第12話 サプライズは、お見通し



 全属性の魔力を大量に秘めた妖精の瞳さえあれば、どんな魔道具でも動かせるという。そして私はその万能便利グッズを持っている。



(この石さえあれば普通に魔道具でお湯を沸かしてもおかしくないと……よし)



 ならこの便利な魔石でお湯を沸かした、という体でさっさとちょうどいい湯を作ってしまおう。何故石を使わないのかといえば、それは勿体ないからである。私には魔力がないのだから、どこかで本当に必要になった時にこそこの石を使うべきだ。どこでどれくらい魔力が必要になるかは分からない。超能力で出来ることならそれで済ませた方がいい。


 念動力と発火能力の合わせ技でお湯を作ることにした。念動力で必要な水を浮かせて発火能力で作った火で温めるのだ。量も温度も調節自由自在、火を増やしたり念動力で包む水を平たく伸ばしたりと工夫すれば時間も短縮できる。

 あっというまに温かいお湯のできあがりだ。それをばしゃんと浴槽に落としたら、脱衣所に戻って服を脱ぎ、念願のお風呂タイムである。



(この世界、お風呂があってよかったなぁ……)



 湯を溜めて浸かる、という文化がない国もあるのだから異世界になくても仕方ないと思っていたので、この浴場を見た時は正直かなり嬉しかった。お風呂万歳。


 人が居ないのをいいことに超能力を使いながら全身を洗い上げ、さっそくお湯に浸かった私はとてもリラックスできた。もし浴槽がなかったら能力を使ってでも作ったことだろう。肩までしっかり湯船につかるのは大事だ。大抵何でもできる超能力者でもお風呂は嫌いじゃないのである。



(この世界に温泉ってあるのかな……探して作ろうかな。“火山猪”って呼ばれる魔物がいるんだから、火山はあるだろうし)



 天然の温泉がどこかに沸いてやしないかと千里眼で日本の温泉地あたりの山中を探し回ったり、山の中に秘湯を作ってみたりした経験ならある。……まあ、私が作った温泉はニホンザルに占領されて使えなくなったが。私の温泉だったのに。

 でも、こちらの世界にニホンザルはいない。自分だけの秘湯を作れる可能性がある。ちょっと楽しみになってきた。


 しっかり一時間は堪能してから浴場を出た。イリヤの用意してくれた服は長袖のシャツとスラックスのようなもので、着るのにも苦労しない。……着方の分からない民族系の衣装でないということは、私が着ていたジャージに似た形の服を選んでくれたのかもしれない。気遣いのできる女性である。



(お風呂はあがったけど、どこに行けばいいかな。他の人たちの様子は……)



 千里眼で他のメンバーの様子を確認した。どうやら食事の用意ができたようで、食堂に四人が集まって打ち合わせをしている。私を歓迎するための打ち合わせを、こっそりと。……見てしまったし聞いてしまったが。

 ユーリだけが『ハルカには筒抜けなんじゃないか』と思っているがその通りである。何か楽しそうな意思が集まっているなとは思ったけれどそこでやめればよかったのだ。千里眼自体には意識を読み取る力はないのだが、精神感応と同時に使うことで見ている対象の意思も読み取れるようになってしまう。



(今は精神感応使いっぱなしだから仕方ないよね……仕方ない……)



 これは不幸な事故だ。せっかくのサプライズ、知らなかったことにしたい。何やらおいしそうなデザートを隠していて驚かせようとしてくれているので、是非驚かせてほしかった。……いや、結局精神感応を使ったまま目の前に行くのだから隠していても分かってしまうか。超能力者にサプライズは通じない。


 さて、私は素知らぬ顔で皆を探しているフリをしながら食堂に向かわなければならない。まあ、真っ直ぐ向かったところで探していました、という雰囲気を出しておけばいいだけなのだが。

 そっと食堂の扉を開いて、中を確認するように顔を覗かせる。私の反応を楽しみにしてわくわく顔のセルカ、まだちょっと顔を合わせ辛いようでそっぽを向きながら照れくさそうにしているダリアード、そんな彼らの様子が微笑ましいようで笑っているイリヤ、そして『……聞こえていたんだな』という意思が飛んでくるユーリ。……はい、聞こえていました。だからわざとそれっぽい感じで出てきました、でも悪気はありませんでした。



「ハルカ、こっちだよ。お昼ごはんにしよ? 僕の隣に座ってよ!」



 同年代の子がやってきたのが余程嬉しいらしいセルカはあれこれと私に世話を焼く。テーブルまで案内してくれて、料理も取り分けてくれた。

 火山猪のステーキをメインにし、具沢山スープ、見たこともない野菜たちのサラダ、パンに似た主食が広いテーブルの真ん中あたりに用意されている。人数が少ないので長テーブルの席は余っているが、バラバラに食事をとらず皆で固まって食べるのが習慣らしい。



「俺の飯はうめぇから、たくさん食えよ。お前がとってきたんだろ、この魔物。……すげぇじゃねぇか、小せぇのに」


「ダリアード、ちゃんとお詫びの気持ちもこめて頑張ったって言わないと伝わらないわよ?」


「う、うるせぇな。そういうのは言わなくていいんだよ」



 勿論、言われなくても分かっているのが超能力者であるがそこは知らぬふりをしておく。そうだったんですね、という感じで頷いて見せればダリアードは恥ずかしそうにそっぽを向いて、そんな彼をイリヤが優しい目で見つめており、その視線に気づいたダリアードはさらに恥ずかしそうで――――おや、これは。そういう。



(これはいわゆる両片思いという……なるほど、初々しい)



 お互いに恋愛感情らしきものを持っているのだが、伝えあっていない状態だと気づいてしまった。精神感応で知ったことについては口外法度ひみつなので、私は何も言わない。どうせ放っておいてもこの二人はそのうちくっつきそうではあるが、いざという時に背中を押すくらいならやってみようか。



(他人の恋愛は結構、おもしろいものなんだね……私には無縁だからかな)



 私、というより超能力者が恋愛するのは難しいのである。感情が豊かではない、と言うのも理由の一つだが一番大きな理由は――恋愛は、心を乱しやすいということだ。恋をした人間は度々暴走する。恋愛感情というのはそれほど強くなる可能性のある感情で、つまり、これで私が暴走してしまったら超能力の操作を誤ってあたり一帯を吹き飛ばしかねない。

 そんな怖いもの、できるだろうか。いやできない。理解も、経験も、私にはできそうにないものだ。だから人の恋を応援するのである。……別に、この二人は面白そうだなとか、特にダリアードはいい反応をしていて見てるとちょっとワクワクしてくるなとか、そういう訳ではない。



(……私、もしかして、動揺している人を見るのが好き?)



 私は今まで他人と関わる気はなかったし、他人の感情を読むこともしなかった。誰かの役に立ちたいと超能力を使うこともなかった。この世界に来て普段ならありえないことを経験し、私も変わってきている。いや、自分の新たな一面を発見している、というのが正しいだろうか。

 ユーリの反応も、その、まあ、実は面白いというか、慌てる姿を見ているとちょっと楽しい気持ちになってしまうのである。別に慌てさせようとしている訳ではないのだが、そういう反応をされると面白いと思ってしまう。……なるほど、私は結構意地の悪い性格だったようだ。人と関わらないから知らなかった。



「うわぁ……美味しい。初めて食べたよこんなお肉……! ハルカが来てくれたおかげだよ!」


「料理のしがいもあったな。本当にいい肉でよぉ、緊張しちまったぜ」


「あら。貴方にそんな繊細なところがあったなんて意外だわ」




 私は言葉を発さず、ユーリも相槌くらいしか打たないがそれでもにぎやかな食卓だ。特にセルカはよく話すので、会話は途切れない。悪い雰囲気ではないし、居心地も悪くない。何より料理がおいしい。ダリアードの腕は確かだ。

 肉にかけられたこのソース、火山猪本来の甘みと相まって口に運ぶのをやめられない止まらない。パンとよく似た白い主食は、触感はもっちりしていて米粉パンのようであり、こちらももちろん美味しい。サラダやスープに使われた野菜は見慣れない形や色をしているが、味や触感はいいものだ。やっぱりこの世界の食のレベルは高い。……いや、ダリアードの腕がいいのだろうか。どちらにせよ食事が美味しいのはいいことだ。すぐに料理はなくなってしまった。



「あーちょっと厨房に忘れ物したから取ってくるわ」



 ダリアードが不自然な様子で席を立ち、食堂と隣接した厨房に消えていく。イリヤはおかしそうに笑っていて、セルカは私の反応に注目している。

 やがて厨房からタルトケーキに似た、果物がたくさん飾り付けられたデザートを持ってダリアードが戻ってくる。千里眼でも見たが、実物を見ると本当においしそうだ。ちょっと感動して拍手した。甘い物は嫌いではない。むしろ好物である。このデザートのことは知ってはいたが、それでも結構嬉しいと感じる。



「ハルカ、さっきは悪かったな。……そしてホームへようこそ、これからよろしく」


「よろしくね、ハルカ。今日からここが貴女の家よ」


「僕たちは仲間だからね! よろしく!」



 彼らは私を歓迎してくれている。これからずっとここに暮らす仲間だと、受け入れてくれている。色判定の広場で感じた大勢の侮蔑の感情とは全然違う。……彼らの中にも色に、透明に対する意識はあるけれど、この温かい感情も本物だ。こういう気持ちは心地よくて穏やかになる。



(ここで、暮らしていけそう。……あとは、帰る方法をどうやって探すか)



 セルカ、イリヤ、ダリアード。私はこの三人が好きになれそうだ。ユーリは言わずもがな、すでに友人として好意を持っている。ここでの暮らしはきっと、居心地悪くない。

 それでも、私はいつか元の世界に帰るだろう。ずっと一緒だと笑ってくれるこの三人を置いて、初めての友人であるユーリを置いて。……この気持ちが何か、よく分からない。



『ユーリさん、私のこの気持ち、なんだと思います?』



 精神感応でユーリに語りかけた。これなら私が今抱いている感情は彼に伝わるはずだから。

 夕日のように綺麗な瞳が私を捉える。ケーキを切り分けて楽しそうに笑う三人には、彼が眉尻を下げて困ったように笑った顔は見えていない。その表情に滲む優しい気持ちを目にしたのは、私だけだ。



『君は、寂しいんだろう。この感情はきっと寂しさだ』


『……そうですか。じゃあ、私はいつかみんなと別れるのが惜しいんですね』



 ならば私はすでに彼らを気に入っているのだろう。差し出された皿に乗った、大きな一切れのデザートに笑みをこぼす。赤やピンクの色んな果物がキラキラ光って見えて、綺麗でおいしそうだ。

 この時間を楽しもう。この世界で過ごす限られた時間を。いつか別れるその日まで、ここが私の家になる。


 ただ、三つの明るい感情と違って、ユーリは“寂しさ”を感じているようだった。私が送った感情が移ってしまったのかもしれない。



『……君がいなくなるなんて、考えたくないな』



 寂しさの滲むその意思になにか応えようと思ったが、セルカが元気よくデザートの皿をユーリに渡したことでタイミングを逃した。

 どうせ元の世界に帰るなら、仲良くならない方がよかったのかもしれない。……いや、でも、無理だ。精神感応で心を交わして、私はユーリのことを好きになった。彼も同じだ。仲良くならないように、といくら考えたところで親しくなっただろう。



(これは、どうしようもないんだよね。……たくさん思い出を作ろうっと)



 いつか来る別れに後悔しないように。私は、この世界で精一杯、楽しく生きていこう。

 ユーリのようにすべての秘密を明かし感情を共有するほどの関係は築けないだろうが、共に暮らすことになる他の三人ともそれなりに仲良くしたい。気のいい彼らのことが私は嫌いではないから、この三人とも楽しい思い出を作って笑顔で別れられるようになりたいものだ。



(思い残すことがないように……思い残すこと……)



 それならやっぱりイリヤとダリアードをくっつけるくらいやっていいのではないだろうか。二人の行く末を見届けずに元の世界に戻ってしまったら、こちらの世界のことがいつまでも気になってしまいそうだ。私が帰る頃になってもまだ進展していないようであれば、その時は私が一肌脱いで――。



『君、いま良からぬことを考えただろう』



 ユーリから精神感応を使って心を読んでいるのではないかというタイミングでそんな指摘が飛んできたが、応えなかった。……今精神感応を使ったら、イリヤとダリアードの恋愛感情についても伝わってしまう。この情報は漏らしてはいけないのだ。ユーリが「誰にも言わなければないのと同じ」と言ったのだから、彼にだって伝えてはいけないのである。だから応えられないのは仕方のないことなのだ。

 でも少し悪いことをしているような気がしてそっと顔を背けたらセルカと目が合ってしまい、いい笑顔で「美味しいよね?」と問いかけられたので頷いた。


 ユーリから視線を感じるのはきっと、気のせいだろう。気のせいに違いない。



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