第83話 清久と婚約者?

 石巻での政務から解放され、清久は久しぶりに京の木村屋敷へ戻ってきていた。


 吉清からは婚儀を進めるために戻れと言われたが、具体的な話は何一つ聞かされていなかった。


 吉清の性格から考えて、何も準備していないとは思わないが、その分期待も膨らむというものだ。


「私の妻となるのはどんな女子おなごなのだろう……」


 屋敷の門を潜ると、どこからか黄色い声が聞こえてきた。


 屋敷の中からではない。おそらく庭先からだろう。


 清久が顔を覗かせると、見たことのない姫が侍女と談笑していた。


 白い肌に、艶のある黒い髪。ほのかに紅が差した唇に、思わず目が吸い寄せられてしまう。


 立ち居振る舞いもどことなく品があり、育ちの良さが伝わってくる。


(な、なんと美しい……!)


 清久が目を奪われていると、姫と目が合った。


 清久がバツが悪そうに姿を現すと、姫は恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。


「そ、それがしは木村清久と申します……!  あの……なぜあなたのような美しい方が、当家にいらっしゃるのですか?」


「……婚儀のために……」


「こ、婚儀!」


 清久の胸が沸き立った。


(父上! 私のために、このような美しい方を妻にして下さるとは……! ありがとうございます! 父上、本当にありがとうございます!!!!!)






 そうして、清久と姫の親交が始まった。


 姫の気を引くべく、珍しい物を用意したり、自分の武功を話し、時に冗談も交えては大いに姫を笑わせた。


 ある時、清久が屋敷を出ると、京を警備する兵に呼び止められた。


「木村清久殿ですね? どこかで駒姫を見ませんでしたか?」


「駒姫?」


「関白殿下が謀反の罪で切腹されたことはご存知でしょう?」


 豊臣政権始まって以来の一大事に、清久が驚愕した。


「なんと、関白殿下が!」


 石巻に居た頃、そんな話は入ってこなかった。


 また、上洛してからというもの、ずっと姫にかかりきりだったこともあり、京の情勢に気を配っている余裕などなかった。


 中央ではそんなことが起きていたのか……。


 驚く清久に、兵たちが続けた。


「太閤殿下は関白殿下の妻子をことごとく処刑されるおつもりで、今、その行方を追っているところにございます」


「側室や子息は粗方捕えたのですが、関白殿下の側室であられる駒姫だけが、どうしても見つからないのです」


「聞けば、最近木村様の屋敷に姫が出入りしているとの噂がございます。……良ければ、中を改めさせていただけませぬか?」


 一大名に対する不躾な要求に、清久は首を振った。


「当家の屋敷に駒姫なる者はおらぬ」


「しかし、姫が出入りしていると……」


「あれは私の婚約者だ」


「されど……」


「くどい! 私の婚約者と申しておろう!」


 清久の剣幕に気圧され、兵たちが後ずさった。


「し、失礼しました!」


 兵たちを追い払うと、清久は屋敷へ戻った。


 土産を手に門を潜ると、姫が出迎えた。


「ずいぶんと外が騒がしいようでしたが、何かあったのですか?」


 清久は事情を説明した。秀次のこと。妻子を処刑するとのこと。


 そして――


「駒姫を探しているので、当家の屋敷へ入れろと言うのです。……まったく、困ったものですな。当家にそのような姫はおらぬというのに!」


 姫が驚いた様子で口に手を当てた。


「……いかがしましたか?」


 絶句する姫に、側に控えていた侍女が口を挟んだ。


「このお方は、最上義光様の娘であらせ、関白殿下の元へ嫁ぎに参った駒姫様にございます」


「なっ、なんだと!?!?!?!?」

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