第3話 凹凸とお人よしと超能力者、いざ森へ




 冒険者の荷物持ちという仕事は所謂雑用係だ。この世界には害獣――魔物が存在し、冒険者はそれを退治したり素材をはぎ取ったりするのが仕事である。彼らは魔物が生息する地域に寝泊まりしながら魔物狩りをするため、装備以外にも生活に必要なものを多く持ち歩かねばならない。魔力が多く強い冒険者であれば、魔法の道具を使ったり馬車を使ったりするだけの魔力の余裕や資金があるのだが、そうでない者達には雑用係の“荷物持ち”が必要となる。



「俺の荷物は持つ必要ないぞ。……あの二人組の荷物がどれほどかによるが、無理はするなよ」



 サビエートの森と言われる場所の少し手前で、うっそうと生い茂る緑を眺めながらフードの男改め、ユーリと名乗った彼はそう言った。傍に居る二人組の片割れに聞こえないように潜めた声だったが、その声色からでも私を心配している様子が分かる。疑う余地のない善人だ。

 彼が「色判定」の場に来ていたのは魔力の少ない子を保護するためで、そもそも本格的な魔物退治をする予定はなかった。そんな彼には一人の野宿ができる程度の持ち物しかないし、荷物持ちが必要ないというのもあるだろうけど、わざわざ言葉にして無理な仕事をさせる気はないと伝えてくれる優しい人だ。


 二人組の方は背の高いゼントという男の方がこの先の“お楽しみ”を想像しながら口笛を吹いている。もう片方の背が低いジュダという男は冒険に必要な荷物とやらを取りに行っていて、私達はジュダが戻ってくるのを待っていた。

 ちなみに私は声を出せないことになっており、文字も書けないので名乗れず蔑みを込めて「透明」と呼ばれている。……そう呼んでいるのは二人組だけであるが。



「よお、待たせたな。透明にはこいつを運んでもらうぜ」



 暫くしてジュダが運んできたのは人が五人は詰められそうな大きさのパンパンに膨らんだリュックで、それが私の目の前にドンと置かれた。重量としてはかなりありそうだが、魔力を流せれば風の魔法が発動して軽くなるらしい。その証拠にジュダは軽々とこれを運んできた。……魔力のない人間からすれば、見た目通りの重量の荷物である。私には関係ないが。


 ニタニタと笑う二人組はもうすでに私に仕事ができないと思っている。荷物持ちが出来ないならさっそくそのあたりの茂みにでも連れ込んでお仕置きを、などと考えているので吐き気がしそうだった。思考を読み取る精神感応はその感情まで読み取ってしまうのだ。自分の中に流れこんでくる下心が不快でならない。

 ユーリはといえば、二人の見え透いた考えに苛立ちながらこの場をどうやって収めるか思案している。魔力のない者に魔法道具を使う前提の仕事をさせるのはどうかと咎めようと思い至ったようなので、彼が何か言って問題が起こる前に巨大なリュックを背負った。



「嘘だろ!?」


「何故持てる!?」



 何故持てるのかと問われれば、それは私が超能力者だからという他にない。念動力で浮かべればいいのだから簡単だ。

 私に重量で負荷をかけたいなら1トンを超える鉄の塊でも持ってこなければ意味がない。キログラム単位くらいなら念動力で持ちあげても大して力を使っている気もしないというか、一般人的に例えるなら晩御飯の材料が入った買い物袋を持ってあげるくらいの感覚であり、これくらいならお安い御用である。無理難題にはあたらない。



『……この子はもしかして、魔力放出障害か?』



 人込みを抜けて森の中に入り、周りにいるのが三人だけになったため思考がはっきりと読み取れるようになった。もちろんこれは計画が失敗して悔しがっている二人組ではなく、ユーリの思考である。

 極稀に、魔力を持っていても外に放出できないタイプの人間がいるらしい。そういう者達は魔力を己の体にしか使えないので、身体能力向上の魔法を自然と使っていて怪力であるという。

 黒髪になる程の魔力を持っていて放出できないのだとすれば相当な身体能力を持っているのだろうな、と納得している彼には悪いが私の場合は全て超能力だ。純粋な筋力でいえばおそらく、ふとした拍子に超能力を使ってしまうため一般人以下だろう。……だからエネルギー切れでも起こして力が使えない状況になったら困る訳だが。



「どうするよ、あれを持てるとは思わなかったな」


「なら昼食の用意をさせればいい。魔力がなけりゃ火を起こせないだろ、それを利用して……」



 ひそひそとこちらに聞こえないように交わされる二人組の言葉だが、音として聞こえるかどうかは私にとってどうでもいいことだ。意思を乗せて発した言葉なのだから聞こえなくても分かる。

 二人組が先導して歩き、私は荷物を持って後を追う。ユーリは私とつかず離れずの距離にいるが、魔力のない私が魔物に襲われたりしたら大変だと思って傍に居るようだ。言葉は殆ど発しないが考えていることが善人そのもので、悪意が一切含まれない感情が伝わってくるのはどこか心地よくもある。……心の中を覗き見しているようでそれは申し訳なく思うけれど。



(……この人も色々訳アリか。“ユーリ”は偽名みたいだし)



 俺のことはユーリと呼んでくれ、と言った彼の言葉には雑念が交じっていた。それが本名ではないという意識が乗っている言葉だったのだ。さすがに心の中で自分の名前を呟いている訳ではなかったので正確な名前までは分からないが、今使っているのは偽名である。しかもその理由が出自を隠すためだ、ということまで分かってしまった。

 それに、口に出している言葉と心の内で考えている時の思考の言葉に“差異”がある。声にするときはわざと乱雑な言葉遣いをしているように思えた。



(元々は高貴な生まれで、口調を変えて平民に混ざって暮らしてるっぽい。色々大変な事情がありそうなのに、困ってる相手を放っておけないお人好しかぁ……)



 精神感応を使いっぱなしにするのはあまりよくないなと罪悪感を抱きながら思う。相手の秘密を暴いてしまうから。でも、私には情報が必要なのだ。決して他の誰にも彼の秘密は洩らさないから、許してほしい。私も自分の素性を明かすつもりであるし、痛み分けとしてもらいたい。……ちょっと、いやかなり強引というか、強制的だけれども。生き抜くためなのだからしかたあるまい。


 ある程度森の中を進んで小川の傍に差し掛かった時、休憩を取りたいと二人組が言い出した。ユーリも私を休ませるべきだと思っているようで頷いたし、私は尋ねられもせず決定権がなかったが、この場で一休みすることに異存はない。

 河原に荷物を降ろすと、二人組は慣れた様子で私の背負っていたリュックから水筒やら何やらを取り出しはじめた。



「じゃあ透明はここで火を起こせ。これ使っていいからよ」



 リュックからゼントが奇妙な石を取り出し、私に投げ寄越す。赤い水晶のような透明感のあるものでカエデの葉に似た形をしており、大きさとしては小石サイズだ。その小さな石の中から何かの力を感じる、不思議な物だった。……魔法のある世界なのだから感じるのは魔力なのだろう。

 これは火の魔石を加工したもので、魔力を込めれば燃える、元の世界で例えるならマッチのような道具らしい。辺りの安全を確認してくるから、その間に私は薪を集めてきて火を起こし、ここで暫く待機するように命じられた。



「戻ってくるまでには火を起こしとけよ」


「ユーリもいくだろ?」


「……喉が渇いたし、俺は水の補給をしてから行く。先に行け」


「お、そうか。……抜け駆けはしないでくれよ?」



 抜け駆けとはつまり、そういうことをする時は俺たちも呼べという意味である。下衆ゲスだな。とそう思った私と同じような感想を抱いたらしいユーリは二人組がいなくなった後軽くため息を吐いた。



「あの二人の思惑は分かってるか? お前にできないことを押し付け、罰として酷いことをする腹積もりだ。……だから、できないことがあったら俺を頼れよ」



 二人が離れている今なら逃げ出せそうではあるが、そうしてしまうと私は職務放棄と逃亡という罪を被ることになる。それこそ死ぬような目に遭う罰を与えられても文句が言えなくなるから、私を連れ出したくてもユーリは逃亡の提案はしない。

 私をサポートしながらこの仕事を無事に終え、その後に私をどこかに連れて行こうと思っている。……どこか遠くの田舎の方で、魔力の少ない者を保護している場所らしい。彼の思考を読む限り、ひとまずそこで生活するのは悪くなさそうだ。是非連れて行ってもらいたい。衣食住の確保は最優先事項だ。



「まずは薪集めだな。……おい、一人でいくな、危ないぞ」



 薪を集めるためにそのあたりの茂みに向かおうとしたが、森には魔物やそれ以外の獣がいて危険だと思ったユーリもついてこようとしたのでそれは必要ないと片手で制した。

 薪集めはさっさと念動力を使って終わらせるつもりだし、いつ二人組が戻ってくるか分からない状況で深い話はできないから二人きりでいる必要もない。私の素性について明かすのは確実に邪魔が入らない時がいい。



「そうか、お前は身体能力が高いんだったな。じゃあ、せめてこれを持っていけ」



 長いコートの内側をごそごそと漁った彼はベルトと鞘が一体になっているナイフを差し出してきた。自分が身に付けていたものをわざわざ外してくれたらしい。面倒見のいいユーリはそのままベルトのつけ方まで教えてくれる。

 しかし、それにしても。ジャージ姿で腰に無骨なベルトとナイフを巻いているのは結構珍妙なのではないだろうか。ユーリも私の服装を変だと思っているのが伝わってくる。



『随分変わった服だが……どこか辺鄙な場所の出身なんだろうか。両親の姿もないし、声も出せない。きっと大変な身の上なんだろう』



 服については多少疑問があるようだが、同情してくれているしなんとかしてやらなければと思ってくれている。私が薪を探しに行ったあと、少し距離をおいてこっそり後をつけて護衛しようなどと考えているくらいだ。初対面の人間によくもここまで親切にしようと思えるものだと感心してしまう。……私はこの世界の最底辺にあたる存在とされているのに。



(こんなにいい人を巻き込むのは気が引けてき……いやいや、でもこれ以上親身になってくれそうな人もいない。ごめんねユーリさん、私のために巻き込まれてください)



 私には協力者が必要なのだ。私の状況を理解し、この世界のことを教えてくれて、私を見捨てず、手助けしてくれる誰かが。生きていくためになりふり構ってなどいられない。

 これから先、彼以上のお人よしに出会えるとは思えないし、協力者を得るならチャンスは今しかないのだ。どうしても彼を味方につけて、手助けしてもらわなければ――暗い未来しか想像できない。……未来予知は全然働いてくれないし。こういう時こそ活躍してほしいのだが。



(でも、話すのはまだだ。あの二人組の邪魔が絶対に入らない時じゃないと。さっさと燃えるものを集めてこよう)



 話す前に超能力を使う姿を見られては面倒なことになりそうなので、茂みに入ってユーリの視界から外れたところで瞬間移動を使って適当に森の深い場所に移った。千里眼でパッと見た時に枝が大量に落ちていた場所である。

 手あたり次第よさそうな枝や葉を念動力で集め、そして私を見失ったと慌てているユーリの背後に瞬間移動で戻ってきた。戻ってきた瞬間、勢いよく彼が振り返ったので私もちょっと驚いた。……音は立てなかったというのに、随分気配に敏感だ。



「っ!?! い、いつからそこに……いや、それよりもうそんなに集めたのか? 随分、早かったな……?」

『この子は一体、何者だ……? 気配も先ほどまではなかったはずだが……?』



 超能力が使えるだけの人間なのでそんなに驚かないでほしい。この世界の人間だって魔法が使えるのだから、似たようなものだろうに。

 ユーリは先ほどから私の予想外の行動に混乱気味である。普通の人間にはできないことをやっているのだから当然の反応だが、後できっちり説明するので許してほしい。今はただこの仕事をこなし、あの二人組ときっちりお別れするのが優先なのだ。


 そしてなにより、そろそろ超能力を使いっぱなしで疲れてきたし食事が摂りたい。二人組は昼食の準備で火起こしをさせると言っていたから、あの二人が帰ってきたら焚火を使って食事を作ることになるのだろう。



(それならさっさと火を起こして待っておこう。順調に仕事をしているのに食事を抜かれるなんてことはさすがに……ないだろうし)



 たぶん。きっと、さすがに。いくら私が魔力なしの人権すら危うい存在だとしても、理由もなく虐げてはいけないという法律はあるようだから大丈夫だろう。……理由があったら虐げてもいいらしいけれど。


 河原の石を適当に組んで、その中心に拾ってきた枝を積んだ。そして集めてきた太い木を掴んで、先程ユーリに借りたナイフを取り出し、加工を始める。そう、火起こし器を作るのだ。

 私には発火能力パイロキネシスというどこでも火を扱える力があるけれど、魔力のない私が何もない場所から火を出したら不自然だ。そこで火起こし器で火をつけるフリをして、発火能力を使うことにした。

 ユーリに事情を話すのはこの仕事を終えてからの予定なので、それまでは一応魔力のない人間ができなくはない程度でいなければならない。……いや、まあ、面倒で瞬間移動を使って薪集めをした時点でちょっと怪しいだろうけれど。見られていない範囲なのでギリギリセーフ、ということにしておきたい。



「その木で何をするつもりだ? ……え? 火を起こす? それで?」



 加工中の木と積みあげた枝を指さして火を起こすつもりであることを伝えたら、ユーリはとてつもなく驚いた様子だった。この世界は魔法が発展しすぎて、何をするにも魔力と魔法を必要としているせいで原始的な能力が失われているらしい。そんなもので火を起こせるのかととても疑問に思われている。

 私の代わりに火をつけようとしたユーリの手には火の魔石が握られていて、私がやろうとしていることを見てみたいという興味と、あの二人が戻ってくる前に火をつけなくてはと思う心配の間で揺れているのが分かった。



「……見ていろ、と?」



 もう一度木を指さし、尋ねられた言葉に頷く。心配しなくてもあの二人はまだ帰ってくる気配はない。千里眼で確認したが、この後の予定の打ち合わせに盛り上がっているようだった。時間はまだまだありそうである。



(本当は火起こし器を作るのにも火をつけるのにも時間がかかるものだけど)



 私は超能力者である。ナイフを使って(いるように見せながら大体は念動力で)木を加工し、原始的なきりもみ式の火起こし器を作りあげた。ここまで十分程度しかかかっていないので本来ならあり得ないのだが、そもそも火起こし器を知らない人間しか見ていないし「やけに器用だな」としか思われていない。うん、問題ないだろう。……ないはずだ。



「これで火がつくのか?」



 ユーリの言葉に頷いてさっそく火起こし器を使う。くぼみの部分によく乾燥した細かな葉を入れてあとはひたすら摩擦するだけだ。……これも本来は根気のいる作業だが、この世界の物理法則が元の世界と同じとは限らない訳だし、それらしく見えればいい。適度なところで発火能力を使えば――。



(……あれ?)



 その時、不思議な現象が起きた。元の世界でならこの程度で火がつくはずもない程度の摩擦。時間にして一分程度棒を手の平で挟んで葉っぱをこすっただけ、それで煙が上がり始めたのだ。

 よく意識を集中してみると、微弱な力が集まっているのが分かる。人間が発するものより弱いが、多分魔力だ。



(……この世界のものは何でも魔力を含んでいるのかな。枯葉には火属性でもついてるの?)



 この世界の法則を知らないので詳しくは分からないが、発火能力に頼らずとも火はつけられた。火種が出来ればあとはそれを消さないように気を付けて枯葉や細枝などを追加して火を大きくし、積み木の方に移すだけだ。ついでに街でもらった名刺も投げ入れておいた。紙なだけあってすぐに燃えたが、まあ、多少は役に立っただろうか。

 この作業を見守っていたユーリは一言も発さなかったが、内心は驚きの連続だったようだ。私が使い終わった火起こし器の棒部分を薪として火にくべた時は「勿体ない!!」と思わず叫ぶほどに動揺していた。



「すまな、いや悪いな。驚いて……そんなもので火をつけられるとは思ってなかった。魔法を使わなくてもこんなことが……」



 すごいのは私ではなくこういう方法で火を起こしてきた大昔の人間と、やたら燃えやすいこの世界の植物だと思う。山火事などは起きないのかと心配になるくらいにはよく燃えた。

 とりあえず、ユーリは火起こし器に強い興味を抱いたようなので作り方から教えて時間を潰すことにした。一応、あの二人組の様子も覗いてみるかと千里眼を使って、そして。



「あ……」


「…………お前、声が出せるのか?」



 思わず声が漏れるくらい驚く光景が見えてしまい、ユーリが驚いたようにフードで見えない顔をこちらに向けたがそれどころではない。たった今、あの二人組は命を落とした。それをやった存在は、凄い勢いで私達のいる方向へと向かってきている。

 鳥の群れが騒ぎながら一斉に飛び立ち、漂い始めた異様な空気感にユーリもハッと立ち上がる。次第に大きくなる地響きと、腹の底が震えるような低い唸り声。木々をなぎ倒しながらうっそうと生い茂る森の奥から姿を現したそれは、川を挟んだ向こう側から私たちを淀んだ黄色い瞳で睨んでいた。


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