異世界いっといれ 〜失業したので異世界行き来しながらスキルで稼ごうとしていたがキャバ嬢に主導権を握られている

nov

第1話 失業したらトイレが異世界になりました

001


 目の前が真っ暗だった。


 早めに出勤した職場の入り口には廃業しましたの簡素な文字が貼り付けられていた。



 クビを宣告されるならまだしも、突然の廃業で未払いの給料も支払われるかも不明。当然の如く経営者に連絡もつかない。


 新型ウィルスの流行で客足も遠のき、経営に不安を募らせてはいたが青天の霹靂だった。



 俺が働き始めて3年。専門学校で柔道整復師を取ったにも関わらず、ようやく仕事にありつけたのは資格不要なリラクゼーションマッサージの店だった。


 階段を一段下りることに気分が沈む。なんでこんなに人生はうまくいかないのだろうか。この職場も決して良い職場とは言えなかった。社会保険など皆無だったし、残業代などまともに出すつもりもない。社員という募集で応募したのに、蓋を開けてみるとただの個人事業主だ。確定申告を自分でやらなければならないと知ったのは去年になってからだった。


 それでも、こんな地方都市で仕事にありつけるだけでマシだった。


 景気が悪くなった今から仕事なんて見つかる気がしない。


 いや、選ばなければバイトくらいはある。でもそれだけじゃ暮らしていけないし、資格と無関係な仕事は専門学校を出してくれた親にも申し訳ない。


「なんで一人暮らし始めちゃったかなぁ…」


 つい先日、親にそそのかされるままに実家を出、一人暮らしを始めたその家賃が重くのしかかる。


 ツいてない。


 いや、ツいてたことなんてなかった。


 何をどう頑張ったところで何も変わりはしない。こうやって自分の意思と関係なく「振り出しに戻る」だ。何も残りやしない。


 一人暮らしすれば彼女ができてラブラブ同棲生活なんてものもやはり存在してなかったのだ。



 いつの間にか自宅前にたどり着いていた。無駄になった職場との近さが恨めしい。


 鍵穴めがけてやや乱暴に鍵を刺し、力強く回す。



「人類滅亡すれば良いのに」


『……その望み、果たすがよい』


 ドアの向こうの見慣れた自室には、黒い光を放つ球体が浮いており、音ではない何かで話しかけてきた。


「……おばけ?」


『……否』


 よく分からない圧力とともに否定の意思が返ってくる。


「なんだこれ? 会話はできるのか?」


 現実感が薄いのか、それともまだ日中で明るいせいなのか幸い恐怖心は薄い。とりあえずドアを閉め戸締りする。


『その望み、果たすがよい』


「果たせと言われても……何をどうやって?」




 黒いピカピカさんによると神に見放されたこの世界の魂は薄っぺらくて使い物にならない上に、そのうち環境悪化で勝手に滅亡するらしい。そのうちって言っても数百年とからしいが。


 テストケースとしてこの世界の人間が別世界で魂を鍛えることができるのかどうか試してみようとしてたところに、たまたま俺のヤる気に満ちた呟きがヒットしたようだ。


 要は異世界と行ったり来たりしながら、魂鍛えて役に立たない人類を滅亡させちゃいなよってことらしい。



 人類滅亡なんて本気で考えてたわけじゃないんだけど魂を鍛えられるかだけの検証でもいいらしい。わりと適当だ。というかタイムスケールが壮大すぎて人の一生くらいの時間なんて誤差みたいなもんなんだそうな。


 向こうの人なりモンスターなり連れてくるとか、人類滅亡目的ならもっと良い方法がありそうなもんだけどとりあえず影響少ない範囲でお試ししてみるとのこと。よくわからん制約的なのが色々あるらしい。


 もうそこのドアを開けると異世界なんだそうな。



 そこトイレのドアだけどな。トイレ行けへんやん。



002



 黒いピカピカさんは一方的とも言える会話を終えると気が済んだのか、とっとと消えてしまった。


 しょうがないので新世界へのドアを開けてみた。トイレの。


 もちろん、フルオープンではなく恐る恐る少しだけ開けて覗き見だ。



 本当にトイレではなくなっていた。ドア隙間から見えたのは薄暗い洞窟だ。真っ暗ではなくて少し安心した。


 行き来できるのは自分だけとのことだったがトイレどうしよう。朝のトイレ独占は一人暮らしの醍醐味だったのに……。


 それはともかく、何となくドアの隙間から流れてくる空気が濃い。濃いというか吸い込んだ肺や気管支も熱を持ってる気がする。いや熱い。何これやばい。


 慌ててドアを閉めるも中々胸の熱が落ち着かない。心臓もバクバクいっている。


 効くかわからないけど鎮痛剤代わりに風邪薬を飲んで布団に入った。





 起きたら夜だった。昼に寝たらそりゃそうか。


 胸の熱も不自然なくらい治まっていた。


 あれはもしかすると魔素的なもので、もしかしなくてもその環境に慣れるところから始めなければならないのでは……。


 ゲームみたいにお手軽にとは言わないが、レベル上げて塩胡椒売ってヒャッハーとかちょっと考えていたのに厳しすぎる……。そういえばチートも貰っていない。戦闘能力もトイレもない。


 そこまでして異世界に行く理由はあるのか?



 いや行くでしょ! だって異世界だもん!


 非日常な話を聞いているだけでワクワクしてしまったんだ。ようやくやってきた平凡な俺の特別!

 やればやったなりの結果が残せるかも知らないんだ。こんなやってもやらなくても大した役にも立たない世界で燻っていられるか! 死ぬ気で魂磨くに決まってる。


 俺は再びドアを開ける。



「あれ?」


 ドアの隙間に顔を突っ込み深呼吸してみる。


「あれ、何ともないな」


 あれほど熱を持っていた呼吸器が何ともない。


「……馴染むの早っ」


 懸念はあっさりとなくなった。ドアを開け放つ。


 黒いピカピカさんによればこのドアは俺しか通れない。そもそも誰からも何からも見えないそうだ。他人からはトイレでしかない。そして、魂を鍛えるとはレベルアップと呼び替えてもほぼ大丈夫な内容だった。

 敵を倒して魂の一部を吸収し自分の魂とする。同族はノーカウントで同じ敵ばかりだと吸収量が減っていく。強い=魂が強いでほぼ正解。ようは経験値とレベルアップ!


 であれば俺がやる事は一つ!


 釣りだ。敵を釣ってきて安全なこちらから敵を屠る!


 餌は何が良いんだろか。


 その前に一応確認しておこう。


「そいやっ」


 おもむろに空いたペットボトルを投げつけてみた。結果、境界を無事通過してカラカラと転がっていった。


「ヨシ」


 指差し確認よし。遠距離攻撃もアリと。後はモンスターがこちら側に入ってこれないことが確認できればいいんだが……。


「キィキィ」


 微かに鉄を引っ掻いたような鳴き声が聞こえた気がする。モンスターか?


 息を潜めて待つ事数十秒。カサカサと軽い音と共に滑るように現れた蜘蛛がペットボトルを齧ろうとして弾いた。再びカラカラと鳴り響きこちらに戻ってくるペットボトル。


 蜘蛛……で良いんだろうか。脚が多い気がする。そして速い。


 やはりというかこちらには気付いてないようだ。多分。どこ見てるかわからんけど。


 念のため一度ドアを閉めて武器になるものを探してみる……が包丁かカッターナイフくらいしかない。



 これはホームセンターでも行くしかないか……。殺虫剤は効くのかな……。



 その日は武器になりそうなものや殺虫剤を布団でネット検索してるうち寝た。



003


 朝から自転車でホームセンターにやってきた。購入予定なのは鍬かツルハシ。後、鉈と殺虫剤くらいか。丈夫な軍手もあればなおよし。


 しかし、あまり種類がなかった。やはりネット通販の方が良かったか。剣鉈とかなんて売ってない。剣先が平らな枝打ち用の鉈じゃ……こういまいち気分が乗らないというかなんというか。


 当面の繋ぎとして、三叉で刺さりやすそうな鍬とゴツい軍手、安全靴にデスソースと水鉄砲を計1万円程度で購入。

 殺虫剤はハエやカ向けのスプレーなんて効かなそうだし、ゴキブリ向けも微妙な気がしたので見送った。嵩張るし。自転車の積載量的にもこの辺が限界だった。


 鍬を担いで自転車で帰り、早速戦闘準備だ。


 冷凍庫にあった豚バラ肉と鮭の切り身を電子レンジで解凍し、異世界ドア前に設置する。昨日のペットボトルも蜘蛛も綺麗さっぱり見当たらなかった。


 腹が空いた。


 なんで自分の飯を餌にしたんだろう。でもモンスターの好みが分かれば釣りが楽になるはずだ。


 ここから見えるのは一本道だ。迷宮の突き当たりにこのドアができているらしい。




 待つ事数分。


 来ない。


 おしっこしたい。


 音を出した方が釣れるんだろうか。


 いいや。迷宮で立ちションしたろ。


 ここはウチのトイレだし!


 始めて迷宮に踏み入れる。ジャリっと安全靴が小石を噛む音が響く。相当硬そうなゴツゴツとした岩の床だ。ほんのりと発光している左手の壁に向かって放水した。視線は通路奥を警戒だ。



「キィキィ」


「やべ、きたっ」


 早々にジョロジョロ放水を完了しドアに飛び込む。土埃が自宅の床を舞った。


「新聞紙でも敷いとくか」


 滑るようにやってきた脚の多い1メートルくらいの蜘蛛は、肉でも魚でもなく、できたてホヤホヤしている水溜りに一直線だ。水が欲しいのかそれともアンモニア臭がお気に入りなのか?


 ひとしきり水溜りを堪能した彼は肉に食いついた。やはり魚より肉か。近くてドキドキする。トンボの幼虫みたいな口だ。左右から噛み合う牙は凶悪の一言。齧られたらごっそり肉を持っていかれるだろう。


 デスソース水鉄砲も用意しているが暴れられても困る。ここは鍬の出番だ。しかしどこを狙うか……。虫は致命傷を与えても中々死なないんだよなぁ……。


 脚は10本だ。蜘蛛と同様に頭胸部と腹部が分かれておりそれらを繋ぐ腹柄は細い。ここを分断できれば一撃だろうが即死はしない。頭胸部から生えている脚は全然動き回るだろう。脚を落として機動力を削ぐ方が無難なんだろうか?


 しかし、観察して考えているうちに逃げられるのも癪だ。お肉に夢中になっているうちにやらねば。


 ここはとりあえず。


「脳天イッパーツ!」


 自室から鍬を脳天に振り下ろす。


 ざっくりと貫通した鍬が床と火花を散らした。

 思っていたよりも軽い手応え。


 鍬を刺したまま逃げようとするがそれほどパワーもない。


 しばらく綱引き状態だったが、やがてピクピクと脚を広げて大人しくなり、砂でできていたかのように崩れて溶けていった。


 迷宮に踏み出して消えた跡を観察するも何もない。


「魂は吸収できたんだろうか」


 再び肺のあたりがカッと熱くなる。


『魂強度上昇。職業、農民を解放しました』


 おおう。いきなりゲームチックなアナウンスが脳内再生されたんだけど。神の声ってやつか。本当に神に管理された世界なんだな……けど、農民?


 思わずメインウェポンに目をやってしまった。犯人はこいつか。

 


0004


 レベルアップしたせいなのか農民になったせいなのか鍬を振るうのが快調になった俺は、その後も蜘蛛を音と肉で誘き出し、腰が入ったスイングでレベルを3つ上げた。


 ただただ、鍬を振り下ろす簡単な作業でした。


 しかしだ。この蜘蛛は何もドロップしない。5分に1匹は倒していたから30匹はやったはずだ。倒しても何も落ちない。敵が消えてなくなるパターンだと魔石とかお金とか落とすのが普通なんじゃないの? 普通ってなに?


 後、もう経験値も打ち止めかもしれない。もう3時間やって1上がるかどうかな気がしている。上がらないわけじゃないだろうけど上げるための蜘蛛の数が指数関数的に増えていく予感。多分合ってると思う。


「1日で終わりか」


 安全な狩りの終わりが見えてしまった。


「装備整えるにしてもリターンがなぁ……」


 よりアグレッシブな狩りのために装備に投資しても現状回収できるあてがない。貯金はまだあるけど無収入だとそんなに余裕はない。レベルアップして肉体労働でもしろというのか。


「上に行ってみるかなぁ」


 ここは迷宮一層。地上には街があるそうな。金策を考えねばなるまい。地球との貿易ができれば色々解決するのだ。上手く行けばもう一部屋借りてトイレ問題も解決する……かもしれない。迷宮に人が集まって街ができているなら何らかの稼ぐ手段があるはず。金の匂いが皆無のところには人は集まらない。



 問題は、言葉が通じる気がしないところか。


 自室に戻り検索してみる。


「言葉が通じない 手段……と」


 うーん。日本語でノリよくジェスチャーで……か。まぁ向こうさんも言葉通じない外国人と会うこともあるだろう。あるといいなぁ。紙に絵を描くのもありだろうけど紙もペンも貿易の戦略物資の可能性がある。どの程度の文明度か不明なのだ。


「黒板代わりに黒いクリップボードとチョークくらいならいけるか」


 文字もわからないので絵で伝えられることも限られるがないよりはマシだろう。早速、自転車に跨りホームセンターへと向かった。



 ペダルが軽い。


 見た目はまったく変化してないが間違いなく身体能力は上がっているようだ。


 思わず口角が上がる。


 成果が出ている。成果が見える。


 金銭的課題が解決できればもっと頑張れる。


 装備を整えてもっと下層へ。



 あ、牛丼屋。寄って行こう。



0005



 ホームセンターで仕入れたチョークとクリップボードを3セット、外の気温が分からないので一応上着の黒のパーカー、水2リットル、携帯食料としてチョコ詰め合わせをリュックに詰め、上層への階段を探し始めた。


 身体能力は上がったとはいえ、先制攻撃を食らうと怪我必至のため、足音を忍ばせながらかなり慎重に進んでいる。


 こちらが先に蜘蛛を発見した場合はもう特に問題はない。真っ直ぐ噛みに来るだけので、足でひっくり返して耕せば終わりだ。この階層では敵は単体のみのようだ。



 右手法に従い、ゆっくりと探索する。ついでに安全が確認できたら、首から下げたクリップボードに分かれ道をマッピングしていく。


 行き止まりも多く無駄足も多いが焦らず進んだ。蜘蛛も5匹倒したくらいで大分敵の気配に慣れてきた気がする。


 自然にできた洞窟のような勾配はほぼない。不自然に平面的だ。目が慣れれば戦闘に支障がない程度の薄暗さは壁も天井も床もほんのり発光しているからだ。寒くも暑くもない、とても都合良く人に優しい、まさにご都合ダンジョンだ。


 3時間の行ったり来たりで上に向かう階段を発見した。マッピングマッピング。真っ直ぐ来れば自宅トイレから徒歩10分ってところだろう。中々の良物件。


「……問題はここからだ」


 今のところ、まだ人と遭遇していない。迷宮を出入りする冒険者的な人にすら遭遇していないのだ。色んな国から迷宮を目指す人のための迷宮街なら外部の人にも緩い法制度だろうが、選ばれた人のみが迷宮に入る形の迷宮街だと不法侵入者扱いされる可能性がある。そして、未だ人を見かけないのだ。後者の可能性が高い。


 全面が発光しているため影なんてないが、気配と身を潜め一段一段慎重に上がっていく。




 外は暗かった。


 地面にぽっかりと開いた迷宮から出ると石造りの建物だった。誰もいない。窓からは月明かりが差しているが迷宮より暗い。


 ポケットにあった圏外スマホで時間を確認すると、23時だった。


「早寝か」


 唯一の出口と思われる鉄扉も外から閂をかけられているようだ。照明や燭台もないことから日が沈んだら営業終了な雰囲気だ。


 明り取り用の窓から外の様子を見てみるも暗い。月明かりのシルエットだけではよくわからない。時差の存在も失念していたが、とりあえず完全に寝静まっている。


 窓から出て、スマホのライトで動き回ることもできなくはないだろうが目印もスマホマップもない状態では遭難しそうだ。


 ここで朝まで待つか?


 ……いやいや帰るでしょ。明日また出直そう。



0006



 次の日、俺は露店を広げていた。


 迷宮内は治外法権。そんな言葉を思い出したからだ。思い付いたとも言う。


 一層の入り口階段を降りたところに1畳ほどのカラフルなビニールシート敷き、百円ショップで購入した小さいランタン型LEDを10個並べて、値札代わりに銀貨2枚の絵を描いた。

 

 感染予防と人相を隠すためにマスクとパーカーのフード着用だ。右手はポケットでデスソースガンを待機中だ。握っているだけで若干痒い。


 煌々と灯る使い捨てのランタン達。売れようが売れまいが即閉店即逃亡する気満々の迷宮ボッタクリ商店はフラッシュオープンした。


 時間は昼過ぎ。


 百円ショップで時間をかけ過ぎてしまった。


 左手で菓子パンを齧りながら待っていると奥から話し声が聞こえてきた。少なくとも3人。やはりというか理解できない言葉だ。


 ……多い。


 ゴツい軽鎧の男達が7名。刃物は鞘に収まっているが筋肉の圧力が凄い。


 ランタン達の前で足が止まる。


 指差してはしゃぎ始める男たち。しかし1番後ろの身なりの良い男は剣呑な眼差しで俺を眺めていた。


 額を伝う汗。


「サグラダグラマン?」


 お調子者っぽいマッチョが話しかけてきた。俺はゆっくりと頷く。


 ランタンを1つ持ち上げ、電源スイッチを指差す。連中の目は釘付けだ。


 スイッチをオフにし、もう一度スイッチを指差す。連中はどよめいている。


「ハァッ!」


 気合いと共にスイッチをオンにすると再びランタンに灯が点る。


「「オオォー!!」」


 連中の喜びの雄叫びも上がった。悪い連中じゃなさそうだ。


 トントンとランタンを指差し、次にボードにチョークで丸を書いただけの銀貨の絵を指差しVサイン。


「銀貨2枚ヤスイヨー」


 棒読み日本語だかどうせ伝わらないので気分だ。


「ナクステ? マンデ?」


 丸の絵が通じてなさそうだ。お調子者はよくわからないと言いたげに首を捻っている。


 俺もゆっくりと首を捻り左手を上げ、よくわからなんのジェスチャーだ。


「ンンーフ?」


「ナクステ?」


 ナクステとは何か聞いてみた。


「ンンーナクステ?」


 お調子者は懐をゴソゴソ探し、硬貨を何枚か手のひらに取り出して金貨を指差した。


「じゃーマンデかな」


 俺は首を振り、銀貨っぽい硬貨を指差し、すかさずVサインした。


「マジデ?」


「マジで」


 お調子者の手のひらから銀貨を2枚受け取り、ランタンを渡した。


「毎度ありー」


「マンドアリー!」


 お調子者はランタンのスイッチをカチカチしながら満面の笑顔で去っていった。よし! 平和的手段で現地通貨ゲット!


 他の迷ってそうな男どもを尻目に、そそくさとビニールシートをランタンごとたたむ。


「毎度ー」


 引き際が肝心なのだ。商品や金を奪われたり、色々突っ込まれたりする前に即逃亡だ。


 もう全力で走れば蜘蛛に追いつかれないのも確認済みなので前にいる敵だけ蹴り飛ばし、自宅に逃げ帰ることに成功した。



0007



「銀、比重で検索っと」


 約10.5kg/㎤か。この謎硬貨は銀で合ってるのかな? 割と大振りだけども。


「銀、比重、判定で簡単な判定法はと……」


 料理用の重量計で計ると硬貨自体の重さは8.5g。

 ここで水を入れたコップを載せた状態で重量計を0gに調整し、硬貨をピンセットで吊り下げて水の体積を硬貨分増やすと重量計は0.8gになった。8.5g÷0.8gで10.625kg/㎤ということにして大体銀。銀貨確定。大銀貨とかの可能性はあるけど金貨よりは日常使いできるだろうきっと。


「ついでに、銀、インゴット、通販……」


 1kgで20万円くらいするじゃないですかやーだー。こっちの銀のインゴットを異世界に持ち込む路線はペンディングだな。相場感分からんけど。

 銀貨や銀が手に入りやすいなら向こうの銀をこちらの銀細工やってる人向けにフリマアプリで売るのは要検討。


「銀、販売、資格は……っと」


 貴金属等取扱事業者が必要か……面倒だな。やはり別のものに換えて売らないと足がつくか。


 古着なんかをネットオークションで売るラノベもあったような気がするけど、今だとどうなんだろうか。フリマアプリも既に客がついてるとかじゃないと業者に勝てない気がする。物で溢れてるね現代社会。


 こっちでの売り物を探す必要がある。向こうでの売り物は百円ショップでも何でも文明差でいけそうな雰囲気。

 でもこっちだとなぁ……物よりサービスの方が楽なんだよなぁ……。


 何とかして魔法を。それもできれば回復魔法ならリラクゼーションマッサージとか何とか言いながらモグリで小金稼ぎができそうなんだけども。


 そんなにバカみたいに稼いでも欲しいものも特にないし。週1働いて10万円とかが夢です希望です。おおっ、これいいやん。


 目標! 日額10万円稼いで週休6日!


 これで行こう!




 で、まずは魔法があるのかないのかですわいな。


 さっき、遭遇した7人組。チーム構成は見た感じタンク2、スカウト1、物理アタッカー2、ポーター2で物理偏重だったと思う。


 魔法使いは存在したとしても貴重そうな予感。回復はどんな仕組みになっているんだろう。ポーションとかの回復アイテムはあるんだろうか。


 ポーターらしき人達がいたことから何らかのドロップなり宝なりが迷宮にはあると思われる。水や食糧を運んでるだけかもしれないけど、持って帰る物が出ないのなら日帰りなり物を持ち込んでまで長く潜る必要がない……こともないのか。レベル上げ目的もあるか。レベルアップのアナウンスなんてものもあるし。



 やはり街に潜入するしかないか。


 今日の語彙。金貨と銀貨。銀貨2枚はマジで。



0008



 昨日はデスソースガンを握っていた右手でいつの間にか目を擦ったのか酷い目にあった。目が辛い。手も洗ったはずなのにデスソース恐るべし。軍手じゃ扱いにくいからと素手で握っていたのがまずかったか。


 今日は朝から前回とは逆の左手法で2層への階段を探索している。

 もはや蜘蛛は蹴りと踏み潰しだけでいけるので、持ち歩くなら邪魔くさい鍬より身を守る盾とかの方がいいかもしれない。

 一層は特に足元への攻撃がメインなので脛と脹脛を守る脛当てというのか足甲の様なものも欲しい。ネットなら売ってるだろうか。ないよりはましと段ボールとガムテープで作った使い捨て脚絆が蒸れている。


『魂強度上昇。職業、武闘家を解放しました』


 踏み潰した数を数えるのも面倒になったところで5度目のレベルアップだ。頑張ればまだ一層でも上がるのかな?


 戦闘職が解放された。解放条件はレベルアップまでにどう敵と戦ってきたかだろうか。でもこれだと解放されただけで職業に就いてるのかどうかもわからない。ステータスぅ!

 とりあえず目的の回復魔法職の解放条件も知りたい。


 気分良く敵を蹴り散らしながら進むこと小1時間。下層への階段を発見した。自宅からは徒歩5分くらいの位置。マッピングマッピング。


 階段を覗き込んでいると人の気配がした。複数人の女性の声だ。


 俺はマスクとパーカーを装着してランタン露店セットを広げて座り込む。ボッタクリ商店オープンだ。


 ランタンの電源を入れていると階段を上がってきた女性パーティが視界に入った。5人全員女性だ。手を上げて戦闘の意思がないことをアピール。


 訝しげな視線が刺さる。まぁ黒パーカーでフード被った黒マスクが迷宮で露店してたら怪しいのは否定しようがない。


 マッチョ、マッチョ、マッチョ、杖スリム!、マッチョ。魔法使い風なのがいる! 刃物が鞘に入っていることを確認したのでポケットのデスソースガンからは手を離した。



「サグラダグラマン?」


 先頭のマッチョ女さんがランタンを指差しておそるおそる聞いてくる。前にも聞いたなサグラダグラマン。ランタンのことなのか魔道具的なもののことかな。


「マジで」


「マジデ?」


 返答はせず、指を2本立ててお値段だけを告げる。そして前回と同じようにランタンを持ち上げ、トントンと電源スイッチを指差してオフに。


「ハァッ!」


 気合いと共にスイッチをオンにすると再びランタンに灯が点る。


「「オオォー!!」」


 マッチョ女性達の野太い雄叫びが上がった。


「マジで」


 冷酷に値段だけを告げる。静寂が場を支配していた。





 前回と違ったのは全員銀貨を出したことだ。思い切りがいい。銀貨18枚で並べていたランタン9個全部が買い占められてしまった。


 銀貨の価値は思ったより低いんだろうか。


「毎度ー」


 ランタンを手に姦しい彼女らを尻目に、ビニールシートを手早く撤収して何食わぬ顔で彼女達とは逆の2層へと向かう。



 売れる。


 下手に実用品を街に持ち込んで注目されるのは相手方の法制度や慣習がわからないのでまだ控えたいところだが、影響の少なそうな酒の席のネタ小物を怪しさ満点の迷宮露店でも十分売れる。

 完全武装の人達相手なのがリスク上の難点ではあるが、何となく迷宮帰りの真面目な活動家の人達はセーフティな気がしている。



 こちらでの銀貨の価値は分からないが百円玉1つとは釣り合わない……はずだ。

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