【短編】病気になり「自殺しようかな」と呟いた後輩美少女へ、毎日無理やり会いにいっては馬鹿ばかりしている俺の話。

天道 源

【短編】病気になり「自殺しようかな」と呟いた後輩美少女へ、毎日無理やり会いにいっては馬鹿ばかりしている俺の話。

 主治医が気の毒そうに言った。


「余命は数年単位での判断が続きます。大変珍しい病気のため、完全な治療方法はまだ存在しません。試すことは多々ありますが、体の内外に常に傷がつきます。諦める必要はありませんが、治療への覚悟は必要です」


 その時から。

 頭の中の砂時計が逆さになり、タイムリミットという名の砂粒が落ち始めた。


 悲しみ。

 怒り。

 そして――全てを呪った。


   ◆


 冬。

 悪友と『どちらがより高い階段の上からジャンプできるか』という賭けをして俺は勝った。

 記録は踊り場。つまり最上段だ。ダッシュをして下まで飛んだ。

 俺は勝利者としてジュース1本を手に入れて、代償として足の骨を折った。

 全治一ヶ月らしい。


 とりあえず病院の待合と診察室とで母親に怒られたが、怪我人ということもあり会計待ちの時には許された。

 

 大きい病院のため、会計までの時間は長い。

 その分人の往来もあり、死のニオイは薄い。


 俺はいつも親に迷惑かけてばかりだ。人ごとのように考えて、『あー、死にてえなあ』なんて言って自分を誤魔化す。

 だが耐えきれずに、俺は小言を言う母親を残して病院屋上へと逃げた。

 ちょっと待ちなさい――母親の声は聞こえないふり。

 会計待ちの順番が偶然きたみたいで、母親は仕方なく俺を諦めた。


   ◆


 病院屋上は一般開放されているが、これだけ寒いと人は誰もいないだろう――そう思ったが先客がいた。

 ボブヘアの少女だった。耳のした、肩の上までの茶色の髪にパーマをかけているようだ。ふわふわとした髪が冷たい風に揺れている。

 ずいぶんと洒落た見た目をしていたが、雰囲気は冷たかった。


 制服を着ていた。見慣れた制服だった。

 つまり俺の高校と一緒。リボンが赤いので一年だろう。

 二年はネクタイもリボンも青だ。ちなみに三年は緑。

 で、今の俺のネクタイは青。


 ドアの開閉音に少女はこちらを見た。

 すごくつまらなそうな視線。すべてを恨んでいるような目。

 いや――呪っているような目だ。


 俺は興味が湧いた。

 そんな目つきはそうそう手に入るものじゃない。


「よう、後輩。どうかしたのか」


 少女は俺の制服を見てから、足を見た。

 ギブスで固定されている足だ。

 そこには不自由で、行き場のない痛みがつまっている。


「なんですか、先輩。どなたか知りませんけど、ほっといてくれます?」


 俺は松葉杖ごと肩を竦めた。


「一応、病人なんだけど。優しくしてくれない?」


 もう一度風が吹いた。

 少女は髪を抑えることもなく言った。


「あなたは治るんだから良いじゃないですか。骨折ぐらい」

「まるで自分は治らないみたいな言い方をするんだな」

「そう言ったら、同情してくれます?」

「同情?」


 少女の手から、何かの書類が入った封筒が落ちた。

 大学病院のロゴが印刷されている。

 彼女もどうやら病人らしい。


「放っておいても、あと数年で死ぬらしいんですよ、わたし。手術をするなら、大きな傷が体につくみたい。やりたいこともたくさんあるのに、生きてる意味ないよ」


 世界を呪うみたいに、彼女は言った。


「自殺でもしよっかな」


   ◆


 少女の名前は『佐伯名花(さえきめいか)』というらしい。

 血液型はAで、誕生日は七月七日の七夕。

 高校内ではちょっとした有名人らしく、それは偏に顔が可愛く、SNSでのフォロワーも多いかららしい。そのうち読者モデルでもするんだろう、なんて悪友は言っていた。


 そりゃきついな、と俺が言うと、悪友は不思議な顔をしていた。

 そんなにファッションやメイクを中心として、自分を発信することが好きならば、体に大きな傷ができるほどの手術なんて、耐えられないだろう。

 服をきていても、水着になっても、いつだって自分の頭を傷が過ぎる。

 

 人の同情は、治療薬にならず、塩となって、傷口にしみる。

 そんな時間は、きついよな。


   ◆


 俺はその日から、佐伯名花に付き纏った。


「なあ、先輩と一緒に飯くおうぜ」

「……ここ一年の教室ですけど」

「なあ、そこのメガネ君。こんど一緒にゲーセン行こうぜ――それはそうと、俺にちょっと椅子貸してくんない? 悪いね、助かるよ」

「話聞いてます!? ていうか、後輩の席を奪わないでくれます!?」

「いや、だって貸してくれるっていうし……」

「先輩の見た目が怖いから、やむなく貸してるだけだと思います」

「俺、怖いかな」

「わたしの周りから人が去っていくぐらいには目つきが悪いですね。あと金髪だし。ネクタイつけてないし。校則違反のオンパレードじゃないですか」

「まあまあ、落ち着いて。いまからご飯食べるんだから」

「あなたのせいですっ」

「ほら、差し入れだ。どっちがいい? やきそばパンか、ソースを絡めた麺が挟まってるパン」

「どっちもやきそばパンですがっ」

「元気だね」

「いやほんと、なんなのあんた!?」


 こんな感じで、俺たちは再会した。

 朝も昼も夜も放課後も、俺は佐伯名花に話しかけた。


 最初はいつも怒っていたが、一ヶ月も付きまとっていたらそれも和らいだ。

 病院の屋上で見せた人を呪うような視線は時折見られたが、どうやら外見を繕うのは得意らしく、友達とはうまくやっているようだった。

 ようするに自分が病気であることを誰にも言っていないということだ。


 どうやら死ぬまで黙っているつもりらしい。

 もちろん俺は知ってしまったけど。


   ◆


 付き纏い始めて一ヶ月が経った。

 その頃になると、佐伯は俺を『センパイ』と崩したようなニュアンスで呼ぶようになった。


 下校も一緒になることが多くなってきた。

 言い方を変えれば、校門で待っていても逃げられなくなったというだけ。

 理由はわからないが、佐伯も『病気のはけぐち』が欲しかったのだと思う。

 その秘密を知っているのは俺と家族だけらしい。


「センパイ。まだ足治らないんですか。雑魚じゃないですか、骨折ごときで情けない」

「うるせえな。うちは貧乏だから肉もでなくて、タンパク質たらねーんだよ」

「骨の形成が遅いわけですか」

「その通り」

「じゃあ、おいしいもの食べれば治るんですか?」

「その通りだ」

「ふうん」


 佐伯はニヤリと笑った。


「なら明日からお弁当つくってきてあげますよ」

「はあ?」

「その代わり、これからはわたしのボディガードよろしくお願いしますね」

「何から守れって言うの」

「不埒な男からです」


 佐伯はスカートの端を持って、少し持ち上げた。

 ただでさえ短いスカートが、さらに持ち上がる。

 周囲に人がいたら俺が悪者にされそうだ。

 

「わたしの、この美しい足の先まで、欲しいって言う人がいっぱいいるんですよ?」

「ふうん」

「だから、そういういやらしい人たちが声をかけてこないように、わたしのこと、守ってくださいね?」

「なるほどねえ」


 俺は松葉杖でスカートの端をめくった。


「まだまだガキだと思うけどな」

「お”い”っ!」


 脇腹に膝蹴り。

 めちゃくちゃいいところに入れてきた。


「ぐえぉ」

「な、なにしてくれてんですか!? 少女のスカートの中に松葉杖の先を入れるとか、頭のなかおかしいんじゃないですか……!?」

「お、お前、格闘技やってたろ……?」

「え? ああ、空手やってました。小学生のころですけど」

「くう……」


 吐かないだけマシだと思って欲しいもんだ。

 いや、俺が悪いに決まってるんだけど。


   ◆


 ある日、悪友が高校を去っていった。

 悲しいがお別れだ。

 とはいえ奴は生きている。

 会おうと思えばどこでだって会えるのだ。

 それはきっと幸せなことだ。


 自殺なんかより、無限倍良い。


 佐伯に出会ってから半年が経っていた。 

 俺は三年にあがり、佐伯は二年になっていた。

 佐伯は日に日に大人びていたし、男からナンパされる確率もあがっていった。

 胸の成長も右肩あがりで、たびたび肘に柔らかいものがあたってきたので困った。


 どんどん魅力的になる反面、病気の進行も止まらない。

 判断は早々にしなければならないようだった。


 俺はとにかく佐伯の側にいることにした。

 時折見せる、呪いの目がなくなるまでそうするつもりだった。

『自殺してもいい』――そんな思考は、日々の端々に思い出したように現れた。

 佐伯は俺と仲良くなっているようで、実際のところ、俺を受け入れることで病気のことを忘れようとしているようにもみえた。


   ◆


 夏休み。

 そして夏祭りの日だった。

 俺の骨折もとうに完治していた。

 

「センパイ」


 待ち合わせ場所。

 木製のはきものをカラコロとならして、人混みをかき分けてくる佐伯は、どこからどう見てもどこにでもいるような健康女子高生だった。


 佐伯は薄紫の浴衣を着ていた。

 俺が黙って見ていると、もじもじと下を向く。


「ど、どうですか……?」

「どうっていうと」

「似合うとか、似合わないとか、ありますよね……」

「俺からの言葉は二つだ」

「はい……?」

「まず一つ。めちゃくちゃ似合うぞ、すごい可愛いと思う」

「……! そ、そりゃそうじゃないですか! だってわたしだし? えへへ」


 調子に乗っていてちょろそうだったので、もう一つの言葉をぶつけてみた。

 これは俺が昔から疑問だったことだ。


「パンツ、脱いでるんだよな?」

「……は?」


 くねくねとしながら自撮りをしていた佐伯が、こちらを向く。

 ギギギと言った感じ。さびたブリキのおもちゃみたい。


「いやだから、浴衣のときって、ノーパンなんだろ? だから今お前も履いてないと思うんだけど、まさか家からノーパン? それともその辺で――」

「こ”ら”!」


 腹からの声とともに、膝蹴りが脇腹に入る。

 まくり上がった裾からは、水玉のパンツが見えた。

 ノーパンではないらしい。


   ◆


 出会ってから八ヶ月が経った。


 佐伯はその日とても荒れていた。

 どうやら病院に受診しに行ったらしい。

 そして経過を聞いたわけだ。

 当然、病気は消えているわけはなく、手術の判断を迫られる。


 俺は佐伯に言った。

 正直なところ、俺は何かを言える立場にない。

 だが、本心だけは伝えたかった。


「佐伯。生きろよ」


 いつもなら軽口の応酬で終わるが、今日の佐伯の仮面は外れていた。


「センパイに、わたしの気持ちはわからないでしょっ」

「うん」

「死ぬかもしれない病気で、手術すれば治るかもしれないけど、体には傷がつくんだよ!?」

「そうだな」

「手術しても完治はなくて、ずっと病気を意識して生きていかなきゃいけない――そんな人生に意味なんてないじゃんっ!」

「体に傷も付くしな。どうしたって気になるよな」

「……馬鹿にしないで」

「してないよ。夏に見た水着姿にはさすがに鼻血が出たし」


 本当に出たのだ。

 女子の胸ってあんなにすごいなんて知らなかった。

 少なくとも砂浜での勝者は俺だったが、鼻血が止まらなかったのはただの敗者だった。

 そのおかげで膝枕をしてもらって、したから胸を見上げられたのは人生の絶頂期だったけど。


 そんな話を続けていたら、佐伯の周囲の空気が緩んだ。

 

「……っふふ、センパイって馬鹿だよね」

「うん。知ってる。ついでに弱虫で、すぐ逃げる。だから難しいことに答えをだせねーし、佐伯にまともな言葉もかけてやれない――でも」


 でも。


「俺は佐伯に死んで欲しくないと思ってる」


 佐伯は下げていた視線をあげて、俺を見た。

 目はうさぎみたいに赤かった。

 かなうならば、俺のことを抱いて、月まで逃げ出してほしかったが、そんな現実逃避はやめよう。


 佐伯は口もとを緩めた。


「センパイの、ばーか」


 めちゃくちゃ嬉しそうだったけど、指摘せずに黙っていた。


   ◆


 出会ってから一年が経った。

 つまり冬が来た。


『自殺しよっかな』


 あの時の佐伯はなりを潜めた――と思うのは俺の勝手だろうか。


 この一年、俺の人生は百八十度変わった。

 二人でしゃれたカフェに行くなんてことも繰り返し、佐伯のSNS用の写真をとることもあった。

 なぜか俺が勉強を教わることもあったし、遠出することもあった。


 病院ではないが、よく似た冬の光景――学校の屋上。

 吹いてきた冷たい風から守るように、佐伯は髪を押さえた。

 

「センパイ。わたし、結構、おっぱいが大きくなってきたと思いません? 夏の時より、もっとすごい感じになってきました」

「お前な、そういうことを言うなよ。俺も男だぞ」

「松葉杖の先をパンツに入れようとしたくせに……」

「スカートだろ」

「は? 同じことだからね?」

「ごめんなさい」

「よろしい」


 くだらない話はいつも通り。

 でも、今日はとても大事な話があるのだ。

 それはどうやら、佐伯も同じみたいだった。


 佐伯は小さく短い息を吐くと、言った。


「センパイ。わたし、手術することに決めました。両親も泣いてくれてるし。妹からも言われたし」


 俺はほっとした。


「じゃあ、自殺もやめるか?」

「ああ、そんなこと――」


 忘れてました、と彼女は笑った。


「そっか。そりゃよかったよ」

「そ、それで、ですね……」


 佐伯はもじもじとし始めた。こいつがこういう態度をとる時は、本心を言うときだということを俺は知っている。

 だから俺は先んじて言った。


「実は俺も伝えたいことがあるんだ」

 

   ◆


 俺は小さい頃から弱かった。

 体も精神も。

 

 親は泣いてばかりの俺をなんとかしようと格闘技をやらせたり、自信をつけさせようと精神論を叩き込もうとしたが、その全ては失敗に終わった。


 なぜかといえば、俺がどうしようもない奇病にかかったからだ。


 子供心に覚えている。

 小学四年の時。

 主治医は言った。


「余命は数年単位での判断が続きます。大変珍しい病気のため、完全な治療方法はまだ存在しません。試すことは多々ありますが、体の内外に常に傷がつきます。諦める必要はありませんが、治療への覚悟は必要です」


 治療法はその時点ではなし。

 俺の頭の中には、その日から、砂時計がずっとある。

 砂粒はさらさらと落ちて、いつか尽きる。

 その時が俺の人生の終わりだ。


 手術を繰り返したが、莫大な費用がかかり、我が家はいつでも貧乏だった。

 俺はこれ以上親を苦しませたくなかったが、どうすれば良いのかもわからなかった。

 せめて、強い人間になったことを見せようと、髪を金髪にし、ワイシャツのボタンをあけた。

 

 女子の着替えを一緒に覗いてばかりいた悪友は「いや、お前の母ちゃんは不良を望んでるわけじゃねえだろ!」と突っ込んでいたが、俺が闘病のために半年休学し、留年が決まると、何も言わずに一緒に馬鹿をしてくれるようになった。

 

 しかし悪友は一年先に卒業してしまう。

 俺は馬鹿だから留年したことにして、日常に戻る。

 悪友もいつも通りのふりをしてくれる。

 でも俺と悪友の人生はずれた。

 こうして俺は色々なものを失っていくのだろうと思った。


 そんな中――俺は佐伯に出会ったのだ。


 人生の指針もなく、足を骨折するほどの馬鹿しかできず、親に心配ばかりかける俺。

 死んだ方がいいんじゃねーかな、なんて思って屋上へ足を向けたら、俺よりひどい顔をしたやつがいた。


 訂正。


 俺はその目を知っていた。

 世界のすべてを恨んだような目。

 それは俺が病気になったときと同じ目だった。


   ◆


 俺は自分の病気のことを伝えた。

 心情も。

 状況も。

 すべてを伝えた――いや、まだ一つ伝えてないことがあった。


「なんで……そんな、こと……いま、言うんですか」


 佐伯は困惑している。

 当たり前だ。

 俺はいつだってずるい。

 わかっているけど、俺は弱い。


「佐伯。俺は弱いんだ。だからお前を見た時、『生きる理由ができた』なんて思ったんだ。知り合いが自殺なんかしたら嫌だろ? 俺はそういう状況に身を置いて、自分の人生に無理やり価値をつけた」


 佐伯は泣いていた。

 俺の胸を掌で叩いた。

 弱く、ただひたすら悲しい音がした。


「ずるいよ……、なんでそういうこと、言うんですか。わたし、わたし――センパイのこと、好きなんです。ずっとそばにいてほしいから、だから、手術するって決めたんです……だから、センパイだって、生きて……生きてくださいよっ!」

「ああ。俺も諦めないよ――」


 俺の病気はほぼ治らない。

 けれどそれは俺が小学生の頃の話だった。

 実は最近、一つの治療法が確立されそうになっているという情報が入ってきたのだ。

 だがそれには莫大な金がかかる。治療場所も海外である。

 親はより苦労するだろう。

 今までの俺なら聞こえないふりをして、死に理屈をつけていただろう。


 でも俺は決意していた。何をしても治療を受けよう。

 人に募金をお願いしてでも、なんとしてでも金を集め、俺は手術を受けるのだ。


「――だって俺も佐伯のこと、好きだから」


 俺の人生はいばらの道だった。

 これからも苦難の道は続くだろう。


 でも大丈夫。

 きっとすべては上手くいく――なぜかそう思えて仕方がないんだ。

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