2 熊を倒した
ステータスで新しく増えたり変化のあった部分だけを抜粋すると、こうだ。
レベル65
スキル[魔眼・解放][心眼][暗視][鑑定][必中][魔力:極大]
属性:火 土 風 光
まず、レベル。
スタグハッシュ国の人が教えてくれたところによると、人は生涯かけてレベル50に到達すれば、よくやったほうだと見做される。
不東が17歳にしてレベル45というのが、どれほど突出しているかよく分かる。
僕は森に入った時点でレベル10だった。これでも、半年にしてはかなり早い方だと言われた。
それが突然55も上がっていた。
レベルが上がると、体力や筋力、素早さや器用さ等、身体能力が向上する。
僕もレベルを意識し始めてから、確実に疲れにくくなったし、重いものも軽々持てる。
剣をはじめとした武器なんて持ったこともなかったのに、訓練ではお城の兵士とそこそこ渡り合えた。
レベル45の不東は、城の兵士5人を相手に、その場から一歩も動かず5人全員を戦闘不能にするとかいう離れ業をやってみせた。
じゃあ65って……僕は一体どうなったんだ。
スキルは、[魔眼]が「正常に解放」されたと神の声が言っていたけど、だから何なんだ、という状態だ。
少なくとも[魔眼]のお陰で経験値が100倍になったようだ。
元からあった[経験値上昇×10]と合わさって、魔狼1体から1000倍の経験値を得られたらしい。
これだけだと、スキル名と効果がいまいち噛み合ってない気がする。
スキルの詳細は、ステータスだけでは読み取れない。
これまでにそのスキルを得た人たちの経験談や実体験が記録されていて、それらとスキル名を元に能力の詳細が判明する。
[魔眼]はスタグハッシュ国に文献がなく、神官さん達が他国の書物までかき集めて調べていた。
近隣で一番物知りの魔道士さんに「聞いたことがない」と言われて望み薄とされ、三ヶ月ほど前に調査は打ち切られたけど。
更に、新しく追加された[心眼][暗視][鑑定][必中][魔力:極大]。
[暗視][鑑定][必中]はなんとなくわかる。検証もしやすそうだ。
[魔力:極大]については土之井と椿木が[魔力:大]持っていたから、それと似たようなものだろう。
でも[心眼]ってなんだろう。
心の眼? 人の心が覗けるのだろうか。嫌だなぁ。
そして、属性。
魔力はこの世界の人間なら誰でも持っているけど、属性を持たなければ魔法は使えない。
だからスタグハッシュでは魔法の講義から外され、その時間を剣の訓練に充てられた。
使えないとはいえ魔法に興味はあったから、講義を受けた土之井に頼みこみ掻い摘んで教えてもらった。
「属性は本人との相性や資質に左右されて発現するらしいよ。魔法の使い方は、『こうしたい』って頭に思い浮かべるだけでも発動するけど、それっぽい言葉を口に出すとやりやすいんだって。椿木は喜んで何か唱えてたけど、俺は唱えても唱えなくても効果が変わらなかったから……」
土之井も持っていた光属性は、周囲を照らしたり人を癒やしたりすることができる。
突き詰めれば、例えば火属性の魔法でも似たようなことはできるのだけど、属性によって得手不得手があるとか。
怪我が治ったのは、僕が無意識で光魔法をつかったからかな、と結論しておいた。
ごちゃごちゃと考えこんでしまっていたけど、今はそれより。
この場から離れよう。
僕を捨てた連中がここから立ち去ってから、一時間も経っていない。
彼らの足なら森の出口近くまでたどり着いているだろうけど、僕の叫び声を聞いて引き返してくるかもしれない。
とどめを刺すために。
半年のうち半分はハブられて過ごしたとはいえ、強制的に同じ境遇になった仲間だった。
でも、あんなに悪意ある感情に晒されて平気なほど、僕は強い人間じゃない。
城とは逆方向へ走り出すと、森の中だというのに今まででは考えられないほどスピードが出た。
魔物は僕の気配を察知するとあっさり逃げていく。
途中で一体だけ、巨大な熊の魔物が立ちふさがった。
僕は早く城や連中から距離を取りたい一心で、進路を変えたくない。
結果、熊をショルダータックルで弾き飛ばした。
熊は高々と吹っ飛び進行方向にべちゃりと落ちて動かなくなった。
邪魔だったからそのまま担いで更に走った。
道の脇に投げ捨てて行けばいいものを、このときの僕は冷静じゃなかった。
とにかく早く、あの連中から、スタグハッシュ国から逃げなければという思考で頭がいっぱいだった。
<スキル[魔眼]の効果により経験値が100倍になります>
<スキル[経験値上昇×10]の効果により経験値が10倍になります>
<取得経験値4000×100×10>
<レベルアップしました!>
<レベルアップしました!>
<レベルアップしました!>……
頭の中で「レベルアップしました!」の連呼がはじまった。
この熊の経験値がまた1000倍になって入ったようだ。
熊単体で4000は多い。こいつそんなに強かったのか……って。
「うるせぇぇえ!」
思わず叫ぶと『神の声』が一瞬止んだ。
レベルアップが止まったのかと思いきや、
<音量調整の要求を承認しました。音量を小に変更します>
なんてことを言う。
そして、声は半分くらいのボリュームで再びレベルアップの連呼を続けた。
小さくできるのかよ!
十数分ほど全力疾走すると、森から抜け出せた。
『神の声』は止んでいた。いくつレベルアップしたのか、カウントできていない。
他にもなにか言っていたからステータスを確認したいけれど、後回しだ。
息を整えつつ、背後の様子をよく見て……その場で膝に手をついた。
「っはぁーーー……」
あいつらの姿が見えないと確認できると、一気に疲れが押し寄せてきた。
「……あのー、そこの人?」
「……え?」
正面から知らない人の声がする。
森の外には、人がいた。それも、大勢。
森の周辺にはスタグハッシュ国の城下町以外にも、村や町がある。
森には動物や魔物がたくさん棲息していて、狩りや討伐で毎日のように誰かが森に入っている。
そんな事も忘れていた。
しかも僕、自分より大きな熊を担いだままだし。
明らかに挙動不審で怪しい僕に、しかし声をかけた中年男性は何の警戒もなく近づいてくる。
「そのキラーベアの顔を見せてくださいませんか?」
魔物には動物と同じように、人が区別するためにつけた名称や地域によっては俗称がある。僕を襲った魔狼は赤い体毛だから、スタグハッシュの人たちはレッドウルフ呼んでいた。
この世界に英語という言語はないのに英語が出てくるのは、チートによる異世界言語自動翻訳が我々にわかりやすく解説してくれている……とメガネをくいっとしながら言っていたのは椿木だったな。
僕が担いでいるこの熊はキラーベアというらしい。でも僕は正式名称も俗称も知らない。
「はい、どうぞ」
熊を地面に下ろし、顔が見えるよう仰向けに転がした。
素直に応じたのは、この人達からは悪意を感じなかったからだ。
キラーベアの左目は古い傷で塞がれていた。体当たりしたときは気づかなかった。
僕に声をかけてきた男性は、左目の傷を確認して叫んだ。
「間違いない、こいつは『隻眼のキラーベア』だ!」
彼の言葉に、その場に居た人たちがどよめいた。
「なんと! ありがとうございます!」
そして口々にお礼を言われた。
「よかった、助かった……うう、ぐすっ」
泣いてる人までいる。何事?
森の外にいた人たちは全部で十人。全員、革や金属の防具を着込み、それぞれ武器を手にしている。
なんでも、この熊を討伐するために集まった森近くの村の有志だそうだ。
熊を退治した時用に荷車の用意もあった。
「重いでしょう。どうぞ、ここへ乗せてください」
「ありがたいのですが、持ち合わせが無くて」
倒した魔物は武器や防具、時に薬の材料になり、毒がなければ肉を食用にする。
魔物討伐を生業にする「冒険者」という職業の人たちがいて、冒険者は魔物の死骸を運ぶために人を雇うことがある。
だから荷運びには当然お金が発生すると思ったのだ。
なにより、熊をそんなに重いと感じなかった。このまま何十キロでも運べそうだ。レベル効果だろう。
あ、それだったら僕が荷車を曳けば運賃発生しないかな?
でも荷車自体のレンタル代は発生するよなぁ。
「何をおっしゃいますか。貴方からお金なんてとりませんよ。むしろ、お礼をせねばなりません」
「お礼?」
首をかしげる僕に、村の人達は笑顔で頷いた。
荷運びは無料で請け負うと言うのでお言葉に甘え、僕は村の人たちについていくことになった。
魔物の中でも、特段強く成長した個体には二つ名が付き、危険度が跳ね上がる。
この『隻眼のキラーベア』は最近森を荒らすようになり、近隣の村や町に現れては、人を食い殺していたのだとか。
冒険者に討伐を頼もうにも、ただでさえ強いキラーベアの二つ名持ちということで危険度が高く、報酬は跳ね上がるも冒険者がなかなか名乗り出ない。
ようやく請けてくれた冒険者たちもことごとく失敗してしまい、最早お金を積んでも請ける人がいなくなってしまった。
このまま『隻眼』に食い殺されるくらいなら、多少犠牲を出してでも退治しようと、村人さんたちは悲壮な決意でここに集まっていた。
少しおかしいな、と思った。
スタグハッシュに召喚された僕たちは、戦闘訓練を兼ねて冒険者という仕事をやっていた。
はじめは危険度の低い魔物から、徐々に相手を強くしていて、不東はひとりで強そうな魔物を討伐していた。
ちなみに危険度にはアルファベットのA~HとSが割り振られている。本当はこちらの世界の文字なのだけど、脳内で勝手にアルファベットに変換される。
で、Sが最高危険度、Aがその次で、B~Hとどんどん弱くなっていく。
Hは「大人の男なら倒せる」という具合だ。
戦闘訓練とはいえ、魔物討伐には『国民を魔物の害から守る崇高な仕事』という前提もついていた。
それなら、二つ名持ちの人食い熊なんて真っ先に討伐命令が下ってもいいはずだ。
レベル65(当時)のアタックとはいえ、僕が単独で勝てる相手だし。
僕の疑問を村人さん達に話そうとしたら、ふいに体中の血液が逆流するような感覚がした。
全身からみしみし、ばきばきと音がする。
あまりの痛みに立ち止まり、自分で自分を抱きしめてうずくまった僕に、村人さんたちが駆け寄ってくる。
「どうしました!?」
大丈夫、と言いかけて……意識が暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます