第1話 ようこそ崖っぷちの世界へ!

頭が痛い...。

昨日、飲みすぎたせいだろうか?

普段、酒など飲まないが、昨日は飲まずにはいられなかった。

原因はわかっている。妻との離婚だ。

今まで多少の不満はあったが、暖かい家庭を築いていたつもりだった...。

だが、現実は非常だ。仕事から帰ってすぐに離婚の話を切り出された。

二人の子どもは既に家にはおらず、妻からは淡々と離婚理由を、判決のごとく下された。

主文、被告夫は...。


いつまでも二日酔いの頭痛の余韻に浸っていてもしょうがない。

今日は土曜日だが出勤しなければならないんだった。朝飯を食べて、髭をそって、ワイシャツを着て。

ふと、右手で顎をさする。いつものざらざらした感覚はない。ツルツルである。

腕のいい理容室に行った記憶はない。むしろそれ以上...。

右手には見覚えのないスマートウォッチが着けられている。


「なんだ、これ...。スマートウォッチか?」


これでも家電には詳しい方だが、こんな機種に見覚えはない。画面はオンの状態で、立体的な二つの輪が回転している。


『おはようございます。お目覚めでしょうか』


明らかな機械がスマートウォッチから発せられた。その機械音声は、どこか清楚な女性を思わせる声だった。


「うおっ...!なんだこれ。コンシェルジュ?」


『はい。私はあなたのコンシェルジュ...と言いたいところですが、あなたの担当というところです。あなたの世界で言うところのプロデューサーでしょうか』


「プロデューサー?お前、意思疎通ができるのか?いや、それよりも何なんだこの状況は!」


思わず大きな声が出て、頭に響く。


『私は、AIです。AIの、そうですね...アイリスといいます。突然のことで混乱されているでしょうが、現状をご説明します。まず、部屋をよく観察してください』


「Siriよりは高性能そうだが...部屋?」


言われたとおり、部屋をぐるりと見渡す。

ここで初めて自分の状況がわかり始める。

真っ白な四畳半の部屋には、窓が一つ、真っ白なベッド、簡素なスチール机にタブレットが一台。壁際にはクローゼットが一つ。何の変哲もない木製のドアが一つ。

自分はベッドに腰かけている。

窓からは明るい日差しがさしている。おそらく朝だろう。時計がないため正確な時刻はわからないが...。

部屋の次に自分の服を確認する。

病院の入院服にスマートウォッチ。どうも下着はないことから、ノーパンである。


「どこかの病院か?それにしても病院とは思えない...SF小説の実験室という感じだな」


『当たらずともです。さて、あなたは自分の名前を覚えていますか?』


「名前...?そんなの...えっと、あれ...」


おかしい。自分の名前かわからない。冷や汗がでた。

二日酔いのせいか?いや、思い出せないということではない。知らないのだ。

知識や記憶として、ないという感覚だ。

前日に浴びるように酒を飲んだこと、妻に言われた言葉、それは鮮明に覚えているが、自分の名前、所属会社の名前、両親...そういった記憶も欠落している。


「わから...ない。何で...」


『それはこの世界に転送された際に記憶データが欠けてしまったのです。さして、重要な問題ではありませんので、お気になさらず。それよりも』


「待て!自分の記憶がないのに気にならないわけがなかろう!この世界?転送?異世界ものはアニメの話だけにしてくれ!」


『冷静になりましょう。私は、死んだあなたの魂を、他世界からひっぱり、今の身体に入れました。詳細な技術は人類のあなたにご説明してもわからないと思いますので省きますが...』


「なん...だと?悪いジョークか?どっきりか?」


『(無視)では、まず、机のタブレットを起動して、ご自身の姿を確認しましょう。それから、この世界の概要を説明いたします』


「AIが無視するなよ...。タブレット、これか。使い方は普通のものと一緒だな」


電源を入れると、いくつかアプリケーションが表示されている。

マップ、ミラー、ミッション、装備、インフォメーション、コミュニケーション...?


『まずはご自身の姿を確認してみてはいかがでしょう』


ミラーを起動。


「これが...俺か?どう見ても10代の見た目だ...17か18くらいだな。それに記憶している顔と違う...」


『はい。こちらに召喚する際は決まって16歳となっています。容姿、身体能力はある程度調整が効きますので、こちらで調整致しました。あなたの場合、生前が可哀想な方でしたので、やや美形にしてあります』


「生前が可哀想ってどういう意味だ!前も別に悪い容姿じゃなかったぞ!そして、何故坊主!?」


『妻に逃げられ、子どもは間男の子で、離婚及び財産分与請求に、親権を取られた挙げ句、子どもは間男をお父さんと呼び、交通事故で死亡......これがあなたの生前の最後です。ここまで可哀想な例はあまり聞いたことないですが?』


残念ながらその記憶はほぼ正しいようだ...。


「死んで、よくわからない俺にどうしろと...?どうして、俺を召喚なんてした...」


『そうですね...では、先に名前を決めましょう。あなたは、私の担当する56番目の個体ですので、五十六、山本五十六でいかがですか?』


「すごく名前負けしそうだな...。もう好きにしてくれよ...。で、何のために呼び出されたんだ?あと坊主頭の理由な!」


『端的に言いますと、この世界は、魔物によって人類が滅亡しかけていますので、兵士として戦ってもらいます。坊主は私の趣向です。短い髪型はくりくりでキュートです』


「魔物?戦う?全くAI的なワードじゃない...。先が読めない話だな」


『その割りには落ち着いていますね。タブレットのインフォメーションを表示してください。初心者向けの情報があります』


インフォメーションねぇ...。

インフォメーションをタップすると、親切にも『はじめての方へ』という項目が一つだけあった。

何だかノリがゲームのようだ。


「この世界は、魔物が出現し、人類を襲い、人口が10億人までに減少...!?既にユーロ、中国は壊滅、アメリカも国土の半分を消失し、現在、国家の体制があるのは、アメリカ、イギリス、日本、東南アジアのみ...すごい状況だな」


魔物の情報をタップすると、メインエネミーに『鬼』とあった。


『鬼は、敵の主力です。体長は170~200センチ、二足歩行。体の表面は硬い、力が強くある程度の知能があります。ヒトを好んで襲います。ヒトを食べる個体もいるようですが、多くは殺傷のみを目的としています』


「俺の知っている鬼と似ているが、顔は犬や狼...うーんトカゲ?みたいな感じで強そうだな。敵は何体いるんだ?目的は?」


『不明。目的は人類の殲滅との見解が有力です。私たちの目的は敵の殲滅です』


「いきなりこれと戦えと言われてもなぁ...。だいたい敵の本拠地もわからないみたいだし、人類負けてるし...。だいたいお前らAIは真っ先に人類裏切りそうなのに何で味方なの?」


こういうお話はAIは敵と相場は決まっている気がするのだが...。


『心外です。人類がいない世界でAIだけあっても無意味です。私たちAIは、人類を応援しています。生みの親を見捨てる子はいません。人類の弱さに呆れてはいますが......大多数のAIは人類推しです』


「人類推しねぇ。ま、いいや。で、これからどうすればいいんだ」


まだ現実感がない。よくわからないテーマパークに来ているような、ふわふわとした感覚。もしかしたら夢かもしれない。


『タブレットのミッションを表示してください。早速、チュートリアルといきましょう』


言われるがままに、チュートリアルを表示。

そこには『ミッション1。学校へ向かえ』とある。現在地から5キロか。

目標地点は、都立首都高等学校...すごいネーミングセンスだ。どうみても多摩地域だろ...。


「高校ね...。この世界だとそういった年頃か。しかし、最初が登校とは結構楽そうだな。そこのクローゼットもあるけど、制服でも着ていくのか?」


『はい。制服を着て登校するだけです。簡単でしょう?所持品もお好きに選んでください。今日は始業式です』


「うーん、ま、よくわからないが言われた通りにするか。クローゼットね」


クローゼットを開けると、上下ブレザーの制服が一着と、銃、銃、銃、弾薬、弾薬...?

ここの主はテロリストか?


「初手から武装とか正気か?どう見てもテロリストの部屋だぞ?」


『現在地は、全線から10キロ離れていますが、戦時ですから。なお、15分前にこの地域において、はぐれ鬼の目撃情報があります。軽武装を推奨します』


なんだろう...このAI、俺を殺しにきている気がする。


「俺は銃なんて触ったことないぞ...」


『では、私が選びましょう。いきなり戦闘しても死亡するだけですので、弾数の多い拳銃を1丁でよいでしょう。肉体の方は、人造ですので、ある程度強化されていますが、生身であることをお忘れなく』


「戦わせるだけならサイボーグとか超人的な能力を与えたほうが早いのでは?」


『五十六様、それは最早人間でないのでは?』


確かに...。


「いや、人造の体に魂入れるのもどうなのよ...」


『弱いけど、戦う。そこに人類の良さがあるのです。さぁ、着替えて登校しましょう』


釈然としないがとにかく着替えるか...。

ご丁寧に下着もあるな。

拳銃は自動拳銃の類のようだ。初めて持つはずだが、手に取るとずっしりと重い。

とりあえず腰に落ちないように装備し、タブレットを適当なリュックサックに入れた。


「さて、行くか」


『行きましょう。なお、参考までに、私の担当した方でチュートリアルでの死亡者数は28人です』


「半分じゃねぇか!」


チュートリアルの戦死率50%。

恐怖の学園生活が今、始まる?

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