第54話 石巻 北信景

 北信景は、南部家の重臣である北信愛の六男として生まれた。


 木村家に人質を出すにあたり、南部宗家にめぼしい者がいなかったため、年も若く、重臣である北信愛の息子であることから、北信景に白羽の矢が立ったのだった。


 そうして、北信景がやってきたのは、南部領とはすぐ隣の、木村領石巻だった。


 船を降りると、賑わいを見せる町が目についた。


 人々の活気に溢れており、賑わいを見せている。


「今日は祭りか何かでもやっているのか……」


 すぐ隣の領地であるにも関わらず、南部領との違いに驚きつつ、辺りを見回していると、身なりの良い武士が北信景を出迎えた。


「南部家からお越しになった、北信景殿ですね?」


「貴殿は……」


「それがしは木村家筆頭家老の荒川政光と申します」


 そうして、荒川政光に連れられ、まずは港の様子を見て回る。


 京や堺を見たことはないが、きっとこんな感じなのだろうか。


 物珍しそうに見渡す北信景に、荒川政光が尋ねた。


「何か、気になるものでもありましたか?」


「……驚きました。当家にも、木村殿が建ててくださった港町がございますが、石巻は当家のどの港より大きい……!」


「始めはもっと小さな港でしたが、当家の領地が広くなり、扱う産物が増えるにつれ増築していったのです」


「なるほど……」


 船に積み込まれる産物を見て、北信景が尋ねた。


「荒川殿、これはいったい何なのですか?」


「それは漆ですな。上方へ売りに出されるものです」


「上方と商売しているのか……!」


 一瞬驚きつつ、考えてみればこれだけ大きな港があるのだから、京や堺と商売していても不思議ではない。


(ということは、同じように港を持つ南部家でも、いずれは……)


 土地には限りがあるため、開墾だけではそのうち頭打ちとなる。

 それを見越して、今から商いに力を入れているというのか。


 南部家と領土を接し気候も似ている木村家の政策は、そのまま南部家でも使えるかもしれない。


 商いによって栄える南部家に思いを馳せつつ、北信景は町に足を踏み入れた。


「おお……! 見渡す限り商いで賑わっておりますな……」


 感嘆の声を上げ、興味深そうに辺りを見回す。


「店に並んでいるものは、全部京や大坂のものですか?」


「いえ、多くはここで作られたものです」


「なんと……!」


「楮や漆は山でも育てられる上、銭に変えやすいですからな……」


 元来、米は高温多湿の環境での生育に適しているため、北に行くにつれ栽培が難しくなる。


 しかし、武士はコメ本位経済を採用しているため、土地の価値を測る指標は石高であり、米こそが経済力を測る指標であった。


 そのため、米の栽培に適さない奥州はたびたび飢饉に見舞われ、その度に多くの餓死者や身売りが発生した。


 中でも、寒さが厳しく領地に山間部の多い南部領は特に貧しい。


 一度不作となれば一揆が頻発し、民の腹を満たすために幾度となく外征が繰り返された。


 その結果、信直の義父である南部晴政は南部家の最大版図を築くに至った。


 しかし、太平の世となっては、戦によって飢饉の補填をすることは叶わない。


 となれば、内政の拡充によって財政を潤し、民が飢えないようにする他なかった。


「なるほど、木村殿が羨ましい……。あいにくと、当家にはそのような特産品はないのです……」


「なければ、これから作っていけばよいのです。

 この地も、始めは田畑と山しかない、寂れた地でした。……しかし、殿が港を造り、上方から商人や職人を招いたことで、石巻も活気づきました」


「なんと……」


「楮や漆も、自生しているものを見つけたり、上方から苗木を買って増やしたのです」


「なるほど、木村様は初めから恵まれた身の上かと思っていましたが、それがしの考えが甘かったようです。……当家も木村様を見習い国を富ませなくては!」


 これ以降、南部領では山間部を利用して商品作物の栽培が推奨され、南部家の財政を潤すこととなるのだった。

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