解決編


 「さて。みなさんにおあつまりいただいたのはほかでもありません」

 探偵たち。そして警察の捜査員が中央ホールにあつまり。話し手に視線を集中させている。

 「この事件の真相を“ある程度”解き明かせましたので。それをこれから共有します」

 「ある程度?」

 警視庁捜査一課・杉本がふしぎそうに首をかしげる。三三が笑ってうなずく。「そうです。ここにいる3人の探偵はそれぞれこの事件の真相を推理していますが。どうもそれぞれ不完全で。しかも異なる推理をしてるみたいなんです」

 「……なるほど」杉本はこりゃまた厄介なことになったぞと顔をしかめながらうなずく。「それでこれからどの推理が正しいか話し合う。ってことですね」

 「そうです。いつもはわれわれ探偵はもっと完全に推理して証拠もあつめてから話すねんけど。今回は推理完成すんのまってたらそのうち殺されるかもわかりまへんから」と笑う。襟撫はうなずき。見一の表情は引き締まる。これまで探偵たちには謎ともいえる万能感があった。「自分は殺されない」という。しかし今回ばかりは探偵たちもそうした万能感を解除せざるを得ない。いつ殺されるかわからない。そういう状況ではある程度未完成でも推理は共有し。すりあわせておくべきだろう。

 「けどまぁ心配せんとってください。この3人の推理がそれぞれちがってても。それをくみあわせていけば真相にたどりつく。そう思てます」

 三三は探偵そして捜査員たちににっこり笑いかける。



 「ではまずわたしの推理から話します」

 襟撫が宣言する。

 「まず推理すべきは第一ではなく第二の殺人。荻上さん殺害の真相です。荻上さんは中央ホールに仕掛けられたピアノ線をつかった装置によって殺された。この仕掛けで殺される席はさいしょから決まっていた。では犯人はどうやって荻上さんにその席に座らせたのか?」

 襟撫が荻上がすわっていた椅子にふれる。

 「わたしの考えはこうです。犯人は荻上さんに殺意を抱かせることでこの席に座らせた」

 「殺意を抱かせる」見一が相槌をうつ。その言葉に疑問符はない。見一は――そして三三も――ここまでは襟撫とおなじ推理をしているらしかった。

 「そう。荻上さんはおそらくあの朝食の時点で犯人に目星をつけていた。そしてその犯人を殺すためにあの席にすわった」

 三三と見一はだまってうなずく。

 「そう考える理由は単純です」襟撫があのとき荻上たちがすわっていたテーブルのテーブルクロスを取り去り。そしてかがむ。テーブルの裏に視線をめぐらせ。それを見つける。「まわりとおなじ木製で凹凸もほぼないのでわかりにくいですが――ボタンがあります。荻上さんがすわったこの席の手許に」

 捜査員たちがテーブルにあつまって確認する。たしかに最初からそれがあるとわかっていないと見つけられないほどちいさく周囲と同化しているがボタンがある。「押さないでくださいね。ピアノ線はもう切れているので大丈夫だとは思いますが。万が一。人の首が飛ぶ可能性がありますから」捜査員がいっせいにテーブルからはなれる。

 「荻上さんはこのボタンを押すためにこの席にすわった」

 「それは……」杉本が遠慮がちに手をあげる。「犯人にボタンを押させないため。ですか? 自分がすわっておけばボタンを押されないから……?」

 「最初はそう思いました。けれど。おそらくちがいます」ほう。と杉本が目を丸くする。「というのも荻上さんは押してるんです。このボタンを」

 「えっ?」思わず杉本は声をあげる。

 「荻上さんは手袋していましたから指紋は出ないでしょうけど。あの装置が作動したということはそうなります。このボタンを押したのは荻上さんです」

 「それはつまり……自殺ってことですか?」

 「いえ。荻上さんは殺そうとしたんです。荻上さん以外の全員を」

 「えっ?」杉本はさきほどとおなじ反応を繰り返さざるをえない。

 「荻上さんの想定では逆だったんです。ピアノ線は荻上さんの方向ではなく。わたしたちのほうにうごくはずだった」

 杉本は絶句する。殺害された荻上はここにいる探偵たちを殺すつもりだった……そんな話を急に言われても理解が追い付かない。「しかし……なぜ……?」

 「おそらく自分の主人……極崎さんの仇をとるためでしょう」

 「あぁ……最初に殺された……」

 襟撫がうなずく。「荻上さんがどのくらいまで推理をすすめていたのかはわかりません。犯人の目星がついていたのかいないのか。いずれにしても自分以外の全員を殺せば極崎さん殺害の犯人も殺せると考えた」

 「そんな……方だったのですが? 荻上さんは……?」杉本はほかの探偵たちに戸惑いつつ目をむける。

 「ぼくはそうは思いません」見一は厳しい表情でそう断言する。「しかしまずは推理のつづきを聞きましょう」

 襟撫がうなずいてつづける。「荻上さんは犯人に殺意を抱いていた。それは犯人以外のわたしたちを巻き込んでも達成しようと思うほどつよい殺意だった。しかし犯人はその殺意を逆手にとってピアノ線の仕掛けのうごく方向を勘違いさせ。自分自身の手で死ぬように仕向けた」

 「しかし……荻上さんはこの館の仕掛けを知っていたんですよね? だとしたら。ピアノ線のうごく方向をまちがえるなんて。なぜそんな勘違いを……?」

 杉本の疑問に襟撫はうなずき。「おそらくこのあたりからでしょう。わたしたちの推理が分岐するのは」とほかの探偵たちを見る。

 「まずはそのまえにわたしたちの推理で共通するであろう部分から説明しましょう」襟撫は歩き出す。「ピアノ線が殺す対象についてです」

 「殺す対象?」さっきから疑問を浮かべることしかできてないなと妙に客観的に自分を観察しつつ。杉本はさらに疑問をくりかえす。

 「ついてきてください」

 襟撫が中央ホールを出る扉へ向かう。


 襟撫に連れられて一同は館の入り口にあつまる。

 入ってすぐ正面にある額縁のまえで襟撫はとまる。みなが額縁をみあげる。


 一:対する者を殺す

 二:殺さぬ者を殺す

 〇:殺す者を殺す


 「これが館に仕掛けられたピアノ線の進む方向の説明です」

 「はぁ……」杉本含む捜査員たちはとまどいながら額縁をながめることしかできない。

 「『〇』は『ゼロ』。つまり順番通りに入れ替えるとこうです」


 二:殺さぬ者を殺す

 一:対する者を殺す

 〇:殺す者を殺す


 襟撫がつづける。「これはそれぞれの階の中央ホールにおけるピアノ線のうごく方向を示していると考えられます。たとえば『対する者を殺す』ならボタンがある席の対面する方向にピアノ線がうごく。『殺す者を殺す』ならボタンを押した者の方向にピアノ線がうごく。といったように」

 「つまり……」杉本がとまどいつつ額縁の情報を解釈していく。「1階が『対する者を殺す』……だから対面者を殺す。2階が『殺さぬ者を殺す』……これもボタン以外の席かな? で。ゼロ階――地下があるってことですか?」

 「……おそらく荻上さんもそのような勘違いをした」襟撫のつめたい視線はまっすぐ額縁を見つめている。「しかし徹底的に探しましたが地下への入り口は見当たりませんでした。それに中央ホールは3階あります。3階の説明がないのは不自然です」

 「つまり……?」

 「こう解釈すべきです。〇を基準にして――〇は1階。一は2階。二は3階に該当する。そうすればそれぞれの階が埋まるし。じっさい荻上さんが殺害された1階の内容は『〇:殺す者を殺す』になる」

 「殺すものを殺す……ボタンを押した者が殺される……と」

 「そう。そしてじっさいにそうなりました。しかし荻上さんはおそらく一。つまり『一:対する者を殺す』が1階を示すと勘違いしてボタンを押した。その結果――自分の首をピアノ線で切られて死亡した……」一同が静まりかえる。「たとえばわたしたち客側がそういう勘違いをするならわかります。しかし館の仕掛けを知っていたはずの荻上さんがなぜそんな勘違いをしたのか……」

 一同はつぎの襟撫の言葉をまつ。

 「そんな勘違いをさせられる人物はひとりしかいません。つまり――」

 襟撫はふりかえってつめたい声をひびかせる。

 「極崎十八です」



 「え――」杉本はしばし言葉をうしなう。

 「極崎さんはさいしょに殺害されてますよね?」

 「はい」襟撫がうなずく。「それも含めて彼の計画だった。というのがわたしの推理です」

 「どういう……ことですか?」

 「説明しましょう」襟撫が中央ホールのほうにもどりながら説明をつづける。「わたしの推理には1つ。仮定があります。極崎十八が荻上さんに殺意を抱いていた。ということです」

 「殺意……」

 「その内容や理由には踏み込みません。しかしそう仮定するとほぼすべての説明がつきます。極崎さんは荻上さんを殺そうとしていた。しかも自ら手を下さずに。荻上さんが荻上さん自身の手で死ぬよう計画を立てた。その一手目が自分が死ぬこと。これにより荻上さんは主人である極崎さんを殺した犯人を激しく憎んだ――ほんとうの犯人は極崎さん自身だったのですが――そして犯人につよい殺意を抱いた荻上さんはわれわれのなかにいる犯人を殺そうとして――」中央ホールのもとのテーブルのまえまできた襟撫がテーブルクロスをたくしあげてボタンを見せる。「このボタンを押してピアノ線の仕掛けを動作させた」

 「……しかし荻上さんの想定を外れてピアノ線は荻上さんの方向に向かった……と……」

 悲しそうに顔をしかめる杉本に襟撫が冷静に頷く。

 壮絶な推理の内容に一同はしばし言葉をうしなう。

 しずけさのなかに襟撫がつぎの言葉を投下する。「……わたしの推理にはさいしょに三三さんが言っていたように不完全な部分があります」

 「不完全な部分?」

 「はい。荻上さんの殺人はこれで説明がつくとしても。最初の殺人――わたしの推理では極崎さんの自殺――については推理しきれていない部分があります」

 「あぁ」杉本が納得の声を出す。「密室のことですね」

 襟撫がうなずく。「自殺自体は荻上さん同様ピアノ線の仕掛けでできます。しかしあの夜極崎さんはわれわれよりさきに中央ホールから出て自室に行き。中央ホール回転開始直前までわたしたちは中央ホールにいた。そして回転がおわった直後に中央ホールに入り。死体を発見した」

 「極崎さんは中央ホールに入るタイミングがなかったはず……」

 「そうなります」襟撫が口惜しそうに唇をかむ。「回転がおわってから最初にわれわれがはいったのは死体のなかった1階中央ホールですが。死体の血は乾ききっていましたからそのあいだに自殺したり死体を運んだ可能性はない……。この不完全な推理を披露するのは不本意ですが。この場にいるみなさんならその部分の真相も解き明かせるかもしれない。そうすれば推理を組み合わせて真相にたどりつけます」

 襟撫の視線のさきには探偵たちがいる。

 一同が待つなか。見一がまえに出る。「ではつぎはぼくの推理を話しましょう」



 「残念ながら。ぼくの推理は常夏さんの推理を補うものにはなりません」

 見一はそう話しはじめる。

 「むしろ常夏さんの推理とは食いちがうものになります」

 その言葉に襟撫は表情を変えない。

 「まずぼくは常夏さんの推理を受け入れられません」見一が襟撫をにらむように見据えても襟撫の表情はひとつも動かない。「消去法といえば聞こえはいいですが。常夏さんの推理は動機の推理を放棄しています。その結果。極崎さんが荻上さんに殺意を抱いたり。荻上さんが犯人を殺すためにぼくたちまで巻き添えにしようとした――なんていう不合理な動機を前提にしなければならなかった」

 「まぁ。そういう反応はあるでしょう」襟撫は冷静に返す。「わたし自身つじつまがあわなければこんな推理などしたくはないし。彼らがそんなことをする人間だとも思わなかったでしょう。しかし真相にたどりつきたいならそうした先入見は排するべきです。われわれにはつねに情報が不足している。われわれのしらない確執や事情の可能性を捨てるべきではありません。そうでしょう?」

 「だとしても!」見一はそう怒鳴ってから一息つく。「……そういう判断は慎重に行うべきです。証拠もない段階で決めつけるなんて……いや。わかります。決めつけてはいない。というんでしょう。でも……とにかく。ぼくの推理は――はっきり言いましょう――犯人はあなただというものです」

 見一が襟撫を見据えて言う。

 「……わたし?」さすがにすこしだけ表情がくずれる。「……聞きましょう」

 見一がうなずいてつづける。「話は簡単です。常夏さんのその推理はわれわれの推理を真相から逸らすために行われたもの。必要以上にセンセーショナルなのもそのせいなのかは知りませんが……とにかく。真相とは異なります」

 襟撫はだまって聞いている。

 「ひとつ。気付いたきっかけがあります。荻上さんが殺されたあのとき。常夏さんは床に落ちたティーカップをひろっていましたよね?」

 「ええ。それがなにか」

 「あれは――床に低くかがむことでピアノ線を避けていたんじゃないんですか?」

 「……?」襟撫がだまって首をかしげる。「避けるもなにも……ピアノ線の仕掛けが首を切るのは荻上さんだけでしょう? ピアノ線はわたしたちと荻上さんのあいだに張り渡されて荻上さんのほうにむかったのだから……」

 「それがちがうんです」

 見一がそう言って中央ホールの壁にむかってあるきだす。

 「見てください」見一が示したのは壁にあるでっぱり。テーブルをはさんで中央ホールの左右にあるこのでっぱりのなかの溝にピアノ線が仕掛けられていた。この左右のでっぱりに渡されたピアノ線が解放されて荻上の席の後方のリールに巻き取られることで荻上の首を切った――そのでっぱりである。

 「これがなにか?」襟撫が疑問の目をむける。「これは全員既知のものです。このでっぱりの位置を見てもピアノ線が張られていたのは荻上さんと荻上さん以外のわれわれのあいだになります」

 「見るのは下です」「下?」

 壁のでっぱりと床の境界に目を遣る。数人がすっと息を吸った。

 「溝があるでしょう。このでっぱり。動くんですよ」見一がでっぱりに手をかけ。壁に沿ってうごかすとシャーとなめらかにうごく。

 「おそらく館の回転はこのミスディレクションでもあるんでしょう。ピアノ線を渡すこのでっぱりは壁に沿って回転するように位置を変えることができる」

 「つまり……」襟撫の眉間にしわがよる。「荻上さん殺害後。現場検証をするふりをしてわたしがこのでっぱりの位置を変えた。と」

 「そうです。ぼくの推理では荻上さんはあのときすでに犯人の正体にたどりついていたんです。つまり――あなたに」

 「それで?」

 「常夏さんが荻上さんのとなりにすわったことで荻上さんにはまたとない復讐のチャンスが生まれました。そのとき壁のでっぱりはぼくたちと荻上さん・常夏さんを分ける位置にあった。そのままピアノ線をおろして荻上さんと常夏さんだけがピアノ線がうごく方向にあるようにすれば。自分も一緒に死ぬ覚悟があれば極崎さんを殺した犯人である常夏さんを殺すことができる――つまり荻上さんはピアノ線のうごく方向を誤認などしていなかった。自分のほうに動くことを知っていながら仕掛けを動作させたんです」

 襟撫はしずかに口元に手をあてて考えている。見一の推理を検討している。

 「しかしこれは常夏さんの罠だった。常夏さんは自身に殺意を向けさせることで荻上さんにピアノ線の仕掛けのスイッチを押させた。そしてピアノ線がおりてきてからわざとティーカップを床におとし。かがむことでピアノ線を回避した。そして荻上さんだけが首を切られて死んだ……荻上さんは死んだとき驚いたような表情をしていましたが。あれは常夏さんの想定外の動きに向けられたものだったのでしょう」

 「辻褄はあう」襟撫がすました顔で断言する。「しかし動機が――というのはすでにあんな推理をした以上通じませんね」いたずらっぽく笑ってからまた真剣な顔にもどる。「極崎さん殺害のほうは? そちらもわたしがやったとする証拠や推理はあるのですか?」

 見一がため息をつく。「ありません……いまのところは」

 「わたしの推理と同様。そこは不完全。ということですね?」

 「そうなります」

 「なるほど……たしかに遊鳥さんの推理もそれが真相である可能性はあります――もちろんわたし目線では真相ではないことはわかっているのですが。その証拠もまたいまのところありません。客観的に見ればどちらの可能性もある。というところでしょう」

 襟撫。見一。ふたりの探偵の推理がおわり。双方の視線がもうひとりの探偵に向く。

 「ではさいごの推理をききましょうか」襟撫が三三を見据えて言う。「わたしのみるところ。あなたが最も真相に近づいているようだけど」

 三三が笑う。「ま。かもな」

 「第一の殺人――極崎さんの殺害のトリックも?」

 「うん。そこはだいたいわかってる」

 すこしおどろいたような表情を浮かべる襟撫。

 「ほな。話しますか。極崎さんと荻上さん。ふたりの殺害についてのわたしの推理を」

 三三が天井を指さす。



 「まず最初に言っとくと。わたしは犯人までは特定できてません。やりかたはわかるけどだれがやったかまではわからん。そのつもりで聞いてください」

 そう宣言してから三三は話しはじめる。

 「まず荻上さん殺害については。襟撫と見一くん。どっちの推理に近いかゆうたら。どっちかといえば襟撫やな」見一が露骨に残念そうな顔をする。「ま。ゆうて部分的に。やけど」

 「というと?」

 「荻上さんはピアノ線のうごく方向をやっぱ誤認してたんやと思う。ほんでその誤認識を生んだんも十八くんかなと思う。ただ。真犯人はほかにいる。十八くんは自殺したんでも荻上さん殺害を計画したんでもない。犯人がその勘違いを利用した――っていうのがわたしの推理。やな」

 「勘違いを利用……」襟撫が訝しげに口元に手をあてる。

 そのとき三三がふたたび天井を指さして全員の視線を向けさせる。「あのシャンデリア。おぼえといて」

 「シャンデリア……ですか?」見一がとまどいながら聞く。

 「ん。写真も撮っといてください」と鑑識に注文する。「シャンデリアの真下にテーブルがあんのがわかる写真もお願いしますね」

 疑問符をうかべる一同をよそにすたすたと中央ホールから出るドアに向かっていく。

 「ほな行きましょか。3階に」

 


 3階中央ホールも景色はかわり映えしない。

 1階や2階と同様。円形のテーブルがいくつも設置され。そのまわりに椅子。そして真上にシャンデリア。

 そのシャンデリアを見つめて三三が口をひらく。「ほら」

 「ほら……と言われましても……」と困り顔の杉本。しかし襟撫が違和感に気付く。「……近い?」

 「そ」と三三。「3階だけシャンデリアが床に近いねん。天井もたぶんちょい低いな」

 「はぁ……」杉本が困り顔を深めながら鑑識が撮った2階と3階の写真を見比べる。「たしかに。言われてみれば……? でもそれがなんだというんです?」

 三三はだれかが気付くのをまってるようにだまって微笑んでいる。

 その様子を見て見一がはりきって考えるがうんうん唸って考えながら首が90度にとどくかというほど曲がる。「シャンデリア……近い……低い天井……」ぶつぶつつぶやいてそのへんをぐるぐるあるいている。「テーブルの真上にシャンデリア……真上……同じ位置……」

 ふとぐるぐるのあゆみが止まる。

 「え?」

 シャンデリアを見上げる。

 「え?」

 テーブルを見つめる。

 「え?」

 壁に視線をめぐらし。

 「……」

 ぽかんと口をあけながら三三のほうを見る。

 感電したねずみのようにしびれと鳥肌が全身をかけめぐる。

 「え!?」

 まるで沈没寸前で荒波にのまれる船にのっているかのように床を一心不乱に見つめてどたどたとのたうちまわる。

 「ええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!!?!?」

 尋常じゃない様子の見一に戸惑いつつ襟撫が心配そうに声をかける。「……どうしたの」

 「わかりました」見一が襟撫を見て。三三を見る。「回転は……カモフラージュだったんですね。べつの。の」

 「じょう……げ――」瞬間。襟撫が目ん玉全面が一瞬で乾きそうなほど目を見ひらく。「そ――んな」見一ほどではないにせよ床を見つめながらゆれてもいない床の上をバランスでもくずしたようにふらつく。

 そんな2人の探偵の動転した様子を警察関係者は「?」を浮かべながらただ茫然と見ている。

 「そう」三三三三が久々に口をひらく。「この事件の根幹はこれ」

 宣言するように言い放つ。

 「この館の中央ホールはただ回転するだけでなく。上下の移動――螺旋状にうごいている」



 「気付いたきっかけはこのシャンデリアの近さです」

 三三はシャンデリアを見上げる。

 「なんでこの階だけシャンデリアが床に近いんか。それから。なんでシャンデリアはテーブルの真上にあるんか」

 一同の視線がシャンデリアとその真下のテーブルを行き来する。

 「理由は簡単です。テーブルとシャンデリアはつながってるんです」

 「つながってる……?」杉本が思わずテーブルとシャンデリアのあいだに手を通してみる。なにもひっかからない。

 「ああ。ちゃいます」三三が笑う。「上の階と下の階です。ここ――3階のテーブルの真下には2階のテーブルがありますよね。ほんならこのテーブルのすぐ真下には2階の天井からかかったシャンデリアがあるはずですよね?」

 「ああ。なるほど。3階のテーブルの支柱が2階のシャンデリアの支柱とつながってて。2階のテーブルの支柱が1階のシャンデリアの支柱とつながってる……と」

 「そうですそうです。で。なんでそうする必要があったんか?」

 「なんで……」

 「1つはそれぞれの階の景色を同じにするためです。そのためにはテーブルとかシャンデリアの位置は固定する必要があった。でもそれだけやとテーブルとシャンデリアをつなげる意味はない。そうする必要があったんはうまくテーブルを収納するためです」

 「しゅ。収納?」思わぬ言葉が出てきて杉本が戸惑う。

 「たとえば。みなさん。この3階の床がどんどんせりあがってきて天井と床の距離がどんどんちかくなっていったらどうなると思います?」

 「どうなるって……ぺちゃんこになるんじゃないですか? 最終的に」

 「けど。テーブルとシャンデリアが邪魔やないですか?」

 「あぁ……たしかに。このまま床がせりあがったらテーブルがつっぱりになってつぶれずに済みますね」

 「それを防ぐにはどうしたらいいと思います?」

 「防ぐって。つぶれずに済むんだから防がなくていいんですけど……そうだなぁ……テーブルが沈む……とか?」

 「それです。テーブルが沈んでくれたら天井と床の空間をもっと狭くできますよね」

 「なんで狭くしたいのか意味不明ですけど。たしかにそうですね」

 「けどそのままテーブルが沈んだら。こんどは沈んだ分の支柱が2階の天井から突き出てしまいますよね?」

 「まぁ……そうですけど」この意味不明な問答は一体何なんだ? と思いながらも杉本は生来の人の良さから話をとりあえず合わせる。と。気付く。「あ。そっか。テーブルの支柱がシャンデリアとつながってたら下の階のシャンデリアが下がるだけで支柱は突き出ずに済むんですね」

 杉本の脳内に「王」の字のような形が浮かぶ。中央の横棒が天井。天井を挟んで上にテーブル。下にシャンデリアの横棒が広がる。この「王」の中央横棒が上に移動して上のテーブルと重なることで「工」の字になる。上の横棒がテーブルと天井。下の横棒がシャンデリア。あっ。と杉本の声が出る。

 「そっか。テーブルが沈むとその分下の階のシャンデリアが下がって床に近づくんですね」そしてまさに床に近づいているシャンデリアを見上げて首をかしげる。「えーとつまり。ん? どゆこと?」

 「つまりですね杉本さん。すでに3階中央ホールはつぶれてる状態なんですよ」

 「へ?」杉本の口がぽかんとひらく。

 「想像してみてください。いまのこの3階中央ホールの床がせりあがってきてつぶれたら。下の2階が3階になりますよね?」

 「え。え。え。ちょっと待ってください。なんですかそれ。どういう概念――あ。でもそうですね。2階が上に上がって3階になる……」

 「そのとき元3階のテーブルは沈んで。その分元2階――現3階のシャンデリアは下に下がって床に近づきますよね?」

 「あー……えーと。あ。たしかに。そういう話でした」

 「それがいまです」

 床に近づいたシャンデリアを見上げる。

 「いま……」茫然とする杉本。「いま…………――え?」

 おおきく振りかぶるように手をひろげて床を見つめる。「いま? え? つまり2階が3階に――?」

 うなずく三三。「それが荻上さんの勘違いの真相です」

 三三が館の入り口正面にある額縁の内容を諳んじる。


 一:対する者を殺す

 二:殺さぬ者を殺す

 〇:殺す者を殺す


 「なんでこんなややこしい表記なんか。なんで一と二と三ではなく〇と一と二なんか。それは階数が上下するからです。中央ホールは回転にあわせて上下していた。ただしそのまま部屋が上下してもとの3階がつぶれるとテーブルとシャンデリアの幅の分だけ元2階――あたらしい3階の天井は下がってしまいます。その違和感を解消するためのテーブルとシャンデリアの仕掛けやったんでしょう。この上下運動を荻上さんは知らんかった。荻上さんは極崎さんとともに各階のピアノ線の仕掛けがどのように動くのか実際に見ていたのでしょう。そのときは1階中央ホールの動作は『一:対する者を殺す』――つまりスイッチの対面方向にピアノ線が走ってた。当然あのときも荻上さんはそのつもりであのスイッチを押しました。しかし中央ホールは上に1つズレていた。2階は3階に。1階は2階に。そしてゼロ階――地下1階が1階になっていた。つまりそのときのスイッチの動作は『一:対する者を殺す』ではなく『〇:殺す者を殺す』に代わってた」

 三三がメモ帳を取り出し。図示する。


 3F :

 2F :二:殺さぬ者を殺す

 1F :一:対する者を殺す

 B1F:〇:殺す者を殺す


↓(中央ホールが1つ上に移動)


 3F :二:殺さぬ者を殺す

 2F :一:対する者を殺す

 1F :〇:殺す者を殺す

 B1F:


 「こうしてピアノ線はわたしたちではなく荻上さんの首を切ることになった。極崎さんは荻上さんに中央ホールの上下運動のことだけは知らせてなかったんでしょう。なんでそうしたんかはわかりません。もしかしたら用意してたゆう推理ゲームを荻上さんにもたのしんでもらうためやったんかも。けどそれが犯人に利用されてしまった。犯人は自身に殺意を向けさせることでピアノ線の仕掛けのスイッチを押させて荻上さん自身の手で死ぬよう導いた」

 襟撫の推理披露直後同様。凄惨な推理に一同がしずまりかえる。

 三三はさらにつづける。

 「ほんで重要なんはこっからです。中央ホールの上下運動。これを前提にすれば第一の殺人――極崎さん殺害の説明もつきます」

 あらたな情報をインプットした探偵たち――襟撫と見一――の脳内で瞬時に推理が組み立てられていく。襟撫と見一が同時に目を見ひらく。

 「たしかに――」見一がつぶやく。「つまり……極崎さんの死体が発見された中央ホール2階は回転前は中央ホール1階だったことになります。回転前に中央ホール1階に死体を置いておけば中央ホールが回転と同時に上昇することで中央ホール2階に死体を置くことができる。これが今回の密室トリック……」

 「そ」三三がうなずく。「わたしらは中央ホールが回転する直前まで中央ホール2階にいた。けど1階はとくに見てません。ほんであの夕食のとき。極崎さんが部屋を出てからみじかい時間ではあったけどトイレとかで席を立った人は何人かいた。わたしと襟撫と見一。ここにいる容疑者全員ですね。その全員にチャンスがあった。中央ホールを出て1階中央ホールで極崎さんを殺して何食わぬ顔で2階中央ホールにもどってくれば館が回転と同時に死体を2階に移動させてくれた――ゆうことになります」

 またたくまに解決されてしまった第一の殺人の真相に杉本は理解が追いつかない。「えーとぉ。つまり……死体は最初1階の中央ホールにあった……。でもこの館の中央ホールは夜の回転と同時に上にあがっていたので……えー……死体のあった中央ホールは1階から2階に移動した。で。2階の中央ホールはみなさんが回転直前までいたのでアリバイ? があることになってしまった……えーと。そういうことですか?」

 「そです」三三がにっこり笑う。「これで第一の殺人の謎は解けた。ほんで第二の殺人はさっき言ったとおりです。どっちもここにいる容疑者全員にできることです。せやから――」三三の眉がまがる。「トリックはわかった。けど犯人が特定できひん。ゆう状況なんです」

 「なるほど……」杉本はうなずくことしかできない。

 「まぁ全員に可能ゆうてもそもそもこのトリックは館の仕掛けを完全に把握してないとできるもんではありません。回転前に死体を1階においてたわけですから。せやから犯人はこの館の仕掛けを事前に知っていた人物に限られる。けどまぁそれを知ってた可能性はここにいる全員にありますから結局犯人の特定はできません」

 三三のその言葉をききながら襟撫と見一は頭をフル回転させる。なにか犯人を特定したり絞る手がかりはないか。情報はないか。どうにかして犯人をつきとめることはできないか。

 もちろん三三自身もいままさに考えをめぐらせている。

 

 しかし真相にはとどかない。

 犯人には至らない。

 

 第一の殺人。極崎十八殺害は中央ホール1階で行われた。その後中央ホールは回転とともに上昇し。中央ホール2階となり。そこで死体が発見された。

 第二の殺人。荻上三郎は自らの手でテーブルの下のスイッチを押し。ピアノ線の仕掛けを動作させ。首を切断された。

 探偵たちはこの真相までは解き明かすことができた。

 しかしこのさきへは進めない。

 ここからさきの真相は3人の探偵たちでは解き明かすことはできない。


 この謎を解くのは――。

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る