第4話 お前が俺のガチ恋勢かよ!?

「寝て起きたらすっかりこんな時間だよ……」


 目が覚めたら時間はなんと午後二時。

 母さんが用意してくれた昼食をとりながら、昨晩の夜更かしを後悔する。


「生活リズム直さないとなあ。でも、勉強は夜の方が捗るんだよなあ」


 夜中にやると、一日が終わってしまう事への焦燥感に駆られて、めちゃくちゃ捗るのだ。

 それに頼ってばかりというのも不健全な話だが。


「ちょっと遅くなったけど、アニメショップに寄っていくか」


 不登校といっても、引きこもりになったわけではない。

 普通に家を出ることもあれば、池袋のアニメイタムに寄ることもしょっちゅうだ。


 普通なら同級生との遭遇を恐れるところだが、俺がいた学園に限ってはその心配はあまりない。


 俺の学園はいわゆる進学校で、都内都外を問わず様々なところから生徒が通うので、そうそう同級生と出くわしたりもしないし。


 まして、草加くんのグループはオタク文化とは無縁の陽キャたちなので、乙女ロードに寄るはずもない。

 だから、俺はなんの気兼ねもなく、今日も電車に乗るのであった。




*




「なん……だと?」


 池袋のアニメショップの入り口に築かれたVTuber特設コーナー、そこを訪れて俺は目を疑う光景を目にした。


「あぁ……尊い……切れ長の目、紅い瞳、目映い銀髪、でも中身がヘタレなところがマジ可愛い……それがこうして現実に現れるなんて……まじで……様しか勝たん!!」


 そこで、俺のよく知る人物が限界芸を披露していた。


「一体どうして、姫宮さんが……」


 そうり学園一の美少女、姫宮雪だ。


「もうまじむり……しんどみ……他の人の手に渡るぐらいなら全部私が買い占めて……あ……お金ない……昨日の配信でほぼ全財産つぎこんだんだった……」


 普段のクールで少し毒舌な雰囲気とはまるで違う。今の彼女は、ただの限界オタクだ……

 どうやらの誰かのリスナー、それもかなりヘビーなファンらしいが。


「いや、どうして姫宮さんが?」


 姫宮雪といえばトップカーストに所属する陽キャの一人だ。

 周りには、よく知らないブランド名を呪文のように唱えるおしゃれ妖怪たちがひしめき、彼女自身もその美貌と服飾のセンスからモデルを務めるほどだ。

 それがどうして……?


「ともかく顔を合せないようにしなくちゃ」


 なんだかいけないものを見たような気がして、気まずい。

 俺はそそくさとその場を後にしようとする。しかし……


「オ、オタクくん、どうしてあなたがここに……」


 立ち去ろうとしたその瞬間、彼女と目が合ってしまったのだ。

 まったく、こういう時に限って、起きて欲しくない展開になるよな。


「あなた、学校にすっかり来なくなって、それで……え、どうして!?」


 姫宮さんが困惑したような表情でこちらを見てくる。


「え、えっと……それは……」


 時間的にはちょうど放課後だ。

 当然、うちの学生が訪れる可能性もなくはなかったが、まさか彼女と遭遇するとは、想定外だった。

 俺は彼女に認知されてしまったことに困惑して、二の句が継げなくなる。


「オ、オタクくん、もしかして、今の見てましたか? 見てましたよね? 聞いてましたよね?」

「えっと……すまん。まさか、姫宮さんがいるとは思ってなくて……」


 とりあえず謝ることにした。

 学園でも屈指の陽キャグループに所属し、表向きは淑やかなキャラで知られている彼女だ。

 アニメショップでこうして限界芸をしている姿を他人に見られるなど、耐え難いことだろう。


「べ、別に謝らなくても大丈夫です。ですが、出来ればこのことは、内緒にしていただければ」

「姫宮さんがVTuberオタクで限界芸してたってこと? それなら安心してほしい。俺にはこんなこと、ばらす友達なんていないからな」

「あ……」


 渾身の自虐ネタのつもりだったのだけど、それを聞いた姫宮さんの表情が曇ってしまった。


「ごめんなさい……」

「どうして、姫宮さんが謝るんだ?」

「オタクくんへの嫌がらせが始まったのは、悠さんが、あんなこと言ったせいで……」


 それについては、姫宮さんは全く悪くない。

 彼女は嫌がらせに参加すらしてないのだから。


「姫宮さんは欠片も悪くないだろ。だから、気に病む必要なんてない。それに、今はやりたいことが出来て充実してるから、実はそんなに困ってないし」


 そう。今の俺にはアルフォンソとしての活動がある。

 リスナーのみんなは、こんな俺の配信でも楽しんでくれてるし、勉強だって不自由はしてない。

 学校に通ってた頃よりも、今の方がずっと楽しい。


「そう……ですか。それなら、少しだけ安心しました……」

「それに、Vの昼配信が生で観られるからな。これはこれで悪くない生活だよ」

「え、ずるい……って、私がこんなこと言ってはいけませんよね。でも、いいなあ……推しの配信がリアルタイムでずっと観られるなんて……」


 VTuberの間では昼配信も珍しくはない。

 基本的に夜の方が人は集まりやすいが、昼に配信したりする時もある。


 実は俺も昼配信をしたことがある。

 具体的には、怖くて夜にやれないホラーゲームとか。


「あれ? もしかして、昼に屋上に来てたのって……」

「それは……実は……夢見ハルナの配信を見るためで……」


 マジか。


 てっきり人混みが嫌で屋上に来てたと思っていたのに、実は俺と同じでVの配信を、しかも俺と同じ推しを見るために来てたなんて。


「意外だったな。まさか、姫宮さんもVオタクだったなんて」


 実際、陽キャグループでVにハマってる人間なんてそういないだろう。

 勝手な偏見だが、Vにハマる人間は俺みたいな陰キャばかりだと思っていた。


 少なくとも見た目の雰囲気でいえば、彼女はVオタクとはまったくの対極に位置する人物だろう。


「普段は隠しているんです。友人たちはこういうのに詳しくないですし、悠さんは『ただの絵じゃん』と言ってバカにしますから……」


 確かに、VTuberはまだまだ市民権を得ているとは言えない。

 わざわざ顔を隠して、二次元のイラストを用いるという文化が受け付けられず、気持ち悪いと思う人も珍しくない。

 中には、VTuberをあげつらって、動画やサイトのアクセスを稼ごうとする者もいたりする。


「でも、趣味ってのは、誰にどう思れようが関係ないからな。俺も自分のオタク趣味が受け入れられるとは思ってないが、だからってやめる気なんてない」

「ですよね!! オタクくんにしては、いいこと言います。伊達に青春を捨て去って、Vに人生を捧げていませんね」

「いや、捨て去ったつもりはないが」


 勝手に青春が遠ざかっただけだ。多分。


「おっと、こんな時間か。俺、この後やることがあるから、そろそろ帰るよ」


 今日も二十一時から配信だ。

 既にSNSで告知を出してるし、準備をしておかないと。


「あ、そうなんですね。オタクくんも、結構忙しいんですね……別に、イヤミで言ってるわけではないですよ!?」

「もちろん、分かってるって。それじゃあな」


 こんな生活をしてる以上、また会う機会なんてそうはないだろうけど。

 俺は一応、別れを告げる。


「あ、ま、待ってください……」


 そうして立ち去ろうとすると、彼女が呼び止めた。


「あの……明日、時間あったりしませんか?」

「時間? もちろん作ろうと思えば作れるけど」


 明日も配信するつもりだったが、別に告知してるわけではないので休みにしてもいい。

 しかし、彼女が俺に用って一体、なんなんだろう?

 オタクにしか相談できないような内容だとは思うけど。


「じゃあ、明日この時間にここで待ち合わせで。もちろん、用事が出来たら無視しても大丈夫ですけど」

「さすがにそんなことはしないって。分かった。明日、またここでな」


 そう言って約束を取り付けると、俺は今度こそ家路につくことにした。

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