【7-2】




 本当に今日は暖かくて、波も冬場とは思えないほどの穏やかさ。カレンダーがなければ年末だなんて思えないほどの陽気だった。


「ねぇ花菜ちゃん、少し歩いてこない?」


「はいっ!」


「気をつけて行ってこいよ」


「はぁい」


 結花先生に誘われて、男性二人をお店に残して、海岸へと降りていく。


 乾ききっていない砂の上に、私たちの足跡が並んで残った。


「花菜ちゃんは、この海岸で素敵な思い出があったんでしょ?」


「はい。季節は夏でしたけどね」


「私も……、あれは梅雨時だったなぁ……。こうやって二人で海岸を歩いて……。初めて名前を呼び捨てで呼んでくれた……。もうひとりで海を見なくていいんだって」


「結花先生……」


「えへ、だから私もこうやって砂浜を歩くのが好き」


 そうだ、結花先生は私たちみたいなもともとの関係がないから、本当にひとつずつ想いを積み上げていったんだ。


 突然しゃがみこんだ結花先生が、私の足の甲を靴下の上からそっと撫でてくれた。


「ここ、痛くはない?」


「はい。そこは本当に痛みが出たときに治せばいいって言われてます」


 足の甲にある、小さな出っ張り。レントゲンを撮ると一目で分かる。


 小学6年生の時に授業中の接触を原因として疲労骨折してしまったところ。それがずれて繋がってしまった。だから、私は甲が低い靴は履かないようにしていて、今日もストラップのついたパンプスにしている。


「陽人さんも、こうやって海岸を歩きながら私の足を気にしてくれた。あの時は汚れちゃわないか?ってことだったけどね。それでも嬉しかった……」


「結花先生……」


 結花先生も何度も泣きながら、陽人先生と二人三脚で歩いてきてくれた。


 ご自分も傷ついたことがある先生だから、どうやることがベストなのか良く分かってくれていたんだよね。


「結花先生、いつも言ってくれました。花菜ちゃんはそのままでいいって。その言葉にどれだけ私が救われたか……」


「私も同じだから。ひとりぼっちの気持ちは、なったことがないと分からないもんね」


 結花先生に出会うまで、私の気持ちにこんなに同調シンクロしてくれる人がいるなんて思っていなかった。


 それがお仕事ではなくて、本音で寄り添ってくれる。珠実園で過ごした最初の夜、結花先生の胸の中で私は嗚咽をもらしながらも、この人だけは失いたくないと切に思っていた。


「結花先生、私も結花先生みたいになれますか……?」


「えっ? 私みたいに?」


 驚いて立ち上がって私の顔を覗き込む。


「はい。優しくて、強くて、誰からも好かれて……。陽人先生も彩花ちゃんもいて……」


「あらあら。花菜ちゃんは高望みだなぁ」


 笑って、私の頭を撫でてくれる。


「花菜ちゃん、もう追いついてるじゃない。珠実園には、花菜ちゃんみたいになりたいって言ってる子がもういるんだよ? 花菜ちゃんはもう誰かのお手本になろうとしている。そのままでいいの」


 結花先生は私の目を見つめてくれた。


「花菜ちゃんが望んでいるものも分かってる。でもそれは無理に焦らない方がいいかな。お母さんになれる用意ができた女の子に、赤ちゃんは自然に降りてきてくれるから」


 結花先生は、学生の頃に患った病気で片方の卵巣を取ってしまっている。妊娠できるか分からないと言われつつも、彩花ちゃんを授かっているし、その前に天使ママと呼ばれるための経験もしている。


 私の焦りはきっと手に取るように分かるんだろう。


「花菜ちゃんにはできるよ。あなたはもうひとりなんかじゃないんだから」


「うん」


 結花先生の大きな瞳に私が映っている。その黒い瞳が潤んでいるのに気がついて、私は小さく頷いた。


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