第144話 和睦締結後

 徳川と前田が和睦を締結して、秀頼の膝元である大坂では一応の落ち着きを取り戻していた。


 前代未聞の、現大老同士の武力衝突。


 そのようなことがあってもまだ、天下が戦禍に見舞われていないのは、秀吉の残した豊臣家という重しが効いているためか。


 前田と徳川の衝突は回避されたものの、水面下では未だに火種が燻っているのがわかる。


 街ゆく武士たちの顔にはどこか緊張感が漂っており、未だ一触即発の事態から抜け出せていないことを示していた。


 街ゆく人々を眺め、吉清がひとりごちる。


「うーむ。どうにもピリピリしておるの〜」


「なにを悠長なことを言っているのですか!」


 他人事のようにつぶやく吉清に、清久が呆れた様子でため息をついた。


「当家は徳川にあれだけのことをしたのです。次に徳川が攻め寄せるのは、間違いなく当家でしょう。すぐにでも奥州の軍備を整え、徳川を迎え撃てるようにしなくては……」


「その必要はないぞ」


 清久が目を見開いた。


「……ということは、当家が徳川領へ攻め込むので?」


 たしかに、木村家の海外領土から兵をかき集めてくれば、徳川に劣らぬ兵数を稼ぐことができるだろう。


 また、徳川の領地である関東は、小田原征伐の際に攻め込んだ土地だ。多少なりとも土地勘はある。


 だが、一つ不安な話もあった。


「聞くところによれば、徳川様は当家に江戸湾を占領されて以来、沿岸の防衛に力を入れていると聞きます。海から攻め込むとなれば、一筋縄ではいかぬでしょう」


「そちらの準備も進んでおる。万事、儂に任せておけ」


 自信満々に胸を叩く吉清に、清久は何とも言えぬ不安を覚えた。


 実績こそあるものの、吉清の立てる策は基本的に奇をてらったものが多い。


 裏をかくことばかりに夢中になって、足元を疎かにしなければよいのだが。






「新しい船が出来たと聞きましたが、これがその船にございますか!」


 真新しい船を前に、南条隆信がしげしげと眺めた。


 全長は従来の安宅船とそう変わらない。ただ、景宗船を思わせる巨大な帆を備えている。


「しかし……思ったより、小ぶりな船ですな」


「だが、その分速度は出るぞ」


 試しに、一度高山国から大坂までの移動にかかる時間を測ったところ、20日ほどで到着することができたのだ。


 従来の船では少なくとも一月はかかったというのだから、大幅な時間の短縮になった。


「風の有無や季節風によってばらつきはあるが、以前とは比べ物にならないくらい速くなったぞ」


 自慢気に吉清は語る。


 対徳川との戦を控え、吉清が最も必要としていたのは、高山国と密に連絡をとる手段であった。


 そのため、書状や要人をいち早く送るべく、速度に特化させた船──すなわち快速船の配備を進めていたのだった。


 船から見知った者が降りてくると、南条隆信が驚いた様子で目を見開いた。


「四釜殿……つい先日高山国へ行ったばかりでは……」


「いや、用事ができたゆえ、急ぎ戻ったのよ。それにしても……」


 よろよろと陸にあがると、四釜隆秀は口元を押さえた。


「速いことは速いですが、揺れがひどうございますな。船酔いが……」


 主君の前で粗相をしそうになる旧友を前に、隆信は介抱をするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る