第39話 関白3
いつものように執務を終えると、吉清は秀次の屋敷に招待されていた。
適当な理由をつけて断ろうにも、事情を知らない隆信が吉清に取り次いでしまうため、秀次から逃れられないでいた。
気が進まない吉清とは裏腹に、秀次はゴキゲンな様子で出迎えた。
「木村殿、よく来たな。奥で待つといい」
案内された部屋で待っていたのは、最上義光だった。
吉清を見てギョッとすると、ジロリと睨みつけてきた。
……気が重い。何が楽しくて自分を嫌う者と二人きりで待たされなければならないのか。
せめて、他に誰か居てくれればいいのだが。
「今、食事の支度をさせておる。まもなくできるであろう」
台所へ見に行こうとする秀次を、吉清は呼び止めた。
「あの、細川忠興殿は来られてないので……?」
「忠興は用事があるとのことで、今日は来ておらぬな。……まあ、よいではないか。今日は我らで知己を結ぶというのも」
……全然良くない。
ただでさえ、秀次と居ては危険なのだ。身の安全のためにも、すぐにでも帰ってしまいたい。
家臣の一人を病気ということにして、見舞いに行くと言って抜けてしまおうか。いや、秀次も着いてくると言っては困る。
では、秀次の着いてこれない場所。石巻にでも帰ろうか。適当な理由……例えば、そう、国元が不穏ゆえ、帰国したいといった理由をつけて。
幸いというか、吉清が領主となってから反乱が起きたという実績がある。それなりに信憑性があるはずだ。
うん、そうしよう。
適当な言い訳を考え、吉清が腰を浮かせると、襖が開けられた。
「飯の支度ができましたぞ!」
膳を持ってきたのは、伊達政宗だった。
吉清と目が合うと、露骨に嫌そうな顔をした。
「…………なぜ貴様がここにおるのだ」
「私が呼んだのだ」
秀次が答えると、政宗が姿勢を正した。
人数分の膳を置くと、政宗、吉清を座らせた。
「聞けば、貴殿らは皆、奥州を治める大名とのこと。ここで一つ知己を結び、互いの結束を強めれば、国元も穏やかとなり争いも減ろう」
そうだろう? と辺りを見回す秀次に、吉清は何も言えなくなってしまった。
秀次がとっくりを手に取ると、吉清の盃に酒を注いだ。
「政宗の料理は絶品だ。木村殿も、是非一度味わってみるといい」
ちらりと政宗の顔を覗うと、目があってしまった。
「……毒など入っておらぬから、安心して食え。関白殿下の御前で毒など入れるはずがなかろう」
秀次の前でなければ毒を入れていたのか。
敵対関係にある政宗の料理を食べるのは、気が進まない。
できることなら避けたいところだが、秀次も義光も既に口にした中で、自分だけ食べないなどというマネはできない。
なにより、秀次が期待を込めた目で見つめてくる中、拒否するのも気が引けた。
魚の煮付けに箸をつけ、恐る恐る一口。
「おお、うまい!」
「……であろう?」
秀次が自分の事のように誇らしげに胸を張った。
「政宗は料理もできるのだ。時々、家臣たちにも振る舞っているのだそうだ」
「はっ、家臣をねぎらい、健康を考えるのも主の務めゆえ」
ここら辺は、自ら風呂を沸かし、家臣の日頃の労をねぎらうという、氏郷に通じる物を感じた。
敵ながら、見習うべきかもしれない。
吉清が感心していると、秀次が手を打った。
「そういえば、木村殿は先日、拾様と顔を合わせたのだったな。どうであったか? 息災にしておったか?」
「はっ、大変お元気そうにしておりました」
そうか、と秀次が微笑んだ。
「…………実はな、このごろ拾様にお目通りできんのだ。お身体が優れないのかと思ったのだが……」
「は……?」
「……いや、私の杞憂ならそれでよいのだ」
「……………………」
冗談めかして話す秀次に、吉清は思わず箸を落としてしまった。
「木村殿?」
心配そうに様子を伺う秀次に、吉清は顔が真っ青になっていた。
秀次の杞憂どころではない。秀次事件の歯車が、既に回りだしているのだ。
既に、自分も処罰の対象に含まれてしまったのだろうか。
そうなれば、せっかく改易を免れた木村家は、再び破滅の未来を辿ってしまうことになる。
苦労して開発した領地が、せっかく集め育てた家臣が、すべて無駄になってしまう。
あとどれくらい猶予が残されているのか。
あるいは、もう手遅れになっているのか……。
破滅の足音が頭の中でこだまする。不安が毒のように体を巡り、全身から汗が吹き出した。
「どうかしたか? 顔色がよろしくないようだが……」
尋常ならざる様子の吉清を気遣うように、秀次は顔を覗き込んだ。
「い、いえ、どうやら悪いものでも食べたのやも……」
吉清の言い訳に、政宗がすごい形相で睨みつけたのだった。
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