第27話 魔物群爆走

「セラァちゃん、魔族と一緒に行くってどう言うことかわかってるの?人間を裏切るってことだよ。」


「それがなに?」


 私の言葉に冷たい声で答えるセラァ。


「なにって……今、あなたの周りにいる魔物やアレックスみたいな魔族に村が襲われても何とも思わないの?友達もみんな死んじゃうんだよ!」


「だから、それがなに?友達?私の顔を見ると石を投げてくる人の事?近くにいくと疎ましがって箒で追い払う人達?言うことを聞かないと殴った上に御飯を取り上げる人たちはなんて言うの?教えてよ、お姉さん。」


 セラァの言葉が私の胸に突き刺さる。


 かって私が思っていたこと、そして今でも私の心の奥で眠っている……ううん、押し込めている思い……幼き頃の私が目の前にいる。


「この子たちが村を襲うってお姉さんは言ったけど、私のパパやママを殺した盗賊たちとなにが違うの?人間なら襲ってもよくて、ゴブリンだったらダメなの?私が歌うと石を投げてくる人間の子供達と、私の歌を聞いて喜んでくれるゴブリン達、どっちが友達なの?……ねぇ、教えてよ、お姉さん。」


 セラァの声が森に響く……それは少女の慟哭だった。


 この世界は、力無き者にとってはあまりにも過酷で、セラァだけが特別酷い目にあっている訳ではない。


 ただ力がないから、納得できなくても我慢しているだけで……。


 ……私には、セラァを止める言葉が見つからない。



「さてそろそろ時間切れですね。」


アレックスがそう言った後、空から声が降ってくる。


「もういいのかい?」


 見上げると翼の生えた女性が数体空を飛び回っていた。


 ……ハルピュイアと呼ばれる魔族だ。


「セイお姉さん、ごめんなさい……。」


 セラァが上空の女性に頭を下げる。


「……もういいさ。コイツら連れて行っていいんだろ?」


「うん、みんなセイお姉さんのいう事聞いてくれるって。」


「ならいいさ……今度お前の歌、ゆっくり聞かせてもらうよ。」


 セイと呼ばれたハルピュイアが、セラァにそう言い残すと、上空の他のハルピュイアに向けて甲高い音で一声叫ぶ。


 するとハルピュイア達は村に向かって飛び出ってゆき、その後を追うようにセラァの周りにいた魔物達が移動を始める。


「何?何なの?」


 私は思わず声に出す。


「彼女は仲間の復讐に行っただけですよ。あなたが気にする事じゃありません。」


 アレックスが笑いながら言う。


 復讐?それって村を襲いに行くって事?……止めないと。


「無駄ですよ、あなた一人が言って何になるというのです?ほら、あなたのお友達は皆私の威圧に耐えるのに精一杯で声すら出せないじゃないですか。」


 アレックスの言葉に私は振り返る。


 見ると、皆地面に蹲り、何かに耐えているみたいだった。


 威圧?……この重苦しい空気がそうなの?


「それにあの村を救う価値があると思いますか?あの村の人たちは、この子の力を利用してたのですよ。」


 そう言ってアレックスが語った内容は、私を動揺させるのに十分すぎるものだった。


 孤児となったセラァが、アレックスに力を授けられた後、セラァが歌うと動物や魔物が寄ってくることを知った村人たちは、セラァを利用することを考えた。


 森にセラァを連れて行き、歌わせ、そして寄ってきた動物たちを狩る……歌に聞きほれている動物や魔物の息の根を止めるのはとても容易く、村人たちはその楽な狩りの方法を大歓迎すると同時に、魔物を呼び寄せる力を持つセラァを忌避するようになる。


 当然、セラァが素直に協力する筈もないのだが、食事を抜かれ、殴られ、心を通わせた動物を人質に取られたセラァに逆らう事は出来なかった。


 そのころのセラァの力は今ほど強くなく、呼び寄せる魔物が弱く数が少ないという事も悲劇に拍車をかける。


 そんなある日、セラァが呼び寄せた魔物の中に一体のハルピュイアがいた。


 彼女はセラァの歌に聞き惚れ仲良くなりたいと、仲間の制止を振り切ってセラァの下にやってきたのだ。


 ハルピュイアの鋭い鍵爪は武器の素材として、その純白の羽は防具や服飾の素材として高く売れる。


 そして何よりその美貌と魅力的な肢体……その場にいる村人が目の色を変えるのも無理はなかった。


 セラァを盾にしてハルピュイアを捕らえ、その身体を思う存分嬲った後、生かしたまま素材を剥ぎ取る……その様子を見て興奮した男たちが更にハルピュイアを嬲る。


 その様子を目を逸らす事さえ許されずに見せつけられるセラァ……鬼畜の所業だった。


 その日を境にセラァの力が跳ね上がる。


 一度に現れる魔物の数が5匹を超えるようになった時、村人たちはセラァを利用することに初めて危機を覚え、相談した結果ギルドに助けを求める事にした……ゴブリンの異常発生の原因を探って欲しい、出来ればその原因を取り除いて欲しい、と。


 よく調べれば、セラァの歌声が魔物を呼び寄せている事はすぐわかる。


 そして、その原因のセラァの処分を冒険者にさせようと考えたらしい。


「聡明なあなたであれば、どちらに非があるのか?そして同胞を無残に殺されたハルピュイア達の嘆きと怒りがお分かりかと思いますが?」


 アレックスが、クククと笑いながら言う。


 そう、彼の言う通り私にはわかる……分かってしまう。


 だからと言って共感してしまうのはいけないと心の奥底で何かが叫ぶ。


「甘ったれた事言ってんじゃないわよ!」


 怒りの籠もった声に思わず振り向く……ミュウだ。


「ほぅ、私の威圧を解きましたか。中々面白いですねぇ。」


 私とセラァを黙って見ていたアレックスが、ミュウを見てニヤリと笑う。


「うるさいっ!」


 ミュウはアレックスに一喝したあと私に向かって叫ぶ。


「ミカゲもそんな言葉に傷付いてるんじゃないわよ、らしくない!大体、魔族だろうが人間だろうが酷い奴はいる……そんな事分り切ってた事でしょ!」


 まだ威圧の影響下にあるのか、身体をふらつかせながら私の方へ向かうミュウ。


 私は駆け寄って崩れ落ちそうになるミュウを支える。


「セラァの身の上には同情するよ?村人たちの所業も許せない、だけどね、それ・・が何なの?そんな話探せばゴロゴロしてるわよ。それにそこの魔族だって、セラァに同情してるんじゃなく、セラァの力が自分の役に立つから力を貸してるだけだしね。」


「御高説もっともですね。それであなたはどうなされると?」


 アレックスが手をパチパチと叩きながらミュウに問いかける。


「別に?私達が受けた依頼は『ゴブリンの異常発生の原因の調査』だからね、原因が分かったから依頼は終了。あとは私達のリーダーのやりたいことに付き合うだけよ。」


 ミュウはそう言って私を見る。


「ミカゲが今したいことは何?」


「私は……みんなを……助けてあげないと……。」


「助けてあげる?いつからそんなえらくなったの?」


 ミュウの言葉で私は我に返る。


 そうだった……私は何を勘違いしていたんだろうね。


 世の中は理不尽で溢れている……そんな中で私に出来る事なんてたかがしれている。


 助けてあげるなんて、私の思い上がりだったね。


「セラァ、一つだけ聞かせて。あなたのために私に出来ることは何かある?」


 私はセラァに向かって問いかける。


 助けてあげるなんて烏滸がましい事はもう言わない、だけど、何か力になれるのなら……。


「……別に。」


 セラァはしばらくの沈黙の後、一言だけそう言った。


「そう……。」


 セラァが拒絶したのなら、私に出来る事はもうない。


 だったら私が後出来る事は……。


「みんな……動ける?動けるなら村に戻るよ?」


 私の言葉にセラァがビクッと身体を竦める。


「お姉さん、あんな奴らを助けるの?」


「……村の人がしたことは許せないわ。でもね、村の人全員が悪いわけじゃないでしょ。」


 私は動けずにいるマリアちゃんとクーちゃんに触れて軽く魔力を流す。


「ミカゲさんありがとうございます。」


「ミカ姉、ありがとう。楽になったよ。」


 私は続いてクレアさんミアさんにも同じように触れて魔力を流す。


「すまん、助かった。」


「ありがとう。」


「私が見逃すとでも?」


 アレックスの言葉にミュウが答える。


「アンタが邪魔する理由が無いでしょ。アンタにとって村を襲う事に何の意味があるの?」


「……フン、お嬢さんは我々の事をよく理解しているようだ。」


「……獣人だからね。」


「あははははっ……ミュウと言ったな、アレイ族の娘。そこのミカゲと共に覚えておこう。……行くぞ。」


 アレックスはセラァの手を取り、何やら呪文を唱え始める。


 光が二人を包み込み、一瞬の後その場から姿を消す……転移魔法、初めて見たよ。


 姿を消す瞬間、セラァが振り返り「ご飯、美味しかったよ。」と言った気がした。


「さぁ、急ごうよ。」


 私は頭を振ってセラァの事を振り払う。


 今は襲われている村の事を考えなきゃね。


「あ、ミカゲ……ちょっと……ドズールも……。」


 クレアさんが困ったように言う。


 あ、そうか、筋肉さんのこと忘れていた……でも触るのやだなぁ……。


 私は小枝を拾って、離れたところからツンツンと突っつきながら魔力を流す。


「ミカ姉……。」


「それはちょっと……。」


 クーちゃんとミュウが少し困った顔をしているけど、仕方がないじゃないのよ。


「いや……大丈夫だ……むんっ!」


 筋肉さんは気合を入れると、自分の身体を縛る呪縛を断ち切る。


「出来るなら最初からやればいいのに。」


 そうすれば私はクーちゃんやミュウからあんな目で見られずに済んだのよ。


「恥ずかしながら、あの魔族がいなくなったから動けるようになっただけだ……嬢ちゃんがいなかったらヤバかった。」


 筋肉さんが素直に頭を下げる。


 どういう風の吹き回しなんだろうね?雨が降らなきゃいいけど。


「みんな動けるなら急ぐよ。一人でも多くの村の人を助けないと。」


「でもミカ姉……。」


 クーちゃんの顔色が悪い。


「私、ハルピュイアさん達の気持ちわかる……。」


「クーちゃんは優しいね。私も同じだよ。でもね、だからと言ってクーちゃんやセラァの様に親を亡くす子が増えるのはおかしいよね。」


「うん……。」


「ハルピュイアを倒すんじゃなく、逃げる村の人を助けるんだよ。」


「うん、そうだね。」


「分かったら行くよ。ミュウなんかもうあんなところまで行っちゃってるんだからね。」


 私がクーちゃんと話している間にミュウは先に行ってしまったらしく、私が指さしたときには視界から消える寸前だった。


「ミュウお姉ちゃん速い。」


「追いかけるよ。」


「うん。」


 クレアさん達もミュウ程ではないがかなり先に行っている。


 私はクーちゃんとマリアちゃんと一緒に皆の後を追いかける。


 ハルピュイアの気持ちはわかるし、村の人がやった事は許せない。


 だけど関係ない人達まで巻き込むのは間違っていると思う。


 だから私は目の前の人を助けるために動きたい。


 ◇


 ゴブリンが剣を振り下ろすたび血しぶきが舞う。


 トロールのその腕によって、数人の男たちが跳ね飛ばされる。


 上空からハルピュイア達が指示を出し、その通りに魔物の群が村を襲っている。




「だ、誰か……。」


 子供を庇うようにして倒れ込む母子にゴブリンの凶剣が振り下ろされる。


 しかしその剣が母子を貫くことは無かった。


 飛び込んできた男が、ゴブリンの剣を左手の盾で受け止め、右手の剣でゴブリンの腹を突き刺す。


「西の出口に向かえ!そこから外へ逃げだせる!」


 母子を救った男……ドズールがそう言うと、母親は頷きながら這うようにして出口を目指す。


 ドズールは母子を守る様にして剣を構える。


「うぉぉぉぉぉぉ~~~~!」


 更に迫りくるゴブリンの群に切り込んでいく。


 縦横無尽に斬り払うその剣に無数のゴブリン達が倒れていく。


「はぁはぁはぁ……、さっきは無様な姿を晒しちまったからな、ここで活躍しておかないとな。」


 ◇


「ハァッ!トゥッ……!」


 太陽の光を浴びて刃が煌く。


 煌めく度、血飛沫が舞い、ゴブリンが、トロールが、倒れていく。


 そのしなやかな動きに合わせて、三角耳が動き、尻尾が揺れる。


 その姿はまるで舞いを見ているかのようだった。


「依頼を達成しても、支払ってくれる人がいないとね。後、ミカゲの怒りを受け止める人もね。」


 ミュウはゴブリン達を屠りながらそんな事を呟く。


 実際、あれだけの事実を知ってミカゲが大人しくしているわけがない。


「ハルピュイアが来る前にミカゲが知っていたら、この村を襲っていたのはミカゲかも知れなかったからね。」


 八つ当たりを受けるのはごめんだよ。


 迫るゴブリンの刃を躱し、カウンターで斬り裂く。


 ミュウにとって人間も魔族もあまり意味を成さない。


 ただ、ミュウはミカゲの事が気に入っているから、ミカゲの望む通りにしたいだけだった。


「だから、アンタたちは邪魔っ!」


 ゴブリンの背中を斬り裂き、返す刃でトロールの腱を斬る。


 ◇


「大きな怪我をしている人はこっちへ!」


 クミンの指示に従い、大けがした人がマリアの前に運ばれる。


 マリアが治癒魔法を掛けて傷口を塞ぐ。


「後は薬草で手当てを。……この人にはポーションを飲ませてください。」


 マリアは手伝ってくれる村人に次々と指示を出していく。


「クーちゃん、ポーションの在庫は?」


「マリアお姉さん、ここに置いておくよ。」


「ミカゲさんが頑張っているのですから、私達も期待に応えませんと。」


 マリアは次々と運ばれてくるケガ人に治療を施していく。


「そうだね、今はとにかく助ける事が大事なんだよね。」


 クミンは次々と逃げ出してくる村人たちを誘導しながら、怪我の酷い人をマリアの下へ連れて行く。


「何が正しいのかっていうのは、自分で見極めるんだよね、ミカ姉。」


 クミンは、ミカゲがいるであろう村の中に視線を向けてそう呟く。


 ◇


「ファイアーボール!」


 ミアの放った火球がゴブリンを吹き飛ばす。


「でりゃぁ!」


 クレアがオークの巨体を斬り裂く。


「全くキリがないな。」


「ン、キリない。」


 ミアの魔法で弾幕を張り、抜けてきた個体をクレアの剣で斬り伏せる。


 彼女たちの背後には村の出口があり、そこで重傷者を治療している。


 せめて治療が終わるまではこの場を抜かれるわけにはいかない。


「しかし、ミカゲの奴にはホント驚かされるな。」


「もう、驚くだけ無駄。」


 二人は無駄話をしながらも、向かってくる魔物達を防いでいる。


 数が多いとはいえ、所詮はゴブリン・トロールクラス、彼女たちにとっては遥かに格下の魔物であり、油断さえしなければ危険など何もなかった。


 ◇


「もういいでしょ!」


 私は目の前のハルピュイアに向かって叫ぶ。


「あんた何?」


「冒険者よ。アレックスから色々聞いたから復讐を止める気はないけど、関係ない人まで巻き込むのは許せないわ。」


「フン、人間風情が偉そうなことを。」


 ハルピュイアの羽が私に向かって飛んでくる。


 躱しきれなかった羽に皮膚が斬り裂かれる。


「止めたかったら力づくで来なよ。力あるものが従える、それが私たち魔族のルールだよ。」


「そんなルール、知らないよっ……トルネード!」


 風がハルピュイアを包み込む……がハルピュイアの羽根の一振りで風が散らされる。


「まだまだ行くよ!ソル・レイ!」


 光のレーザーがハルピュイアに向かって放たれる。


「チッ!」


 ギリギリのところで躱されるが、羽を傷つけたらしく、ハルピュイアは空中でバランスを崩す。


 飛びかう光と舞い上がる風、鋭い羽根が空を裂き、炎が貫く。


 羽根と魔法の応酬が続く……。


「セイ、そろそろ引き上げましょう!」


「そうだな。……人間の女、私とここまで渡り合える奴はそう居ない、名前を聞いておいてやろう。」


「偉そうだね。私はミカゲよ。」


「ミカゲか、覚えておこう。」


 そう言ってハルピュイアのセイは、他のハルピュイア達とともに姿を消した。


「……ホント、偉そう。魔族ってみんなあんなのなのかなぁ?」


 取りあえずモンスターたちはすべて排除できたみたいだけど、どれだけの被害になったのかなぁ。


 自業自得な面があるとはいえ、巻き込まれた人たちにとっては迷惑以外何物もないよね。


 この後の事を考えると少し気が重くなるのであった。

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