第15話 少しおかしな姫宮さん
色々あったが、機材、モデル、配信に必要なものが揃った。
キャラの方向性としては、姫宮さんの凜とした声によく合うクール系のキャラで、銀髪に猫耳という容姿で、フリルの付いた白いワンピースと黒リボンというあざとさのデザインに仕上がっている。
「これが私のモデル……」
我が母ながら、凄まじいかわいさだ。
つぶやいたーで五十万フォロワーを獲得した神絵師なだけのことはある。
「もう名前は決まったのか?」
「ええ、名前は猫西ゆずにしようかと」
「へ、へぇ……かわいい名前だな」
猫西ゆず……猫……ゆず……ゆず猫……
もう答え合わせじゃん。
「それで、いよいよ初配信なんですけど、なにを話せばいいんでしょうか」
「まあ自己紹介だな。軽い設定の話、なぜVTuberになったのか、デビューしてなにをしたいのか、趣味とか好きなゲーム、これからどんな配信をメインにやっていくのかとか」
「なるほど……それでは早速、今週の土曜にでも……」
「待った。その前に一つやらなきゃいけないことがある」
「やらなきゃいけないこと……ですか?」
「宣伝だ」
そう。なんの知名度もないのに、ある日突然チャンネルを作って、自己紹介を始めても関係者以外誰も見てくれはしない。
つぶやいたーで、他のVをフォローしたり、宣伝ツイートをRTしたりするなどして、ある程度の注目を集めておく必要がある。
ちなみにここが一番難しい。
基本的に企業所属でもない、個人勢VTuberは注目されづらいからだ。
企業勢にはブランド力がある分、とりあえず見てみようと興味を持ってくれる人は少なくない。
対して個人勢は、ブランド力が皆無な上、そもそも個人勢の新人をチェックしてみようなどという人はごく一部なのだ。
そんな条件の中、無策でただSNSを始めても人は集まらないだろう。
ただ、一つだけほかの個人勢にはない強みが、姫宮さんにはある。
それは、生みの親がフォロワー五十万超の神絵師だということだ。
実際、アルフォンソもそのおかげで初動はある程度の視聴者に恵まれた。
だから、姫宮さんもそれを活用しない手はない。
「ということで、つぶやいたーのアカウントを作ってみよう。姫宮さんはやったことある?」
「いえ……初めてです」
まあ、高校生なら珍しくもないか。
俺もアルフォンソのアカウントしか運用してないし。
俺はとりあえず、あれこれと姫宮さんに説明しながら、アカウントを開設させる。
「『はじめまして。誰のか知らないパソコンを拾ったのでVTUberデビューすることにしました、猫西ゆずです』こんな感じでしょうか?」
ん? なんだかどこかで聞いたような設定だが……まあ、初出しの情報としてはそれぐらいで大丈夫だろう。
「早速、色んなVTuberさんをRTしてフォローしてみました。フォロー返ってくるでしょうか? わくわく」
どれどれ、見てみよう。
俺は猫西ゆずのアカウントを見てみると。
「うーん……有名な企業勢ばかりRT……基本返ってきませんねーこれは」
「え、そうなんですか!?」
「企業勢はフォロワー数も凄まじいし、基本的に知名度の低いVにフォロバはしないんだよなあ」
アルフォンソのアカウントを作ったばかりの頃、こっちも同じVだし認知されるだろ、なんて甘い考えでフォローしまくったら一人も返ってこなくて泣いた記憶。
「同じような個人勢とか、デビューしたての人ががいいかな。あと、プロフィール欄に宣伝ツイートも貼ってるからRTするといい。そうすると、人によってはRTし返してくれるから、こっちもチャンネルURLを貼ったツイートを固定しよう」
さて、そうしていくらかの同業者のアカウントを辿っていると、ポツポツとフォローが返され、RTしてくれる人、丁寧にフォローRTへの感謝を述べてくれる人などが増えてきた。
「み、見てください。フォローが増えましたよ!!」
「あとは、Vリスナーのフォロワーが増えたらバッチリだな。そんな感じで宣伝を進めていこう」
「りょ、了解です」
「そうだ。『VTuber 小説』で検索を掛けてみてもいいな。V関係のウェブ小説を書いてる人が出てくるかもしれない」
さて、検索の結果は……
「なんとか蓮っていう人が書いてるみたいだ。アカウント名からすると水都蓮(みなとれん)か?」
フォロワー七百人程度の木っ端字書きのようだ。一応、最近書籍化したばかりのようだ。
こういう人は、他人の宣伝に飢えている。早速、フォローとRTをしてみよう。
うまくいけば、あまりVに馴染みのない人にも宣伝できるかもしれない。
「あ、すぐにフォローとRTが返ってきました」
おっ、暇人かな?
ともかく、宣伝としてはこんなものだろう。
あまりRTばかりでは、個性が感じられないアカウントになってしまう。
あとは、姫宮さんが自分でツイートを繰り返しながら、デビュー配信を待つだけだろう。
「あの……」
つぶやいたーの運用のレクチャーを終えてしばらくの間沈黙していると、姫宮さんが話しかけてきた。
「ありがとうございます。オタクくんがいなかったら、きっと本当にVになろうなんて思わなかったと思います」
姫宮さんが深々と頭を下げる。
「気にするな。これはもう、俺と草加くんの戦いなんだ。草加くんは、姫宮さんと俺の趣味を否定した。だから、俺はなんとしても、姫宮さんの願いを叶える。それだけの話だ」
「でも、そうすると……私が悠さんの話をする前に、どうして私のお願いを聞いてくれたんですか?」
「どういうことだ?」
「だってあの時、オタクくんは、私が婚約を望んでいないなんて知らなかった。だったら、自分を追い込んだ男の婚約者の話なんて聞きたくもないものなのでは?」
「え、なんで?」
この人は一体なにを言ってるんだ。
「だ、だって。あんな目に遭ったんですよ? 私のことだって信用できなくて当然じゃないですか。私だったら、自分をいじめた男の婚約者も、同じようにいじめに加担してるものだと思います」
ああ、そういうことか。
俺らが偶然遭遇したあの日、姫宮さんは草加くんと同様に、自分も嫌われてるものだと勝手に思い込んでたのか。
「なんか理屈っぽいこと言ってるが……それは的外れだ」
「え……?」
「他の人がどうかは知らないが、少なくとも草加くんの嫌がらせが始まった時、俺は姫宮さんがそれに加担してるなんてこれっぽっちも思ってなかった。俺の知る姫宮さんなら、あんなくだらないことしないだろうって、当たり前のようにそう思ってたんだよ」
実際、そんなことに加担するような人なら、俺も好きになってはいない。
まあ、死んでもそんなこと口に出来ないが。
「そ、そう……ですか」
突然、姫宮さんが照れたように視線を逸らした。
「やっぱり……よかった……」
「え……?」
姫宮さんが何か呟いたようだが、うまく聞き取れなかった。
「今、何か言ったか?」
「いえ、別に。ただあの日、オタクくんと出会えて本当に良かったと、そう心の底から思っただけです」
あのアニメショップでの出会いのことか。
あれは本当に偶然のことで、あの時はこんなことになるとは思ってはいなかったが。
「俺もよかったと思ってる。本当は学園に通うのをやめた日、一つだけ心残りがあったんだ?」
「心残り……?」
「もう、昼に姫宮さんに会えなくなるなって……」
「え…………?」
その言葉を聞いて、姫宮さんが心底驚いたような表情を見せた。
「あ……え……そ、そうですか。オタクくんも寂しがり屋ですね」
「そうだな。確かに寂しかったんだろうな。それは認めるよ」
「……!?」
また、姫宮さんが驚いたような照れたような表情を見せる。
「か……」
「か……?」
「解散です!! 今日は解散!! ここまでにしましょう。今日のオタクくんはどこか変です!!」
「どちらかというと変なのは姫宮さんだと思うが……」
「お、おだまり!! とにかく、今日は解散です。それではごきげんよう。また何かあれば、ご連絡します!!」
「あ、ああ……」
こうして、今日の会合は強引に打ち切られるのである。
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