探偵グラム

名倉編

問題編

 回る。

 ぜったい回る。

 そこにいた探偵たち全員がそう思った。

 

 丘のうえに立つ凸型の館。

 ガラス張りの曲面が夏の光をまばゆく反射する。上空から見れば二重丸(◎)の形に見えるだろう。円柱状の建物が積み重なって。中央が一段高くなっている。

 中央が3階。周囲が2階建ての円形で凸型の館——円凸館えんとつかん

 館の主——極崎きょくざき十八とうやにつれられて門から円凸館への道をあるく。のどかな庭をながめながらそこにいる全員が思う。

 回る。

 どう考えても回る。

 だって円だもの。円は回る。完全に回るための形状じゃんこれ。

 と口に出さないものの探偵たちは思っている。

 そして回るとなれば。殺される。

 探偵たちはさりげなく互いの顔を見る。苦笑か恐怖か。微妙な表情をうかべながら。

 このなかのだれかが殺される。

 殺されて回るのか回って殺されるのかはわからないが。とにかく殺人があり。館は回る。

 それしかない。どう見ても。



 「どうぞ。お入りください」

 極崎十八のにこやかな案内にしたがい探偵たちは円凸館にはいる。

 湾曲したガラス張りの自動ドアがひらき。玄関ホールが目のまえにひろがる。

 探偵たちはくつをぬぎ。スリッパに履き替える。「なんか旅館みたいだな」遊鳥ゆとり見一けんいちがつぶやくと三三三三みとりさんぞう常夏じょうか襟撫えりながくすりと笑う。荻上おぎうえ三郎さんろうは仏頂面。極崎十八はにこやかな笑顔をくずさない。

 大理石の柱にしきつめられた絨毯。しんとしてしずかながらもあたたかみを感じさせる内装はたしかに高級旅館やホテルのようでもある。

 玄関正面の壁には額縁がかざられている。


 一:対する者を殺す

 二:殺さぬ者を殺す

 〇:殺す者を殺す


 ずいぶん不穏な文言だが極崎家の帝王学か家訓かなにかだろうか――と探偵たちが視線を向けるが主から説明はなし。そのままスルーして右に曲がる。

 「真ん中に中央ホール。周囲にそれぞれゲストルームがあります」中央ホールをとりかこむ形でならぶ部屋のドアを極崎が示す。「ご自由にお選びください」

 「ほな。わたしはこの部屋で」三三三三がすぐちかくのドアを指さす。

 環状の廊下をめぐりながら探偵たちは自分の部屋を決めていく。

 この選択がいずれ自分たちの命をわけるかもしれない。そういう予感にさいなまれながらも現状手元にある情報ではどこが安全かはわからない。結局は適当に好みで。決めるしかない。

 2階もまわりおわり全員分の部屋がきまったところで2階の中央ホールに案内される。

 「ひろっ」遊鳥見一がつぶやく。ひろく天井も高い円形のホールにはいくつも円形のテーブルがそこかしこに立っており。その周囲には椅子がある。それぞれのテーブルの真上にはシャンデリア。このうち中央のテーブルへ案内される。「つかれたでしょう。お掛けください」

 探偵たちが中央テーブルをかこんで腰掛ける。

 「本日はお集りいただきあらためてありがとうございます」極崎十八が少年らしくない洗練されたしぐさで探偵たちひとりひとりを順に見回す。「なにもないところではありますが。自然に囲まれたわが館で日々のつかれを洗いながしていただければと。存じます」

 全員うなずくそのなかにも不安が入り混じっている。このうちのだれかが殺されるかもしれない。と。

 探偵は死を呼ぶ。

 この場にいる全員がこれまでに少なくとも3件以上の殺人事件に遭遇し。多くの場合解決した経験をもつ。

 探偵はなぜか殺人事件に遭遇する確率が高い。それゆえ名の知られた探偵は旅行に行けない。

 警戒されるからだ。旅先や宿泊客にもし探偵がいたら……。自分や家族が殺人事件の被害者になるかもしれない。だれだっていやだ。だから探偵だと知られると宿泊は多くの場合断られるし。ほかの宿泊客からは野生の熊のように警戒され避けられる。

 なら探偵たちだけで旅行にいけばいい。

 そういう提案だった。昨年7月に1件の殺人事件を解決し探偵となった極崎十八はすぐに探偵たちを自らの館に招待した。

 殺人の危険もいとわないほど旅行に飢えていた――というわけではないとしても。殺伐とした日々をすごすなかで安息にある程度飢えてはいた。加えて探偵たちの奇妙な心理状態もある。彼らにとって殺人事件はもはや日常でありどこかでそれらに対する抵抗感が壊れつつある。自分は死なないのではないか――過去の経験則に支えられた信仰にも似た予感を確かめたい欲望が彼らを刺激する。そうした探偵たち数人が極崎の招待に応え。いまここにつどっている。

 探偵+あきらかに回る館。

 あまりに危険な組み合わせ。

 殺人事件の予感。

 覚悟は固めながらも。そして推理を披露できる場にほんのすこしわくわくを覚えながらも。一方で死の恐怖を感じつつ探偵たちは歓談する。



 狭い業界であり。おなじ事件にたびたび巻き込まれることもあり。探偵たちは互いにほぼ顔見知りである。話すうち緊張もほぐれてくる。

 このまえ遭遇した事件について話しているのが三三三三。背の高い女性でジャーナリスト。取材先で事件に巻き込まれ解決することが多く探偵としても名を知られている。

 事件の遭遇回数はこのなかでもとびぬけて多く23回。そのほぼすべてを解決している。

 その右側で彼女にあこがれの視線を寄せているのが遊鳥見一。千葉県立入須中学校に通う男子中学生。こどもながら高い推理力を発揮しこれまでに遭遇・解決した事件は5件。

 その正面ですました顔をしてるお嬢様が常夏襟撫。事件の遭遇・解決回数は12回。

 そして極崎十八。この館の主。若くして両親を亡くし極崎家を継いだ当主であり探偵狂。あらゆる事件に首を突っ込んではいまも傍らにいる執事兼探偵の荻上三郎に数々の事件を趣味で解決させてきた主人であり。昨年7月には自ら1件の殺人事件を解決し探偵となった。

 荻上三郎は極崎家につかえる執事であり凄腕の探偵。事件に遭遇した数は数えてないとのこと。

 世間話や殺人事件。トリックのことなどを話していったん解散。各々の部屋にもどったり外をすこし散歩するなど散り散りになった。


 「だれが殺されると思う?」

 そう問われて三三三三は首をかしげる。「どやろ。いまんとこみんな仲良さそうやけどね」

 常夏襟撫がその言葉にうなずく。「なにもないのがいちばん」

 遊鳥見一はしかし心配顔で「でも。回るからなぁ……」と中央ホールの壁に手をあてながらつぶやく。

 「ま。殺されたとしても犯人はつきとめられるでしょ。これだけ探偵がそろってれば」襟撫が苦笑して眉をまげる。「それでうれしいかはべつとして」

 そう言葉をのこして自室へむかう襟撫のせなかを見ながら見一は訝しむ。「最終的につかまるとわかってて殺人を犯すようなひと。このなかにいますかね?」

 「つかまってもいい覚悟とそれに見合う恨みとかがあるんやったら。やるんちゃう? それか」三三三三の視線が空を刺す。「うちらにも解き明かされへん自信があるんか」

 「それはないです。どんな謎がきてもぼくが解きますから」

 「見一が被害者じゃなけりゃね」

 「あ。そっか……」

 笑う。

 館を出て。展望台への林道をあるきながら見一がつぶやく。「殺されたくないなぁ」

 一方極崎十八はキッチンで紅茶をいれる荻上に語りかける。「ようやく。はじまるね」

 にこりともせず荻上は応える。「はい。十八さま」

 襟撫は自室にもどりしずかに本を読んでいる。


 *


 焼き目のついた牛肉の表面に銀色のナイフがすっとはいり。赤と白のまだら模様があらわになる。透明な脂が湧き水のようにあふれ出し皿にひろがる。

 ソースにひたして口にはこぶ。

 「うっっっっま!!!」三三三三がうなる。

 荻上三郎の手による牛フィレ肉のポワレ。その反応は三者三様。思いっきり叫ぶ三三に控えめながらも感動する見一。極崎十八と襟撫には日常なのか談笑する余裕がある。荻上は十八の傍らに立ちつぎの料理をはこぶタイミングを見計らっている。

 円凸館の2階中央ホール。探偵全員があつまり荻上三郎による夕食のフルコースを堪能している。三三にとっては半分くらいはこれが目当てだ。以前孤島の館に閉じ込められ料理人が殺害されたときに荻上がふるまった料理がわすれられないと三三はことあるごとに話していた。殺人が起こるかもしれないとしりながらここに来たのも荻上の本域が食べられるならと思った部分がないといえばうそになる。

 肉料理のあとはシャンパンソルベがはこばれてくる。それぞれ舌鼓をうちながら探偵たちが話すのは豪華絢爛な料理に似つかわしくない血なまぐさい殺人事件の話ばかり。といって荻上や主人の極崎が気を悪くすることもない。彼らにとってはこれがふつう。殺人事件は半ば彼らの日常である。極崎に至ってはおおいにたのしんでいる。

 

 三三たちが談笑するなか荻上が時計も見ずに「十八さま。そろそろ」と声をかける。十八はうなずき席を立つ。「みなさん。本来であればゲストのみなさんを最後まで歓待するべきなのですが――」三三たちは気づいて「ん。いいいい。子どもははよ寝なさい」と快く送り出す。「それでは」と一礼して荻上に目を遣る。「じゃ。たのんだよ」「はい。寝るまえの歯磨きをお忘れなきよう」「うるさいな。わかってるよ」ちょっと顔を赤くしながら中央ホールを退出する。

 「あ。そうそう。この中央ホールは22:00から完全に閉鎖されるので必ず22:00より前に出るようにしてください」

 極崎のさいごの言葉に探偵たちは一様に思う。

 回るからだな。

 そして警戒する。

 回るとすれば起こるかもしれない。

 殺人事件が。



 食後のコーヒーもおわり。探偵たちが過去に解決した殺人事件の話に花を咲かせるなか荻上が声をかける。「みなさま。そろそろ」

 三三が腕時計を見ると21:50。「あ。もうこんな時間か」それぞれ立ち上がる。荻上はすばやくテーブルの上の食器やワインのボトルをカートにしまい。カートのなかから出した真新しいテーブルクロスに張り替える。あっというまに夕食前と同じ状態になり。三三たちは早業に舌を巻く。

 「では。いきましょう」

 探偵たちは中央ホールから退出する。部屋を出てもしばらくあいたドアのまえにとどまっている。

 「22時から回るん?」と三三が聞くが荻上は応えない。

 が。それは当たっていた。ドアを閉め22:00になった瞬間。ゴゴゴゴと中央ホールから音がする。壁にふれると振動もしている。「開けても?」とドアを指し確認するが荻上は「おやめください」とだけ応える。

 探偵たちの会合に巻き込むわけにはいかないと探偵以外ひとりもいないこの館で食事の準備や各部屋の清掃。セッティング等すべてを一手に引き受ける荻上にこれ以上負担をかけるのも忍びないので三三たちはすなおに各自の自室へもどる。

 部屋の窓からは虫の音がきこえ。やがてそれも静寂の一部となる。

 三三はワイン。襟撫は読書。見一はゲームと。それぞれ思い思いのやりかたでこの贅沢な時間を過ごす。

 ゴゴゴゴというかすかな回転の音と殺人の予感につつまれながら。



 グラスの曲面にそってワインがちいさな波を描き。おさまる。

 三三がグラスをかかげ。ふちに口をつける――。

 

 コンコン。


 ドアのほうを見る。「はいはいー」と口惜しそうにグラスをテーブルに置き三三がドアをあけると荻上三郎がめずらしく息を切らせて立っていた。

 「どしたん?」

 「十八さま――主はこの部屋にきていませんか?」

 「や。きてへんけど」部屋のなかに視線を遣って。「いーひんの?」

 「……はい」荻上が焦燥を顔に浮かべながら応える。

 「それはちょお……」三三の目が真剣みをおびる。「心配やな。さがすの手伝うわ」ふだんならたいしたことではないが。館が回るこの状況での不在。不穏でしかない。

 一瞬の躊躇ののち荻上は「お願いします……」とあたまをさげる。

 「えぇえぇ」笑って部屋を出る。「どこまでさがした?」

 「主の部屋とキッチン。浴室。一階の部屋はだいたい見ました」時計を見ると22:16。三三は「ほな2階か」と階段をのぼり「手分けしてさがそ」と荻上とわかれる。それぞれ2階の部屋をさがしていく。部屋にいた探偵たちにも協力してもらいつつ全部屋をくまなくさがしたが十八はいない。

 「のこるは……」遊鳥見一が振動する中央ホールの壁に手をおく。

 あとは中央ホールしかない。中央ホールはいまもゴゴゴゴと振動しながら回転している。中央ホールへのドアをあけてみたが――回転中だからだろう――ドアの先にはまっさらな壁が緩慢な速度で右から左にスライドしているだけで入ることはかなわない。

 回転する館。密室。探偵……。その場にいる全員の脳裏に不吉な光景がうかぶ。

 「回転が止まるのは?」三三の言葉に荻上ももはや無言で応じはしない。「6:00です」

 「回転のことを知ってるのは荻上さんと十八くんだけ?」その場にいる全員が互いの顔を伺いつつうなずく。

 「6:00まで待つしかないか……」襟撫が口を出す。「裏口はないんですか? 回転中に入る方法は?」「ありません……」荻上が残念そうに言う。

 その後中央ホールに入れるようになる6:00まであつまって待つことになった。それぞれ口には出さないようにしているものの殺人がすでに起きた可能性がある以上単独行動は避けるべきだし。とくに睡眠中はあぶない。そのあたり探偵たちは手慣れている。三三の部屋にあつまり1人ずつ交代で寝て3人が見張りをする。これでこのなかにもし殺人犯がいたとしても第2の殺人は起きない。こうして6:00まで待つことになった。

 振動音が消える。耳栓をはずしたような解放感を感じながら三三が時計を見ると6:00。ねている襟撫を起こして全員で中央ホールに向かう。

 まずは1階の中央ホール。回転がはじまる直前まで2階の中央ホールで探偵たちは夕食をとっていたのでここに極崎十八が隠れている可能性は十分にある。ここで殺されている可能性も。

 顔をこわばらせながら荻上が中央ホールのドアをひらく。ホールには2階と同様円形のテーブルがそこかしこに立っている。ここでもそれぞれのテーブルの真上にシャンデリア。テーブルまわりの椅子以外にはとくになにもない。

 全員がひとまず安堵する。その後ホールをくまなくさがしたがとくになにも見つからなかった。

 つぎに2階にあがり中央ホールのドアのまえに立つ。

 ここは念の為の確認である。回転がはじまる直前まで探偵たちがここにいた以上。ここに十八がいる可能性はほぼない。

 荻上がドアをひらく。そのさきに――。


 黒色化し乾いた血だまり。

 その中央に首無しの身体と。傍らに満足げな笑顔の首。


 荻上が言葉を失いくずおれる。

 極崎十八が死んでいた。



 三三が手袋をして死体の状況を確認。常夏襟撫が警察に通報し。遊鳥見一が周囲の状況を確認。

 荻上は死体のそばで立ち尽くしているものの。荻上含む探偵たちの頭のなかでは仮説が出ては検証し消える推理が繰り広げられている。

 それぞれが得た情報をリアルタイムに共有し。推理を積み重ねていく。

 「中央ホールの回転がはじまったんは22:00ちょうどやんな?」「ええ。時計を確認したのをおぼえています」「直前に部屋出たときなかの状況は?」「だれも居ませんでした。確実です」と荻上。「回転するまで無人状態。回転してからは入れない。つまり」「密室ですね」「回転のこと荻上さんは知ってたんやんな?」「はい。この館の設計を主導したのは主でしたが。回転のテストは何度も一緒に確認しましたので」「そもそもなんで回転するの?」と襟撫。荻上は沈痛な面持ちで「じつは本日余興として推理ゲームを主は用意していたのです」

 荻上が中央ホールから出てしばらくしてもどってくると。その手には人形が抱えられていた。首無しの人形。この人形を死体に見立てて真相を推理する。それが極崎十八が用意していた推理ゲームだった。

 「中央ホールの回転はそのためのギミックだったと……」「だとすると犯人はそれを知っていて利用した?」「おそらくは。回転がないと今回の密室は成立しませんから」「回転のこと事前にしってた人は? って正直に名乗り出る訳あらへんか」「正直なところ現時点でいちばんあやしいのは回転のことをしっていた荻上さんですけど……」「そうなりますね。ただ回転のことについてはみなさん察しはついていたはずです」「まぁそれはそう」「回転が重要なんじゃなく。回ってる間出入りできない密室として利用されたのは意外だったけどね」「たしかに」

 遊鳥見一がそれぞれのテーブルの下を確認しだす。「どしたん?」「ぼくたちが夕食を食べていたあいだ。すでに室内に死体があった可能性はありませんか?」見一のするどい視線が全員をめぐる。「テーブルの下に死体が隠されていた状態でぼくたちが22:00にホールを出たとしたら。その後なんらかのトリックでテーブルの下からここに死体をうごかすだけで密室トリックは成立します……が」さいごのテーブルの下を見終わって見一が眉をまげる。「その痕跡はないですね」

 「それなら22:00時点で死体だった必要性はないのでは?」と襟撫。「あのとき途中で極崎さんはホールを出ましたが。そのあとなんらかの方法でわたしたちに気付かれずにホールに再度はいってテーブルの下などに隠れていたとしたら。22:00にわたしたちが出たあと。そこで極崎さんが自殺した可能性があります」

 なるほど。と一同が思うもののすぐに異論があがる。「それはむずかしいですね。ホールの出入り口からテーブルまでは距離がありますし。わたしたちのすわっていたテーブルからも視界は良好です。余人ならともかく注意深い探偵のあなたがたが見逃す可能性は低い。それに首の切断面を見てください」もちろん。いま確認するまでもなく全員把握している。「切り口が非常にきれいです。自分自身の力だけでこれだけきれいに自分の首を切ることはまず不可能でしょう」

 「われわれがホールを出たときにいれかわりで入った可能性は?」「それもありません」と荻上。「出る際に確認しましたし。ホールのドアはここと反対側のもう1つの2つのみです。反対側から入ってくれば気付きますし。ドアをしめた直後に動き出したので隙もありません」

 さまざまな推理が出ては検証され各々の推理が研ぎ澄まされていく。しかし未だ真相らしき仮説はでてこない。推理がやみ。探偵たちの口数がすくなくなったころ。ふと三三が天井を見上げた。

 つられて数人が天井を見上げる。やがて目を見開いて三三のほうを見た。「そうか」

 三三がうなずく。

 探偵たちが3階へあがる。

 


 中央ホールを囲む回廊に1階と2階。2階と3階をつなぐ階段がある。

 3階へあがってすぐのところに3階中央ホールへの扉があり。ひらくと1階2階とおなじ景色がひろがる。

 円形のテーブルに椅子。位置から調度からまるっきりおなじで区別もつかない。

 探偵たちは床をたたいたり絨毯の隙間をしらべる。

 中央ホールが回転しているあいだホールには入れない。しかし上下からなら? それが三三の推理だった。

 1階あるいは3階の中央ホールからなら回転中の2階中央ホールへ入れる隠し入口があるかもしれない。

 回転中の密室の盲点をつく推理だったが――。

 しかしなにも見つからなかった。

 「ないかー」残念そうに三三が笑う。「1階も調べたけど。隠し入口はなさそうやな」

 「そうですね……」おなじく残念そうな見一がうなずく。「もどりますか」

 沈黙しながらも脳内で推理を稼働させつつ3階中央ホールから退出する探偵たちのあとにつづきながら。三三はふと。また天井――シャンデリアを見つめつつふしぎそうにつぶやく。

 「ちかいな……」



 通報を受けて9時頃に到着した警察官たちは青ざめた。

 テレビや新聞で何度も目にしたことのある探偵たちが勢ぞろいですでに現場検証をすませている。

 そりゃこんだけ探偵が集まれば起こるだろう。殺人事件。

 ――そう思った捜査員も少なくなかったが口には出さない。ひとまず探偵たちからすでに整理された情報の共有を受け。さらに現場検証をすすめていく。

 探偵たちは一旦警察に捜査をまかせひさびさの休息をとる。荻上が用意しておいたサンドイッチ等の軽食を1階中央ホールのテーブルにひろげてまっていた。テーブルの傍らに立つ荻上に三三が声をかける。

 「すわったら? いっしょに食べようや」

 「いえ……」

 「もうホスト側と客とかって感じでもないやろ。主人は……いーひんなったしな。それにいま精神的にいちばんキツいんは荻上さんやろ?」

 傍目に見ていてもわかるほど憔悴しつつも気を張っていた荻上の表情がふっと一瞬ほつれ。すぐに緊張をとりもどす。一度目を瞑り。「では……」と席にすわった。無理を悟ったのだろう。三三はやさしく笑いかける。「ん。いまは推理に脳のリソースを割くのが優先やしな」と。

 探偵たちも席につく。いっしょに朝食をかこみながら状況を整理していく。

 そのとき。

 荻上がふと天井に目をむける。その微妙な表情を察知した見一が荻上の視線を追って天井のシャンデリアを見て「なにか?」と問う。すると荻上が指さす。「あの――」

 全員の視線が天井のシャンデリアに向いた瞬間――。

 ガチャン。ひびく高い音に全員が視線を向ける。襟撫の後方の床にティーカップが落ちている。荻上が席を立つまえにさっと襟撫が床にかがんでティーカップをひろう。そのさなか。

 カチリ。とちいさな音が鳴る。

 だれも気付かない。そして――。

 どさり。

 荻上の首が床におちる。

 悲鳴はあがらない。

 ただ探偵たちはおどろきと悲しみと怒りの入り混じった表情で。驚愕にゆがむ首を見おろした。




 探偵たちは怒っている。

 表情に出すか出さないかはそれぞれちがっていても全員怒りをふつふつと煮えたぎらせていた。

 殺人はゆるされない。というのはもちろんある。加えてよりによって主人の死により憔悴しきっていた荻上が殺されたこと。さらには探偵たちを嘲笑うかのように探偵たちの目前で殺人がおこなわれたことに怒りを感じていた。

 完全に舐めている。

 絶対に犯人を突き止め。追い詰める。それぞれがそれぞれに固く決心した。


 「今回も事件は密室――視線の密室ですね」襟撫がうなずく。「われわれの目の前で荻上さんは殺された」「首の切り口は前回と同じく異様なほどにきれい。殺人の手段は――」三三がテーブルの上の証拠品を見つめる。「これ。ピアノ線。やな」荻上の死亡確認後すぐに部屋中を徹底的に捜索した探偵たちにより発見された証拠品。「ホールの壁からこの切れたピアノ線が飛び出てた。よう見るとホールの壁の溝にリールがかくされててピアノ線を巻きとれるようになってる。このリールを頂点とした三角形をつくるように2ヶ所の壁にわたされたピアノ線が巻き取られることで一気にピアノ線がリールの方向に走るようになってる」「あのとき。朝食の最中に荻上さんが指さした天井を全員が見ていた瞬間にテーブルの上にピアノ線がおりていたのですね。ちょうどわたしたちと荻上さんのあいだに」見一がうなずく。「そして荻上さんとわれわれのあいだにおりたピアノ線は荻上さんの方向に走り。荻上さんの首を切った……」ピアノ線には血が付いている。「仕掛けを見る限りピアノ線が走る方向はリールの方に決まっている……」見一が唸る。「そこがひとつ謎です。つまりピアノ線で殺される席は最初からきまっていたことになりますが荻上さんは最初に席を選んですわった」「つまり犯人が荻上さんを狙って殺したならなんらかの方法でその席を選ばせたことになる」「……わたしが座るようすすめんかったら……」後悔の色をにじませる三三を見一が気遣う。「それは仕方ないですよ。それにいま考えると奇妙だったのはあのとき荻上さんは立っていた位置からいちばんちかい席じゃなくてすこしまわって席を選んでました。なぜわざわざあの席をえらんだのか……」「つまり」襟撫の表情が険しくなる。「荻上さんはあの席を自分で選んだ――自殺した可能性がある」

 しかし同時に探偵たちは知っている。どれだけ自殺が濃厚な状況でも真相がそうとはかぎらないことを。「無差別の可能性は?」と見一が問う。「だれでもいいからひとり殺す予定だった。なら席を荻上さんに選ばせる必要はなかったことになります」「無論あります」と襟撫。「ただ……だとすればあまりにも芸がなさすぎる。のが気になりますね」「たしかに……前回も含めて一連の殺人はぼくたち探偵への挑戦としての意図を感じます。でも無差別ならそのままですもんね。トリックもなにもない」「けどただの突発的な喧嘩とかトラブルの可能性もあるで。その場合はトリックとかいらんやろ」「突発的にこんな仕掛け用意しますかね?」「……まぁせやな」三三が眉間にしわをよせる。「そこもわからん。この仕掛けは館そのものに仕掛けられてる以上仕掛けたんは十中八九十八くんやろ」「ですね。例の推理ゲームのために用意していたんでしょうけど……大掛かりですね」「犯人はやはりその仕掛けを知っていて悪用した……」「でもそれなら荻上さんだって知ってたはずです。なのになんでわざわざ……あっ」3人はハッとする。「知ってたからか……」「万が一この仕掛けが悪用されたときに客人であるわたしたちに危害が及ばないように……」「わざわざその席にすわった……」

 暗澹たる表情で数秒だまってから。見一が否定する。「いや。やっぱりないですよ。あのとき席は1つあいていました。殺される可能性がある席があるなら自分も含めてだれもそこに座らせなければいいだけです」「どうやって――や。まぁ物を席に置くとか。席どけて給仕用のカートそこに置くとかやりようはいくらでもあるか……荻上さんがそんくらいの機転効かんとも思えへんしな」「しかしだとすると話は振り出しにもどります。どうやって犯人は荻上さんに席をえらばせたのか」

 「単純に犯人が指定した可能性もあるんじゃないですか?」見一が提案する。「事前に手紙とかでそこに座るように指示していたとか」「んーでもそれやと従ったら危険なんは見え見えやしな……荻上さんがそんなんにひっかかるかな?」「脅されていたとか。なにかしら事情があったのだとしても荻上さんならヒントをのこしていそうですね」「ヒント?」「危険は承知でしょうから。万一今回のように殺害された場合にわたしたちに手がかりをのこしておく。ということです」「たしかに。犯人には気付かれない条件付きですけど指示を受けていたならその手がかりくらいはのこしそうですね」「たしかに……とすると。あんときのあれは……」全員の脳裏に殺される直前の荻上の行動がよみがえる。天井を指さして「あの――」と言いかけて。死んだ。

 「あとはやはり自殺説です」襟撫が提案する。「あのピアノ線の装置なら首の切り口のきれいさも説明がつきます。極崎さん殺害も含め館の仕掛けを知っていたふたりなら自殺説は濃厚と言えます」「ただその場合わからんのは動機やな。荻上さんの言ってた推理ゲームゆうんがじっさいの自分たちの死体をつかったもの――やったとしてもゲームとしては状況が整ってなさすぎる」「ですね。ゲームと言えるほど謎ははっきりしていませんし。だいいち自殺が真相の犯人当てゲームなら現状だと自殺の線をぜんぜん消せてないので成立していません。いまの状況は不可能犯罪というよりは可能性がいろいろありすぎるのが問題ですし」「たしかに動機はいまのところまったくわかりませんね。それに――自分で自殺説を出しておいてなんですが――荻上さんの表情も気になります。驚愕の表情を浮かべていた……演技だとしてもそんな演技をする意味がわからない」

 その後もさまざまな推理を探偵たちは検討していくが真相には至らず。一同はいったん解散した。それぞれがそれぞれの部屋にもどり。中央ホールには警察の捜査が入る。

 自殺か。それともこのなかに犯人がいるのか。

 怒りと悲しみと疑念につつまれながら。探偵たちは思考をめぐらせる。



 襟撫は厨房で紅茶を淹れる。

 自分の用意した茶葉で最高の紅茶をていねいに淹れながら整合性の取れない可能性をひとつひとつ消去し思考を純化させる。究極の消去法推理。≪金科玉条ゴールデンルール≫。それが彼女の推理スタイルであった。

 おなじ時間。見一はもってきたサッカーボールを蹴って館のそばの草原を走り回る。

 ゲームでもスポーツでも遊んでいるうちに真相に至る。それが彼が≪遊鳥駆ユードリック≫と呼ばれる所以である。

 さらにおなじ時間。三三は机にむかってスクラップノートをつくる。

 ≪解体真書スクラップ・アンド・ビルド≫。事件の手がかりや証拠写真等をスクラップノートに整理しつつ推理をすすめるいつもの彼女のやりかたである。

 三者三様のやりかたでそれぞれに推理を研ぎ澄ましていく。

 そしてふと。

 そのうちのひとりがあることに気付く。



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