ギャラクティックレボリューション
大谷歩
プロローグ~第一話~第一話 ドミニオン
『プロローグ』
彼女は急いでいた。生まれてそこそこの幼い我が子が、急に風邪でもひいたのか熱っぽく具合も悪そうなので心配になり、医者に診せようとアパートを飛び出したのが十分ほど前のことだった。
自慢の、うさぎの絵の付いた天井からつるすほど長いマフラーでくるみ、余った部分を自分の首にもかけ、その子を胸に抱いていた。
もちろん、バス停はすぐ近くにある。だが、それは一時間に一本しかないうえ時間にもルーズ。これまで一度もタイミングよく乗れたためしがない。
やはり、今日も、ほんの少し前に発車したばかりだった。
もう、今頃は、誰一人として乗客を乗せていないのに全速で街に向かっていることだろう。
「また、出し抜かれた。これで、もう何度目なのよ……」
またフライング。ぼやくのも、もうこりごりだ。
彼女は、どうしてこんな所に住むようになったのかと後悔しながら、この不便極まりない山裾の道を街に向かって駆けだした。
彼女は、この山の中腹に建つ古いアパートに住んでいる。それは、今、走ってきた道沿いにあり、その近所には他に建物がまったくない、ただ、離れたところに一軒、そのアパートよりも古いお化け屋敷じみた洋館が建っているだけだ。その洋館には人住んでいるという話も聞いたことがない。
夕暮れの中に白い息を吐き、とにかく彼女は走り続けた。
されど、日々の悩みはこの山裾の不便な立地にあるものではなかった。
彼女の夫は、子供が生まれてしばらくして家を出て行ってしまい、現在、行方不明中である。まあ、そんなこともあってか、彼女は、もはや大抵のことには驚かず、喜びも悲しみもない日々をそれなりに楽しんでいたし。それ以上は何も望もうともしていなかった。たまたま今日、我が子が具合を悪くしただけだった。
ところが、そこへ大きな流れ星が飛んできて山頂めがけてドカン落ち、山火事を起こし始めたのには、さすがに驚き、その光景に目を奪われてしまった。
それでも彼女は、たいしたことはあるまいと、いつものように冷めた目でみなおした。そして再び走りだし、それまでの倍のスピードで進んでやっと道のりの半分まできたところ、ふと目の前に人が立っているのに気づいて足を止めた。
いま、彼女の前には、同じように赤ん坊をかかえる女性が立っており、しかも申し訳なさそうに声をかけ、その赤ん坊を差し出すのである。彼女はめを丸くした。その女性の顔は山火事の中から出てきたのかと思うほどすすけている。いでたちも全身銀色のピチッとした宇宙服のようなものにランドセルに似たものを背負っている。いくら普段から冷静さを心がけている彼女も、思わずあとずさってしまった。
すると女性は、
「事情があって、わたしは、あるところへ行かねばなりません……。ですが、危険をともなうため、この子を連れて行くわけにはいかないのです。いつ戻れるかは分かりませんが、どうか、それまで、この子を預かってもらえないでしょうか……」
と、燃えさかる山のてっぺんを指さすのであった。
その真剣さに、嘘偽りはなさそうだった。彼女はつい、その勢いに飲まれ、赤ん坊を受け取ってしまった。
「でも、預かるからって……」
「わたしは星野夕子といいます」
と、その女性は名乗った。そして、
「これは、わたしの子でソラン。その名は古き言葉からきており、宇宙という意味なのです」
と、今度は夜空を指さしながら言うのだった。彼女は首をかしげた。
『ソランだって。夜空をさしながら言ったけど、ああ、そうか、分かったぞ。「空」なんだ。古き言葉がどうか言っていたけど、ようするに、空という名前なんだな」
彼女は短い間にそれだけのことを考えたが、それから、すぐに思い直した。
「そんあことを聞きたかったんじゃありません。どうして、わたしが、あなたの子供を預からないけないのよ」
彼女がもう一度、口を開きかけると、その女性から、
「これも一緒に預かってください。とても大切なものです。わたしがもどらなかっった時は、この子に渡してください」
と宝石箱のようなものまで強引に手渡された。そして、こちらに話す隙を与えずに、その女性は山のてっぺんに向かって駆け出していった。――それは疾風、まさに人間離れした動きだった。
彼女は目をこすり、後を追いかけてみた。でも、その先には炎をあげる山の頂上しかなく、ただ、女性の去った方角を眺めているしかなかった。
何台の消防車が車道を駆け上って行ったことだろう。いま、彼女胸には赤ん坊が、一人増え、その子たちが手を握り合っている。そして奇妙なことに、さっき女性が置いていった赤ん坊の手が、ほんのり青く光ったように見えた。彼女は目の錯覚かと思って、のぞき込んだが、すでに光はなく、かわりに、山頂のほうがまぶしく輝いた。そして燃えさかる先から一筋の光が立ち上って夜空にかけのぼって行くのが見えた。
『……流れ星が、夜空に帰っていくなんて、そんなことがあるのかしら?』
彼女は子供の具合が悪かったのも忘れ、夜空を見つめ続けていた。もし、声をかけてくれる人がいなければ、ずっと、そうしていたにちがいない。と、彼女はようやく我に返り、ふりかえってみた。
そこに立っていたのは、よく知る人物だった。その人物は、いい歳のせいか。いま、ここへ来たばかりのように息切れが激しい。
「それにしても、よく燃えるものだね……」
「あ、これは蓑虫園の園長さん、いつも子供を預かっていただいて……」
彼女はさっきの出来事を話そうかどうか迷った。園長は火事をもっとよく見ようと、さらに近づいてくる。そして、そこで彼女の胸に赤ん坊が二人もいることに気づいた。園長は二人の子供をじっと見つめ、彼女は恥ずかしげにうつむいた。
「俊子さん、いや、倉瀬さん、その赤ん坊はいったい?」
彼女は意を決し、先ほどの出来事をかいつまんで園長に話してみた。聞き終わった園長は眉をつりあげ、しかめっ面をした。
「馬鹿だね、あんた、そりゃ、捨て子だよ!すんなり受け取ってどうするんだい!」
「どうしましょう。自分の子だけで手がいっぱいなのに……」
「やれやれ。もしもの時は。うちの施設で預かるとしてとにかく警察に届けなくちゃ」
延長はあたりを見回しその子の親をさがすような仕草をしてみせた。
彼女は「そうですわね……」と答え、ひとまず山を下りようと足を踏み出した。園長がもう一人の赤ん坊を抱えてくれた。
そのとき、やっと彼女は思い出した。ほんとうは、こんなことをしている場合ではなかった!彼女はあわてて我が子のおでこに手をやった。そして、病院へ行こうとしていたことを園長に口早に告げた。
「ふむ、どれどれ……」
園長が彼女の胸の中を覗き込んでみる。
「なんだい、元気そうじゃないか」
そのとおりだった。赤ん坊はすこやかに眠っている。あれほど、ぐったりしていたのが信じられないくらいだ。掌に感じるぬくもりも、健康そうな、ほのかなものでしかない。
「あら、愛ちゃん、元気になったのね」
彼女は微笑みながら、我が子をあやし、再び山の頂へと目を向けてみた。
火はまだ轟轟と燃え盛り、夜空を赤々と焦がしていた。
それから十二年もの年月が流れた。
【第一話 ドミニオン】
さて、この銀河には、いくつかの星団国家が存在している。そのなかでも銀河連邦ミラレスはこの銀河を二分するほどの大国で、その力をもって、その星団社会に平和と秩序をもたらしている。
地球より遙か二千数光年も離れた、ある星雲の隅にある小さな惑星シャマイン。ここは、そんな銀河の大国、連邦ミラレスの首都星である。その大きさや環境は地球にそっくりで、太陽によく似た恒星シェハキムの光に育まれ、豊かな大地と海をその母なるふところに抱いている。ただ、その星の衛星は地球と違って大、中、小、と三つもあり、夜空を賑わせている。
惑星シャマインの大陸は四つに分かれ、その中の一つ、シャハリバル大陸の東に位置する首都州ラキアには最高議会や宇宙警察省といったすべての役所が集まっている。さらに、それらの建物を中心にして、宇宙警察官を養成する教育機関の一つ、宇宙警察訓練隊ドミニオンなどが建ちならんでいる。
そのドミニオンの輝く外観はまるで王城のようである。天に向かって鋭い塔がいくつもそびえたち、隊員たちが移動するのに用いる透明なクリスタル・トンネルがいくつもの塔を幾重にもとりまいて燦然と輝いている。
そんな塔のなかでもひときわ高くそびえ立つセントラル・タワーの最上階に、ドミニオン歴代校長の由緒ある執務室があった。
ちょうどドミニオンの教官が一人、そのクリスタル・トンネルをのぼって校長室に向かおうとしている。ギョロリとした目と、とがり気味の耳、鼻はこじんまり、頭の毛が真っ赤で、肌は緑色という地球では、まずお目にかかれない風貌の男は、おでこに冷や汗を浮かべてブツブツとしきりに呟いていた。
「……ああ、まったく、このトンネルといったら忌々しい………」
さっきから、その男、マルキン・ホーマスはして下を見ないよう顔を上に向け、ぽっかりと雲の浮く空だけを必死に見つめていた。高所恐怖症にとって、このクリスタル・トンネル以上の恐怖といったらない。その顔はヒクヒクと引きつっている。彼にとって校長室に行くのは、毎度ながら気の進まないことなのであった。
「……死ぬほど高いところにあるくせに、よりによって、どうして透明なんだ!」
やっとのことで恐ろしいクリスタル・トンネルを通り抜けたマルキンだが、校長室に入る前に女性秘書官に行くてを阻まれ、「ひかえの部屋で待つように」と言われてしまった。
どうやら先客が来ているらしい。
マルキンは渋々その指示に従い、あまり居心地の良くないひかえの部屋で、じっと待つことにした。
彼にとってこの部屋もまたクリスタル・トンネルと同じかそれ以上に耐えがたい、屈辱的な場所だった。というのは、この部屋には忌々しい九官鳥が巣くっていたからだ。名前は『ビヒモス卿』、校長のペットである。ヒップホネ星生まれの始末の悪い黒い鳥で、水色に輝く石の付いた緊要な輪を首に巻き付け、大きな止まり木を縄張りとし、いつも、偉そうにしている。
そしていつものように、「間抜けなマルキン、今日も卵を何個食った!」
と、歌の歌の拍子に合わせたような金切り声で、マルキンをおちょくるように騒ぎ立て始めた。マルキンは、いつものことかと無視しているのだが、『ビヒモス卿』は大きな止まり木の上で羽をばたつかせ、ますます楽しそうにわめき続けている。
「卵大好きマルキンの玉はご立派、ご立派」
同じ部屋にいる秘書官がクスクスと笑い出す。毎度、実に聞くに堪えがたい。なにゆえ、鳥ごときに、ここまで馬鹿にされなければいけないのか。そんななか、待たされるのだから、たまったものではない。
やがてマルキンが『ビヒモス卿』の嫌がらせに耐えていると、校長室の扉が開き、その中から男性が一人出てきた。こちらは地球人と変わらぬ見かけの、見栄えもつややかな、いい男だ。年齢はマルキンと同じくらいだろうか?
「やあ、マルキン、あいかわらず、ビヒモス卿とは相性が悪いんだな。まあ、宇宙警察省にいる本物のビヒモス卿とは私も相性が悪いんだがね。ところで、君まで呼ばれたとなると、例の計画を進める時がきたということか……」
その男は、マルキンに向けて両目でウィンクをするような瞬きをして見せた。
「大声で言うな、レオン!誰かに聞かれたらどうする!」
そう応えたマルキンの声のほうがはるかに大きい。しかも、周りに二人の会話を聞いている者などいなかった。例のビヒモス卿は止まり木の上でうつらうつらしているし、秘書官は器用な手つきで指の爪に彫刻をほどこしていた。
「フルン・ティング校長に手渡しておいた例の情報ファイルについて話し合ったんだろ?」
マルキンは用心深く辺りを見回しながら言った。
「そういうこと。久しぶりに会って、つもる話でもと思ったが、遠慮しておこう。くわしい事は校長に聞いてくれ、では、地球で会うことになるだろう……」
その男はぎこちなく笑い、そう言い残して、一人、さっさと行ってしまった。マルキンは、先ほどまでの不愉快さをきれいにはきだしたらしく、機嫌のいい笑顔でうなずきながら、やっと校長室へと入っていった。
校長一人しかいない部屋の中は、入口側の壁以外が透明な窓に囲まれており、窓から見おろせる広大な湖と深い森が部屋の模様となって、気持ちがいいほど広く感じてしまう。高所恐怖症のマルキンにはいささか居心地のよいものではないが。
さらに、天井には、大きな銀河系立体図が渦をまいており、まるで宇宙を泳いでいるような気分になる。
「なにか、いいことでもあったのかね?」
校長はマルキンのほうへは顔も向けずにそう言った。
部屋の中央にある大きな執務机に座り、山のような情報ファイルに顔を埋め、忙しそうにしている。その校長の頭の一部だけがかろうじて向こう側に見えていた。そのファイルの山とといったら、まるで机の上に立てられた巨大な城壁だ。
「今朝も、たらふく卵を食べたのかね?」マルキンが情報ファイルの山の向こう側にあるであろう校長の顔を探していると、そんな声だけが聞こえてきた。思わずマルキンは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「いえ、卵は関係ありません。それよりも……あの腹立たしい鳥ですけど……、いつか処分したいとお考えでしたら、そのときは、どうか、私めに、その任務をお与えねがいたい」
「そう、怒るな。あの妙ちくりんな鳥はのぉ……アーサーが行方不明になる直前に、このドミニオンに送ってきた鳥じゃ。理由は分からんが、それ以来、あの部屋から出ようともせん。好きなようにさせてやれ」
あいかわらず、校長は、情報ファイルの山に顔を突っ込んだまま、顔を上げようともしない。
「それでは、せめて、鳥の名前だけでも変えていただけませんか。よりによって、ドミニオンの校長たるヒルダス・フルン・ティング提督ともあろう人が、ペットの鳥に宇宙警察総督と同じ名前をつけ、それを飼っているなど……、問題になっても知りませんよ……」
いっこうに顔を上げない校長にマルキンはイライラして、じっと校長の頭をにらみつけている。
「まぁ、そう言うな。名前を聞いてもビヒモス、何を聞いてもビヒモス、これでは、ビヒモスと名付けるしかなかろう」
校長は何も問題ないかのように言うが、マルキンかすれば、たちの悪い冗談にしか聞こえない。マルキンはため息混じりに首を振り、仕方なく話題を変えた。
「先ほど、ひかえの部屋でレオンに会いましたが……」
やっと校長は顔を上げ、うれしそうに視線を向け直す。長いまつげの下のアーモンド形の目を向け、じっとマルキンを見つめた。太い線で書きなぐったような顔立ちにコロコロした瞳。流れるような筋肉が太い腕にかけて山脈をつくり、かなりの歳なのに、この者が怪力の持ち主であることを物語っていた。そして、いくつにも束ねた長い銀髪が、幅のある肩をおおい、その身体の中でも、特に大きく膨らんでいるのが胸。そう、校長は女性である。もう、おばあさんといっていい歳で、「昔は男にもてて」が口癖だ。
「マルキンにレオン、そしてアーサーにユウコ。きってもきれぬ友情とはいいものだな」
校長は、机に置かれた人工頭脳体のもとに浮かび上がってる立体映像を見ながら言った。
その人工頭脳体の横には一枚の情報ファイルが置かれている。二日前に、銀河パトロール隊の制服を着たレオン・ジューダスがやってきて、「極秘ファイルです」と言い残し、置いていったのが、そのファイルだった。そのファイルからも立体映像で、一人の少年がなぜか素っ裸の姿で投影されている。
校長は窓の向こうにひろがる景観に目を向けながら、ゆっくりと話し始めた。
「今期もあとわずかで終了。もうじき、訓練生たちには待ちに待った長期休暇が始まる。しかし、我々には、給料に関わる重大な任務がまだ残っている。毎年、恒例の、新入隊員の募集じゃ……。マルキン、おまえさんには申し訳ないが、今年も辺境の星域へ、新訓練生のスカウトに赴いてもらわねばなるまい……」
校長は大仰な口ぶりだ。
「今回は、太陽系あたりまでをスカウトの対象にしてもらいたい。理由はもう、分かっているはずだ。ジューダス警部の報告では、その必要があるとのことでな。なにしろ、近頃のドミニオンは、すっかり、入隊希望者が減って、我々の給料も、こちらは、ただ、はてしなく減っていくばかり、難儀なことじゃな……」
校長はしおしおと眉を寄せつつ、その大きな手で摘まみにくそうにしながら、机の上に置いてある小さなロボットを追いかけはじめた。
ロボットは鈴虫のような形をしており、校長の手から逃がれようとピョンピョンと跳ね回ってはリンリンと音を鳴らす。
すると、まもなく秘書官がやって来て、驚くべき早技でティーセットを並べてカップになみなみとお茶をそそいでいった。そして、あれよというまに部屋から出て行ってしまう。マルキンはそれには目もくれず、校長の話に耳を傾けていた。
銀河連邦ミラレスでは、常に優秀な人材を幅広く求めており、たとえ連邦に加盟していない星の人間であっても、将来性のある若者と見なされれば、本人の意思によっては連邦の国民となり、充分な援助を受けることができる。過去、地球において起きた謎の失踪事件のうち、いくつかは、この連邦のお節介にあるらしい。
マルキンは考え深げだったが、心ここにあらずといった様子だった。マルキンには校長の心の中が計り知れなかったからだ。やがて、一向に進まない話にしびれを切らし、とうとう、本音を口にした。
「もう、ご存じでしょうが、私とレオンは十二年前に起きた例の「あの事件をずっと捜査してきました。残念ながら真相の解明にはつながりませんでしたが……」
「ふむ、アーサーとユウコ、そして二人の子供ソランまでが行方不明となってしまった、あの星間連絡船焼失事件のことを言っておるのであろう。友情とはかくありたいものだと、わたしも思うぞ」
校長は相好をくずした笑みをもって、そう言い、先ほど秘書官が用意していったシロン星産のハッカ茶をうまそうにすすった。大きなごつい手が、そのカップに描かれているお気に入りの図柄――一頭のメス子馬を奪い合う二頭のオス子馬の図柄、より一層、かわいらしく見せている。
「おまえたちは勝手に捜査を続け、ついに、アーサーとユウコの息子ソランの行方をつかんだのであろう。この情報ファイルにも、その苦労の様子が遠慮もせずに長々と書いてあった。
「勝手なことをしてすみません。ですが、あれから、もう十二年、捜査は進展のないまま打ち切られ、その捜査資料も極秘とあっては詳しく調べることもできず、やむなく、二人で密かに捜査を続けてきたのです。進宙式を終えてまだ間もない大型客船ミレニアム号が、その初航海で最果ての星域、太陽系内で消息を絶ってしまったあの事件を。我らの友であり同じチームメンバーのアーサーとユウコは任務で出張していたメガン星から家族とともに帰ってくる途中、不幸なことに、その船に乗っていたのですから……」
しばらくしてから校長が再び口を開いた。
「おまえたちは、ほんとうに、アーサーとユウコのよき友よな。おまえさんの言うとおり、あの重大事件が、何一つ解決していないのもまた事実。ミレニアム号の行方はおろか、コズミック・アロー号の消息もつかめていない。一人でも生存者がおればと願っていたが、それがアーサーとユウコの息子ソランだったとはのう……」
「そうです。セラフィム師団の一番隊、我らがスター・セイラーズのパトロール・シップであるコズミック・アロー号。かつてアーサーやユウコ、それにレオンらと乗り込んで、銀河中を駆け巡っていた連邦最速を誇る船も、その同時期に太陽系にある衛星エウロパの基地から忽然と姿を消し去っております……その事件も、まだ未解決のままです」
マルキンは強い決意を、その語気のうちにこめているようだった。
「もしやとは思うが、まさか、ソランを事件解決に利用しようとは考えておらんだろうな」
「利用とは人聞きの悪い。ですが、事件の解決にはソランが必要だとレオンが言うのですよ。それは事件における数々の不審な点を考えればと……」
「不振な点?」
「そうです。レオンが言うには、まず、大きな船がなにも痕跡を残さず姿を消すなんてありえない。襲撃されたのであれば、少なくともなんらかの痕跡が残るはず。なのに現場にはなにも痕跡がなかった。これは、その背後に大きな陰謀があるはずだ。そして、アーサーたちは、その謎の陰謀と戦いながら、まだ、どこ可で生きている。ソランがまだ無事なのは、その証拠。彼らが生きていなくて、どうしてソランだけが無事でいようものか。大胆なかせつですが、私も同意見です。ただし、我々が、ソランを探しだせた以上、謎の敵も気づいているはず。急がなければソランの命が……」
「そうじゃな。命が狙われるかは分からぬが、はやく保護せねばならんことは明確じゃな。裏に大きな陰謀があるとすれば、身の危険もありうる。我らがすることは、急ぎ、ソランの身を確保することだが……」
「確保した後は?」
「できれば地球から脱出させ、シャマインまで護衛し、このドミニオンに入隊させる。身の安全を確保するならば、ソランは我が掌中においておきたい」
「それをソランが拒否した場合は?」
「そのときは、そのときで考えよう。」
マルキンはじっと校長を凝視する。
「そのことは、焦って決めることはない。彼の身の安全を第一に考えたプランを立てよう
。それと、もう一つ、レオン・ジューダス警部には来期から教官になってもらえるよう嘆願を出していたのだが、やっと省の許しが出た。彼にはパトロール隊員であり、ドミニオンの教官であるという立場で太陽系に飛んでもらう……」
「それで、彼がここに来たんですね。納得がいきました。では、私も、隊員の募集ということで地球に赴き、レオンに協力して、できるだけ情報を集めるということで……」
とたんにマルキンの目が生き生きとしはじめたが、つぎの校長の言葉で、それも軽く吹き飛んでしまった。
「いや、おまえさんは、スカウトに専念してもらわんと困る。なにしろ、これは我々の給料に関わることだけに最も優先せねばならん任務なのじゃから」
「それはよく分かっているつもりですが……」
マルキンは消え入るような声で応え、それ以上は何も言えなくなってしまった。すっかり意気消沈したマルキンは校長室を退出しようと身体の向きをくるりと変える。そんなマルキンを、校長は再び呼び止めた。
「ああ、それと、おまえさんの息子、ええっと、名前はなんといったか?」
「ホルス、ホルスト、ホーマスですが……?」
当惑したマルキンは聞き返すように答えた。
「そう、そのホルストも来期から入隊するそうじゃないか。ぜひ、地球に連れて行ってあげなさい。いい経験になるだろう。それと、ソランに新しい友人をつくってあげたくてね」
校長はそう言うとフォフォっと笑い、マルキンの顔色はその笑いとともに、すさまじい勢いで悪くなっていった。なにしろホルスは、自分の息子ながら、決してできがよろしくない。息子はきっと喜ぶだろうが、一緒につれていって、何か問題でも起こしたらと思うと、胃の辺りがキリキリと痛み、冷や汗がでてくる。だが、もう、どうにもならなかった。
校長は言い出したら他人の意見など聞くような人ではない。従うよりほかにない。しかも校長はそう言ったきり、情報ファイルの山に顔を埋めて起き上がってくる様子もない。やがてマルキンはあきらめ、校長室を後にした。
それから二日後、マルキンは息子のホルスをともない、地球に向けて旅立って行ったのである。
ブログ増やしました。https://kakuyomu.jp/
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