最終話 木村吉清
徳川の乱により大老のうち三名が除名され、元いた前田利長、宇喜多秀家の二人に、木村吉清、細川忠興、蒲生秀行を加えた五名が新五大老に就任した。
そうして豊臣家の中枢に入り込むと、先の徳川の乱の後始末や諸大名の調停、豊臣政権の
「大老がこうも忙しいものだとは思わなんだ……」
吉清が独りごちると、側に控えていた荒川政光が頷いた。
「当然です。今や殿は日ノ本一の大大名にして、新五大老の中核を担うお方……。遊んでいる暇などありませぬ」
「それはそうじゃ。そうなのじゃが……」
元々、大老職は吉清の目指すところではなかった。
責任。吉清の最も嫌いな言葉が背中にのしかかる。
当初は秀次との約束を果たすべく奮闘していたのだが、いつの間にやらこの国の大老にまで登りつめてしまった。
しかし、家康を倒した今、豊臣家の天下を脅かす脅威は存在しない。
それであれば、秀次に対する義理は、十分果たせたと言えるのではないか。
少なくとも吉清はそう考えていた。
「……儂にはもっと他にするべきことがあるはずじゃ」
「するべきこと……?」
吉清がその場で腰を振ると、荒川政光が「ああ……」と納得したように頷いた。
木村家は広大な領地を抱えるに至ったが、その反面、吉清の血族は少ない。
新たに側室を抱え、日夜大名としての責務を果たしているものの、領土の広さに対して一族はかなり少ない。
また、その多くは日ノ本にいることもあり、吉清の直系を増やすのは急務であった。
今後の方針を決めると、清久と宗明を呼びつけた。
「どうされたのですか、こんな急に呼び寄せるなど……」
清久が神妙な顔で尋ねた。
宗明もどことなく強ばっており、何か重大な話があるものと思って来たらしい。
そんな二人に、吉清はある宣言した。
「儂は隠居することにした」
「なっ……」
「なんと……」
「それにあたり、奥州石巻及び、関門を含む100万石を宗明に継がせ、大老職を譲ることとする」
突然の宣告に困惑する宗明に対し、清久が動揺した。
「おっ、お待ちください! それでは、私は……」
「清久にはそれ以外の土地を与えるゆえ、新たに建国する国の王になってもらう」
「なっ……け、建国!? それがしが、王に……!?」
「考えてもみよ。今の木村家は、豊臣家をも凌ぐ力を持っておるのだぞ……?」
木村家の実高が800万石に対し、豊臣家単体の石高は220万石。さらには江戸豊臣家も事実上木村家の傀儡であるため、少なくとも1000万石の力を有している。
現在の木村家は、その気になれば他のすべての大名を敵に回しても戦えてしまうだけの力を持っているのだ。
それなのに豊臣家に従い続けるのは、あまりにも不合理ではないか。吉清は暗にそう言っていた。
「第一、面倒であろう。何をするにも一々豊臣家の顔色を伺い、あれこれ手を回さねばならぬというのは……」
「それは……そうかもしれませぬが……」
「であれば、国を興した方が早かろう」
「いやいやいや! おかしいでしょう、それは! もっと他に方法が……」
「あるだろうな。……しかし、どれも回りくどく、面倒なものばかりであろう。……それならいっそ、国を興した方が早いというものよ……」
一瞬納得しかけ、清久が再び「いやいや」と首を振った。
「どう考えても国を興す方が面倒でしょう! このようようなこと、聞いたことがございませぬ!」
「なあに、面倒なのは最初だけじゃ。あとは一気に楽になるぞ! なにせ、誰に
高笑いする吉清を見て、清久の中に諦めが生まれていた。
新たに国を興すことは、すでに吉清の中で決定事項となっているのだ。
今更それを覆すなどできるはずがないのだ、と。
「しかし、国を興すなど、いったいどうすれば……。そもそも、他の大老や奉行には何と報告するのですか」
「三成に根回しをした。その気になれば、明日にでも建国できるであろう」
「いやいやいや!」
いくら三成が優秀な官吏とはいえ、わずか一日でできるはずがない。
きっと、吉清に相当な無理難題を押し付けられたのだろう。
清久は三成に内心同情するのだった。
それから半年が経った1604年5月、吉清の要望が認められ、ついに豊臣家からの独立が正式に認められた。
「倭人の国ゆえ、倭国としよう!」
こうして、高山国を本拠地とする超大国、倭国が成立した。
後に、明や周辺国家から倭寇の国と恐れられる国が誕生した瞬間であった。
建国と木村家の分裂に伴い、大坂に置いていた吉清、清久の妻子は高山国に引き上げた。
大坂の木村屋敷は宗明に譲るものの、郊外には大使館として新たに屋敷を建設した。
また、領土の問題から、亀井茲矩の領有する台南を獲得するべく国替えを働きかけ、木村家は高山国全土の領有に至った。
新たに台南奉行には真田信尹を指名し、開発を行なわせる。
そうして本拠地の支配を固める傍ら、清久が吉清に尋ねた。
「我らは豊臣家の
「決まっておろう。領地を広げるのじゃ。南の島々を尽く征服し、我らの領地とする! そして荒須賀よりアメリカ大陸に植民を始め、大陸を手に入れるのじゃ!」
「いやいやいや! 他にもっとすべきことがあるでしょう! まずは法を定め、国内の地盤を固めねばなりますまい!」
もっともなことを言う清久に、吉清は笑みを溢した。
「フフフ、儂が何のために家康を生かしておいたと思っておる」
「まさか……」
吉清の知る限り、家康の寿命は少なくとも10年は残っているはずである。
10年もあれば大抵のことはできるというものだ。
(家康……そなたは儂に返しきれぬほどの借りを作った……その借りを返してもらうぞ……!)
家康──もとい、東照に命じて法制度の整備を進めさせることにした。
元々木村家の中で定められていた法度に古今東西の法を混ぜた物を作らせ、最終確認に吉清が目を通した。
倭国の政務を行なう傍ら、清久が尋ねた。
「
「どうするって……そんなの決まっておろう」
吉清の掲げた外交方針は“
手始めに木村水軍を南蛮の主要都市に派遣すると、木村家に服従するか死ぬかを選ばせた。
当初は抵抗する国があったものの、見せしめに焼き討ちしたところ、それ以降は多くの国が従属し、日本人町の建設と植民を受け入れた。
それと同時に、徳川の乱以降召抱えた浪人たちをアメリカ大陸に送り込んだ。
10万人規模の植民と各地に港を建設したことで急速な発展を遂げ、倭国の中でも穀倉地帯として名を馳せていくこととなった。
倭国の基本方針は、倭国は海軍力の維持と技術力の向上に力を注ぐことであった。
中でも、毎年西欧各国に留学生の派遣をすることで、最先端の知識を学ぶと共に、国際情勢の把握に務め、後の変動に対応できるだけの力を得ていった。
そうした留学生たちが原動力となり、倭国は長くその力を維持していくのだった。
海外進出や国家運営を清久に一任すると、吉清は本拠地である台北に篭り、昼夜を問わず子作りに勤しんだ。
また、多くの子を作るためには長生きをしなくてはならないと考え、酒を控え粗食を心掛けるなど、健康にも気を使うようになった。
しかし、そんな吉清も寄る年の瀬には敵わなかった。
1612年、4月19日、腹上死により木村吉清はその生涯を終えた。
倭国初代国王、木村清久の父として木村家の基盤を築いた木村吉清の死は、多くの人々に影響を残した。
木村家のみならず、豊臣家や諸大名からも追悼が送られ、多くの人に悼まれながらこの世を去ることとなった。
吉清の死後、アメリカ大陸に拡張を続けた倭国は、1635年、ついに大陸の東海岸に到達すると、イギリス領植民地と衝突した。
開戦当初は兵数にモノを言わせていた倭国であったが、最新鋭の兵装を備えたイギリス軍による反撃を受け、東海岸の領有は叶わなかった。
この時からアメリカ大陸の統一が倭国の悲願となるのだった。
また、シベリアからユーラシア大陸にも進出を続けた結果、ロシアと国境を接するようになった。
領有当初は曖昧な国境を敷かれていたが、正式な国境が決まったのは、近世に入ってからのこととなった。
倭国開府から100年が経つと、国内の歪みが表面化し始めた。
あまりに広大な領地のため、領内の貧富の差や家臣間の格差が広がり、ついには独立する者まで現れ始めた。
そうした国々は西欧の干渉を受けて独立を果たし、倭国とは違う道を歩むのだった。
それ以降、軍事力の保持と外交に積極的に取り組むようになり、植民地化されることなく近代化を迎えることとなった。
現在の倭国は、樺太や台湾、東南アジアや豪州の島々と、大陸の一部に領土を持つのみとなり、全盛期から大きく領土を減らすこととなったものの、世界に大きな影響力を持つ国となった。
倭国の旧領地は日本文化圏と呼ばれ、欧州文化圏と並ぶ巨大な経済圏として残り、今なお木村吉清の残した功績を後世に伝えるのだった。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これにて本編完結です。
本作を完走できたのは、ここまで応援してくださった読者の皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
面白かったと思ったら、ブクマや評価をして頂けると励みになります。
また、詳しいあとがきを近況ノートに載せようと思っています。お気に入りユーザー登録をして頂ければホーム画面から近況ノートに飛べるようになりますので、そちらもお願いします。
これ以降、書こう書こうと思って書けていなかった番外編やifを不定期に投稿する予定です。
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