目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。

桐山じゃろ

第一章

1 森に捨てられた

 巨大な狼の鋭い牙が目前に迫る。

 思わず目をギュッと閉じてしまい、襲ってくる衝撃を予想して身が強張る。

 衝撃は来なかった。

 代わりに狼の断末魔と、「終わってんぞ」という苛立った声が聞こえた。


 地面に尻もちをついている僕が目をそっと開けると、血に濡れた武器を手に侮蔑の表情を浮かべた仲間たちが、僕を冷たい目で見下ろしていた。




 僕の名前は横伏よこぶせ藤太とうた。元高校二年生。

 異世界召喚とやらに遭ってしまい、高校は中退したことになっていると思う。

 僕の他に、クラスメイト四人が一緒に、この世界へ召喚された。

 全員とは少し話したことがある程度、つまり特別親しい間柄ではなかった。

 しかし、異常事態に遭遇した同士ということで、皆で一致団結した。……はじめのうちは。


 僕は詳しく知らなかったのだけど、異世界に召喚された人間というのは、『チート』という強力な能力を授かるのが定石らしい。

 チートを得た僕たちは、少し戦闘訓練をしただけで、この世界の人が何年も訓練しなければ得られないほどの力を、あっさり手に入れた。


 僕を除いて。




***




 僕のチート、というかスキルは[経験値上昇×10]と[魔眼]。

 経験値のほうは全員同じものを持っているし、効果も読んで字のごとく『魔物を倒した時に得られる経験値が10倍になる』というものだ。


 問題は[魔眼]だ。


 どういうスキルなのか、何の効果があるのか、全くわからないのだ。


「目つきの悪さがそのままスキル扱いになったのか?」

 クラスメイトの一人、亜院あいんは、剣技の訓練で僕をめっためたに打ち負かしてそう言い放った。

 亜院は柔道をやっていて、部活の大会ではいつも上位に入賞するほどの腕前を元から有している。

 スキルも、[筋力補正]、[体術]とわかりやすく戦闘向きだ。

 身体は大きくて厳つい。しかし乱暴ではなく、優しい巨人というあだ名が似合うやつだった。

 こっちの世界での主な武器といえば剣で、魔物と組み合う戦闘スタイルは止したほうが良いと言われ、剣を握るようになった。

 剣で魔物を殺すようになってから、悪い意味で好戦的になった。

「お前に睨まれたら、気の弱い奴なら失神しているからな。ま、おれには効かぬが」

 亜院はガハハ、と同い年とは思えない程豪快に笑う。



 僕の目つきの悪さは生まれつきだ。

 細くてつり上がっていて、白目がち。

 睨んでいるつもりはないのに、人に怯えられたり、逆に絡まれたりすることが日常茶飯事だった。

 だから前髪を伸ばし、顔を伏せがちになり、いつも俯いて過ごすうちに、自然と陰キャになった。



 亜院が去ると、頭の上から白い光がふわりと降りてきた。

 僕の全身についた傷や疲労感が即座に消え去る。

 振り返ると、土之井どのいが僕の頭の上に両手をかざしていた。


 土之井もクラスメイトの一人だ。

 頭が良くて、顔も良い。生徒会役員をやっていて、廊下を歩くだけで女子が黄色い声を上げるという漫画から出てきたような好青年だ。

 土之井だけは亜院や他のクラスメイトと違って、攻撃性が増したりしていない。

 魔物を倒すことに未だに慣れていない程で、森での討伐訓練では回復やサポートに回る。


「痛みは?」

「もうないよ。ありがとう」

 土之井のスキルは[魔力:大]。この世界に来てすぐ魔法を会得して、僕にはよく治癒魔法をかけてくれる。

 どれだけ高位の治癒魔法でも、鈍痛はしばらく残る。

 最近ようやく慣れて、我慢できるようになった。


 立ち上がった僕を見届けて、土之井は僕から離れていった。

 僕に構っていると、面倒くさいやつがくるからだ。

 少し遅かった。

 土之井の行く先に、メガネを掛けた別のクラスメイトが立っていた。


「優しいのは美徳だけど、彼に魔力を割いてる余裕は無いのでは?」

 僕に聞こえるような音量で話すのは、椿木つばき

 自他ともに認めるオタクで、異世界召喚に一番興奮していたのは椿木だった。

 椿木のスキルも土之井と同じく[魔力:大]。

 魔法の方は属性というものがあって……僕に魔法の適性はないから詳しく教えてもらえなかったのだけど、椿木は闇属性、土之井は光属性らしい。

「魔力はまだまだ余裕だ。俺が使いたいから使ったんだよ」

 土之井は椿木をさらっと流して、建物の方へ向かっていった。


 椿木は土之井の背を見送った後、僕を一瞥し、鼻をフンと鳴らして同じ方向へ去っていく。



 召喚されてから半年経っていた。

 僕だけスキルの詳細が未だに不明で、他の皆と違って戦闘向きではない。

 同じ境遇のよしみで仲良くしてくれていたのは始めの数ヶ月だけ。

 今はご覧の通り、僕はハブられている。


 まあ、仕方ない。

 本来なら今頃は、僕たちを召喚した理由である魔王討伐の旅に出ている筈だった。

 僕が皆と同じくらい強くならないと、旅についていけない。

 異世界から召喚するくらいだから、代わりの人材も居ない。


 三ヶ月を過ぎた頃から明確に差が出始め、今ではレベルでいうと僕が10、一番上は45だ。

 どれだけ頑張っても、差は縮まらず、むしろ離されていく。

 僕がみんなの足を引っ張っている自覚はある。


 訓練と称した私刑リンチの後、土之井がこっそり治療してくれるだけ有り難い。




 夜になり、食堂で食事をとっていると肩をぽん、と叩かれた。

 肩をたたいたのは、不東ふあずま。こいつがレベル45のやつだ。

 手にしているプレートには、僕が食べているものより豪華な食事が乗っている。

 日本で髪を金に染めていた彼は、こちらの染毛剤が肌に合わず、今は毛先だけが金色のいわゆるプリン頭になっている。

 とにかく軽薄な男で、こういう状況でなければ親交を持たなかったのではと思うほど、僕とは性格が合わない。

「ヨコっち、明日は森へ行くぞー」

 口調は軽く社交的だけど、僕を見る目は冷淡だ。

 森へ行くということは、魔物討伐の命令が下ったのだろう。


 不東のスキルは[達人]と[全能力補正]。

 クラスメイト中一番強く、僕たちを喚んだ神官曰く『伝説の勇者の再来』だそうだ。

 能力補正のスキルは、普通[筋力補正]や[命中補正]のように、一部にのみ効力のあるものだ。

 それが[〝全〟能力補正]だ。

 更に[達人]の効果で初見の武器でも難なく扱い、攻撃魔法すら剣で斬り落とす程の腕前になっている。

 日本に居たときから武闘派の亜院ですら、不東にはもう手も足も出ない。


 それ故、僕たちを喚んだこの国――スタグハッシュ国では、不東を特別扱いしている。

 魔物討伐の指令はまず彼に与えられ、僕たちに連絡することになっている。


 不東は僕が「わかった」と言い切る前に、さっさとどこかへ行った。


 食事はまだ残っていたけど、喉を通らなかった。




***




 魔狼を僕以外で倒しきると、土之井が早速僕に治癒魔法を使おうとした。


 その手を掴んで止めたのは、不東だ。

「何?」

「そいつに治癒魔法はいらねぇ。というか、そいつもういらねぇ」

「何を言っている?」


 魔狼はずる賢く、森の奥深くを進む僕たちの中で一番弱い僕に最初に襲いかかってきた。

 初撃は防いだものの、その次の体当たりで木に思い切り叩きつけられた。

 身体から、みきり、と嫌な音がしたから、どこかの骨が折れていると思う。


 さらに追撃をしようとした魔狼は、僕が無様にも目を閉じている間に、亜院と椿木が倒していた。


「亜院に、椿木も。余計なことすんなよ。放っておきゃ手間省けたのに」

 不東は不機嫌だ。魔法効果のついた剣を肩に担ぎ、身体からは暗い色の不穏なオーラが滲み出ている。

「それともアレか。今更怖気づいたか? あ?」

 不東に睨まれた椿木は、腰を抜かしてその場にぺたんと座り込んだ。亜院も、曖昧に笑っている。

「目の前で死体になられたら、夢に出そうだからな。怪我してるし、放っておけばいいだろ」


 僕の目の前で、恐らく僕に関する話が進んでいる。

 良くない方向に進んでいる。


「亜院まで、何を……」

「お優しいドノちゃんには言ってなかったが、こいつもういらねぇから、このままここに捨てて行くことにしたんだ」


 不東が決定的な決定を口にする。

 傷の痛みよりも、頭が痛い。

 僕はそんなにも疎まれ、邪魔だったのか。


「だってこいつさ、弱っちいくせに怖ぁーい目でオレのこと睨んでくるし」

「睨んでな……」

「顔上げないでよ、目つき怖いんだから」

「う……」

「目つき云々はともかく、弱すぎるのは問題だな」

「……」


「そんなこと、ぐっ!」

 唯一僕を庇ってくれていた土之井が、急にうめき声を上げ、その場に崩れ落ちた。

 不東が当身をしたのだ。

「アイちゃん、運んで」

 不東の命令に、亜院が土之井を肩に担ぐ。

 その頃には腰を抜かしていた椿木も立ち上がっていた。


 僕は怪我のせいで動けないのではなく、不東の、亜院の、椿木の、悪意しかない視線と雰囲気に怖気づいて動けなかった。


 目の前で不要、邪魔だと罵られて何も言い返せない自分の情けなさにも腹が立っていた。



「じゃあな、ヨコっち。お前はここで死んだことにしておくから心配するな。今まで楽しかったよ」

 不東は人差し指と中指を立てた右手を額にあてて、じゃあな、のジェスチャーをした。


 三人は振り返らず、この半年の間に強化された脚力で、瞬く間に僕の視界から消えた。




「グルル……」


 三人が去って十分ほど後、魔狼の唸り声が聞こえてきた。


 三人は魔物の死骸を始末していかなかった。

 亜院の大剣と椿木の魔法でズタズタにされた魔狼の血の臭いが、新たな魔狼を呼んだのだ。



 自分の怪我は思ったより酷く、立ち上がろうとしても足腰に力が入らない。

 意識も朦朧とする。

 なのに、魔物の唸り声ははっきり聞こえる。徐々に近づいてくる。


 このまま目を閉じて、気を失って、その間に食い殺してくれたら少しは楽に死ねるだろうか。




 嫌だ。



 たしかに僕は弱い。皆の足を引っ張っていた。

 だったら、放っておけばいいじゃないか。


 目つきが怖いなら、目をみて話さなくていい。

 無視してくれて構わなかった。

 邪魔だから殺すなんて、横暴すぎる。


 なにより、まだ死にたくない。


 勝手に召喚されて、勝手に見捨てられて……こんなところで、簡単に死んでたまるか!




 襲ってきた魔狼を睨みつけたのは、最後の抵抗のつもりだった。

 立つことはおろか、剣を手に取ることさえできない状態で、動かせるのは首から上だけ。


 魔狼と視線が合う。

 今度は目を閉じなかった。

 只管、見捨てていった連中と自分への怒りをこめて、魔狼を睨んだ。




 一瞬だけ、ふっと意識が遠のいた。




 巨大な牙は、僕に届かなかったらしい。

「……え?」

 気がついたら、魔狼は口から血を吐いて地面に倒れていた。

 足先でつついても、何の反応もない。


「死んでる? ……う、わわわわっ!?」


<スキル[魔眼]が正常に解放されました>

<スキル[魔眼]の効果により経験値が100倍になります>

<スキル[経験値上昇×10]の効果により経験値が10倍になります>

<取得経験値100×100×10>

<レベルアップしました!>

<レベルアップしました!>

<レベルアップしました!>……


 頭の中に〝声〟が鳴り響く。

 スタグハッシュ国の人達によると、『神の声』だそうだ。

 そのやかましい神の声は僕に延々と<レベルアップ>を告げてくる。

 途中で<スキル[心眼][暗視]を得ました>とかも聞こえた。

 聞き流しても、後でステータスを見れば解るから、今は声が止むのを待った。

 かなり音量が大きいのだ、この神の声というのは。


 レベルアップを何十回も高らかに叫んで、声はようやくおさまった。


「一体何だったんだ……」

 呆然としつつも、自分の体の異変に気づく。


 動けないほどの怪我は、きれいになくなっていた。

 立ち上がってみれば、身体が軽い。


「えっと、ステータス」

 自分のステータスを確認して……。



「はああああああ!?」



 遠くの木々から鳥が飛び立つ程、叫んでしまった。

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