第11話 勉強より、まずお風呂を



『すまない、止められなかった。……黒髪の放出障害なら魔物も身体能力で狩れるからな。君の手柄だと教えたんだが』


『私が退治したのは事実なので、不自然じゃないならいいんですけど』



 ただどれくらい力が強いのか、と問われてもどうすればいいのやら。十四歳は思春期で難しい年頃だと思っていたが、セルカの心はまだまだ幼い少年のようだ。構ってほしくて仕方がないような、そんな意思を感じる。……この子も色のことで酷い目に遭わされてこうなった、とかそういう特殊な事情でもあるんだろうか。



「セルカ、力を見せろと言っても難しいだろ。どうやって見せるんだ」


「えっと……その辺の木を引っこ抜くとか?」



 それくらいなら簡単だ。念動力を使いながら手で地面から木を引き抜いたフリをすればいいだけである。『できますけどやりますか?』とユーリに精神感応で話しかけてみたが『やらなくていい』という返答が返ってきた。



「やめとけ。その木を何かに使う訳でもないのに無駄だ」


「えー見たかったなぁ」


「我儘言わないの。……でも魔物を倒したのは本当なのね。ハルカ、ここでの力仕事をお願いしてもいいかしら? 貴女、小さいけど力仕事ならできるのよね」



 頷いた。元よりそのつもりだ。私の超能力は魔力として使えないので、魔道具を動かすことは絶対にできない。まあ、道具を使わず同じような効果を発揮する超能力は使えるかもしれないが。

 だからここでは薪割りをはじめとした肉体労働を専門にやるつもりだった。衣食住を提供してもらうのだから、働くのは当然だ。働かざるもの食うべからずである。



「じゃあお昼までやることはもうないかなぁ……あ、ダリアードの料理は美味しいよ。お昼ご飯、期待していいからね」



 どうやらこの施設内の料理担当はダリアードのようだ。彼が一番料理が上手い、という話なのでちょっとお昼ごはんが楽しみになってきた。ただ焼いただけで美味しかったあの火山猪がどんな料理になるのか気になって、つい千里眼で厨房の様子なども覗いてしまう。

 肉が分厚く切られ、ステーキの準備をしているのが見えた。そのほかにもいろいろと手の込んだ料理を作ろうとしているように見える。うん、美味しそうだ。これは楽しみになってきた。



『わあ。笑うとすごくかわいい』


『あら……無表情な子だと思ってたけど可愛い顔もするじゃない』



 セルカやイリヤからそんな意思が伝わってきてついすとんと表情が抜け落ちる。私がにっこり笑ったら不評なのに、ご機嫌になって自然と浮かんだ笑みは好評なのが解せない。何が違うというのだ。

 ユーリからも好ましそうな感情が発せられているし、これはもしかすると黒髪という容姿のせいなのかもしれない。容姿の整った人間の笑顔と言うのは魅力的なものである。この世界の基準では私は美少女に見えるらしいから、そのせいなのだろう。……にっこり笑うとダメらしいが。やっぱり解せない。髪の色だけでは誤魔化せない何かがあるということか。



「ハルカ、あの荷物の整理は終わった。必要なものがあれば好きに持っていけ」



 ユーリにそう言われて考えてみたが、二人組の荷物に入っていた物は基本的に冒険に必要なもの、つまり野外活動に必須のアイテムだ。元々私のものではないし、特に必要がないので首を振る。

 与えられた部屋にはベッドと机があった。他に必要なのは服だが、それもこの施設には用意されているようなので充分だ。どの年代の人間が突然やってきてもいいように準備してあるらしく、たくさんの服があった。古着のようだが綺麗なものだし、私は服に頓着しないので着られれば何でもいい。その中からありがたくお借りする。……いい加減“奇妙な服”と思われるジャージも脱ぎたい。



「料理ができるまで時間があるな……俺は暫く休む。何かあったら呼べ」



 ユーリは暫く部屋で休むようだ。重ねて『何かあったら呼ぶんだぞ』という意思も飛んできた。ここには魔物のような危険生物も妖精の果実のような不思議なものもないので安心して休んでほしい。二時間しか寝ていない彼の疲労の方が心配である。

 『大丈夫ですよ、休んでください』と答えたのだが彼はまだ少し不安そうな感情を抱きながら自室に向かっていった。……私への信用は一体どこに落としてきたのだろうか。おかしいな。



「ハルカはどうする? 僕と勉強する?」



 ユーリを見送った後、笑顔のセルカに言葉の勉強へ誘われた。その勉強をしたい気持ちはやまやまなのだが、今、私はお風呂に入りたい。世界的に日本人というのは風呂好きな性格で、毎日風呂に入る数少ない民族である。超能力の壁を張っているので外からの汚れはつかないし、超能力を使って活動していたし魔物退治ですら運動にならず、汗一つかいていないとしても風呂に入らなければ気になる。

 ということで浴場の方を指さして風呂に入りたい意思を伝えた。セルカは少し残念そうだったが、こればかりは譲れない。



「お湯は……火で沸かすしかないわね。私が適当に服を見繕って持って行ってあげるから、ハルカは浴場に行ってお湯の準備をするといいわ」



 それはありがたい。正直、この世界の服の基準がよく分からないので助かる。……洋服に近いものが多いのだけれど、和服のような合わせ目がある服もあって文化が謎だ。皆がそれぞれ好きな服を着ているように思えるけれど、この色差別世界なら魔力の色で着ていい服と悪い服があってもおかしくないとは思う。



(……あと、髪の長い人が多いかな。特に色が濃い人たち)



 ここに暮らす三人は色が薄く、髪も長くない。イリヤはウェーブの掛かった長めのボブで肩より少し下くらい、ダリアードはようやく結べる程度で尻尾のようにちょこんと桜色の髪が出るくらいで、セルカに至ってはショートカットだ。

 しかし街で見かけた人間は誰もが髪を伸ばしていて、少なくとも肩より短いということはなかった。……これも何か、魔力の色と関係がありそうではある。あとでユーリに聞いてみよう。


 私とこの世界では常識が違う。しかもそれは実際に直面するまで“常識が違う”ということにすら気づけない。それが異世界に来て一番難しくて、怖いことだ。意図せずユーリに告白してしまったように、気づかないまま取り返しのつかないことをしてしまったら……まあ超能力で何とかするしかないか。多分どうにかなるだろう。



 それはさておき、お風呂である。ここの風呂場は大浴場、というべき広さで大きな浴槽のある場所だ。だが、人が少ない今は大きい浴槽は使われておらず、その隣にある二人がぎりぎり入れるくらいの小さな浴槽だけが使われているらしい。

 お湯を沸かすには魔力が必要で、大きい浴槽に満たせるだけのお湯を沸かせるような魔力を持っている人間はここにはいない。ユーリなら可能かもしれないが、色の薄い三人では無理だ。



(だからお湯を沸かすには火が必要、と……超能力でやっちゃだめかなぁ)



 浴室と扉で隔てられた隣の空間にお湯を沸かすための設備がある。そこで薪を使って湯を丁度良い温度まで温めたら、ボタン一つで浴槽にお湯を注げる優れものだ。人肌程度の温度に沸かせばいいからそこまで時間はかからないとはいえ、面倒である。……魔力を使えば十秒で沸騰するくらいお湯を沸かすのが早く済むらしいのだ。お風呂のお湯を沸かすのも数秒ですむ。そういう魔法の道具が全家庭にあるというのだからこの世界は発達している。魔法は便利だ。



「ハルカ、着替えとタオル持ってきたわよ。お湯は沸かせそう?」



 イリヤが様子を見に来て脱衣所から顔を出したので頷いた。彼女が居なくなったらちょっと薪を使った形跡を残して超能力を使ってしまおう。



「そう。じゃあゆっくりするといいわ。脱いだ服は一番大きな篭にまとめて入れておいてね」



 そう言ってイリヤはいなくなる。暫く一人にしてくれるつもりらしいので、好都合だ。誰も近寄ってこない今なら超能力を使いたい放題である。

 と、そんなわけで釜の下に薪を放り込んで発火能力を使ったところで近くに着火用の火の魔石が置かれていることに気づく。そういえば、この世界では魔力がないと火すら起こせないのであった。……うっかりしていた。ここにはライターもマッチもないのである。ユーリに相談をしたいが、彼はもう眠ってしまっただろうか。

 千里眼で様子を見てみたら、薄着になった彼がちょうどベッドに腰かけているところだったのでまだ眠っていなくて良かったと思いながら意思を飛ばした。



『ユーリさん、ちょっといいですか』


『……ああ、ハルカ。どうした?』


『魔力がないのに薪に火をつけてしまいました。どうしましょう……』


『……君は妖精の瞳を持っているから、それを使ったことにすればいい。それがあれば五十年は魔道具の扱いに困らないくらいには魔力が籠っているはずだ』



 妖精の瞳はそんな便利アイテムだったのか。よかった、魔力がないのに何故、と疑問に思われた時は全部この石のおかげで誤魔化せそうだ。

 妖精の石を持っているということはあとで三人に説明していた方がいいだろう。何故そんな貴重なものを持っているのか、と問われても私は話せない設定だし、とりあえず説明できないと首を振っておけばいい。



『おやすみ前にすみません。もう大丈夫なのでゆっくり休んでくださいね』


『君のことが気になって眠れない気がするが……』


『その台詞、まるで恋人みたいですね。じゃあ、おやすみなさい』



 軽い冗談だったのだけれど千里眼をやめる寸前のユーリは目を覆っていて、『たちが悪い』と考えていた。今も落ち着かない気分であるらしい。……少し遠いしここには他の三人の意思も漂っているので、分かりにくいが。



(こういう冗談はだめか。でも嫌そうではない、かな。むしろちょっと嬉しい? ……遠いからよく分からない)



 私に向けて発せられた意思は別だが、離れたり人数が増えたりするほど精神感応で読める意思や感情は分かりにくくなる。この施設内には私以外の人間が四人いるので、離れた位置の四か所のスピーカーからそれぞれ全く別の曲が流れているような、ごちゃっとした感覚だ。

 一つに集中すれば分からなくもないのだが、意識して聞こうと思わなければ雑音である。……いつ話しかけられてもいいように精神感応は切らないで過ごすから少し煩わしいけれど、仕方ない。



(友達との距離感がまだよく分からないな。ただでさえ、精神感応は近づきすぎるから)



 己のコミュニケーション不足を実感した。普通の交流の経験も少ないのに、精神感応を使って直接感情すらやり取りしてしまっている私とユーリの距離感は、おそらく出会って一日、二日の関係とは思えないほどに近い。

 誰とも親しくなどならなかった自分が、初めて友人となった相手。彼と言葉を交わしながら、自分の内側が変化していっているのはなんとなく分かっている。人と関わることで出てきた、私の新しい一面だ。……楽しいのだ。ユーリと話すのが楽しい。他人と関わるのはずっと面倒だと思っていたのに。



(お互いに秘密を知ってるせいかな……ユーリさんには超能力を隠さなくていいし、全然気味悪がらないし)



 だから気が楽なのだろう。私はこの世界でユーリに出会えて本当に運が良かったのだと改めて思う。見知らぬ世界にきてたった一日でここまで信頼できる相手を見つけられるなんて、奇跡に近いのではないだろうか。


 ……しかもこんなにいい施設を運営している。特にしっかりと風呂が作られているところがいい、最高だ。いつか大きい浴槽を独り占めしてみたい。



(ユーリさんに感謝だね……たくさん恩返ししなきゃ。魔石を壊す以外でどうやって役に立とうかなぁ)



 その時、誰かが少し怯えたような感情を発した気がしたが、気のせいだと思うことにした。一瞬だったし、離れていると分かりにくい精神感応だ。危険のないホームで怯えることなんてあるはずがない。

 物を落として驚いたとか転びそうになったとか、そういう何かだろう。……たぶん。



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