第8話 変化と、まどろみ



 目が覚めたら見知らぬ森の中にいた。たしか昨日も同じことがあったな、と思いながら状況を確認する。

 私は昨日、異世界にやってきた。そこで「色判定」を受けて無能の烙印を押される結果となり、色々あってユーリという親切な人間に拾われ、どうにか暮らしの目途が立ち、安心しながら眠りについたはずだ。

 そして現在、昨夜眠るために入った寝袋の中で、木々の隙間から明るい空を見上げている。何故こうなったのだろうか。


 その一、寝ている間に誤って瞬間移動をした。

 その二、また別の世界に来てしまった。

 その三、夢を見ている。


 おそらく一だろう。そしてきっとユーリが私を心配しているので早く戻らなければならない。



『ということで戻りました。おはようございます』


「っ!? ハル……っ!?」



 瞬間移動でユーリの元へ移動しようと力を使い、普通に能力が発動したので着いた瞬間に挨拶をした。もしまた別の世界に飛んでしまっていたら能力は使えなかったはずで、発動した時点で絶対にユーリの元に戻ることが確定していたからなのだが。

 突然脳内に言葉が浮かんだであろうユーリはビクリと肩を跳ねさせたので、ものすごく驚かせてしまったのが分かった。突然話しかけるのはよくないようだ、気をつけよう。



『寝ながら瞬間移動したみたいですみません。……あの、ユーリさん? どうしました?」



 ユーリは私を見て固まっていた。かなり動揺していて、私にかけるべき言葉を探している。心配した、戻ってきてよかった、どこに行っていたのか、何もなかったのか、急にいなくならないでくれ。そういう言葉が次々と浮かんで、流れていく。



「……無事で、よかった。おかえり、ハルカ」



 最終的に彼が口にしたのはそれで、同時に心底安堵したという感情が流れ込んでくる。よっぽど心配したのだろう。おそらく私は突然、彼の視界から消えたのだ。

 夢の中でたくさんの薄氷魚を追いかけて瞬間移動を使ったので、多分そのせいなのだけれど。……かなり心配させたのが分かったので、ちょっと、さすがに申し訳ない。心配をおかけしました。



『私が突然いなくなっても心配しないでください。寝てる間は時々やってしまうので』


「心配するなと言われても難しいな。もし眠っている間に魔物の前に移動してしまったらどうするんだ?」


『私は常に念動力の壁を張ってるので、大丈夫です。エネルギー切れを起こさない限りは怪我しません』



 念動力には触覚があるが、痛覚はない。体に纏ってる念動力に何かが触れれば分かるのだけど、刺されようが噛まれようが痛くはないのだ。眠っている間に魔物の前に転移して襲われたとしても問題なく目を覚ますだろう。

 だから心配いらない、と伝えたがユーリはまだ心配している。……なんだろう、少し様子が変だ。夜の間に何か心境の変化でもあったのだろうか。伝わってくる感情の質が昨日とちょっと変わっている気がする。



「急にいなくなったら心配するのは当然じゃないか」


『うーん……あ。じゃあ手を繋いで寝ますか? それなら一緒に移動しますよ』


「……ハルカ……頼む、もう少し考えてから発言してくれ。私は男なんだ」



 野宿をしている時はともかく、ホームに住むようになったら寝室に男を招き入れるということだと彼が考えたことでそれもそうかと思い直した。昨日は二人組の荷物から出てきた寝袋で寝ることになったし、普通に傍で眠っていたので失念していたのである。同じ部屋で一緒に寝ようと誘うつもりはこれっぽっちもなかった。

 『君は何でそう大雑把なんだ』と頭を悩ませる姿は昨日と同じで、様子が違うと思ったのは私の勘違いだったようだ。そういえば彼は昨夜火の番をしていて、交代するはずだった私がいなくなったので睡眠をとっていないのではないだろうか。先程感じたものはそういう疲れからくる感情だったのかもしれない。



『ユーリさん眠れませんでしたよね、すみません。しばらく休んでください』


「……君から目を離す方が不安だ」


『ええ……もっと信用してもらって大丈夫ですよ?』


「いや、いい。今日は馬車に乗る予定があるから、そこで休む。朝食にしよう」



 何故か全く信用されていない。おかしい。超能力者なので安全を保障できる自信はあるのだが、ユーリは私に周囲の警戒を任せて眠ることはできないらしい。

 朝食は火山猪のステーキと、腹持ちのいい携帯食料だ。食べながら今日の予定を確認する。



「ホームまでは二日ほどかかるからな、今日は一日移動になるだろう」



 色判定を行っていた街はドルア王国の首都だ。ここから日が昇る方角に向かうと人が少なく、田舎になるらしい。

 何故かと言えば、首都から日が昇る方角に行くと突然土地の魔力が薄くなるのだという。魔力が少なければ作物が育ち難かったり、動物が少なかったりと少々暮らしに不便なのだそうだ。それにこの世界の道具はほとんどが魔力で動くので、土地に魔力が少なければ道具を動かすのに必要な魔力が増える。結果、魔力を使う道具を取捨選択してできることは人力でやらなければならなくなる。

 人々はそんな不便な暮らしを避けたくて、そちらの方にはあまり居着かないということだった。……でも魔力の少ない人間は、人目を避けるようにそちらに流れる。道具に頼らず汗水垂らして肉体労働をすることになるが、それでも人の差別の視線の中に生きるよりマシだと。


 ユーリの保護施設もそういう場所にあり、結構な距離を移動しなければならない。氷魔石はたくさん手に入ったけれどあと二日も肉が持つかは五分五分だと思っているようだったので、ここは私の出番だとにっこり笑った。……なぜかユーリが小さく肩を跳ねさせた。笑顔を向けてビクッとされるのはなぜだろう。普段あまり笑わないから、もしかすると私の笑顔は筋肉が強張っていて奇妙なのかもしれない。



『ユーリさん、私の能力のこと忘れてませんか?』


「…………いや、しかし。それは、いいのか? 場所も知らないだろう? 結構距離があるぞ。君の負担になるのではないか?」


『余裕です。ユーリさんが場所を正確に思い浮かべてくれれば探せます』



 地球の裏側にだって一瞬で移動できる超能力者なのだ。さすがに日本からブラジルまで移動するのは疲れるが、これくらいならお安い御用である。

 問題は二日の移動距離を一瞬で移動しても怪しまれないかということだ。それを尋ねたところ、ホームにいる者達は色判定の日程を知らず、すでにユーリが出立してから十日が過ぎている。日数的にも怪しまれはしないから大丈夫だろうという返答だった。


 ならば瞬間移動で今日、帰ればいい。肉も無事持ち帰れる。そういう訳でユーリにホームの場所やら外見について思い浮かべてもらい、その思考から得た情報で目的地を探した。

 千里眼で視線を飛ばしていくと、森の中に建てられたかなり大きな建物を見つける。ユーリが思い浮かべていた建物と特徴が一致するので、これだろう。……精神感応ではさすがに、視覚情報までは伝わらない。はっきり思い浮かべてくれれば、ぼんやりと分かることはあるけれど。

 あたりに他の家や人の気配はなく、森の中にぽつんと一軒家という感じだ。かなり周辺を切り開いてあるので、森の中でも明るくていい雰囲気である。傍に畑も作られているし、立派な野菜が育てられていた。相当広いために屋敷と呼べそうな建物だが、そこで暮らしているのはどうやら三人だけである。



『三人の姿が見えました。丁度朝食の時間ですね……ユーリさんの話をしていたので、間違いないかと』


「そんなことまで分かるのか。たしかに、ホームで暮らしているのは私の他に三人だ」


『超能力者ですからね。……それにしてもユーリさん、気味悪がりませんよね。私の力』



 千里眼で遠く離れた誰かの様子が分かるということは、どこにいても監視ができる力でもある。正直、超能力者を相手にすればプライバシーを守ることはできない。

 だからこそ今まで隠してきた。私の力を知れば、誰も私のことを信用できないだろう。人として限界を超えた力だから、超能力なのだ。……私は、ユーリくらいお人好しならたとえ不気味に思ったとしても助けてくれるだろうと踏んで力の話をした。嫌われる覚悟はあったし、今でもそれは変わらない。


 だから、不思議なのだ。彼から伝わってくる感情に恐怖も、嫌悪も、いまだに滲んでいないのが。いや、もちろんそれはありがたいのだけれども。



「私は君を嫌いになることはないだろうからな」


『……そうなんですか?』


「君が私に恩を感じているように、私だって君には感謝しているんだぞ。……君は、昨日一日で私の世界を変えたんだ。自覚がないのか?」



 その時のユーリの感情は、ずいぶんと強い好意にあふれていて何故か居た堪れなくなった。……昨日の彼にもたしかに私に対する好感はあったのだが、それよりも戸惑いや驚きが強かったし、私に対して「何をするつもりだ」という心配というか不安というか、そういう意識を向けていた。

 私はそれを理解していたけれど、彼のためになると思うことをためらわずに実行し、そしてさらに彼を混乱させるということを繰り返していたと記憶している。



『私、結構、ユーリさんを困らせていた気がするんですが』


「……その自覚はあったのか」


『まあ、はい。……あ、でも困らせようとしてやってる訳じゃないですよ』



 結果的に彼が混乱したり戸惑ったりするだけで、私はユーリのためになることしかしていない、はずだ。私がとれる手段がちょっと、かなり、特殊だから戸惑うだけで、結果としては良い成果がでている、はずである。氷魔石しかり、魔石の除去しかり。

 ただ、それが好かれる行動だとは思っていない。とても「嫌いになることはない」と断言されるくらい好かれるような行動ではなかったと思うのだが、一晩のうちにどんな心境の変化があったのだろう。



「気安く話ができるのは君が初めてだ。隠し事はできないが、そのおかげで偽らずにいられる。私は、君のその能力が嫌いじゃない」


『……本心を覗かれて喜ぶ人って、かなり珍しいですよ』


「でも、私はそうだった。だから君は気にせず私の心を読めばいい。……本当に私が気にしていないのも分かるんだろう?」



 そう、それは分かる。すでにユーリは私が精神感応で意思を読むことを受け入れきっていて、抵抗感など微塵もないのだ。むしろ喜んで受け入れているというか、意思と感情のやり取りを望んでいるようにも感じる。……普通、嫌がるものじゃないんだろうか。



「君のおかげで私は自分の魔力の色を憎まなくてよくなった。……本当に、ありがとう。昨日は混乱して、まともに礼なんて言えなかったからな」


『……まだ、成果が出るのはずっと先ですよ?』


「それでも。希望があると知る前よりもずっといい」



 伝わってくる感謝と好意がくすぐったい。心地よい感情だが、そわそわとして落ち着かない気分になってしまう。……なるほど、ユーリが「君の気持ちはくすぐったい」と言っていたのはこのことだったのかと納得した。これはくすぐったい。照れくさい、というべきだろうか。



『ユーリさんの気持ちは分かりました。私ももう、超能力で不気味がられるかもなんて一切気にすることなくユーリさんのために突き進もうと思います』


「……なぜだろう。肌が一斉に立ったんだが」


『鳥肌ですか? おかしいですね、気温はあったかいですけど』


「そういうことじゃない」



 ユーリが気にしないと言うからこれからは多少遠慮した方がいいかもしれない、と思っていた能力もどんどん使っていこうと思っただけなのに。解せぬ。



「ホームの仲間たちには君を魔力放出障害として紹介することになっているのを忘れていないか?」



 昨日、ユーリの保護施設での私の設定を考えた際にそういうことになった。異世界人で超能力者であることは、できるだけ隠した方がいい。ユーリに明かしたのは協力者を得るためであって、私とて必要がない相手にぺらぺらと素性を漏らす気はない。自分が異質なのは理解している。 

 魔力がない私は魔法を使えない。そして超能力を封じれば私の身体能力は並以下になってしまう。そこで“怪力”になる魔力放出障害という設定を使うことにした。これなら念動力を使いながら重い物を持つなど力仕事をやっていても不自然ではないからだ。



『大丈夫です。超能力者であることを隠すのには慣れています』


「……本当か?」


『本当ですよ。両親以外にばれたことないんですから。……まあ、友達もいなかったっていうのも理由かもしれないですけど』



 人との関わりはとても希薄だった。超能力者であることを隠しながら、普通の友人関係を築くのはどうも難しい。私と他の人間とでは出来ることに差がありすぎる。能力を隠し続ける限り、私は“できない”フリをし続けなければならないし、本音を明かすこともできない。それで対等な友人になれるだろうか。私がコミュ障な訳ではない、とそんな話をしてみる。ユーリはとても納得した様子だった。



「……そうだな。重大な秘密を抱えたまま、対等な友人にはなれないな」


『でしょう? だから私は友達がいないんですよ。あ、でもユーリさんには全部話しているので、友達になれたらいいなって思っています』


「そうだな。私も君とはいい友人になりたいと思っている」



 お互いに友人になりたい、と思っていたようだ。……もうこれは、友達と言っても過言ではないのだろうか?

 ちょっと機嫌がよくなって、自然と口角が上がった。人は嬉しいと笑うものだ。私は今、結構嬉しいと思っている。笑みが浮かんでくるくらい嬉しいと思ったのはいつ以来だろうか。



『かわいい』



 その時伝わってきた意思に驚いて思わずユーリを見る。ユーリも驚いた顔をしていて、目が合ったまま数秒の間、どちらも動かなかった。……彼自身も自分に驚いている。なんだろう、この変な空気。



「……すまない。今の笑い方は可愛いと思ったんだ」


『それはどういう意味ですか。いつもの笑顔はお気に召さないんですか』


「…………君に満面の笑みを向けられるとなぜか背筋が冷たくなるからな」



 ……そうか。やっぱり私の笑顔は怖かったのか。あとでちょっと自然な笑顔の練習でもするとしよう。

 その後、移動に時間がかからないこともあって、睡眠をとっていなかったユーリがしばらく休むことになった。と言っても横になる訳でもなく、木に寄りかかってまどろむ程度の仮眠をとるつもりらしい。



『ちゃんと寝た方がいいと思うんですけど……』


「深く眠ってしまって目が覚めた時に君がいなくなっていたら心配だからな。これでいい」


『さすがに起きてる時は間違って瞬間移動なんてしませんよ。……気になるならやっぱり手をつなぎます? ここは外だから寝室に誘うことにはなりませんし』


「……そういう問題じゃない」



 男女がみだりに触れ合うものではない、という断固拒否の固い意思を伝えられたので、仕方がないなと諦めた。絶対にちゃんと眠った方がいいと思うのだけれども。さすがに、念動力で縛って寝袋に突っ込むわけにもいくまい。

 木の根元に座って太い幹に体を預けたユーリは、ぼんやりと私を見ている。……視界から消えないか心配で目も閉じられないようだ。



(私が昨日いつ瞬間移動したか分からないけど……交代に起こされてないってことは結構早かったのかな)



 それなら一晩中心配して気が気でない状態が続いていただろうから、不安になるのも仕方ない。手を繋げればよかったのだが、友人とはいえ異性でもある。挨拶として握手を交わすのはいいけど手を繋いで眠るのは彼の感覚としてあり得ないものらしく、この方法は使えない。

 ならばこれはどうだろう、と彼の隣に腰を下ろした。触れるか触れないかくらいの距離だ。



「……ハルカ?」


『これなら触ってませんけど、隣にいるのが分かりません?』


「そう、だな。これならわかる。……ありがとう」



 ユーリは気配に敏感だ。私が背後に現れれば、音を立てていなくても気づくくらいには。私が隣にいれば、彼はそれを感じ取れるだろう。

 ほっとしているらしい感情が伝わってきて、それはすぐに眠気に襲われて消えていく。彼が眠るなら精神感応は必要ないので切っておいた。他人の夢まで覗く趣味はない。


 彼が目を覚ましたら、ホームに移動する。それまでは千里眼であたりを探索したり、面白そうなものをアポートで取り寄せたりして待っていることにした。



(お、あれなんだろう。ちょっとこっちに引き寄せて……)



 そんな感じで彼が起きるまで興味を引くものを集めて暇を潰していた。目を覚ました彼がまた目元を覆って「少し眠っただけでなぜ……」と呟くのは二時間後のことである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る