8 椿木紫水の鬱屈

 ボクこと椿木紫水しすいは、日本の高校生だった。

 ある日ラノベのごとく異世界へ召喚され、魔法が使えるようになった。


 ボクと共に召喚されたのは、他に四人。

 脳筋の亜院くれない、いけ好かないイケメンの土之井青海あおみ、チャラ男の不東剛石ごうせき、そして陰キャ目隠れ男、横伏藤太。


 この中で一番ラノベを読み込み、異世界に転生でも転移でもしたら一番活躍できる知識を持っていたのはボクのはずだ。


 亜院は元から格闘技をやっていたらしく、人の怪我は魔法で治せると知るやバーサーカーみたいになった。

 この世界の空気に感化されたのか何なのか、本気で血に飢えている。

 まあ、折角授かったチート能力を物理攻撃にしか活かせないのだから、単細胞だ。

 ボクより強いと言っても攻撃力のみだ。大したやつじゃない。


 土之井は僕と同じ魔法使いタイプだ。属性はボクの闇とは正反対の光。

 この世界の魔法属性は、火なら攻撃とか風なら補助といった縛りがなく、頑張れば火属性の治癒魔法が使える。

 しかし火属性が得意なのは攻撃魔法だし、光属性が一番力を発揮するのは治癒魔法だ。

 つまり土之井は後衛固定の支援要員だ。

 学校での成績はボクより良かったようだけど、ここでは魔法の使い方と魔物を倒す数が物を言う。

 真面目な生徒会役員くんではお話にならない。


 不東はスキルが判明するなり、勇者だ何だともてはやされた。

 なんだよ、[全能力補正]に[達人]って。強すぎるチートはつまらないんだよ。

 そして調子に乗ったコイツは、亜院を押しのけて魔物を屠りまくり、召喚から半年たった今、戦闘能力では最強だ。

 ただしバカだ。むやみに敵に突っ込むせいで、こちらがピンチに陥った場面は数知れない。

 ボクか土之井が側にいないと、戦闘力を活かせないのだから亜院より手間がかかる。


 微妙なスキルしか引けなかった横伏は、お気の毒でしたね、としか言いようがない。

 そもそもコミュ障だから戦闘の連携も満足にできず、不東が囮扱いしてたのにも、多分気づいてない。

 横伏の怪我を治してやるお優しい土之井に「魔力の無駄遣いはよくない」と何度も忠告した。土之井は一度も聞かなかったが。

 この世界の十七歳で、冒険者か城の兵士なら平均レベルは10。横伏もレベル10。

 半年でここまでこれたのは凄いと城の神官に褒められてたが、見え見えのお世辞だ。

 なぜならボクは既にレベル38だからだ。

 この世界で一流と呼ばれる騎士や冒険者たちは、引退間際の40代後半になってようやくレベル50程だというから、これはかなり良い。



 以上から、弱すぎて足を引っ張る横伏さえ居なければ、この異世界で僕たちは無双できるはずなのだ。




 横伏を森へ置き去りにして二日後、土之井が消えた。


 土之井は不東の当身で丸一日寝込み、起きたときには既に横伏は死んだことになっていた。

 不東に詰め寄るも相手にされず、ひとりで憤慨していた。



 朝食に来ない土之井の様子を見に行くと、部屋はもぬけの殻で、机の上に置き手紙が一枚。


『横伏を探しに行く』




 サントナはボクたちを集め、まず手紙に何が書いてあるかについて尋ねてきた。

 不東はヘラヘラと笑いながら、

「魔物と戦うのが嫌になった、ってさ。ヨコっちが死んだのがショックだったんじゃね」

 堂々と嘘をついた。



 土之井は置き手紙を、日本語で書いていた。

 異世界に来てから、ボクたちは読み書きに困っていない。文字を書こうとすると、手が勝手にこちらの文字に変換してくれる。

 この状況でわざわざ日本語を書きあげるのは簡単なことではない。やり遂げた土之井の精神力には素直に感服する。


 恐らく、ボクたちが嘘の報告をすると見越した上で、ボクたちにだけ本意がわかるよう、日本語を使ったのだろう。



 ボクたちは、横伏を森へ置き去りにした時の状況を、ごまかして報告していた。

 魔物を余裕で殲滅し、横伏を助けられたことは話さなかったのだ。

 横伏は魔物に食べられてしまい、魔物を倒して取り出したが蘇生不可能なほどぐちゃぐちゃだったため、その場で故郷の習慣に沿い火葬したことになっている。


 実際の状況で言えば、横伏が生きている可能性は、ほんの少しだけある。

 今更そんなことは言えないし、死んでいる可能性のほうが遥かに高い。

 土之井は生死のわからない横伏を探す行為を、自身でも愚行だと解っているのだろう。

 故に、ボクたちにしか伝わらないよう、嘘をつきやすいようなメッセージを残したのだ。




「おれが探しに行こう。まだ、そう遠くまでは行っていないだろう。土之井の足になら追いつける自信がある」

 亜院の申し出に、サントナは眉をひそめた。

「しかし……」

「三日間だけ探す。それ以上は見つからなくても戻ってくる。それでいいだろう?」

 サントナは亜院に「必ず戻ってくるように」と何度も念押しし、承諾した。




「横伏が生きていて、土之井が連れ帰ってきたら大変だからな」

 亜院にしてはまともなことを言いながら、亜院は城から旅立った。

 義理だけで見送りして、ボクと不東は城内へ戻る。


「生きてるワケないよなぁ?」

 不東がボクに確認ではなく、同意を求めてくる。

 十中八九死んでるけれど万が一ということがある……を不東にもわかるよう訳すのが面倒なボクは、

「そうだよね」

 とだけ答えておいた。




 果たして三日後、亜院は、あっさり土之井を捕まえて帰ってきた。

 土之井は疲れこそみせていたものの、無傷でなんともないように思えた。

 すぐにサントナが何処かへ連れていった。


「ドノっち、どこで何しくさってたん?」

 不東が亜院に訊くと、亜院は肩をすくめた。

「森を抜けてすぐの村だ。また別のところへ行こうとしていたが、おれを見たら大人しく着いてきた」

「へぇー」

「横伏のことは?」

 ボクが横から割り込むと、亜院は首を横に振った。

「見つからなかった、だとさ」

 声には安堵の響きが乗っていた。


 土之井と直接話せたのは翌日になってからだ。

「サントナ、何の話したの?」

「魔物と戦うのが嫌なら、城に残って治癒魔法を使うだけでもいい。とにかくここを出ていかれては困る、だと」

「横伏のことは訊かれた?」

「いいや。……不東を信頼しているようだからな」

 不東を睨むように見て、苦々しげに吐き捨てる。不東は掌を上に向けて、やれやれ、のジェスチャーで返した。

「で、横伏の死体は見つかったか?」

「……魔物に食われたんだろう? 死体なんか、あるはずない」

 土之井は立ち上がり、歩き出した。


「サントナのお言葉に甘えて、俺はもう討伐には行かない」

「ちょ、ドノっち! もしかして怒ってんの?」

 不東が慌てて追いかける。亜院もついていった。




 土之井が魔物討伐に着いてこなくても、元々怪我をすることの少ないボクたちには何ら問題はない。

 しかし、スタグハッシュのやつらの考えは違った。


 当初の目標では五人全員のレベルが40を超えたら魔王討伐の旅に出る予定だった。

 一番遅れていた横伏がいなくなったから、その分を考慮してレベル45へ引き上げになった。

 更に土之井がやる気を無くしたせいで、残りの三人のレベル下限は48だと言われた。


 他の人を召喚しようにも、条件を整えて次に召喚できるようになるまで十年はかかるそうだ。


「オレがちゃちゃっとレベル50にでもなれば、お前らのレベルが低くてもゴリ押せるっしょ。早く魔王倒して一生遊んで暮らせる報酬貰おうぜ」

 不東が呑気に言い放ったが……この後ボクたちは思いも寄らない事態に遭遇した。




 ボクたちがよく討伐へ行く森の真ん中あたりに、『魔物の巣』というものが出現した。

 いわゆるダンジョンだ。

 このあたりでは数年に一度、どうしても発生するらしい。

 ダンジョンには強い敵が多く出ると聞いて、不東と亜院は喜んだ。このところ、レベルの上がりが鈍くなっていたのだ。


 早速、ボクたちと、調査目的の兵士三十人で『巣』へ向かった。

 回復要員として土之井も強引に同行させられた。




「椿木、こっちに!」

「もう魔力が……」

「言ってる場合じゃねぇぞ! 早く!」

「待ってってば!」

「くそっ、この程度の奴らに!」

 巣は幾層にも分かれている。一層目を難なく突破したボクたちは、意気揚々と二層目に入った。


 そしてすぐに、大ピンチに陥った。

 亜院が暴走したわけでも、不東が無理に突っ込んだわけでもない。


 数の暴力だ。

 魔物の数が尋常じゃない。


 ボクの魔力はあっという間に尽き、不東の魔法の剣もガス欠。亜院は先程利き腕を折ってしまい、剣が握れない。


 這々の体で逃げ出すという屈辱を味わった。




「はぁ……はぁ……。下の階の魔物は……登って……これないんだね……」

「ふぅ……。土之井、お前次はついてこいよ」

「嫌だと言ったはずだよ。ここに来ること自体、どうしてもと頼まれて仕方なくだ」

 土之井は亜院の腕だけ治すと、他の兵士のところへ行ってしまった。

「あ、ドノっち、オレにも……っち、なんだよ。それにしてもレベル上がらねぇ……あれ? え、マジかよ!?」

 不東が悪態をついたと思いきや、ステータスを見ながら何度も「マジかよ」と叫ぶ。

「どうした?」

 亜院が鈍痛を堪えながらも不東に尋ねる。

「な、なあアイちゃんとツバッキーはどうだ? オレのスキルから、[経験値上昇]が消えてる」

「なっ!?」

 ボクと亜院も慌ててステータスを見る。

「……無い」

「おれもだ」

 逃げ出したとはいえ、かなりの数の魔物を倒した。

 なのに、レベルがひとつも上がらなかった。

 原因は、これだったのか。

「ドノっち! ちょっとステータス見てくれ!」

 離れていた土之井に不東が叫ぶ。土之井は不審がりながらも、その場でステータスを確認し、目を見張った。

 そしてこちらに戻ってきた。

「[経験値上昇]が失くなった。君たちもなのか?」

「そうだ」

「マジだりぃ……」


 項垂れる不東たちを他所に、ボクはすぐにとある可能性を思いつき、即座に否定した。


 横伏がいなくなったから、と考えるには、タイミングがおかしい。証拠もない。

 アイツのスキル[魔眼]は、どうせ「人に見えないものがみえる」「睨みつけて敵を一時的に麻痺させる」程度のものだろう。

 経験値が関係するわけがない。


「失くなったものは仕方がない。魔物を今までの十倍討伐すれば良いだけだ」

 亜院があっけらかんと笑い出す。

 ボクは考えるのが面倒になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る