第13話 母親の前で推し(実は俺)への愛を語られるってなんの羞恥プレイ?

 どうしてこんなことに……


 母さんに、紹介したい人がいると告げたら、えらく上機嫌になって、家に連れてきなさいと言われた。

 あくまでもVTuberのモデルの依頼だから、メールでのやり取りで済ませようとしたのに、直接会わせてくれなければ依頼は受けないと脅されてしまったのだ。


「でも、はるちゃんが、こんな可愛い恋人を連れてきてくれるなんて」

「はるちゃんはやめてくれよ母さん……それに、恋人とかそういうんじゃないから!!」


 案の定、母は誤解していた。

 彼女はなんというか、VTuber仲間みたいなものでそういう関係ではないのだ。

 俺は必死に考えないようにしてるんだから、


「へへ、そんな……可愛いだなんて、そんなことありませんよ。お母様」


 否定するところ、そこじゃねえだろ!!

 しかもしれっと、お母様なんて呼んじゃって……


「それにしても、どうやって知り合ったのかしら? 学校? それとも、インターネット?」

「一応、学校……です」

「まあまあ!! 学校にもはるちゃんの味方がいてくれて安心したわ。あんなことがあって、はるくんの味方は一人もいないって心配してたんだから」

「あ……」


 その一言で、姫宮さんの表情が曇った。

 まあ、「あんなこと」の発端が自分の婚約者にあるのだから気まずいのだろう。


「母さん、それよりも本題に入ろう」


 ダラダラとこの話を長引かせないように、俺は話題を変えた。


「そうそう。そうだったわね。確か、VTuberになりたいのよね?」

「は、はい。それで、憧れの春奈れいさんにモデルを作っていただけたらなと思いまして」

「そうなのね。でも、どうやって私のこと知ったのかしら? 最近はイラストレーターの方もお休みしてて、全然SNSとか更新してないし……」

「実は、私アルフォンソ様のファンでして……」

「まあまあ、はる……」


 ジロリと母さんに鋭い視線をやる。

 当然、アルフォンソの正体を母さんは知っている。

 しかし、姫宮さんの夢を崩さないために、絶対にそのことをばらさないように母さんには伝えてあるのだ。

 というわけで、口を滑らせないでくれえ……


「そう。アルフォンソのファンなのね。うちの子のこと好きになってくれるなんて嬉しいわ」

「いえいえ、春奈れいさんこそ、この世界にアルフォンソ様を生み出してくれてありがとうございます。おかげで私の人生が輝いて見えます!!」


 そう言って姫宮さんは深々と頭を下げた。

 正直「うちの子」というワードはかなりヒヤッとしたが、この界隈でイラストレーターがそういう言葉を使うのは珍しいことではないので、特に疑われることはなかったようだ。


「そこまで言ってくれるなんて本当に嬉しいわ。ちなみに、アルフォンソのどんな所が好きなの?」

「えっと、それは……」


 ん? この質問、もしかして母さん、姫宮さんのことを試してるのか?

 自分で言うのもなんだが、この母は俺に対して過保護すぎる面がある。

 まあ、学園であんなことがあったのだから、そうなるのも無理はないのだろうが……


 ともかく、突然の質問で姫宮さんが口ごもってしまっている。

 まあ、オタクってのは「なんとなく好き」っていう感情の赴くままにコンテンツを摂取するものだ。

 突然、好きなところはと聞かれても、なかなか言語化しにくいのだろうと思う。


「……ちょっとヘタレなところです」


 しかし、姫宮さんははっきりとそう答えた。そして……


「最初は声と顔がいいなって感じでなんとなく見始めたんですけど、ある時、ホラーゲームの配信をしてたのを見て……基本、ホラーをやらないアル様がやった唯一のホラー配信なんですけど」


 そういえば、一回だけやったような。

 切っ掛けは忘れたが、有名なホラーゲームの新作が出たので一回だけプレイしてみた記憶がある。


「アル様、普段は調子づいたような発言が多くて『陰キャ陰キャ』連呼したり、どちらかというと暴言が多いんですけど、あの時だけは生まれたての子鹿みたいにぶるぶる震えちゃって」

「そうね。私も見てたんだけど、いつもとギャップがあってとても可愛かったわね」

「はい!! 何も無い暗闇を見て『何かいる!! 何かいる!! 絶対何かいる!!』って騒ぎ始めて数分間硬直してたり、拾ったナイフを延々とブンブン振り回してたり、何か音がしただけでいい声で叫び声を上げたり、本当に可愛かったんです」

「うんうん。まさか、あの子にあんな一面があったなんてね。私もあの配信でますます好きになっちゃった」


 なんだろう。

 側で聞かされるのすごくはずがしいんだが。


「でも、本当に好きになった理由は、あの配信、私を励ますためにやってくれたことなんです」

「え……?」


 思わず声が出てしまった。

 あの配信を始めたのはそんな理由だったか?


「学校や家で、色々あって落ち込んでいた時、なんとなくメッセージ送ってみたんです。落ち込んでるので、ホラー配信やって、いい声で叫んでくれると助かりますって」


 あ、ああ……少し思い出した。

 確かに、そんなメッセージが来て、本当に一回だけ一回だけならやってもいいかと配信をしたような気がする。


「そうだったの。確かに、誰かがホラー配信で励まして欲しいって言ったから仕方なく、本当に仕方なくやってやるとか言ってたわね」

「アル様と出会うまで、本当に嫌なことばかりあって、ずっと鬱々としてたんです。でも、アル様を見てると、なんだか、とても元気が出て。嫌な気分も吹き飛んで……それにアル様の配信を見てたお陰でいいこともあったんです。だから、感謝してますし、これからも一生推す覚悟です」


 ~~~~~~っ……本人の前で、恥ずかしいこと並べないでくれ~。なんの羞恥プレイなんだあああああ。

 嬉しい反面、どこか居心地の悪さのようなものを感じてしまう。


「そう。熱意は分かったわ。姫宮さん、アルフォンソのこととっても好きみたいだし、こんなに嬉しいことはありません。モデルの件、ぜひ受けようと思います。ただし、もう一人の承諾を得たらね」

「もう一人……?」


 どうやら、母さんは姫宮さんのことを認めてくれたようだ。

 しかし、モデルを完成させるには、もう一人の協力が必要だ。


 アルフォンソのキャラデザとイラストを担当したのは母さん、そして立ち絵を動かすためにパーツ分けなどを行ったのは……


「ということで怜奈ちゃん、いらっしゃい」

「どうも。妹の羽生怜奈です」


 そう、俺の妹なのである。

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