第26話 ルソン侵攻

 イスパニアのガレオン船が鹵獲されたと聞き、マニラのフィリピン総督から抗議と一連の対応は手違いがあったとの文が届いた。


「この知らせ、まだ殿下の元へ届いていないだろうな?」


「はっ、ルソンからの文となれば、必ず高山国を経由せねばなりませぬゆえ、届いておりませぬ」


「なら、殿下の元へ届く前にもみ消しておけ。国内のキリシタンどもが騒いだら面倒だからな」


 国内有数のキリシタン大名、木村吉清がそう命じる中、小幡信貞、亀井茲矩がやってきた。


「木村殿、ルソン侵攻の作戦はどのようにするので?」


 亀井茲矩の問いに、ルソンからの書状を広げた。


「書状には、我らに対する抗議と敵対する意図はなく攻撃は手違いであったとの旨が書かれておる」


 今回は、完全に明の港を襲撃した木村軍・倭寇連合側に非がある。


 にも関わらず、港襲撃の言及を避けた上で抗議に留め、敵対する意図はないと融和路線に舵を切っている。


 明らかに攻撃の正当性が向こうにあるにも関わらず、だ。


「やつらの弱腰の姿勢……。これは、我らとの衝突を避けていることに他ならない。つまり、我らの戦力と比べ、勝つのが難しいと判断したのだ」


 吉清の演説に、原田喜右衛門が頷いた。


「ルソンにはイスパニアの兵はあまり多くいません。鉄砲の数も兵力もこちらが上ですので、まず負けないかと」


「倭寇の話によれば、イスパニアは大きな船と強力な火砲を用いるらしい」


 天正10年(1582年)のカガヤンの戦いでは、倭寇の連合軍がルソンに駐屯するイスパニア軍に戦いを挑み、返り討ちにあったのだという。


 豊富な火器と現地民の混成軍を前に敗れたのだ。


「やつらが弱腰とはいえ、油断のできる相手ではない。……ゆえに、正面からやりあう気はない。我らは我らの戦いでいくぞ」


「はっ!」









 マニラの城塞にて執務を行うフィリピン総督、ゴメス・ペレス・ダスマリニャス・イ・リバデネイラの元に日本側から文が届いた。


 曰く、


『そちらの釈明を聞くので、使者を派遣する。受け入れられたし』


 とのことだ。


 交戦せずに済みそうなことにホッとしつつ、マニラ湾内に現れた船団にゴメスは目を丸くした。


 倭寇の船こそ混ざっていないが、20隻もの安宅船に構成される、大船団であった。


 一隻に50人は乗っているとして、1000人もの兵を連れてきたというのか。


 危機感を募らせたゴメスは、すぐに警戒体制に入るよう命令をした。


 イスパニア軍と木村軍の間に緊張が高まる中、木村軍の一隻で旗が振られた。色とりどりの旗は見覚えがある。


「あれは欧州共通の旗信号ではないか……。なぜ奴らが知っているのだ?」


「おそらく、イスパニアの宣教師が乗船しているのでしょう。……我々と交渉をするために」


 宣教師が乗っていると聞き、ゴメスは少なからず安堵した。


 わざわざこちらの言葉の通じる人間を用意しているということは、まだ交渉の余地があることを示している。


「こちらも旗信号で応答せよ」


 ゴメスの指示により、ガレオン船から旗を振る。


『貴殿らは使者を乗せた船に相違ないか?』


『そうだ。着岸の許可をもらいたい』


『その前に答えてほしい。なぜこれほどの艦隊を率いているのだ』


『使者の護衛に連れてきた。危害は加えないことを約束する』


 ゴメスは頭を抱えた。


 どう考えても護衛などではない。過剰な戦力は脅しのためだろう。


 少し考え、再度旗を振らせた。


『護衛の上陸は許さない。使者と数名の護衛のみ許可する』


『そのような条件、到底承服できない』


『では、こちらの代表がそちらの船へ行く。船上で話し合おう』


『拒否する。こちらの着岸を受け入れられたし』


 木村軍の要求は、「船を着岸させろ」「護衛を同行させろ」の一点張りで、話は平行線となった。


 こうして、マニラ湾内で安宅船とガレオン船が睨み合う形となるのだった。






 二週間マニラ湾内で睨み合ってると、マニラ城塞にて執務を行うゴメスに伝令が入った。


「た、大変です! 倭寇の攻撃を受け、セブ島が陥落! また、ルソン各地の都市に日本兵が上陸しております」


「なっ、なんだと!?」


 予期せぬ報告に、ゴメスは思わずペンを落としてしまった。


 つまり、彼らには始めから交渉する気などなく、この船団もイスパニア軍を釘付けにしておくためのものだったのか。


 木村軍に謀られたことを悟り、頭に血が登る。


 ここにきて、ついに攻撃に踏み切ることを決断したのだった。


 すぐさま湾内のガレオン船に伝令を飛ばすと、船に搭載された砲台が火を吹いた。


 砲弾が安宅船を掠め、海に水柱をつくる。


 一方、安宅船の方は有効な攻撃がないらしく、こちらの攻撃を右へ左へと避けるばかりであった。


 戦う気があるのかないのかわからない者を相手に、ガレオン船の船長が苛立った。


「ええい、ちょこまかと……!」


 彼らの帆を立てず手漕ぎなため、風の方向に左右されず小回りも効いている。


 それでも、どうにか半分ほど撃沈したところで、安宅船が撤退を始めた。


 追撃しようと帆を広げ全速前進したところで、違和感に気がついた。風を頼りに動く帆船とはいえ、あまりに遅いのだ。


「おい、今何時だ?」


「14時です」


 部下の言葉に、船長はハッとした。


 潮汐が逆転しており、湾内に海水が流れ込んでいる。


 入り込む潮が、湾から出ようとするガレオン船と真っ向からぶつかる形となってしまい、力が相殺されている。これでは無理やり減速させられているのと変わらない。


 そして、木村軍が置いていった置土産も効いていた。


 撃沈した船からは、死体の代わりに油の染み込んだ係留用の太いロープや木製のタルが大量にばら撒かれていた。


 また、ロープには重りをくくりつけているらしく、潮流の影響を受けず錨を下ろした状態となり海を漂っている。


 この状況で無理に進もうにも、逆潮で減速させられ、船に引っかかった木材やロープが水の抵抗を大きくしているため、思うように進めない。


「小型の手漕ぎ船であれば、こうはならなかったというのに……」


 と、そこまで考え、船長は気がついた。


 始めからわかっていたのだ。イスパニアの主力船が、遠洋航海のための巨大な帆船であることを。


 その機動力を削ぐために、すべて計算していたのだ。


 突如、安宅船の甲版が輝いた。


 それまで砲弾の回避に専念していた安宅船から、鉄砲が火を吹いたのだ。


 鉛球の一斉掃射が外壁を貫き、そのうちの一つが火薬庫に着弾した。


 その刹那、ガレオン船が爆発に包まれた。


 連鎖的に油を収納したたタルや油の染み込んだロープに引火すると、周囲のガレオン船を巻き込み、一隻が大破。他数隻も航行困難に陥り、イスパニア海軍は完全に機能を停止するのだった。






 陸上から一部始終を見ていたイスパニア人が呆然とする中、ルソン各地から上陸した木村軍がマニラに迫ってきているという知らせが入った。


 頼みの綱はマニラに築かれた要塞だが、そもそも援軍の期待できない状況での籠城など、なんの意味もなさない。


 ここにきて、これ以上の抵抗は無意味であると悟ったゴメスは、降伏をするのだった。






 フィリピン総督の降伏を認め、吉清は以下の条件を突きつけた。


 ・木村家に対して朝貢すること

 ・木村家に対し、徴税権、司法権を認めること

 ・木村家に対し、貿易や鉱山の運営といった、あらゆる利権を認めること

 ・イスパニア本国を含む他国との交渉は、すべて木村家を介して行うこと

 ・同地に日本人町の建設を許可すること

 ・日本人に対して一切布教活動をしないこと

 ・ルソン内におけるイスパニア人の移動の自由を制限すること

 ・マニラのドックは直ちに破棄し、船大工や職人はすべて木村家に仕えること


 これらの条件に目を通し、ゴメスは目の前が暗くなった。


 すべて厳しい条件だが、特にガレオン船が造れなくなることが手痛い。


 彼らの目を盗んで船を大量に建造できれば、本国へ助けを求めることもできたかもしれない。


 また、軍備を整え反撃ができたかもしれないものを、船がなくてはどうにもならない。これでは完全に牙を抜かれてしまう。


 降伏をした時点で飲まないという選択肢はないのだが、目の前に立ち込めた暗雲にめまいがするのだった。


「……わかった。その条件を飲もう」


 こうして、木村家はルソンにおけるイスパニアの利権とガレオン船建造の技術を獲得したのだった。

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