第28話 戻ってきた日常?

「じゃぁ、また縁があれば。」


 クレアさんはそう言って立ち去って行った。


 クレアさんたちはこれからギルドの職員をシランの村まで送り届け、調査の手伝いをした後、仲間の待つ街へと戻るのだそうだ。


 クレアさんがパーティを抜けるかどうかと言うのも仲間と合流してから話合うらしい。


 私達が受けた依頼『ゴブリンの異常発生の調査』の報告は最重要項目とされたらしく、最優先で後追い調査が行われることになった。


 まぁね、『ゴブリンの発生原因は魔族に力を与えられた少女』で『その少女は魔族と共に立ち去った』けど、元々村人が『強要』していた所為で『魔族の復讐により村は半壊』って言われても誰が信じるのよ?


 今回もクレアさん達が一緒じゃなければ、いつものように「状況判断出来かねる為達成保留」ってなるところだったわ。


 さすがにBランクの冒険者の口添えまでは無視できないとして、追加の後追い調査が入ることになった訳だけど、私達のお仕事はこれでおしまい。


 早く家に帰ってのんびりしたいね。


「ミカゲさん、珍しくお疲れの様ですけど、この後少しお時間もらえますか?」


 帰ろうとした私達をメルシィさんが呼び止める。


「うーん、疲れてるよぉ。だから面倒な話なら今度にして欲しいなぁ。」


「そうですか、では明日の朝来てもらってもいいですか?」


 私が答えるとメルシィさんは少し困った顔をしながらそう言ってきた。


 ……つまり面倒な用事ってわけね。


「明日はパスぅ。お昼まで寝ているから。」


「じ、じゃぁ明後日の朝なら……。


「明後日は一日中、クーちゃんとイチャイチャするからパスぅ。」


「しないよっ!」


 即座にクーちゃんからツッコミがはいる……チェッ、イチャイチャしたかったのにぃ。


「あんまりメルシィさんを困らせないの。」


 ミュウが間に入ってくる。


「メルシィさん、明日の昼頃でいいですか?さすがに朝はゆっくりしたいからね。」


「えぇ、それで構いません。では明日お待ちしておりますね。」


 メルシィさんはそう言って深々と頭を下げる。


 私達はメルシィさんに見送られながらギルドを後にした。



「はぁ~、帰ってきたって感じね。」


 ミュウはリビングのソファーに背中を預け大きく伸びをする。


「うん、そうだね。」


 私はミュウの前にハーブティを置いてからその横に座り、自分のカップを手に取る。


「しばらくはのんびりしたいんだけどなぁ。」


「仕方がないでしょ、メルシィさんのあの表情を見れば困っていることぐらい分かるでしょ?」


「分かるから断ったのにぃ……。」


「アンタは鬼かっ!」


 ミュウとそんな事を話していると、お茶菓子を用意していたマリアちゃんとクーちゃんがリビングに入ってくる。


「はい、有り合わせのクッキーで申し訳ありませんが。」


 そう言ってマリアちゃんがお皿に盛ったクッキーをテーブルの上に置く。


 その間にクーちゃんが、私達のカップにお代わりのお茶を注ぎ、自分とマリアちゃんの分も用意する。


 この後はしばらくまったりとしたティータイムだね。


「あ、あの、お姉ちゃん……。」


 クーちゃんが私を見上げてくる……お姉ちゃん?


「お膝、登ってもいいかな?」


 首をちょこんと傾げ、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言って来る。


 何、この可愛い生き物!?


 私はクーちゃんを抱き上げ膝の上に乗せてギュっとする……可愛ぃ~、食べちゃいたい。


「今日のクーちゃんは甘えっ子サンだねぇ。」


 クーちゃんをなでなでしながらそう言うと、クーちゃんは少し拗ねたような声で呟く。


「だって、ミカ姉の元気ないから……。」


 ……。


 私はそのまま無言でクーちゃんを抱きしめる。 


 どうやら私を気遣っての行動らしい……ホント、健気でよく気の付くいい子だねぇ。


「クーちゃん、ありがとうね。元気出た。」


 しばらくクーちゃんの柔らかさを堪能してから解放する。


「そう?良かった。」


 クーちゃんは私の膝から降りて、横に座り直す。


 そのまま寄り添うように体重を預けてくるあたり、健気というか心配症というか……まぁ、一言でいえば可愛い。


 こんな精神状態のときにそんな事されると、マジに襲いたくなりそうで怖いわ~。


「まぁ、ミカゲが落ち着いたのならちょっと話をしましょうか?」


「話?」


 ミュウが真面目な顔でそう言って来るけど……何の話かな?……って今出る話題と言えばこの間からの事しかないよね。


「そう、マリアやクミンが理解できてないこともありそうだし、ミカゲも色々纏めておきたいでしょ?」


「そうだね、でもどこから手を付ければいいか……。」


「ん~、取りあえず最大の疑問から。」


「最大の疑問?」


「そう、ミカゲはなんで未だに戦闘服なの?」


 ミュウが私の格好について訊ねてくる。


 ミュウ達の今の姿は普段着だ。


 旅の間は襲われる心配もあるため、しっかりとした装備を身に着けているけど、家に帰ってきたら、ゆったりした服装に替えるのは当たり前。


 ……なんだけど、私の場合は戦闘時にはレフィーアと『合体』してバトルモードになるから特に装備が必要ってわけじゃないので旅の間でも普段着でいるのが普通なのよね。


 一応、普段着にもそれなりの防御や魔法抵抗がかかってはいるけどね。


 そんな私の今の格好は戦闘時のバトルモード。


 家の中で、しかも周りを普段着のみんなに囲まれているこの状況では違和感が半端ないですわ。


「うーん、それなんだけどねぇ……。」


 私はバトルモードを解除すると、普段の服装に代わる。


 しかし、しばらくすると勝手にバトルモードに戻ってしまう。


「でね……。」


 私は装備に手を掛けて、一気に脱ぎ去る。


「わわっ……ミカ姉、こんなところで脱がないでっ!」


 下着姿になった私に慌ててタオルをかけてくるクーちゃん……このタオルどこから出したの?


「や~ん、クーちゃん温めてぇ。」


 私はクーちゃんを捕まえて抱きしめる。


 嫌がって暴れるかと思ったけど、何故か大人しいクーちゃん。


 折角なので、クーちゃんの柔らかさを堪能しよう。



 そうしてクーちゃんと戯れる事十数分……いつの間にかバトルモードに戻っている私の姿があった。


「この様にね、湯浴みをしたり、クーちゃんを可愛がる分には問題ないんだけど、それ以外の時は何故か強制的にバトルモードになってるのよ。」


「それ、大丈夫なの?以前、長く変身していると危険って言ってなかった?」


 私の言葉を聞いてミュウが心配そうに聞いてくる。


「ウン、前はね、変身するだけでも魔力の消費が大きかったから大変だったけど、今はこの姿になってるだけなら問題ないの。それでも、身に余る大魔法を使うと倒れちゃうんだけどね。」


「レフィーア様は?レフィーア様はどうなってるのですか?」


 マリアちゃんが聞いてくる。


「それなんだけどね、私にもわからないの。思えば、あの魔族……アレックスと会った時からレフィーアの意識が介入してこないのよ。存在の欠片みたいなのは感じるから無事だと思うんだけどね。」


「そうですか……。」


 沈み込むマリアちゃん……彼女はレフィーアを崇拝しているから仕方がないよね。


「本当にミカ姉に負担は無いの?」


 クーちゃんが心配そうに見上げてくる。


「うん、大丈夫だよ。」


 私は安心させるようにクーちゃんの頭を撫でる。


「元々長時間変身していられないのは、バトルモード時に消費する魔力量と、レフィーアとの同一化による意識の混濁っていう問題があったからなんだけど、レフィーアが何かしたと思うんだけど、今の状態ならほとんど魔力を消費しない様になっているみたいなの。それに、私も成長したからね、魔力の自然回復量が増えているからずっとこのままでいても問題ないよ。」


 私は笑いながらそう言うと、皆の表情が安心したというようになる。


「それにね、さっきも言ったけど、レフィーアの意識が介入してこないから意識の混濁も大丈夫……まぁ、それはそれで一つ問題はあるんだけどね。」


「問題って?」


「う~ん、ミュウは知ってるけどクーちゃんやマリアちゃんには話したことなかったかな。私ね、このバトルモードの時は魔法能力にブーストがかかるのよ。」


「ぶーすと?」


 クーちゃんが聞きなれない言葉に首をかしげている。 


「ウン、簡単に言えば強化されるって事。一つはそのまま魔法の威力や効果が通常時よりも強力になるのね。そしてもう一つは、通常時では使えない上級魔法なんかも使えるようになるのよ。」


「凄ーい。そう言えばミカ姉、普段は初級魔法と中級魔法を少ししか使えないって言ってたもんね。」


「そうなのよ。それでね、もう一つあって、バトルモードの時は私の知らない、使った事の無い魔法も使う事が出来るの。」


「えーっ!それってものすごく重大な事なんじゃぁ……。」


「そう、だからこの事は秘密だよ。」


「うん……でも、何で使えるの?ミカ姉も知らない魔法なんでしょ?」


「多分ね、それがレフィーアの力なんだと思う。レフィーアの意識が私に流れ込んできて、私の知らない魔法を使ってくれる。私は実際に魔法を行使することによって、その魔法の事を知る事が出来る。だから何度か使用しているうちに使い方も分るし、通常時でもそのうち使えるようになるの……私はそうやって魔法を覚えたのよ。」


「そうなんだ~。」


 クーちゃんが目を輝かせて私を見てくる。


 最近は呆れた目で見てくることが多いクーちゃんに、こんな目で見られるのは久しぶりなので嬉しくなって抱き寄せる。


「わわっ。」


「クーちゃんだって頑張ればできるよぉ。」


「問題が無いようならとりあえず放置でもいいね。じゃぁ、あのアレックスとかいう魔族についてなんだけど……。」


 私にじゃれつかれてイヤイヤしているクーちゃんを引き離しながらミュウが言う。


 アレックス……魔族については分からないことだらけだ。


 分からないことはわかる人に聞くのが一番だね。


「という事でアイちゃん、何か知らない?」


 私はターミナルのAI、アイちゃんを呼び出す。


『意図不明、質問の詳細をお願いします。』


「……アイちゃん融通が聞かないよ。」


「……ミカゲ……ハァ……アイちゃん、魔族についてわかる事を教えて。」


 ミュウが呆れた表情を私に向けた後、改めてアイちゃんに訊ねる。


『……検索結果1万件以上あります。もう少し内容を絞ってください。』


「「………。」」


 私とミュウは無言で顔を見合わせる。


 結局、その後みんなで思いつくままに訊ねた結果、魔族について少しだけ理解する事が出来た。


 人族より頑強な身体、豊富な魔力、長い寿命……あらゆる面で人族を上回る……ただ、長命種ゆえに繁殖力が低く、その点だけは人族の方が上回ってるとか。


 なので、魔族は人族を見下し、人族は魔族を妬む……それが争いの原点になっているんだって。


 まぁ、魔族が上位互換だって言われたら妬む気持ちもわかるんだけどねぇ。


 魔族と魔物の違いは一定レベルの知性があるかないか、だとか、魔族は必ずしも人型ではないとか、ちょっとは詳しくなったけど、結局アレックスが何を考えてあそこにいたのかなんて事は分からずじまいだった……まぁ、アイちゃんだって見てもいない事なんてわかるはずないんだけどね。



 魔族についての質問が一通り終わった所で、アイちゃんから留守の間の報告を受ける。


 特に変わった事もなかったんだけど、私が保存食の生産ラインを止めるのを忘れていたせいで、保存食が大量生産されていた。


 もちろん無から生産できるわけもなく、備蓄食料が全て保存食に変わっていたんだけどね。


 それを知ったミュウは怒りながら慌てて森へと飛び出していった。


 今夜のお肉を狩りに行ったみたい……ミュウはお肉抜くと怒るからね。


 野菜や卵などの生鮮食品もそこがついているので、明日は市場で買出しに行かないといけないってマリアちゃんが言っていた……笑顔だったんだけど、なぜか寒気がしたのよ。


 取りあえずは、ミュウの帰りを待ちながらご飯の準備でもしますかぁ。


 そう思って席を立つと、なぜか元気のないクーちゃんの姿が目に入る。


「クーちゃん、どうしたの?」


「あ、ううん、何でもないよ。あ、私ご飯の下拵えしてくるね。」


 クーちゃんは慌てたように首を振り走って行ってしまった。


 悩みがあるなら相談してくれてもいいのに……お姉ちゃんは悲しいよ。


 私はクーちゃんが走り去った方に目を向けた後、今はそっとしておいた方がいいと判断して外に出る事にする。


 外では、マリアちゃんが牧場や畑の様子を確認していて、私はマリアちゃんとおしゃべりしながら一緒に確認する。


 牧場と言っても、放牧というか放し飼いというか……ぶっちゃけ放置なんだけど、安全にえさを食べられる場所と認識しているみたいで逃げ出したりしないので私達も管理が楽だったりする。


 管理っていっても、結界の維持や餌となる牧草の状態を見たりしてるだけなんだけどね。


 そんな感じで、何だかんだと留守の間に出来なかった事をしているうちに夜も更け、私達は久しぶりに寛いだ時間を過ごしたのでした。



「~~~~~~~♪」


 ガサッ……。


 物音が聞こえたので私は歌うのをやめる。


「どうしたのクーちゃん、眠れない?」


「ミカ姉こそ、こんなところで何やってるの?」


 クーちゃんが私の横に来て腰を下ろす。


 ここは教会の離れの屋根の上……お月様がよく見えるお気に入りの場所なのよ。


「ウン、なんとなくね。」


 そう言って私は中断した歌を歌う……そう、なんとなく歌いたくなったのだ。


「セラァが歌っていた歌だよね。」


 私が歌い終わると、クーちゃんがボソッと呟く。


「ウン、セラァはどんな気持ちで歌っていたのかなぁって……結局わかんないけどね。」


「うん……。」


 しばらくの間、私とクーちゃんは月を無言で眺めていた。

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