【3-2】




「花菜ちゃん、温泉のお風呂いただきましょ?」


 結花先生が助け船を出してくれた。その時に気づいた。結花先生が本当に嬉しそうな顔をしていることに。


 ご夫婦どちらもお仕事をされていて、まだ幼い彩花ちゃんとの家族ではこういった温泉旅館というのはこれまで難しかったのかもしれない。


「啓太くん、みなさんお夕食は?」


「そう言えば食べてないな?」


「バタバタして忘れてましたね」


 四人で顔を見合って笑う。



 考えてみれば、結花先生と私は珠実園から私の家を経由して、そのまま用意をして出てきたわけだし。


 お仕事もギリギリまで片付けやらケーキの受け渡しをしていたから、時間が経つのも忘れてしまっていたくらいだ。



 啓太さんも今日までが学校の授業だったし、陽人先生の予備校だってお休みではなかったはずだから、みんな仕事帰りの勢いそのままに出発してきたようなものだったもんね。


「そんなことだろうと思った。それぞれのお部屋にお届けしておきますから、お風呂で温まっていらしてください」


 私と啓太さんが通されたお部屋……。


 お隣はもちろん結花先生たちのお部屋なんだけど、このお部屋は私たち二人だけの大切な思い出を作った……、いや私たちが再出発の指切りをした場所だから。


 間違いなくそれを意識して通してくれたのだと思う。




「懐かしいですね、あのときはまだ高校生でしたもんね」


「花菜と一緒に来るのは3年ぶりか?」


「はい。あの日の私はまだ制服を着ていましたから」


「でも、ここに来る前に着替えてきただろうに?」


「あれは嬉しかったですけど……。まだ制服を着ていた時代でした」


 高校2年生の夏休み、部活の合宿と称して初めてこの旅館に泊まった。当時の私たちは、担任であり部活の顧問でもある長谷川啓太先生と、私は先生にお世話になる生徒という関係。


 もともとは四人で来るはずが、当日は私たちの二人だけになってしまった。人数が予約より減ったことで、お部屋の数の話を聞かれたとき、貧乏性が染み着いていた私はつい一部屋でいいと言ってしまった。


 そうなると、さすがに「他人の男女が一つの部屋に泊まること」に、どこから物言いがつくか分からない。


 さっきのチェクインの時の「偽名」というのは、その当時に私は「長谷川花菜」と長谷川先生の家族というように書かざるを得なかったんだ。


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