【短編】俺とわたしの三角関係。

天道 源(斎藤ニコ)

【短編】俺とわたしの三角関係。

●女子生徒/八代鏡(やしろきょう)視点


 幼少時、わたしは何度も、誘拐されたらしい。

 詳細は覚えていないけれど、パトカーに何度も乗せてもらった記憶はある。

 わたしの家はお金持ちだから最初は身代金目的だと思われていたらしいけれど、結果的にそれは違った。すべてにおいて、目当てはわたしだったらしい。

 たしかに金髪碧眼の日本人は珍しいだろうし、それが天使みたいな笑顔を浮かべていたら、家に連れて帰りたくなるのもわからないでもないけれど、それは犯罪だ。


 小学生の頃、大人から何度も告白された。

 一番驚いたのは、いきなり道で話しかけられて、「妻と別れてきたから、結婚してくれ」と言われたことだ。

 確かに金髪碧眼の小学生が居たら物珍しくて目を引くかもしれないけれど、大人には子供を守る義務があるはずなので、告白をしている場合ではないと思うので、警報アラームを鳴らした。


 中学生の頃は、正直思い出したくないけれど、痴漢にはあったし、ナンパはされたし、人に騙されもしたし、陰口を言われたりもしたし、勘違いから恋愛騒動に巻き込まれたりもした。

 金髪碧眼のわたしは、そこでようやく気がついた。

 これは金髪碧眼というだけでの理由ではなく――どうやらわたしの顔というのは、人間の思考や関係を乱すらしいぞ、と。

 姉は「あんたは可愛いとか、そういう話を超越してる。実姉のあたしでも、見惚れるときがある。疲れている時はとくに抱きつきたい」とか言いながら抱きついてきた。

 周囲は警察沙汰も小学生までと思っていたらしいけれど、中学になってもわたしはいろんな人の気持ちを乱し、人生を変えてしまった。 


 鏡と書いてキョウと読むわたしの名前は、なんだかいろんなことを暗示している気がした。


 高校生にあがるころ、都心に住んでいたわたしは、都下の高校を受験することにした。

 全てをリセットするためだ。それから、彼氏が毎月変わる姉の伝手を頼って、ハリウッド仕込みの変装技術を手に入れた。

 一般人からしたら、アニメにでてくる魔法みたいな変装だ。


 

 わたしは決意していたのだ。

 もう、素顔を誰かに見せるのはやめよう。

 カツラをかぶって、ハリウッド仕込みの変装をして、自然に囲まれた地域の普通の高校で静かに過ごすのだ。

 読書をして、人と目を合わせずに、ボソボソと話そう。

 友達はできないだろうけど、それでいい。

 誰かの人生に影響を与えてしまった挙句、いろんな人から奇異な目で見られるよりマシだ。




●男子生徒/鴨山宗士郎(かもやまそうしろう)視点


 同じクラスの八代さんが気になる。

 恋愛の話じゃない。

 なにが気になるのかといえば、読んでいる本が気になる。


 八代さんは俺の隣の席――窓側の一番後ろの席で、いつも本を読んでいるのだけど、そのジャンルが闇鍋みたいにごちゃごちゃなのだ。


 一昨日はホラーを読んで、昨日は純文学を読んで、今日はラノベを読んでいる感じ。

 で、その中の一冊が問題だった。

 売れなさすぎて打ち切られた作家の本を読んでいたのだ。

 それはライト文芸と呼ばれるジャンルの本だ。

 一般文芸とライトノベルの間に位置する様な、キャラクター性の強い大衆小説といった感じである。


 作者の名前は「鴨葱太郎(かもねぎたろう)」。

 新鋭、正体不明の学生作家。

 センスのあるそのペンネームは、俺のペンネームである。

 そう。

 俺は作家である。

 高校二年で作家。ちょっとした自慢だ。

 でも周囲には黙っている。売れたらカミングアウトしようと思っていたのだ。


 しかし現実は非情だ。

 発行部数3500冊、売り上げ1300冊、着地予想1800冊。

 電子書籍145冊。


 打ち切り決定。

 以上。


 ちなみに二冊目はもっとひどかった。

 挽回のために一ヶ月で書き上げたのが逆にあだとなったのかもしれない。


 俺の頭の中では百万部売れて、映画化までしていたので、愕然とした。

 なんで売れないのかが理解できなかった。

 理由が聞きたかったが、売れない作品というのは、感想すらあがってこないのだ。

 話題にならないほど売れないのだ。


 でも、隣に座っていた女子が読んでいた――意見を聞きたい。なるべく自然に。絶対に正体がばれないように。


 だからまずは友達になろうと思った。

 なんだか、意見だけ聞く為に近づくのは、八代さんに悪い気もしたから。

 俺は昔から「変なところが真面目だ」と兄に笑われる。




●八代鏡視点


 変装生活二年目。

 わたしの漫画みたいな高校生活は、思ったよりも無難に、順調に進んでいた。

 変装も完璧。

 朝5時に起きて変装するのも慣れた。

 金髪のボブヘアーの上にかぶる黒髪のカツラ。

 茶色のカラコン。

 顔の形を変えるためにつけている入れ歯。

 典型的だがメガネだってかけている。

 そのほかにも細かい技術をたくさん使って、別人になっている。

 

 誰からも注目されない人生は気楽だったが――ある日、隣の席の男子が話しかけてきた。


「本、好きなの?」


 鴨山くんだ。

 下の名前はなんか長くて覚えてない。

 特に特徴のない男子だ。

 でも、そういえば、橋の下に捨てられていた猫の里親を学校内で見つけようとして、必死になっていたのを覚えている。放送部に直談判して、校内放送までしていたし、勝手に校内にポスターを貼って教頭先生に怒られていたっけ。

 みんなは笑ったり引いたりしていたけど、わたしは立派な人だと思った。人のために動ける人はなかなか居ない。

 なんだか、変なところで真面目な人だなあ、と思っていた。

 ちなみに猫はすごく飼いたかったけど、姉が猫アレルギーなので諦めた。


 そんな鴨山くんが、わたしの手元を見て、話しかけてきたというわけだ。

 

 本は図書館から借りてきたものを乱読しているので、趣味という趣味はない。

 本が特別好きというわけではなくて、人から話しかけられない様に読んでいるだけだった。

 だからそんな質問をされても、正直、返答のしようがなかった。


 第一、わたしは誰かと仲良くなるべきではないだろうし。



 

●鴨山宗士郎視点


 意を決して話しかけたが、八代さんはこちらを見ずに「別に……そんなでも……」とボソボソと答えるだけだった。

 とても迷惑そうである。

 そりゃそうだ。

 本を読むのを邪魔しているのだから。


 でも俺は、なぜ俺の本が売れなかったのかを知りたかった。

 脳内では映画化までしているのに、現実では打ち切りである。

 次作の話も今はふわふわとしている。

 自分の作品を客観的に見てくれる人を、俺は求めているのだ!


 俺はめげずに話を続けた。


「八代さんって、読書好きだよね? 色々と読んでるし。俺も本が好きなんだ。よかったらおすすめの本を紹介しあって、感想交換とかしない?」


 完璧な計画。

 俺は自分の作品を紹介して、そのまま感想をもらうのだ。


「いえ……結構です……本は一人で読むものですし……」

「はい」


 はい、としか言えないほどに正論だった。

 いきなり挫折したが――それで諦められるくらいなら俺は作家なんて続けようとは思っていない。


 チャンスは隣にあるのだ。

 それもこんな読書家ならば、編集さんよりももっと読者寄りの意見をもらえるに違いないのだ。

 

 でも、それだけの為に話しかけるのはよくない。

 そういう関係は相手に悪い。

 だから友達から始めたいとも思った。


「八代さん、よかったら、読書友達にならない?」

「……いや、いいです……」

「うん。明日も話しかけていいかな?」

「……え、あ、はい」


 よし。

 首はつながったぞ!


 俺はそれから毎日、八代さんに話しかけることにした。

 校長先生から注意されるまでは続けるつもりだ。




●八代鏡視点


 わたしは自宅のお風呂に肩まで浸かった。

 寝そべるように入れるお風呂は、家の中で一番好きな場所である。

 自分の部屋にも欲しいぐらいだけど、湿気でカビが凄そうなので諦めた。


「毎日話しかけてくるなあ……」


 わたしは変装で傷ついてるだろう皮膚を丁寧に手入れしている。

 クリームを使って、マッサージ。

 目を瞑って闇が訪れて――頭に思い浮かぶのは、最近毎日話しかけてくる男子の顔。


 下の名前も覚えてしまった。

 鴨山宗士郎。

 ヘラヘラしているような感じだけど、変なところで真面目な男子生徒。

 不思議な人だ……。


「大体、拒否してること、わからないかなあ? 女子の気持ちわからない系?」


 変装をしていなければ、ただただ警戒するだけで済んだ。

 だけど変装した上で話しかけてくるとなると、よくわからなくなる。

 ふつーの顔だ。

 姉にも「よくもまあ、そこまでふつーな顔を作れるわね。天才じゃないの?」と評された。

 あえて話しかけてくる理由もない。


「本当に本が好きなだけなのかな」


 でも、それならもっとほかに話しかける人が居るはずだ。

 文芸部だってあるんだし、そこに入ればいいじゃないか。

 なんでわたしなんだろうか。


 よくわからない。

 わからないから、気になる。

 なんだか、いつも考えてしまう。


 顔で判断せずに私に話しかけてくる人が、新鮮だったから。




●鴨山宗士郎視点


 八代さんに話しかけ続けて二ヶ月がたった。

 季節が変わりかけていたが、相変わらず八代さんとは友達になれていない。


 でも最近は挨拶くらいなら返してくれる。


「八代さん、おはよう」

「……おはようございます」

「今日はなんの本?」

「……これ」


 八代さんは無言で背表紙を見せてくれる。彼女は優しい人だ。なぜなら、話しかけ続けている俺を無視したりしないで、いつも一度は反応してくれるから。

 さらにこの前は、落ちた消しゴムを拾ってくれた。すごすぎる。


 実は俺は本音を言える友達が少ない。

 すみません嘘です、実は一人もいないかもしれなかった。

 どうも変なところが真面目らしく、みんなと一緒に騒いで遊んだりすることができないのだ。


 たとえば、誰かがポイ捨てをすると、本気で怒ってしまう。それがどんなに楽しい雰囲気のときでも注意してしまうので、空気を悪くする――らしい。

 らしい、というのは、俺は実感がないからだ。

 だって悪いことを悪いといって何が悪いのだろうか。

 本当の友達なら、そういうところを指摘しあってこそだと思う。

 

 だから俺は友達が少ないのだ。

 いないのだ。


 本の意見を聞けないのも、実はそういうところに理由がある。

 聞きたくても、本心から聞けるような相手が居ないのだ。


 だから俺は八代さんと友達になって、意見を聞いてみたいと思ったのだと思う。

 実は、昔、橋の下で猫を拾って、その里親を校内で見つけようとしたことがある。

 そのとき勝手にポスターを貼って怒られたのだけど……じつは、勝手に剥がされたぐちゃぐちゃに捨てられていたポスターを、八代さんが拾って、丁寧に広げ、壁に貼り直してくれていたのを、俺は知っていたのだ。


 もちろんそれは教頭先生にすぐに剥がされてしまったけど。

 でも、本当に嬉しかったのを覚えている。


 だから、そんな人に俺の書いた本の意見を聞いてみたかったのだ。




●八代鏡視点


 毎日話しかけてくる男子生徒が、季節が変わっても話しかけてくるので、いい加減、姉に相談をしてみた。


 姉の第一声が、「キョウに好きな人ができるとか、やばいな。人なんてまったく信じない女の子に成長したと思ってたのに、お姉ちゃん嬉しいよ……」だったので、チョップをしてやった。


「そんなんじゃない。隣の席の男子がずっと話しかけてくるだけ」

「そうはいっても、半年ぐらい毎日、話しかけてくるんでしょ? それに相手してるんだから、もう付き合ってるようなものでは……?」

「いい加減にして」

「かわいい顔」

「抱きつかないで!」

「いやされるぅ」


 姉を引き剥がして、部屋を出て行こうと決めた。

 それでも姉は言い続けた。

 

「それは恋だね。お姉ちゃんは嬉しいよ」


 そんなわけないでしょ。


     ◇


 わたしだって、わたしで居たい。

 だから、変装は平日だけで、休日はもちろん変装をしない。

 

 学校はわざわざ電車で一時間弱も離れた場所へ通っているので、自宅付近にいる時は、なんの心配もせずに出かけている。

 人の視線は相変わらず気になるし、声も掛けられるけど、自分らしくいられる時間は、やはり一番充実している。


 高校にいるわたしは、わたしであって、わたしではない。

 変装をしているわたしは、わたしであって、やはり、わたしじゃない――と思う。


 久々に本屋に行こうと思ったのには理由がある。

 いつもは図書館で借りているのだけど、最新作がなかなか借りられないのだ。

 人気のない本や旧作にも良いものはあるけれど、最近はまった作者の新作が読みたかったので、買いに出掛けたのだ。


 大きなデパートの本屋には人がたくさんいた。

 油断していたつもりはない。

 けれど、今から自分の身に、考えてもなかった偶然が起こるとは思っていなかった。


 本棚の前にたどり着き、本に手を伸ばしたときのことだ。

 別の人と同じ本を偶然、取ろうとしてしまったのだ。

 手が重なり、とっさに引いた。やばい、と思った。こういうとき、わたしは何かに巻き込まれる。一目惚れからのストーカーという流れはもう何回もある。


 なるべく静かに、変装時のような声で、謝罪を口にする。


「すみません……」

 

 身構えたが――驚くべきことに、よく聞き慣れた声がした。


「こちらこそ、すみません――」

「――え? 鴨山くん?」


 とっさに、名前が口をつく。

 驚いた。隣に立っていたのは、鴨山くんだったのだ。

 教室で見るよりも、随分大人びて見えるのは、意外なファッションセンスの良さだろうか。

 身長も高い鴨山くんは、実に洒落た格好をしていた。ぱっと見、育ちの良い大学生に見えた。


 あれ……なんでわたし、鴨山くんを褒めているんだ?

 まあいい。

 とにかく安心した。

 鴨山くんなら、事件が発生することはないだろう――。


「えっと……あれ。その声って、ん……? 八代さん……?」

「え? あ……」


 やばい。

 今、変装してなかったんだ。

 見逃してほしかったが、鴨山くんは、変に察しがよかった。


「八代、さん、の声だよね……? いや、あれ……?」


 困惑している。

 最初に顔を合わせていなかったせいで、声だけが耳に届いたらしい。

 そうなれば教室での関係とまったく同じになる。

 鴨山くんがコンフュージョンするのも仕方がないだろう。


 このままだとバレる。

 まずい。

 後から考えれば、無理にでも惚けて、逃げておけばよかったのだ。

 でも――後から考えても、それはなんだか嫌だったのも事実。

 

 だからとっさに、誤魔化してしまった。

 わたしは、自分が考えるよりも、結構、おばかさんなのかもしれない。


     ◇


 咄嗟に出てきた言い訳は、じつに適当だった。


「あ、いや、八代鏡は、わたしのイトコです」

「イトコ?」

「ええ、イトコです。結構、似てるって言われます。声だけなら、そっくり、同一人物みたいだって、親戚中のお墨付きです」

「おお、そうなんだ……? どちらにせよ、すごい偶然だね」

「やばすぎです」


 本当に、ヤバすぎた。

 若干の困惑は感じるが、疑いの視線は感じない。

 なんとかなりそうで、ほっとする。


「あの、実は先ほど、キョウちゃんと――八代キョウちゃんと、一緒に歩いてたら、鴨山さんを見かけて、それでお顔は知っていたんです。なので、今、とっさに反応してしまって、お名前を口にしちゃいました」

「八代さんも俺を見かけたなら、話かけてくれたらよかったのになあ」

「いや、キョウちゃん、恥ずかしがり屋なので、無理だと思います」


 嘘から嘘が出てくるが、ここは引くことができない。


「たしかに――でも、それで……あれ、なんで俺の名前をわざわざ聞いたの? 八代さんが話題にしてくれたのかな」

「あ、はい、で、えっと、だからですね」


 わたしはテンパっていた。

 人はテンパると、何も考えられなくなる。


「鴨山さん、素敵な人に見えたので、お友達になりたいなって思って、それで名前を聞きました……」


 おい、わたし。

 何を言っているの……?




●鴨山宗士郎視点


 祖母が都心に住んでいる。

 この度、高校生の大事な休日にもかかわらず、荷物整理とやらを理由に、祖母の元へ呼び出された。

 一時間ほどの力作業を手伝ったら、なんと五千円もおこづかいをもらってしまったので、最近はまっている作者の新刊を買いに行った。


 初めて訪れる本屋は、まるで宝箱みたいにキラキラして見えるのは俺だけだろか。

 やっぱり俺は本屋が好きである。

 自分の本が置いてなくても、好きである……。


 目当ての本はすぐに見つかった。

 さすがベストセラー作家。俺とは全然違う。

 並べられた本へ手を伸ばしたら――横から他人の手も伸びてきた。


「鴨山くん?」


 謝罪をした相手は、なんと俺の名前を口にした。

 そちらを見やれば、一人の女の子が、驚きの表情でこちらを見ていた。


 髪の毛が金色で目が青い。

 まるでアニメの世界から飛び出してきたみたい。冗談みたいに輝いていた。

 とても可愛い女の子だが――こんな知り合いはいない。


 さらに驚いたことに、声が良く知っている女の子のものだった。

 八代さんの声と同じだ。

 声だけが耳に入ってきたせいで、後ほど入ってきた視覚情報と一致せず、困惑した。


 聞けば、八代さんのイトコだという。

 さらに、「素敵に見えた」とか「友達になってもらえたら……」なんて言葉が相手から出てきた。


 友達。

 すごい響きだ。

 しかもこれは、女子からの誘いである。

 容姿を褒められてもいるし、もしかすると、青春ストーリーが始まっちゃうような話なのだろうか――なんて、流石に思い込みが激しすぎるだろう。

 俺だってバカではない。

 何か理由があるに違いない。

 じゃなきゃこんなに可愛い子が俺と友達になってくれるわけがないだろう。


 でもこういうことを提案してくれることは心から嬉しいので断る理由もないのも事実。

 俺は八代さんのイトコに提案した。


「じゃあ友達の印に、チャットアプリを交換しませんか。実は、相談したいこともあって」


 ずる賢い俺は、このイトコさんに、八代さんの相談に乗ってもらうつもりだった。

 チートみたいだが、何ヶ月経ってもある一定のラインから進展がないので、仕方がない。


 前のめりだったはずのイトコさんは、そこで失速した。


「え、あ、ちょっとあれです。チャットアプリじゃなくて、違うアカウントのやつがいいですね……」

「違う奴なんてあるの? チャットアプリじゃだめなのかな」

「違うアプリもいいのあるので! 教えますので! カフェでもいきましょう!」




●八代鏡視点


 わたしは、本当のわたしの姿のまま、鴨山くんと対峙していた。

 デパート内のカフェ。

 まるでデートみたいだったが、なぜそんなことを考えるのかは不明だ。

 わたしは最近、わたしがわからなかった。


 新しいアプリを入れたスマホを見ながら、鴨山くんはわたしに尋ねた。


「――これでいいのかな? おわり?」

「はい、終わりです」


 わたしはなるべく、八代鏡に見えない様に、素の自分を出す様に努めた。

 笑顔を浮かべて、愛想良く。


 チャットアプリのアカウントを聞かれたときは困った。

 なにせそちらのアカウントは『八代鏡』のものだ。

 安易に教えることはできない。


 鴨山くんはあたりをキョロキョロとしていた。


「どうかしましたか?」

「いや、八代さんは大丈夫かなと思って」

「あ」


 そうだった。

 そういう設定だった。


 わたしはやはり適当な言い訳を口にした。


「キョウちゃん、先に帰っちゃいまして……」

「え! そうなの!? それは残念だな……」

「あ、そうですか」


 なんだか一瞬、ムッとした。

 あなたの前に女の子が座ってるのに、別の女の子の話をするってどうなの――いや、それもわたしなのだけどさ。

 それでもよくわからないモヤモヤが胸を覆うので、わたしは言った。


「なんでキョウちゃんに話しかけてるんですか? 毎日無視されてるらしいじゃないですか」


 少し強い口調になってしまっただろうか。

 なんだか自己嫌悪。


「ああ、はは……はずかしい。八代さんから聞いたのかな」

「ええ、まあ」

「八代さん、迷惑してるよね。俺、そういうところ空気読めないらしいから」

「いや……」


 わたしは考えてしまった。

 迷惑、なのだろか。

 わからなくなっている。

 迷惑には感じない自分が心の中に居るのだ。


「もう話しかけない方がいいのかなあ」

「そんなことないです!」

「おお?」

「あ、いや、すみません。大きな声出して……」


 周囲から視線を感じる。

 自業自得。


「鴨山さんは、それで、どうして話しかけるんですか」

「えーとね」


 鴨山くんは珍しく口籠った。


「――俺の知り合いに作家さんがいるんだけど、実は、その作家さんの本を八代さんが読んでてね。意見交換してみたかったんだ。最初はね」

「あ、そうなんですか……」


 なんだ、と思った。

 心がシュンとなった気がした。

 なんだか鴨山くんと話していると、心が安定しない。


「でも、最初だけだった気もする。実は最近はそれだけじゃなくて、友達になりたい目的のほうが強いかもしれないな」

「友達、ですか」

「うん。八代さんって、とっても素敵な人だと思うんだ。俺みたいなのが毎日挨拶しても、毎日付き合ってくれるし。困ってる時に何度か助けてもらったこともあるしね」

「そう、ですか」

「だからイトコさんにも、八代さんのこと教えてもらえたら――って、あれ。そういえばイトコさんは、お名前はなんていうの?」

「名前は――」


 思い付かず、姉の名前を借りた。


「東京都の京って書いて、ミヤコっていいます」

「俺の名前は鴨山宗士郎です」

「知ってます」

「え? 下の名前も、八代さん、覚えててくれたんだ。嬉しいなあ」

「……」


 なんで八代さんのことばかり褒めるのだろうか。

 わたしが、目の前に居るというのに!


 ――いや、ちょっと。わたしはさっきから何を言っているのだろうか。





●鴨山宗士郎視点


 ひょんなことから、八代さんのイトコの京さんとお茶をした。

 一時間ほど色々と話し、八代さんのことをたくさん知ることができた。

 俺はめちゃくちゃ運がいい。

 親族という、ある種のチート要素のおかげで、八代さんと友達になれる確率がぐんと上がった気がする。

 それに、八代さんは俺の下の名前も覚えてくれていた。


 京さんに質問された。


「どうしてキョウちゃんと友達になりたいんですか?」


 偶然だけど、俺も最近「なんでこんなに八代さんに固執するのだろうか」と考えたことがあった。


 答えは自然と出た――きっと俺は八代さんのことが好きになってしまったのだ。

 それは恋愛とかそういうものではないかもしれない。

 人間として、好きというほうが正しいかもしれない。

 

 八代さんは誠実なのだ。


 俺が挨拶をしてもいつまでも相手をしてくれる。

 絶対に迷惑だと思っているのに、それでも俺をかまってくれる。

 みんながバカにした猫のポスターを、陰ながら拾って、伸ばしてくれた。


 八代さんは決して目立つような容姿をしないけれど、内面はとっても光り輝いている人だと思う。

 そんなことを話すと、なぜか京さんが顔を真っ赤にして言った。


「褒めすぎでは、ないでしょーか……」




●八代鏡視点


 わたしはお風呂場の中で目を瞑った。

 姉の言葉が頭をぐるぐる回っている――恋だね、それは。


 ほとんど話なんてしてない相手に恋なんてすることがあるのだろうか。

 でも、鴨山くんと話をしていると心が苦しくなるのは確かだ。


「……確かめないといけない」


 そうだ。

 確かめないといけない。

 そうしないと、わたしはわたしじゃ居られなくなってしまう。


「それに鴨山くんも、鴨山くんだよね。わたしが前にいるのに、八代八代って……」


 いや、それはわたしのことなんだけどさ。

 それでもなんだか悔しい。

 だって、変装をしたわたしのほうが好きだっていうなら――本当のわたしはどうなのだって感じ。


「こうなったら『京』として、変装した八代鏡に勝ってやるんだから」


 初めてだ。

 わたしは、初めて、わたしの方を向いてくれない人間と出会った。

 これはなんとしても負けられない戦いだ。


「いや……、どっちもわたしなんだけど……」


 自分がライバルなんて経験、そうそうできるものではない。

 これは前代未聞の、二人しか登場人物のいない、三角関係なのだ――いや、別に、好きじゃないけどさ……。


「あーもう! 鴨山くんのせいで、頭がごちゃごちゃする……!」


 わけがわからなくなって、お風呂に頭から沈み込む。

 明日、どんな顔をして、鴨山くんに会えばいいのやら。


 まあ、正直、悪い気持ちはしてないのだけど。

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