋めたりして処分するべし、と冒険者規則で定められている。

 規則を破る冒険者は報酬を減額されたり、常習犯の場合はランク降格、何度も意図的に破れば悪質とみなされカード剥奪もありうるという重い罰則まで設けられているのだ。


「六十頭全部ですか!? ウォーマンモスですよ!?」

「はい。見ます?」

 担当さんが信じられない、と声を上げるのでマジックボックスを開いて見せた。

 そこに担当さんが躊躇なく頭を突っ込む。生き物は入れられないが、自ら入るのはセーフのようだ。

 空間に開いた穴に女性が首だけ突っ込むという、なんだか凄い光景が出来上がった。


 しばらくして担当さんがスポンと穴から頭を出した。

「確かに六十頭いました……ものすごい容量のマジックボックスですね」

 乱れた髪の毛を撫でつけながら、担当さんが感嘆の声を上げた。

「魔力だけは多くて」

「お羨ましい。ウォーマンモスでしたら大通りにある『イネアル』という薬屋が高く買い取り中ですよ」

「ありがとうございます」




 町を散策がてら、大通りの薬屋さんを探した。

 薬屋さんは何店舗かあるものの、「イネアル」という文字は見当たらない。

 露店で軽食を買い、ついでに道を尋ねて、ようやくたどり着いた。


「いらっしゃいませ……トウタだ」

「ローズ、何を……ああ、ここで働いているのか」

 イネアルはたしかに大通りに面していたけど、かなり小さめのお店だった。

 大きなウォーマンモスを高額買取するというから、大店だと思いこんでいた。

 ローズにウォーマンモスのことを話すと、奥に向かって「イネアルさん、持ち込みのお客様です」と叫んだ。


 出てきたのは、ゆるくまとめた白銀の髪に碧色の瞳の、目鼻立ちの整った人だ。顔は女性にも見えるけれど、体つきからして男性だろう。背は僕と同じくらいある。

 耳が長く先が尖っている。エルフってやつかな。

「イネアルさん、この人、トウタ」

 ローズが僕を紹介してくれたから、お互いに挨拶の手間が省けた。

 イネアルさんが一瞬、僕を心の奥まで覗き込むような目を向けたような気がした。

 何かを見られた気がするけど、嫌な気分はしなかった。


「では、地下へどうぞ。ローズは店番お願いね」


 薬屋イネアルの地下は、上の建物の数倍はあるほど広かった。

 階段のすぐ脇には、道具や薬を作るためのものがごちゃごちゃと置いてある。

 それ以外は、壁に沿って魔物の素材や乾燥させた薬草や樽などが置いたり吊るしたりしてあるものの、広く空いていた。

 ここならウォーマンモスを全て出しても大丈夫だろう。


 ところがイネアルさんから、ウォーマンモスを催促されなかった。


「ローズから、貴方達のことはあらかた聞いています。トウタ、貴方はその中でも少々特殊なようだ。商談の前に、その話をしましょうか」



 そう切り出したイネアルさんから次に出たのは、「魔人」という単語だった。

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